第五話 剣聖生徒会生徒会長は多感である
「私、駄目ね……」
良二くんが最後によくわからない質問をして部屋を出た後、私――草薙麗火は大きくため息をついた。
迷惑をかけてばかりだ。
「ダメなのはあの二人ですよ」
隣で翠さんが憤慨している。
「一番駄目なのは貴方よ」
剣聖生徒会副生徒会長、厳島翠。
翡翠色の瞳が特徴的な小柄な少女。
髪はアッシュグレイのショート。切れ長の瞳の彼女に良く似合っている。
黒地を金糸で彩っている生徒会専用のブレザーも、彼女の魅力を引き出している。
綺麗と可愛いが素敵に融合している。
うん、見た目は良いんだけどね。
「認めたのは同席のみ。
口を挟むことは認めてないわ」
彼女に目を合わせ、言う。
ビクリと身体を震わせた翠さんは口をつぐみ、周囲に浮いていた氷の欠片が一瞬で蒸発する。
今更黙られても、と思う。
事の発端は昨日、伸びに伸びていた生徒のお悩み相談所の設立が正式に決まったこと。
伸びた理由は保守派と革新派の教授でスタンスに大きく違いがあったのが原因だろう。
技能と技術、どちらに比重を大きく置くかというDAMAトーキョーの根底に関わるものでもある。
古い人ほど選ばれた才能である技能を崇め、汎用的な技術を嫌う傾向にある。
今は技術派が優勢だけれど、実績によっては技能派が返り咲く可能性も残っている。
そこで白羽の矢が立ったのが『お悩み相談』だ。技術をメインとしたデータバンクを設立することで、技術と技能の更なる発展への試金石とするつもりだろう。
そのため、技術に熟知した聖教授と、その助手が選ばれた。
まぁ、良二くんを推薦し、陰ながら動いていた私としては都合がよかったけれど。
しかし設立にあたって、十分な能力があるか試験をすることになったらしい。
私は以前に何か困っている生徒はいないか聖教授に聞かれ、正技さんの件を伝えたけど、その時の私は試験のことなんか知らなかったのだ。
色々知ったのは良二くんからアポの連絡が来る直前だった。
最初は、私と良二くんの二人だけで合う予定だった。
今回の依頼は訳ありで、良二くんならそこの所をちゃんと汲み取ってくれるからだ。
二人だけなら、依頼に関係ない、色々なお話もできるし。
彼の右腕である、雪奈ちゃんのことも、色々と聞いてみたかった。
でも、翠さんが嫌がった。
言えないことも色々あり、無理矢理押し切られる形で翠さんの同席を許した。
そうなると良二くんだけ、ともいかず、お悩み相談所のメンバーの雪奈ちゃんも同席することになった。
……あぁ、やっぱり一番駄目なのは最初にちゃんと言えなかった私だ。
「私たちは生徒達の代表だけど、生徒のトップじゃないんだから、喧嘩を売るような物言いは駄目。
二つ名についても、最新のものが良いわけではないの。
相手に合わせることも大切なの。貴方も二年もここにいるのならわかるでしょう?」
二つ名は実績や評判によって得られる。
その中には本人が好きではないものもあるだろう。
あるいは、特定の人との思い出になっているものもあるだろう。
『九火』。彼に手伝ってもらって手に入れた二つ名だ。
『十ツ火』。彼と別れることになった二つ名だ。
彼にあだ名ではなく名前で、そして『十ツ火』の二つ名で呼ばれたのは少し堪えるところがあったけれど、彼との関係に仕切り直しができたと考えを変えよう。
うん、悪くはない。少なくても昨日よりは何倍もいい。
「わかったら返事」
「……はい!」
叱るように言ったのに、翠さんが目を輝かせて応える。
翠さんの二つ名は『コールド:プリズン』
coldではなく、calledだ。
周りには容姿のせいでクールと思われているが、実際にはクールではなく頑固だ。
しかもあろうことか、私のシンパだ。妄信されているという気配を感じる。
彼女の方が一学年年上なのに……
彼女が副会長に任命されたのは、何らかの裏工作があったからだと考えている。
少なくても偶然ではないだろう。それを考えると、やはり今日は同席を許可するべきじゃなかったかもしれない。
「でも雪奈ちゃんも……」
良二くんの右腕だという雪奈ちゃん。
彼女にも危ないものを感じる。調べたところによると、彼女は良二くんに助けてもらい、体調管理のDAを送られている。それが原因だろう。彼女の経歴を考えると、異常なほどに依存していてもおかしくない。
お互い、大変な一年になりそうだ。
「何か?」
翠さんが首を傾げる。
「雪奈ちゃん可愛かったなって。
背伸びした感じの白い学ランが、応援団で一生懸命頑張ってるみたいでキュートじゃない?」
良二くんも似合っていた。
眼鏡も、白衣も、学ランも。
「そうですか?
伝統と格式高いDAMAトーキョーに、白学ランなんて不要と思います。
それに生徒会長の方が素敵ですが」
「ふふっ、ありがとう」
今日の私は久しぶりの浴衣姿。
昨日、偶々偶然魔力の制御に失敗し熱暴走して生徒会の制服が焦げてしまったため、以前用意して袖を通していなかった一張羅の浴衣を着てきたのだ。
「やっぱり生徒会長は浴衣です!
これからも浴衣を着るべきです!」
「でも、やっぱり生徒会長なんだから、生徒会の制服を着ないと……」
「伝統も格式も不要です。
これからはもっと自由に生きていくべきなのです」
「30秒前と言っていることが違っているわよ?」
もし、二人きりで出会えていたのなら、彼も何か言ってくれたのだろうか。
……どうせ、私の服なんか見てないか。
何も言ってもらえなかったことを残念に思いつつ、左腕のブレスレットに目を向ける。
アクアマリン・ブルーのブレスレットに填められた宝玉が、二つ赤く染まっている。
私は魔力が異常に高く、熱量に関する属性を持っている。それが感情により暴走すると周囲を焼いてしまうため、ブレスレット型DAで制御している。
月に一度一週間程度最悪な気分で過ごしたとしても、普通なら一つ赤く染まるかどうかだ。それが今日で二つも赤く染まっている。
良二くんはそのことに気が付いただろうか。
恥ずかしくはあるけれど、そこに込められた想いくらい、少しは理解して欲しい。
「……それで、本当に平気なんでしょうか?」
興奮が収まった翠さんが尋ねてきた。
この件が失敗すると、今後のお悩み相談にも影響が出るだろう。
良二くんは知らないことだが、校内の勢力図も大きく変わる。
責任は重大だ。
あと、私と良二くんの関係にも影響が及ぼされる。
絶対にミスは出来ない。
「良二くんなら平気よ。
きっと解決してくれるわ」
信頼しよう。
それが依頼した私の責任だ。
「昨日追加された平賀良二の三つ目の二つ名。
それに何か関係が?」
「……彼はね、私たちとは違うのよ。
出来ることは出来るけど、できないことは絶対にできない。勝てない人には絶対に勝てない。
その程度の才能なのよ。
でもね。だからね。
私たちより挫折に多く、長く向き合ってきたの」
「……」
私の言葉に何を感じたのか、翠さんが真剣な顔で見つめてくる。
「最悪の中でも楽しく面白く、自分のルールで向き合うの。
そうして手を伸ばし続ければ、きっと、少しだけでも手が届くと信じてる」
素敵でしょう?
私は、翠さんに微笑みかける。
「それでも、実際に手が届かなければ意味はありません」
それについては心配ご無用だ。
「問題ないわ。
良二くんは決して手の届くはずのない私を、何度も負かして来たのだもの」
平賀良二の二つ名は三つ。
『アドミニストレータ』
彼の属性に関するもの。
全ての属性を持つが、その属性値は鍛えていない一般人と同程度しかなく、成長もしない。
『常勝常敗』
彼の成績に関するもの。
学習能力が高く一般人には確実に勝てるものの、慣れてきた天才や鍛えた人には絶対に敵わない。
『敗北に笑う』
彼の生き様に関するもの。
例え負け続けても、何時か何処かで一度だけ。彼は喉元にナイフを突きつける。
二つ名を手に入れるのは意外と簡単で、二つ名に理由を添えて生徒会に申請し、それを生徒会が認めればいい。
例え何も功績がなくても、想いさえ籠っていれば誕生日プレゼントで送ることだってできる。
最後の一つは私からのプレゼント。
私の人生を変えてしまった彼への、ささやかな私の想い。
Viva! Young Age! - 了
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