第二十七話 ファミレスでダベる(追試)
「初めまして、あるいはこんにちは。
俺はDAMAトーキョー普通科一年、イノベーション・ギルドのマスターをしている平賀良二だ。
イノベーション・ギルドは簡単に言うと生徒主導のお悩み相談室兼何でも屋。
今回も鳳駆さん――ギア:ホークからサポートの依頼を受けていて、DGSと深界バブルスフィアの大まかな説明については鳳駆さんから聞いている。
俺が選ばれた理由は、俺がアドミニストレータ――全ての属性を少しずつ持っていて、なんとか変身できるほどの資質があったからだ。
深界獣との戦闘と追試と補習、やることは多いが何とか協力して一緒に乗り切ろう。
気軽に接してくれると嬉しい。
それではよろしく頼む」
一息にこちらの情報を開示すると、深々と頭を下げた。
前にいるのは一人の青年と一人の少年。
青年――昇人の髪は濃い目の灰色で、左右非対称に白と黒のメッシュが入っている。
ルビーのように赤々と光る瞳もそうだが、属性が複数の色となって外見に現れるのは珍しい。それほど高いポテンシャルを持っているという事だろう。
感情を読み取らせない整った冷たい相貌と、細くしなやか肉体。しかし同時に学ラン越しにでも熱を感じられるほどに鍛えあがられていることが、僅かに見える首や手首から察することができる。
DGSに変身しなくても、それなりのモンスターならば素手で倒すことができるだろう。
生身でのド派手なアクションも映えそうだ。
対して少年――輪之介は中学生と見紛うばかりの体躯である。
茶色い髪に少し薄めの瞳。たれ目で柔和な顔立ちは、戦士としての風格を一切感じさせない。
昇人とお揃いの意匠の学ランを着ているが、サイズが少し大きめで、ともすれば高校生の兄に憧れて制服を貸してもらった小学生にすら見える。
一般的な普通科一年の女生徒でも、素手で簡単に押し倒せてしまいそうだ。
三年生のお姉さま方なら、さらにそこから上にまたがり舌なめずりするだろう。
そんな彼が、危険を顧みず深界獣と戦っている姿は想像できない。
まぁ、これから格好いい頼れるところも見せてくれるだろう。
「私はマスター――良二さんの右腕の狐崎雪奈です!
4月からDAMAに入学しますが、それに先駆けてイノベーション・ギルドで助手をさせてもらっています!
今回の依頼ではDAの調整がメインです。
よろしくお願いします!」
俺に続いて雪奈も挨拶し、ぺこりと頭を下げる。
「それじゃあ、何か質問は?」
輪之介がおずおずと手を上げる。
「突然過ぎて全然理解が追い付いていないんだけど、本当に良二くんもディバイン・ギア・ソルジャーをやっているのかい?」
今さっきDGSになった経緯を説明したし、変身解除も見られているが、それでも信じ切れていないらしい。
確かに、ちょっと優秀だがさえない普通のクラスメートがヒーロー活動していると驚くか。俺もそうだった。
俺は首元と右手のブレスレットを見せた後、俺のSCカードを渡す。
「僕たちのカードと同じだ……
それじゃあ、本当にディバイン・ギア・ソルジャーなんだね」
輪之介は受け取ったカードを確認すると、すぐにこちらに返す。
「戦闘中にカードを切り替えていたけど、アレはなんだい?」
俺は正技さんと翠さんのカードを取り出し渡す。
「SCカードだ。
友人に白いカードに魔力を流してもらうとこれに変わり、その友人の属性が使えるようになる。
右腕については自前のDAだ。ディバイン・ギアを使って制御していて、読み込んだSCカードに応じた攻撃ができる」
詳しい条件や設定。設計思想などは省いて説明する。これまでのリアクションを見る限り、そういうことにあまり興味はないタイプだろう。
「厳島翠……藤原正技……見たことあるけど誰だっけ?」
輪之介がカードを見て首を傾げ思い出そうとしていると、昇人が横から覗き込んでくる。
「副会長とDAMAトーキョー筆頭剣士だ」
「ああ……生徒会選挙と学部紹介で見たんだ。
ショートが覚えてるのは珍しいけど。
それにしても良二くんは顔が広いんだね」
輪之介からカードを返される。
まぁ、イノベーション・ギルドと剣聖生徒会はズブズブだからな。
形式上は独立しているが、報酬の受け渡しなどは生徒会を挟むこともあり、実質的には生徒会の下部組織だ。
実績を積み信頼を得られれば完全に独立することもできるだろうが、俺の在校中は無理だろう。
面倒な諸々を丸投げできる方がありがたいし。
「僕たちも同じようなことができるのかな。
元のカード自体はどうやって手に入れたんだい?」
「鳳駆さんから貰った。起きたら枕元に置いてあったそうだ。
二人は唐突にガジェットが生えてきたりはしてないか?あるいはギアさん――ディバイン・ギアから何かヒントを貰ったとか」
俺の質問に、輪之介は苦い顔をし、昇人は目を細める。
「僕は――素質が無いからね。
ギアの声もほとんど聞こえない」
「俺のギアにはその機能はない」
ガジェット――ディバイン・ギアの機能拡張と、ディバイン・ギアからのナビゲートは標準機能だと鳳駆さんからの資料には記載してあった。
今回のディバイン・ギアが特別なのか、あるいは何か問題が生じているのか。
……どうにも、後者のような気がする。
それは追々確認しよう。
「追試と補習とはなんだ?」
会話が途切れた後、唐突に昇人から質問される。
「言葉通りの意味だ。
DAMAの年度末試験は終わってるが、昇人と輪之介は一切テストを受けてないと聞いてる。
このままだと進級が無理だから、形だけでもテストを受けさせてくれ、と頼まれた。
俺のことも含めて、再三メールを送ってるって話なんだが……」
「ごめん、僕のスマホは先月バイクから落として派手に壊れちゃって、そのままなんだ」
「スマホは持っていない。PCもだ」
輪之介が目を逸らし、昇人が冷や汗をかく。
二人と連絡が取れていなかったという事か。
壊してそのままは兎も角、昇人は持ってすらいなかったか。
スマホの普及率は中学で80%、高校で95%程度らしいが、昇人はその5%ということか。
「簡単に早く連絡が取れるようにと、二人にはD-Segが支給されることになってる。
受け取ってくれ」
俺は鞄から二つの眼鏡を取り出す。
六角形のアンダーリムタイプの眼鏡で、色はグレーと茶色だ。
「D-Seg?」
年度末実技試験などでD-Segの宣伝をしたから多くの生徒はすでに知っているが、それらに全く触れていなかった二人はD-Segを知らないらしい。
「眼鏡型のスマホだ。
しかも脳波コントロールできる」
グレーの眼鏡を昇人に、茶色の眼鏡を輪之介に渡す。
二人とも特に難色を示すこともなくすんなりとかけてくれる。
うん、似合ってる。流石麗火さん、センスが良い。
「わわ、動き出したよ!?」
『起動完了。網膜認証完了。ユーザーの初期設定……完了。
初めまして、こちらはアイズだよ』
「脳に響く」
「念話かな?
初めまして」
『喋らなくても考えるだけで読み取るよ。
普段はイノベーション・ギルドの専任だけど、二人とも不慣れということで少しの間サポートするね。
とりあえず手始めに、大量に溜まっているメールを確認してね』
「わわっ学校と生徒会からこんなに!」
「イベントのお知らせか。
特別授業はメールで連絡されていたのか」
俺からは確認できないが、二人とも溜まっていたメールに押しつぶされそうになっているようだ。
あと昇人は、興味が無くてもちゃんと情報は仕入れるように。
掲示板(物理)にも張り出されてるんだから……
『プライバシーに関わることだけど、目を通すのは大変だろうから要件と重要度別に分けておいたよ。
今まで調査した『深界』属性とDGSについての資料もまとめてあるから確認してね』
「ありがとう。後で時間があるときに見ておく」
「感謝する」
あ、これは確認しない奴だ。
緊急性の高い案件については後でアイズから聞いて口頭で伝えないと。
『DGSに関する部屋を作ったから、緊急の時はそっちの脳内チャットで連絡を取り合う』
『突然頭に響くけど慣れてくださいね!』
すぐ連絡が取れるようにD-Segを渡したが、経験上それでも面倒くさがる人もいる事は知っている。
その場合に備えて、無視できないように脳内チャットを使うのは効率的だ。
ちなみに部屋のメンバーは俺、雪奈、アイズ、仁、麗火さん、一真、昇人、輪之介だ。
『えっと、これでいいのかな?』
『テスト』
無事接続を確認。
『深界用の中継器の調整は終わったから、それを使えば深界バブルスフィアの中からでも連絡が取れる。
何かあった時はすぐに一報入れてくれ』
『解った』
『了解』
さて、これで二人とも簡単に連絡が付くようになった。今は不慣れだが、数日間アイズがつきっきりでサポートすれば、D-Segなしの生活に戻れなくなるだろう。
そうなれば自然と学校や生徒会からの連絡にも対応するようになるはずだ。
……何かイケナイコトを教えてる気分になったが気のせいだろう。
「今届いたメールで分かる通り、二人ともかなり不味い立場にいる。
深界獣との戦闘は俺もサポートできるから、その合間に補習と追試だ。講師と試験官は俺が担当することになってる。
スケジュールについてはすでにD-Segに登録しておいたから」
「うぐっ、これか……
でも深界獣は何時現れるかわからないよ」
「ここにいない仁って人が、ある程度深界獣の襲来を予測できる技能を持ってる。
それに従えばあらかじめ準備もできるし、緊張を解いてゆっくり休める。
ちなみに次に現れるのは明日の午前九時の予定だ」
「そんな技能が……
うん、それならかなり楽になるね。
深界獣が現れるのは不定期で、いつも緊張してたから」
甘いお菓子を食べてもどこか緊張と疲れを見せていた輪之介が、それらを忘れたように柔らかく微笑む。
資料によると深界獣の出現は日に1,2度。深夜に現れることもあったらしい。
被害を抑えるため、どんな時でも深界獣の気配を感じられるよう気を張り続けていたのだろう。
「……助かる。
いや、勉強がある。休めない」
昇人の表情が一瞬だけ綻んだように見えたが、すぐさま緊張した面持ちに戻る。
「1科目につき補習1.5時間、テスト1時間。午前と午後に一度ずつを目安にする。
何かあったとしても、それで十分間に合う計算だ。
それくらいなら平気だろう?」
テストはすでに受け取っており、それに合わせて補習を組む形になる。
公平とは言えないが仕方がない。
「……一応テストだけで補習をしない手もあることはある。
しかも一年の授業を全部覚えられる」
「なんだ、良い方法があるじゃあないか。それにしよう」
「プランA:脳内に仮想電脳領域を作り、そこにデータをぶち込み、D-Segで自由にアクセスできるようにする。
あくまで自分の脳内を参照してるだけだからカンニングにはならない。
プランB:『学習』系統の催眠で授業内容を頭に叩き込む。実時間は短いけど、体感時間100倍くらいで授業を受けることになるかな。
あと数日間、日中は頭痛が酷くて寝るたびに授業を夢に見る。それでいて反復して思い出さないと一月くらいで全部思い出せなくなる」
「大人しく授業を受けます」
「仕方がない」
残念。新型学習装置を作ってみたかったのに。
こうして、二人は快く補習と追試を受けることを承諾してくれたのだった。
Study x Test - 了
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