第二十九話 君はオリジンを覚えているか?
小さい頃から何一つ取り柄はなかった。精々が他人の真似をするのが上手い事だろうか。
他人の顔を窺って、凄い人の真似をして、それなりに要領よく生きてきたと思う。
今思えば、上辺だけの付き合いばかりだったけれど。
ショートとは馬が合った。本当の意味で、僕の唯一の親友だったと思う。
身体が大きくて頑丈で、真似するだけの僕よりも運動は得意だったけど、代わりに勉強はからきしだった。
何をするのも不器用で、真似したいと思うことが無かった事が、逆に僕にとって居心地が良かったのかもしれない。
ショートは一人でいることが多かった。それで寂しがることもなく、ただただ自分だけの時間を大切にしていたようだ。
彼の趣味は散歩、そして乗り物だ。僕は散歩に行く彼の姿を見かけては、お喋りしながらついて行った。彼はよく迷子になった。そういう時はたいてい僕が彼を連れ帰ることになった。僕の足はパンパンになったが、彼は平然と歩いていた。
散歩に出かけない時は図書室や図書館で姿を見かけた。彼は主に乗り物について調べていた。思えば、彼の属性がエンジンというのもに惹きつけられていたのだろう。早く高校生になってバイクに乗りたいと、彼が口にしたことを覚えている。
中学生になっても僕たちはさほど変わらなかった。
違いと言えば自転車と電車によりショートの散歩コースが広がった事、ショートが小型四輪駆動車やラジコン、ドローンの改造を始めたことだろうか。
この頃からショートは物理と数学について真剣に勉強を始めるようになった。僕はと言えば、そんな彼を打ち込めるものがあるのは凄いな、と感じながら、相も変わらず他者の真似をして辛いことからのらりくらりと逃げていた。
相変わらずショートは一人きりで、代わりに僕は広く浅く友達ができた。友達に誘われ遊ぶことはあったが、予定が無いときは特に理由もなくショートに付き合い散歩し、改造を手伝い、実験を行った。
楽しかったという記憶はない。どこか空虚なものを感じていた記憶はある。
彼に僕は必要なかったかもしれないけれど、必要ないと言われなかったから一緒にいた。それだけの関係かも知れない。それでも友情を感じていたのは一方的なものじゃなかっただろう。
彼は一人でも平気だったけど、二人が嫌いというわけでもなかったと信じたい。
そして中二で受けた全国一斉属性診断が、僕たちに新たな道を示した。
ショートは二つの属性について非常に高い適性を示した。一つは『エンジン』。もう一つは『判定不能』。
僕は一つの属性について高い適性を示した。その属性は『判定不能』でショートとは違う属性のようだった。今まで何か特別なことはなかったか、魔法を使ったことはないか、興味を惹かれるものはないか―――様々な質問をされたけれど、特に思い当たる節はなかった。
ショートは属性診断の結果が出た時点で、DAMAへの特待生入学の推薦を受けた。ショートもエンジンに関わりたかったからなのか、早々にDAMAに行くことを決意したようだった。
僕は推薦を受けられなかった。レアな属性と高い属性値は評価されたが、入学してもその属性の特定ができるかもわからず、属性値もボーダーギリギリだったからだ。ただ評価自体はされていたようで、入学テストについてはかなり色を付けてくれるらという。それでも、当時の僕の偏差値では厳しいラインだった。
生まれて初めて真剣に勉強した。
そうする理由は考えなかった。受かりたい。受からなければいけない。そんな情念が僕を突き動かした。
理系をショートに教わり、秀才の勉強法を真似ながら、僕は毎日遅くまで勉強した。ショートの散歩やモーター弄りにも付き合わなくなった。気を利かせたのだろうか、ショートもいったん趣味を止め、二人静かに勉強するようになった。
受験が終わり、合格し、また二人で散歩とモーター弄りをするようになった。偶にDAについて調べて、最新のDAバイクを見に行ったりもした。
DAMAで何をしたいか、なぜ今まで頑張ったのか、そういう話はしなかった。
DAMAに入学した。
早く剣聖免許を手にしたかったショートは剣聖科を選んだ。特に目的のない僕は普通科を選んだ。学科は違ったが、日常はそれまでと特に変わりはしなかった。DAMA特有のイベントはあったが、そういったものは他の高校でもあるものだし、特別とは言えない。
ただ、ショートが早々に剣聖免許を手に入れて、DAバイクに乗れるようになった。免許は便利なもので、DAMA敷地内はもちろん、DAの機能を制限すればDAMA敷地外だって走ることができる。二輪免許とは違うため、初年度からの二人乗りだって可能だ。
僕たちは色々なところに遊びに行き、色々なものを見て、色々なものに触れて、偶に迷子になった。
DAバイクの改造も行った。ゴミ捨て場でパーツを漁ったり、壊れたパーツを修理したり、バイトやダンジョン探索をして稼いだお金で新品のパーツを買ったりした。エンジン回りだけは、ショートが独学で聖剣回路を学び改造していた。一番大変だったのは、公道を走れるよう、DA抜きでも走れるようにすることだった。
知識はまだまだだったが、少しずつDAを作る喜びと楽しみを覚えた。
そして僕は一度目のターニングポイントを迎えた。その日は朝から天気が悪く、ショートの愛機|MononoFu-XZの機嫌も悪かった。エンジンが上手くかからず、すぐに止まってしまうのだ。ショートは寮から校舎までバイクを押して登校し、休み時間に所属する部活――DA車両部でバイクを修理していた。
バイクは放課後には機嫌を直していたが、寮まで変えると再び臍を曲げてしまった。ショートは珍しく戸惑った様子で再度バイクを修理しようとしたが、生憎いくつかの道具を部室に忘れてしまったらしい。予定もなかったし、僕は道具が無くてもある程度は作業ができるショートの代わりに部室に道具を回収しに行った。
そして、僕は殺された。
ショートカットのために入った校庭は、気が付けば薄暗くなっていた。そのことに気が付いたのは怪物に襲われる直前で、七不思議について思い出したのは、意識を失うほんの少し前だった。
襲われたのがショートでなくて良かったと、薄れゆく意識で思った。
「ふむ。興味深い個体だ。今回の実験はこの素体にしてみようか」
気が付くと怪物に貫かれた胸の穴はふさがり、僕はディバイン・ギア・ソルジャーに変身していた。僕はディバイン・ギアの力を使い、高速で空を飛び回る蝙蝠と人の相の子のような怪物に追いつき、捕まえ、倒した。それが僕の初陣だった。
寮に戻れたのは日が落ちてからで、血に濡れて穴のあいた服でショートを驚かせてしまったけれど、それが気にならないくらい僕の気分は高揚していた。
こうして僕の新しい日々が始まった。まず僕がしたことはショートと離れ、一人でDAMA内を散策することだった。
当時は深界獣の事は何もわからなかったけれど、その存在と使命自体はディバイン・ギアが教えてくれた。深界獣が出現すると感覚を頼りに、レンタルしたDA自転車で深界獣の予測位置に移動した。何時もギリギリで、到着するのは生徒が止めを刺される直前だった。
3回ほど生徒を助けると、どうやって僕のことを調べたのだろうか、先代剣聖生徒会会長に呼び出され、『深界』属性とDGSについて聞かされた。様々な援助を受けるとこと条件に、僕は剣聖生徒会からの依頼を受け、特別に剣聖免許も発行してもらった。
剣聖免許によりDAバイクに乗れるようになった僕は最新のDAバイク――|MononoFu-XeXで平日は放課後、休日は日がな一日中パトロールをしていた。主にどこに現れるかわからない深界獣を警戒してのことだったが、偶にDAの暴走や事件に巻き込まれた生徒たちを助けたりもした。
深界獣が現れるとDAバイクの限界を試すかのような速度で駆け付け戦った。傷つくこともピンチになることも多かったが、負けはしなかった。痛みはあるし、助けた生徒は記憶を失うため感謝されることもなかったが、それでも感じたのことない充実感を味わっていた。
全能感が僕を支配していた。僕はなんだってできると思っていた。
認めたくはないけれど。あの時僕は、自分が世界の中心で輝いといてる思っていた。
そして二度目のターニングポイントが訪れた。その日は良く晴れたツーリング日和だった。僕はショートに誘われてDAMAの敷地にある、とある山に出かけることになった。出かけるのにショートから声をかけられたのは初めてだった。あまり顔を合わさなくなった僕にショートは何か感じていたんだろうか。
そうして僕は、二度目の死に直面した。
幸運はDAMAの外れである山奥に偶然僕たちが通りかかったことだ。普段人の多いところを警邏していた僕では、山奥に深界獣が現れても到着に時間がかかってしまうところだった。不幸は深界バブルスフィアに変わるタイミングにショートも居合わせたことだ。
気づくのが少しでも早ければ、何か理由をつけて僕一人だけで深界バブルスフィアに入ることができただろう。ショートに『深界』属性が無ければ、ショートはバブルスフィアの外に弾き飛ばされるだけで済んだだろう。しかしそうはならなかった。僕は変身しながら呆然としているショートを庇い、深界獣からの攻撃を胸に受けた。
初めての強制解除は、死亡酔いもしたことのない僕にとっては鮮烈だった。
変身中で強度の足りていなかったスーツと装甲は一瞬で砕かれ、同時に僕の精神も衝撃を受けた。目の前が白濁し、心臓は鼓動を止め、全身の感覚は失われた。そんな中、身体が冷たくなっていくことだけは解った。あの日の恐怖が僕の心を包んだ。僕は立ち上がることもショートに逃げろということもできず、ただただ自分が死んでしまうことを恐れた。
そんな時、僕の目の前に鋼鉄のヒーローが現れた。
ショートは僕の手から転げ落ちた円盤のような形状のディバイン・ギアを拾うと、そうするのが正しいと知っていたかのように自分の胸に叩きつけた。
『動輪接続!』
最近よく耳にした機械音声が、ショートの胸から聞こえた。
ショートは中空に現れた光るカードを手にすると、左腕に現れたスロットにスライドさせた。
「心炉起動!」
最近よく声にした言葉が、ショートの口から発せられた。
僕の時よりも眩しい輝きが、ショートの体を覆った。
『パワーナイン!スピードナイン!マジックナイン!オールナイン・フィーバー!
ディバイン・ギア:ナイツ!!』
そこにいたのは無個性なスーツに身を包んだ戦士ではなくて、強い鋼の意思を感じさせる意匠で飾られた戦士だった。
「始めよう。
勝利へのカウントナインだ」
それは新しいヒーローの誕生であり、同時に紛い物の退場だった。
そして、ようやく僕は気が付いた。
僕の属性は『模倣』。その真価は深界獣の属性を模倣して自分の武器にすることではなくて、『ディバイン・ギア』の属性そのものを自分に模倣して、偽りのディバイン・ギア・ソルジャーになることだったのだ。
そして僕は愚かなことに、特別になりたかったのだ。戦っていたのは自分が特別だと思ったからだ。
彼こそが本物だった。どれだけ真似しても届かない。並び立つことも叶わない。オンリーワンにしてナンバーワン。
僕だけの特別は失われた。
こうして僕の中二病は終わり、何一つ取り柄のない一人の少年に戻ったのだった。
666 x Origin - 了
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