第二十四話 ディバイン・ギア・ソルジャー:111
「さぁ、楽しい楽しい試験の時間の始まりだ!」
俺は腰のスロットから正技さんのSCカードを取り出すと、深界獣に向かって走り出した。
「試験その一だ」
今回の実地試験で確認したいことは三つ。
一つ目は属性を帯びたマフラーによる攻撃の有用性。
二つ目はDAによる必殺技がどの程度深界獣にダメージを与えられるか。
三つ目は攻撃火力の低いDAでも深界獣を倒せるか。
まずは扱いやすく瞬間火力も高い正技さんのカードで奇襲を仕掛けギア:ナイツの援護を行いつつ、それぞれの評価を行うべきだろう。
俺は、SCカードを親指の付け根辺りにかざす。
『ストレート・フラッシュ』
機械音声が響き、自身の能力が格段に上昇するのを感じる。
首から伸びる長い長いマフラーは青白く、真新しい紙のように薄く鋭利だ。
助走をつけ、ギア:ナイツの真上へと跳躍する。
度々予想以上の力に翻弄されることはあるが、ディバイン・ギアによって制御されるこのスーツはある程度のその力を制御し、イメージ通りの動きを再現してくれるため、誤って飛びすぎるようなことはほとんどない。
「はっ!」
首から伸びるマフラーに意識を集中させる。形状を変更。イメージは正技さんのDFD。ただし、空間切断は使用しない。
イメージ通りにマフラーが変形する。
マフラーを副椀のようにして操り、赤い深界獣が伸ばした腕へと切りかかる。
「Grrrraaaa!」
マフラーから手ごたえと魔力の喪失を感じる。
深界獣の腕はマフラーによりイメージ通り切断された。ただし、切断時にマフラーに込められた魔力を大量に消費している。
試験その一完了。
マフラーを副椀とした戦闘は有効であり深界獣にもダメージを与えられるが、魔力を大きく消費する。
攻撃系ではないSCカードを使用した場合の魔力消費と運用評価については要検証。
「試験その二だ」
右腕に装着されたDAのトリガーを引く。
これによりSCカードから供給された魔力が解放され、必殺技を使用できるようになる。
『アブソリュート・ディバイダー』
DAから機械音声が響く。ちなみに読み込み時と必殺技時の音声はディバイン・ギアが勝手に発声しているもので、こちらとしては何も設定していない。
でも格好良いから無問題だ。浪漫だしな!
DAが必殺技を放つための形態に、自動で変形を始める。
腕の甲を始点として肘に埋め込まれた刃が180度回転、さらに前方へとスライド、刃から魔力が放出され、クリアグリーンの刀身に形成される。
力が滾り、世界の速度が遅くなる。
必殺技を使用するのに必要な魔力だけを残し、残りをマフラーに注ぎ込む。
マフラーから爆発的な推進力が生まれ、背後からギア:ナイツを襲おうとしていた白い深界獣へと一足で距離を詰める。
そのままの勢いで袈裟切りを放つが、その直前深界獣は不自然に後方へと弾き飛んだ。
攻撃は僅かに浅く、身体を両断することはできなかった。
力を貸してくれた正技さんなら、きっとこの深界獣がどのような速度で逃げようと両断してのけただろう。自らのセンスのなさがもどかしい。
「uuurrruuuuu!?」
両断には至らずとも本来なら致命傷になるはずの攻撃は、深界獣にとって命に直結するものではなかったようだ。
皮一枚で繋がっていた身体が、見る見るうちに接着されていく。
少しだけ見えた体の断面には内臓や骨格と呼べるモノは何もなく、形だけがモンスターに似た、全くの別物であることがわかる。
『攻撃結果を解析――通常の生物なら確実に致命傷だね。
生体スキャンの結果、放出魔力や体内温度は身体の中心が高く、末端に進むにつれて低いことを確認。
明らかに生物の理から外れているね。
スライムに近い』
『不定形生物か……
深界世界に生息しているモンスターが迷い込んでるのかと思ったが、全く別みたいだな』
『麗火さんからいただいた資料を確認しました。
深界バブルスフィアに現れる前の深界生物の観測例はないそうです。
スライムか、バクテリアか、ウィルスみたいな生命体が、こちらに来て初めて姿を得るのかもしれませんね……』
時間が経過し、クリアグリーンの刃が空間乖離現象に耐えきれず粉々に自壊する。
試験その二完了。
大きなダメージは与えられるが、倒しきるには特定の条件が必要。
恐らくコアとなる魔石を探し出し破壊する必要がある。
試験結果をメモにまとめていると、俺の背中を守る様にギア:ナイツが近づいてきた。
「助かった」
ギア:ナイツの姿を確認する。
歯車の意匠は所々破損し、装甲にもひび割れが見られるが、本体には怪我はないようだ。
このまま戦闘を継続できるだろう。
「必殺技は何回使える?」
現状自分の手持ちで深界獣を倒せるかどうかは解っていない。
検証は行いたいが、確実に深界獣を倒せるギア:ナイツの必殺技を優先するべきだろう。
「……一度」
背部の円盤からは光輪が出現していない。
一度カウントを上げた後、ダメージを受けてエネルギーが拡散してしまったのだろう。
再度の必殺技にはチャージが必要となるだろう。
「了解。それじゃあ最後の試験を兼ねて、必殺技の露払いをしようか」
必要な作業は足止めだ。
それならばサポートをしつつダメージも期待できる翠さんが適任だろう。
俺は腰のスロットから翠さんのSCカードを取り出し、カードリーダーに読み込ませる。
『コールド:プリズン』
短くなっていたマフラーが再度伸び、灰色に染まる。
マフラーについてはDAよりも火力が落ちる反面、操作性と汎用性は高い。
あくまでマフラー状に見えるエネルギーでしかないため、マフラーと全く違う形状についても取らせることができる。
「これでどうだ」
マフラーの形状を大きな掌と変え、関節を無視した軌道で白い深界獣へと高速で伸ばす。
ある程度傷はふさがったとはいえダメージはあったらしく、深界獣は先ほどのような反応で回避することはできず、簡単に握りこむことができた。
「UrrRRRuuu!?」
握りこむと同時に属性を発動させる。属性は『固定』。分子レベルで相手の動きを制限し、結果として凍らせることができる。
通常のモンスターであれば即死するほどの出力だが、構造の全く違う深界獣ではそうもいかず、弱弱しいながらも身体を動かしている。
試験その三完了。
深界獣の内部まで固定が効果を発揮しているが、その存在を破壊することはできない。
やはり高火力を直接コアにぶつける必要があるようだ。
俺は掴んだ深界獣ごとマフラーを振り回し、こちらに迫り来た赤い深界獣に叩きつける。
「GGGGrrrrggggaaaaa!」
しかし赤い深界獣はとっさに光球を放ち迎撃してくる。
マフラーに触れると破壊される可能性がある。俺は白い深界獣が光球に直撃するようとっさに角度を調整する。
白い深界獣に触れた光球は、共に弾かれるようにして彼方へと反れていった。
制御結界による光球操作の応用だろうか。
「Gra!Gra!Graaaaaa!!」
俺に対する脅威度を上げたのか、赤い深界獣ギア:ナイツを放って、俺にターゲットを切り替えたようだ。
直前に放った光球の数倍の大きさの光球を作り出す。
D-Segで確認するが、その中心温度は太陽のコロナと同程度――およそ150万℃だ。
高度に制御され周囲への余波はほとんどないが、それでも大気は歪み公園の草木は自然発火する。
生身ならば生きてはいられないだろう。
だがしかし――
「残念だが、ソレなら問題ない」
『フローズン:プリズナー』
トリガーを引き、必殺技を発動する。
DGSの右腕が再度展開、各関節のロック機構が解除され、二回りほど大きい異形の腕へと変貌する。
「Graaaaaa!!」
ありったけの力が込められた光球が放たれる。
「はぁ!」
俺は展開した右腕の掌を、迫りくる光球に叩きこんだ。
現在この右腕に宿る属性は『定温』属性。
効果は単純だ。どんな温度でも、一瞬で指定した温度へと変えてしまう。
例え、それが太陽の如き熱量であったとしても。
掌が通った後、そこには光球は存在せず、涼しい風が流れるだけだった。
まさか幾ばくかのダメージも与えられないとは思っていなかったのだろう。赤い深界獣の動きが完全に停止する。
必殺技を使ったため俺自身の能力は元に戻ってしまったが、マフラーに流しておいた魔力については僅かに残っている。
この魔力が尽きる前に勝負を決めなくては。
「時間まで止まっていろ」
マフラーを枝分かれさせ、呆然と立ち尽くす深界獣の隙を逃さず握りこむ。
「Grr…rr」
白衣と一緒に取り込んでおいた予備の小型エーテルバッテリーから魔力を供給し、深界獣を一気に固定する。
深界獣の声が次第に小さくなり、体の表面を霜が覆っていく。
これで二体の動きは完全に止まった。
残りの魔力的にあと数十秒しか維持できないが、幸いそれで十分のようだ。
「ファイナルカウントの時間だぜ」
左手を上にかざす。
その先に存在しているのは、エネルギーの再チャージが完了し、必殺技の発動モーションに入っているギア:ナイツだ。
『カウント:ナイン』
ナイツが左腕のスロットにカードをスライドさせると、背部の円盤から光の奔流が噴出する。
俺は二体の深界獣を、彼が狙いやすいように中空に放り投げる。
「はあぁぁぁぁっ!」
光を推進力に、ナイツの身体が光の矢となり一塊になった深界獣の身体を貫いた。
『カウント:エンド。
グッバイ』
ナイツが地面を滑るように着地し、その後ろでは貫かれた深界獣が大爆発を起こした。
なんとか戦闘には終了した。
深界獣にとどめこそ刺せなかったものの、及第点と言っていいだろう。
しかし様々な課題が浮き彫りになった。さて、どうするか……
「誰だ?」
深界獣の爆発後を検分しながら考えていると、後ろから声をかけられた。
振り向くと、グレーの髪に白と黒のメッシュが特徴の青年が立っていた。
その瞳は燃え盛る炎のように赤く、鋼のように鋭い。
制服は学ランだが、所々を歯車の意匠が施されたプロテクターが覆っている。
彼が一文字昇人だろう。
「俺か……そうだな」
自己紹介を始めようとした時、ふと重大なことに気が付いた。
ディバイン・ギア・ソルジャーとしての名前を考えていなかった。
『ヤバいぞ、仁、雪奈、アイズ!変身後の名前を考えていなかった!』
変身解除で時間を稼ぎつつ、至急脳内チャットで連絡を取る。
名前は大事だ。俺一人で決めることはできない。
『それは大変です!』
『仁はまだマスターのベッドで寝てるね』
仕方がない、仁には後で了承を取るとして、今いる三人で決めてしまわねば。5秒くらいで。
『イノベーション・ギルドのギルドマスターなので、ギア:マスターかギア:イノベーターで!』
『却下。
ギア:マスターだとディバイン・ギア・ソルジャー全体にとってのマスターのようだし、ギア:イノベーターは名前が長すぎる。
やっぱり長くても4文字以内に収めたい』
『それじゃあ僕から一つ提案するね』
アイズから名前の意見があるとは珍しい。
予め考えていたのだろうか。
『―――』
……なるほど、確かにそれ以外に考えられない。
だがその名前は――アイズにもヒーローへの憧れがあったのだろうか。
『私は、好きです!』
雪奈からの賛同も得られた。決定だ。
「…………俺はディバイン・ギア・ソルジャー:アイズ。
ギア:アイズとでも呼んでくれ」
ステータス111。1を転じてI。
故にIs。仲間との絆を武器に戦う、アイズからのサポートを受け戦う戦士。
それがディバイン・ギア・ソルジャー:アイズである。
バブルスフィアが戻り陽光が差す。
戦闘の時間は終わり、これからはお喋りと絆を深める時間だ。
「そしてその正体はDAMAトーキョー普通科一年。
イノベーション・ギルドの『彼方の始点』平賀良二」
それではまず、嫌われ役から始めよう。
「DAMAトーキョー剣聖科一年、『ギア:ナイツ』一文字昇人。
DAMAトーキョー普通科一年、『ギア:アルス』火野輪之介。
今日はお前たちに、補習と追試の日程を伝えに来た」
「今日のは失敗作ね。
でも実験は上手くいったかしら。
これで美味しいコをもっと作れるわ」
遠くで、妖艶な女性が一部始終を目撃していた。
彼女は掌の上で一口大の金平糖のようなお菓子を転がすと、それをつまみ口の中に入れ、ゆっくりと丁寧に味わった後、コクリと嚥下する。
「ああ……でも、それよりももっと美味しそうなコがいる」
女性はうっとりと自身の喉元を撫でる。
「いただきましょう。味わいましょう。一つになりましょう。
この世界が滅びる前に、忘れられない思い出を作りましょう」
三人のディバイン・ギア・ソルジャーが集結し、いよいよこの特撮ドラマは終盤に差し掛かる。
Is x 111 - 了
祝!初勝利!(ダミー正技さん除く)
でも1vs1ではなく、とどめもさせていません。
正式な勝利はいつになるやら。
終盤に差し掛かるとありますが、現在折り返しです。後半は戦闘マシマシでお送りしたいです。
お読み頂きありがとうございます。
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