第四話 剣聖生徒会の麗火さん
「久しぶりね、良ちゃん」
翌日の放課後、俺と雪奈は依頼内容を聞きに剣聖生徒会 生徒会室に来ていた。
面倒だしオンラインで良いと思うのだが、それどころかメールでもいいと思うのだが、やはり顔を合わせるというのは重要なのだ。
俺の目の前にいるのは草薙麗火。
剣聖生徒会会長であり、俺の幼馴染でもある。
最近忙しく、ずっと顔を合わせることができなかった彼女が元気でいるところを、直接会って確かめたかったということもある。
麗はニコニコしていて、とても機嫌が良さそうだ。元気そうで何よりだ。俺も嬉しい。
「会長」
麗の隣に立つ、灰色の髪の少女が不機嫌そうに麗に声をかける。
「……久しぶりね、『アドミニストレータ』平賀良二くん」
麗は小さくため息をつくと言い直す。立場というのは重要だ。今の俺は彼女の幼馴染ではなく、新しく設立予定の胡散臭い名前の組織の代表だ。それなりの対応が必要なのだろう。
「久しぶりだね、麗――『九火』草薙麗火さん。
ホームルームくらいは顔を出した方が良い。みんな寂しがってる」
俺も敬語で話そうと思ったが、彼女の表情を見て呼び方を変えるだけにとどめる。
フランクな、昔通りの喋りに麗――麗火さんはほっとした様子だ。やはり、昔馴染みの俺に距離を置かれた反応を取られるのは寂しいのだろう。
代わりに灰色の髪の少女に冷たい瞳で見られるが、それは必要経費だ。
それにしても、肌に物理的に痛みを感じるほどの冷たさだが、冷たい瞳とはそのようなものだっただろうか。周囲に氷も浮いているように見えるのだが。
ちなみに挨拶の際に二つ名を付けるのは、DAMAトーキョーの一般的なルールである。
前に質問したが、聖教授の知る限り、そうなった理由は特にないらしい。
あえて言えば格好いいからか。
「今は『十ツ火』だ」
灰色の髪の少女が不機嫌そうに話しかけてくる。先ほどの反応と言い、俺のことが気に入らないのだろう。
「……ああ、そうだったな。
『十ツ火』草薙麗火さん」
麗火さんが困ったような顔をする。俺と麗火さんの間では、その二つ名にあまりいい思い出はない。最近疎遠になっていた原因だからだ。
とは言え、いつまでも引きずるような重い話でもない。そんなものは二つ名で呼んできっぱりと振り払ってしまうに限る。
『この人が生徒会長さんなんですね。
綺麗な人です。なんというか、凄い華やかで、素敵な大人のお姉さんという感じです!』
雪奈が脳内チャットで語りかけてくる。
脳内チャットは眼鏡をかけてすぐにアイズが呼び掛けてきたときに使用した機能で、相手が同じ機能を持った眼鏡かけておりかつ短距離なら言葉にせずに脳内で相手と会話ができる。
通話の他に画像のやり取りなどもできるらしい。
剣聖生徒会 生徒会長 草薙麗火。
大人びているが、俺のクラスメートであり、幼馴染でもある。
何時も柔和な微笑みを浮かべているが、その髪色は非常に派手な紅蓮のような赤色で、そこに燃え立つような深紅のメッシュが走っている。髪は長いのだが、服装に合わせ後ろでかんざしを使い束ねている。
その髪色は昔と比べてより赤く、明るくなっている。
強い属性は髪色と目の色に影響を与える。今の彼女は、昔より強い力を持っているという事だろう。その煌々と光る赤い瞳も吸い込まれそうなほどに美しい。
制服は浴衣。生地は薄手で、帯により大きめの胸が持ち上げられ存在を強調している。疎遠になるよりも、一回り大きくなっているようだ。
昔聞いたところ、彼女の浴衣は耐熱処理マシマシの特注品だとか。
髪色を見てわかるとおり、彼女の属性が熱に関するもので、自身の熱から周りを守るためだ。
今まで見たことがない柄のため、強くなった属性に対して作り直したのかもしれない。
艶やかなオレンジがよく似合っている。
耳にはアクアマリン・ブルーのクリスタルが飾られたピアス。
袖からわずかに覗いている同色のブレスレットには5つの宝玉が填められており、その一つが赤く染まっている。
『実績も凄いぞ。一年で二つ名を三つも持っているのは彼女くらいじゃないかな』
二つ名は実績を積むことによって送られる。
実績の内容は様々だ。単にレアな属性に対して贈られることもあれば、授業の高得点や大会での好成績といった評価、友人たちからのあだ名が二つ名になることもある。
麗火さんの場合は八つの火や熱に関する属性を持っていたことから生まれた『八火瓊』、
火や熱に関する特殊で有意義な技能の解析とそれを使用したDAを開発した功績による『九火』、
そして『惑星焼却式』という非常に高度なDAの生成に成功し、その構築基礎概念がDAサイエンスに論文が掲載され『十ツ火』の二つ名を得た。
あだ名や価値のない属性に由来する二つ名しか持たない俺とは大違いだ。
ちなみに二つ名を付けることになった由来についても、聖教授の知る限り特にないらしい。
あえて言えば格好いいからか。
ちなみに書道の腕にも覚えがあり、彼女の後ろに見える「呉越同舟」も彼女の字だ。
……何故に呉越同舟?
「彼女は『イノセント・ヌル』狐崎雪奈。俺の助手になるのかな」
雪奈を紹介する。
「初めまして。マスターの右腕の雪奈です」
雪奈がぺこりとお辞儀する。
「私は『コールド:プリズン』厳島翠。副生徒会長だ」
睨み付けるような表情であいさつされる。やはり歓迎されていない。
「それじゃあ、依頼について聞かせてくれないか?」
久しぶりに会った幼馴染と個人的に色々と話したいが、独立強襲型生活革新委員会の代表としてきている以上、そういうわけにもいかない。
というか翠さんがいては満足に話もできないだろう。
まぁ、これが立場の違いという奴だ。
実績を積み、実力を示し認められれば、前の様に軽口をたたくこともできるようになるだろう。
何時までも置いて行かれるわけにもいかないし、頑張らなければ。
「良二くんはどこまで聞いてる?」
「独立強襲型生活革新委員会の結成と、依頼があること以外は何も。聖教授はさっそく部屋に閉じこもってしまったので」
「独立強襲型生活革新委員会……?
ああ、あの人は……」
困ったような笑顔をさらに困らせる麗火さん。
独断だったのかよ、あの名前。よし、あとで変えよう。老人(30代後半)のセンスに合わせては時代に取り残される。
「それじゃあ私から話すわね。
とは言っても、私も詳しくは知らないのだけれど」
「今回貴方たちに対応して欲しいのは剣聖科二年の藤原正技さん。
天元流剣術部部長で、二つ名は『瞬きの一文字』
期限は一月。来月の年度末実技試験で、正技さんと戦ってもらうわ」
二年及び三年は、聖剣による実技試験がある。研究発表と言い換えてもいい。
一年を通して造ったDAの機能を披露するのだが、複数人による競技形式になることもある。
今回の場合は一対一の試合形式の戦闘だろう。
「正技さんは入学直後に部を立ち上げ、その2か月後に初めての道場破りを達成しているわ」
『道場破りは名前は物騒だが、要はルールに乗っ取った、部活動や研究のための施設の正式な取り合いだ』
雪奈に注釈を入れる。
脳内チャットは話の腰を折らなくていいから便利だな。
「そのあと一月置きに合計二回道場破りを達成し、今の道場を手に入れたわ。
それ以降、平均して月に一度程度道場破りを挑まれていますが、すべて返り討ちにしてるわね」
強く優秀な聖剣剣聖が良い施設を手に入れる。
同格の施設を持った相手に道場破りを挑むことはないだろうから、挑んできたのは全て格下となるが、それでも道場破りは相手有利のルールだったはず。
DAMAトーキョー筆頭剣士というのは過言ではないのだろう。
「一年のころは部長として研鑽を積みつつも部員の指導に励んでいたけど、二年の夏休み以降は剣技の修練にかかりきりになってしまって、ほとんど部員への指導もしなくなったわ。
部員も指導は受けられないし、研究室も使えないから最近はあまり通っていないみたい。
今ではほとんど授業にも出ず、研究の成果を実績として提出するだけ」
「それだけやっても研究の成果が上がっていない?」
「いえ、研究の方は上手くいってるわね。既存の同系統技術と比べて、200%近い性能向上だとか。
実績だけで言うと、もう卒業資格もあるわ」
……なるほど。なんとなく読めてきた。
「研究内容は聞いても?」
「専攻は空間切断。
彼の実家は『蜻蛉切』の技術を受け継いできた一家なの」
『蜻蛉切だって!?』
『知っているんですか、マスター!?』
ノリで驚いてみると、雪奈がノッて来た。
蜻蛉切は、刀の形状をした聖剣。国宝に指定されており、2022年時点では上野国立聖剣博物館収蔵。
空間切断の機能を持っていることで知られており、DA黎明期にDA技術の発展に大きく貢献した。
出典: フリー百科事典『デヴィアペディア(Devia-pedia)』
アイズが解説してくれる。
ありがとうアイズ。君は俺の100倍賢い。
おかげで何となく行き詰っていること、相談内容に想像がついた。
一応確認しておこう。
「お悩み相談をすることになった理由は?」
「……ごめんなさい、話せないわ」
「では、今回の依頼者について」
「……ごめんなさい」
「どういう解決を望んでいるのか」
「……ごめんなさい」
麗火さんが眉根を寄せながら、困ったように笑う。
この反応、恐らくは『察してくれ』ということだろう。
「すみません。よろしいでしょうか?」
今まで(脳内チャット以外では)黙っていた雪奈が口を開く。
「それが依頼する側の態度でしょうか?
依頼はするが依頼者も依頼する理由も何をしてほしいかも教えていただけないとは、最低限の礼儀というものを知らないでしょうか?」
雪奈が非常にキレている。
「生徒会長に口が過ぎるぞ」
止めて翠さん、火に油を注がないで!
「態度が過ぎるのはそちらでしょう?
期末試験と入学試験を置いて依頼を受けに来た人たちに対して、それが本当に正しい態度だと思ってるんですか?
情報不足により依頼に失敗した場合、責任はそちらにあるということになりますが、もちろんこちらが受けた損害につてはそちらで負担していただくということですよね?
どう責任を取るおつもりですか?」
雪奈の舌が回り、畳みかけていく。
快活で素直な少女だと思っていたが、まさかこんな一面があるとは。何が彼女の琴線に触れたのだろうか。
「雪奈、ストップだ」
翠さんにメンチを切る雪奈を止める。
雪奈は肩に触れる右手を見ると冷静になったのか、「すみません」と頭を下げて元の位置に戻った。
「……あの、やっぱり」
「いや、いいよ麗火さん」
何かを伝えようとした麗火さんを止める。
「それも含めて、ちゃんと判断できるかという話なんだろう?」
苦笑した顔で麗火さんが頷く。
指示したのが誰だか知らないが、DAMAの上の人たちはクソばかりだということはよく知っている。
DAに長年携わると、倫理観と行動原理がおかしくなると聞く。教員と言う立場にありながら、困っている生徒をダシにあれやこれや画策するのはよくあることだ。
いや、だからこそ、聖教授はそれらの影響を受けない、独立強襲型生活革新委員会なんてものを造ろうと思ったのだろう。
まだまともな子供たちに、精一杯青春を謳歌してもらうために。
それを含めても名前はダサいから変えるが。
「お願いが一つ。藤原正技さんの戦闘に関する情報を、可能な限り貰えないか?
無理と言われれば後日道場破りの全記録についての開示を、正式に依頼するだけだけどな。
そうなると規則上断れないだろう?」
「そうね。わかるだけ全部、あとで送っておくわ」
挨拶は終わったし、もらえる情報も全部貰った。
敵対心剥き出しの二人がいるのでは世間話もできない。この場はひとまず立ち去る方が良いだろう。
「それじゃあ、失礼します」
頭を下げて、踵を返す。
「ねぇ良二くん。
依頼を受けてくれてありがとうね。
きっと大変だろうけど、貴方ならできると……いえ、きっと、貴方にしかできないことだから」
俺の背中に、麗火さんが声をかける。
買いかぶりだ、と返そうとして止める。それは俺に依頼している麗火さんに失礼だろう。
俺と麗火さんの仲は古い。幼稚園の頃からだ。その頃から戦って戦って戦って戦って、負けて負けて負けて偶に勝った。
対戦相手から見た俺の評価という点では、俺よりも正確に把握しているだろう。
「相手が探求者なら、俺は開発者だ。開発者なりのやり方を見せるだけさ」
それがきっと望まれていることなのだろう。
新しいものを創るわけではなく、ありあわせで解決を図る。それが俺のやり方だ。
「俺だけならともかく、俺には二人も天才がいる。やれないことはないさ」
そうにしている雪奈の頭をポンポンと叩く。
「……!そうですね!私がいるから大丈夫です!」
それだけで雪奈の機嫌は治ったようだ。
「……雪奈ちゃん、良二くんを頼むわね」
何か眩しいものを見るように、麗火さんが目を細める。
『……生徒会長と何かあったんですか?』
雪奈は何かを察したようだ。
『生徒会長になる前までは色々とな。
まぁ大したことじゃないし、雪奈もあまり気にせずに接してくれ。
色々と板挟みになって大変そうだし、いがみ合わないでくれると助かる。
彼女は凄い人で、凄い良い人だから』
彼女を知ってもらうにはどうすれば良いだろうか。
ああ、そうだ。
「最後に一つだけ、ずっと気になっていたことを」
振り返り、問う。
「なんで生徒会は剣聖生徒会なんて言う名前なんだ?」
俺の問いに麗火さんはキョトンとすると一拍置いて笑う。
「そうね……考えた事もなかったけれど、格好いいから私は好きよ」
結局、彼女も俺と同じ穴の狢であり――それは凄く好ましいのだ。
"Cool" Takes Precedence over Anything Else - 了
麗火さんは雪奈と同じくメインヒロインとなります。
本格的な出番は二勝以降を予定していますが、雪奈共々気に入っていただけたら幸いです。
ちなみに個人的に30代40代はヤングです。
お読み頂きありがとうございます。
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