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第九話 世界と深界の狭間にて

 世界が一気に暗くなる。

 それは日が落ちた暗さというより、明かりがベールに包まれたような暗さだ。

 明るくはないが、何故だか周りははっきり見える。


 世界という情報に、薄くて黒いノイズが被さっている。それが異質となったバブルスフィアに、俺が感じたことだった。


 辺りを見渡す。雪奈と仁はもちろん、他の生徒も鳥や虫すらも存在を感じられない。

 草や木は残っているが、これは元々バブルスフィアに取り込まれた時点でダミーになっているから関係ないのだろう。


『アイズ』


 スマートグラス(D-Seg)でアイズに呼びかけるが反応なし。

 各種通信も確認してみるが全て圏外だ。


「なるほど、これが『深界』属性に浸食されたバブルスフィアか」


 腕を組み、一つため息をついた。




 運良くというか運悪くというか、来て早々に取り込まれてしまった。


 俺が今いるのは八咫桜が生えている校庭の端の方だ。

 校庭にはDAの作業用にバブルスフィアが展開されているが、一つで校庭全てを覆っているわけではなく、いくつかのバブルスフィアに分かれている。

 その中のいずれかが『深界』属性に侵食されると考えていたのだが、俺たちが入っていたバブルスフィアが偶然当たりだったらしい。


 本来なら取り込まれる前に打ち合わせがしたかったんだが……


『アイズ』


 再度アイズに問いかけてみるが応答なし(・・・・)

 応答がないのは仕方がないか。『深界』属性のバブルスフィアは完全に外部と遮断されている。通信がつながらないのもそれが原因だ。念話だって外にはつながらないだろう。


 アイズが反応してくれるなら一番良かったのだが、そうでない以上自分ですべてやるしかない。



「それじゃあ、楽しい楽しい深界探索を始めるか」




 今回調べるべきは大きく分けて四つ。


 ・資料にある情報が正しいか

 ・深界バブルスフィアの詳細

 ・情報を持ち帰ることができるか

 ・DGSと深界獣の戦闘内容


 一つ目。バブルスフィアや深界獣の資料は貰っているが、その真偽について確認しなければならない。

 貰っている情報は少ない。

「外に出ることはできない」「通信は遮断される」「解除時に『深界』属性保有者以外の記憶や電子機器の情報が消える」等々だ。

 事件の解決が最優先となるが、深界獣を倒すとバブルスフィアの変異が元に戻ってしまうため、詳しく調べることができていないらしい。

 貰った情報についても記憶頼りなので、実際の現象を勘違いしている可能性もある。


 二つ目。『深界』に染まったバブルスフィアを計測することで詳しい属性や特性についての情報を入手する。

 属性が解れば今回の『深界』属性の詳細も解析できるので、対応がしやすくなる。

 最低でも中継器を設置できるようになりたい。中継器が使えれば外部との情報のやり取りもできるようになるはずだ。


 三つ目。バブルスフィアから外にデータは持ち出せないが、やっぱり撮影情報や各種情報は電子的に持ち帰れるようにしたい。


 四つ目。生で戦っているところはやっぱり見たい、というのが本心で、深界獣の倒し方の方法について確認しておかなければいけないというのが建前だ。

 間違えた。逆だ。


 とりあえず時間がかかることから始めるべきか。

 魔法情報メモリ(DAIM)から情報化されたDAドローンの実体化を試みる。

 バブルスフィア内に取り残されたであろう生徒と、深界獣を探すためだ。


 結果はエラー。恐らく、バブルスフィアから実体化に必要な魔力を取得できなかったのだろう。

 仕方がないので運よく手元に残っていたドローンを飛ばす。操作方法はD-Segを使った短距離念話だ。

 外への通信は出来なかったが、バブルスフィア内の通信は問題ないようだ。

 周辺を巡回させ、地表を撮影させる。


 D-Segへの画像転送も可能なことを確認する。


 作業を行いながら、鳳駆さんからの説明を思い出す。


『深界獣の撃破に成功した場合、バブルスフィアの機能が戻り、『深界』属性を持つ人物以外は記憶を含めてロールバックされる』


 今回何としても対応したいのが三つ目だ。

『記憶を含めてロールバック』により記憶媒体のデータはすべて初期化され、戦闘や深界獣の記録を残せないからだ。

 とはいえ、これについてはすでに解決策は用意してある。


 D-Segを操作し、先ほどアイズに用意しておいてもらったアプリを立ち上げる。

『脳内記憶保存』

 名前の通り、脳内の特定の領域――仮想電脳領域にデータを保存する機能だ。

『深界』属性を持つ俺の場合、外に出ても脳内の記憶は消えない。そのため、一時的なストレージとして俺の脳を使うのだ。

 至って簡単な答えである。


 原理としては、鈍八脚の動作用の学習データを保存した時と同じであり、入力元を少しいじった程度だ。

 保存先については外にいたときにアイズに協力してもらい設定してある。


 なおこれを利用すれば暗記が捗ると考えるかもしれないが、データの保存はデジタル的に管理されておりニューラルネットワークとつながっていないため、直接思い出すことができない。

 D-Segを使えば読み出せるが、D-Segを使うならD-Segの基本アプリのメモ帳でも使った方がいい。


「保存は……できてるな」


 D-Segを使い、視覚情報とドローンからの撮影動画が仮想電脳領域に保存されており、再生もできることを確認する。


「さて、じゃあ資料の確認から行うか」


 俺はひとり呟くと、D-Segに表示した資料の内容と実状の比較を開始するのだった。





「基本的なバブルスフィア脱出方法はすべて効果なしっと」


 手を伸ばし、見えない壁に触れる。通常ならそのままバブルスフィアの外に出れるのだが、壁があって出れそうにない。

 いくつかある他の脱出方法も効果が無かった。


 これで貰った資料のうち、確認できるものについては全部確認完了した。

 いくつか些細な認識違いがあったが、大体の内容はあっていた。

 D-Segを使い、検査結果を脳内に保存してっと。


「次はバブルスフィアの計測だな」


 これまた予め用意しておいた簡易魔力測定アプリを起動して、と……

 バブルスフィアの壁に触れられるわけだし、直接魔力を採取したいが、肉体や装備の状態は元に戻るため、魔力を採取しておいても無駄に終わりそうだ。


 そう思いながら一応DA試験管とDAピンセットを用意していると、ディバイン・ギアの事が気になった。


 俺に何やら伝えようとしているみたいだ。

 そういえば鳳駆さんがディバイン・ギアは意思を持っていると言っていたな。


 ディバイン・ギアに意識を向けると、ブレスレットの一部が展開され穴が開いた。

 察するに、この中に入れておくことで持ち帰れるという事だろう。


 ディバイン・ギアに関してはロールバック効果は無効?いや、破損は修復されると言っていた。となると、任意の情報については意図的にロールバックから外せる可能性があると。

 なるほど、この機能を使い戦闘中にディバイン・ギアをアップデート、新モードを維持できるようになる?


 色々と考えながら手を動かし、バブルスフィアから魔力を物理的に抽出、簡易結晶化してディバイン・ギアに入れる。

 魔力結晶を入れると、ディバイン・ギアの展開されていた穴は塞がった。


「暇なら解析もお願い」


 ダメ元で依頼してみると、微かにブレスレットの宝玉が光った。了承してくれたという事だろうか。

 アイズと同じくなかなか優秀そうだ。お礼に宝玉を撫でてあげる。

 嬉しいのか、宝玉は二回点滅した。



 さて、最低限のデータ収集と仕込みは終わった。

 映像と周囲の環境情報は逐一仮想電脳領域に保存されている。

 そうなると残るの作業はDGSの戦闘観察か。



 実のところ、しばらく前からドローンが生徒と深界獣については所在の確認ができている。

 とはいえ、戦闘用DAを持たず、30秒で息切れしてしまう現状の俺の戦力では、助けに行ったところで何かができるわけでもない。

 それに見たところ、襲われている女生徒の方が俺より強いし。

 何より、麗火さんと雪奈から「準備終わるまで戦うのは控えるように」と釘を刺されている。


 二人とも何か勘違いしているようだが、俺は敵わない相手に考え無しで突っ込んでデータを取るようなことはしない。

 心外だ。


 姿を隠しながら女生徒と深界獣の方へと向かう。

 その間も女生徒と深界獣の戦いは続いている。


 女生徒のDAは見た感じ両腕に装着されたブレスレットだろう。

 それを起点に半透明の板を作り出し操作している。

 似た属性は多いから詳細は解らないが、恐らくは『魔力壁』や『空力加工』のような属性と思われる。

 板を壁にしたり剣にしたり丸鋸状にして投げつけたり、彼女の技は多彩だ。


 だが、深界獣はそれを上回る程に暴力的だ。

 あらゆる攻撃は深界獣の造り出した壁に弾かれ、深界獣が真似して繰り出す攻撃は女生徒の防御を容易く突破する。

 基本的な魔力量が違い過ぎるのだろう。


 今でも女生徒が無事なのは、深界獣があえて甚振る様に加減しているからに他ならない。


 女生徒と深界獣の近くに到着したため、木に身体を隠し、様子をうかがう。


 女生徒は茶髪のボブカット。服装は平凡なブレザーで、白のサイハイソックスが特徴といえば特徴か。スカートが翻るたびに絶対領域がチラチラと見える。

 深界獣は人型の見たことがないモンスターだ。貰った資料によると、深界獣は通常のモンスターが人型に変化した形になっていることが多いらしい。今回はそのケースだろう。

 恐らくベースはネズミだが、毛が生えておらずツルっとしており、ギョロっとした目と喉元の緑色の三日月が特徴だ。

 前に図鑑で同じ特徴のモンスターを見たことがある。

 鼠四型丙種ネズミヨンカタヘイシュ 緑輪裸出刃鼠リョクリンハダカデバネズミだったか。

 ツキノワグマとハダカデバネズミを合わせたような風貌は、キモカワキャラとして一部で人気があるとか。

 板に関する属性を持った異種だから、既存の命名規則に合わせると……

 鼠四型丙種板_異種 緑輪裸出刃鼠・深界

 と言ったところか。


「なるほど」


 とりあえず解ったことをメモ帳に記載していく。


 ・属性を取り込んだ深界獣はその属性を使用した魔法使用が可能になる

 ・取り込んだ属性しか使えない?

 ・深界獣には知性があり、他者を嬲る傾向がある

 ・被害者の逃走の意識が見られない。好戦的になっている?

 等々っと


 嬲るような攻撃は見ていて気分がいいとは言いづらいが、そのおかげで攻撃が長引きDGSの到着までの時間が稼げると考えると、逆にありがたい。

 また、見方を変えれば自身の欠点と向き合えるともいえる。向き合ったところで記憶には残らないのだが。

 嬲る行動と女生徒の好戦的な姿勢は、鳳駆さんが言っていた『人体に有毒で、精神を不安定にさせる効果がある』が原因だろうか。

 魔力が多いのは取り込んだ属性に応じて魔力が上昇するからか、深界獣は生体として魔力が高いからなのかは不明。

 魔法のコピー能力についてはいくつかの予想はできるが、非常に興味があるので可能ならば深界獣を捕まえて心行くまで調べたい。


 総評としては取り込まれた生徒としては厄介な相手であるが、魔力や身体能力で上回る相手と戦うのはDAMとして普通(・・・・・・・・)の事であるため、油断しやすい相手の傾向を考えると、決して倒せない相手というわけではないだろう。

 ダンジョンの奥深くでもソロで平然と戦える能力を持った聖剣剣聖――麗火さん、正技さん、一真辺りなら返討ちにできると思われる。まぁ、彼女たちの戦闘能力は異常なので参考にはならないんだが。


 だがしかし、目の前にいる女生徒にはそれだけの能力はなかった。

 深界獣が七つの半透明の刀剣を射出し、女生徒の5枚の障壁が砕かれ女生徒が吹き飛ばされる。

 深界獣は一度大きな鳴き声を上げると、舌なめずりをして女生徒にゆっくりと近づいていく。おそらく止めを刺すつもりだろう。


 ――流石に限界だ。

 DGSにも都合がある。間に合わない可能性を考えると、このまま放っておくことはできない。


 正面から戦って勝てないことは百も承知だ。よってここはドローンを使い注意を引いて、その間に救出を――


 ドローンに指示を飛ばしつつ、加速のために魔法を起動した時、ディバイン・ギアが僅かに光ったのが目に映った。


「――そうか、来たか」




 遠方から風の弾丸が飛来し、深界獣を蹴り飛ばした。

 ディバイン・ギアをその身に纏った正義のヒーロー、ギア:ナイツの登場である。





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