第十三話 魔眼は偏差を見逃さない
「次の議題に行く前に一つ質問があるんですけど、いいですか?」
雪奈が慎ましやかに手を上げる。
「どうぞ」
許可する。
「気になっていたんですけど、シュバちゃん先輩のシマ――」
「『揺らめく灯』だ」
「シマンデ・リヒターと神託?というのはどういう物なんですか?
それで深界獣の出現位置と時間が解ったんですよね?
深界獣退治に使うのなら、どういうものなのか知っておきたいです」
雪奈が首を傾げる。
なるほど、もっともだ。
「ふむ。我が許可しよう。
ツヴァイベスターよ、娘に我が恐るべき能力を語って聞かせてやるがいい!」
「え?」
「え?」
唐突に話を振られ首を傾げると、仁も同じように首を傾げる。
三人とも首を傾げている。
「……お前とは中学からの付き合いだが、一度もまともな説明を聞いていないぞ」
むしろ、仁本人もまるで理解していないと思ってた。
「むむむ、そうであったか?
仕方がない、我から解説してやろう。
光栄に思うがよい!」
仁はコタツから出ると立ち上がり、バババッと格好いいポーズをとり、最後にゆっくりと眼帯を外した。
眼帯の奥からは金色の光を宿す瞳が姿を現す。
瞳は仄かに輝いており、仁の整った褐色の相貌を引き立てる。
所々に金のメッシュの入った黒い長髪に褐色の肌、甘いマスクに美しい黒と黄金のオッドアイ。
それが烏丸仁の本当の姿である。
「この魔眼に宿る属性は『偏差』……万物の定常点からの差分を観測する力だ」
「定常点からの差分?」
「その物質の、あるいは現象の『あるべき姿』との誤差と言ったところか。
それを波や色として視ることができる。
その応用により、不純物の精査、属性分布を『視る』ことも可能だ」
「ディバイン・ギアを見たときに何か言っていたな」
「宝玉の構成情報について確認した。
我の見立てでは純度はオーバーイレブンナイン。聖剣博物館に展示されている神器で同じようなものを見たことがある。
つまり国宝クラスだな。
属性は全属性をわずかに含んでいるが、1属性だけ異常に値が高い。おそらくはそれが『深界』属性だ」
オーバーイレブンナイン、つまり純度が99.999999999%より高い魔石か。
未だ人の手では作り出せず、ダンジョンからの産出量も多くない。
その純度でこのサイズなら、様々な機能を持たせることができる。
そこに始原回路をかけ合わせれば、今の科学では理屈の解明できない未知の現象すら起こせるのだろう。
「凄いですね……格好いいです!」
雪奈が目をキラキラと輝かせる。
「そうだろうそうだろう!」
仁がノリノリでポーズをとる。
「だが、それと神託はどう関係してるんだ?
前に魔眼から神託を受けてると言ってただろ?
『偏差』属性とどう関係してるんだ?」
シマンデ・リヒターについては何となくどんな能力なのかイメージがわいたが、どうにも信託とは繋がらない。
「神託か……
未だに我も完全な理解は得ていないのだが――」
仁が顎に手を当て考える。
「ツヴァイベスターよ、『共感覚』という言葉は知っているか?」
共感覚とは、音を色として感じたり、色を匂いとして感じたりと言った、特定の感覚を他の種類の感覚と同時に受けているように感じる現象。
出典: フリー百科事典『デヴィアペディア(Devia-pedia)』
すかさずアイズがディスプレイに解説を映してくれる。
「へぇ……そんなことってあるんですか?
私初めて知りました!」
「物事の受け取り方――感性の一つみたいな感じだな。
黄色い声、みたいに感覚を全く別の感覚で例えることがあるだろう?」
「ありますね。
言われてみると、確かにそんな感じに表現できるのかなって納得することもあります」
「情熱の赤とか、静謐の青とかも同じかもな。
イメージカラーとか。
文章に美しさを感じるというのも、言われれば不思議なもんだ」
ディスプレイを見ながら雪奈とわちゃわちゃ話す。
「文章に美しさを感じる、というのが近いのかもしれんな。
最も我の場合は逆なのだが」
仁が自らの左目に触れる。
「我はその共感覚で偏差を文字として受け取っている』」
「確かに、理論上有り得なくはないが……
確認は取れているのか?」
仁は首を横に振る。
「だが、深界獣の出現位置と時刻が解った件については予想がついている。
観測したバブルスフィアに『深界』属性が混じっていることに無意識のうちに気が付き、過去の偏差情報からその『深界』属性と関係している属性を持つ生徒が現れる時間を割り出したのだろう」
過去の情報を読み解く事で、未来を予測したという事だろう。
本当にそんなことが可能なのかはわからないが、そういう技能が存在しているという噂は耳にしたことがある。
「この魔眼は幼少の頃から我と共にあるが、その能力を理解し始めたのはDAMAトーキョーに入学した後からだ。
まだまだ理解の及ばぬ力が隠されている。
理解できる『偏差』ですら我の視えているものの一部にすぎん。
覚えておくがいい、ツヴァイベスターよ。
世界は貴様が予想している以上に情報に満ちている」
仁はそう言うと左目を軽くマッサージし、眼帯で覆い隠した。
彼の言う通り、見えている情報が莫大で負荷が大きいのだろう。
綺麗な瞳が隠れてしまい、雪奈が少し残念そうだ。
「シュバちゃん先輩、お話ありがとうございました。
それで、深界獣についての神託は今後も授かりそうですか?」
「それについては問題ない。
直接『深界』属性を見て我自身がそれを覚えた。神託の精度も上がるであろう。
いや、信託すらも必要ない。
今ならばバブルスフィアに紛れた小蠅の如き深界獣の種など、数キロ離れていても我が魔眼で瞬く間に見つけて見せよう」
仁が大仰なポーズをとる。
「それは凄いです!」
「そうだろうそうだろう!
明日にでも実践して見せよう!!」
雪奈が煽て、仁が調子に乗る。
どうやら雪奈は仁の扱い方を覚えたらしい。
「マスター!」
雪奈がニコニコこちらを見る。
「私も今度魔眼が欲しいです!」
…………前言撤回。
どうやら彼女は本心から魔眼を格好いいと思っているようだった。
まぁ、俺も同じなんだが。
Evil x Eye - 了
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