第八話 雪は闇と触れ、深界への扉は開かれる
「忙しくなりますね」
雪奈が嬉しそうな、それでいてどこか悲しそうな顔で言う。
依頼を受けて開発をするのは好きだけど、同時に旅行に行けなくなったのが寂しいのだろう。
「今回の件だと雪奈はバブルスフィアに入れないから、バックアップもできない。
もちろん補習と追試の監督もできない。
つまり雪奈の仕事はディバイン・ギアの改良を行うこの数日だけだ。
それが終わればDSJにだって行けるぞ」
流石に仕事が全くなくなるわけではないだろうが、アイズのサポートだってあるし、生徒会に押し付けることもできるから、それなりに無茶は出来る。
まだ入学していない雪奈の予定を無理やり変更することはしないだろう。
「でもマスターが心配ですし……
平気ですか?ちゃんとご飯食べられますか?あーんしてあげなくて大丈夫ですか?一人でお風呂に入れますか?一人でも寝れますか?」
「そっちの心配!?」
平気だし!夜に一人でトイレだって行けるし!
「良二よ……
そんな爛れた生活をしていたとは……驚いたぞ」
だからそんなことしてないし!
「だが娘よ、安心するがいい。
我がお泊り会を開き面倒を見てやろう!
我は総菜を温めてトッピングを足すのは得意なのだ!」
仁が格好いいポーズで情けないことを言う。
「それなら安心ですね!」
雪奈がニコニコと便乗する。
この二人は……
「ところでマスター」「ところでツヴァイベスターよ」
二人の言葉が重なる。
「この人は誰でしょうか?」「この娘は誰だ?」
俺と雪奈は生徒会室から出た後、俺の教室に来ていた。
雪奈が「マスターが進級して教室が変わる前に見ておきたいです!」と言ったからだ。
雪奈は教室に入るなり「あ!ここがマスターの席ですね!」と言い、一直線で俺の席まで行くと座った。
どうしてわかったの……怖い……
そこに連絡していた仁が加わり今の状況となったわけだ。
「この娘がイノベーション・ギルドの構成員、俺の助手をしてくれている狐崎雪奈だ」
仁に雪奈を紹介する。
「初めまして!マスターと同棲中でご飯を中心とした諸々のお世話をしている、マスターの右腕の雪奈です!」
雪奈が原気に挨拶する。
え?なんで唐突に自分の立ち位置を誇張表現したの?いや、間違ってはいないけど……
「こいつが俺の古き盟友のシュバルツ・クラッヘだ。たまに烏丸仁と呼ばれていることもある。
気軽にシュバちゃんと呼んであげてくれ」
雪奈に仁を紹介する。
「娘よ、我がツヴァイベスターの前世からの魂の盟友、シュバルツ・クラッヘだ!ツヴァイベスターの右腕というのなら、シュバルツと呼ぶことを許そう」
え?前世からの魂の盟友だったの?さすがにそれは知らなかった……
「シュバちゃん先輩ですね!よろしくお願いします!
シュバちゃん先輩については、聖剣のデザインセンスがいいとマスターから話を聞いています!
私もデザインについては詳しくないので、ご教授いただけたらと思います!」
あ、目つきが警戒モードから尊敬モードに変わった。
先ほどのは相手との距離感がわからなかったからか?まぁ、中学に行けるようになったとはいえ、初対面の人とのやり取りはなれていないみたいだからなぁ。
「シュバちゃん先輩……
うむ、盟友に免じてそう呼ぶのを許可しよう」
中学時代部活動に入っていなかった仁は先輩呼びされたことがなかったはずだ。そのせいか聞き慣れない敬称に喜色が見える。
……マスター呼びは慣れたけど、やっぱり雪奈に先輩呼びされたかったな。
「我も娘の話は聞いている。デザインに悩んだら我を頼るがいい!」
珍しく頼られるようなことを言われたので嬉しそうだ。
うん、少し不安だったが、何とかなりそうだ。
「それでツヴァイベスターよ、我に何の用だ。
女狐からの厄介事か?」
「大体あってるけど、麗火さんは仲介人で依頼人は別」
麗火さんからも依頼受けてるけど、そちらはおまけのようなものだし。
「厄介事と解った上で仲介しているのなら同罪だろう。
貴様はあの女狐に甘すぎる。断るべきところはしっかりと断れと何度も言い聞かせたはずだ」
仁は非常に不満そうだ。
『女狐は麗火さんのことですよね?仲が悪いんですか?』
雪奈から通信が入る。
声に出さないのは気を使ってのことだろう。
『仁と麗火さんの付き合いは中学の時からだけど、反りが合わなくてな。
麗火さんは他人を動かすのが上手かったから、気に入らないんだろう』
『なるほど……シュバちゃん先輩は友達が少なそうですしね』
その通りだけど……本人に言わないであげてね。
『……雪奈は気にしないか?』
雪奈は少し麗火さんに懐き始めていたはずだ。最近ちょくちょく女子会に参加しているらしい。
『流石に今回は私も思う所がありますし……お二人の立場と心情を考えて、ノーコメントということで』
雪奈は大人だなぁ。俺も仁も雪奈の爪の垢を煎じて飲むべきか。
「怒ってくれてありがとうな。
でも今回は俺も麗火さんも、多分仁が当事者でも断れる依頼じゃないんだ。なんて言っても世界の存亡がかかっている」
「世界の存亡!なるほど、世界の深淵から封じられた怪物が現れたため、選ばれし者であるツヴァイベスターがひめっれし力を解き放ちそれに対抗する必要があると言ったところか……
なるほど、それなら仕方があるまい!」
「ああ、だいたいそんな感じだ」
割とガチで。
「最低三日くらい、最長で二週間くらい力を借りたい。
予定は空いてるか?」
仁に力を借りる案については、すでに麗火さんには了承を得ている。
「クク……我が力を求めるか……!
春休みはもう一振り魔剣を造り上げようと考えていたが、盟友の頼みならば仕方がない!」
仁が格好いいポーズを取りながら了承する。
ちなみに、俺たちは今学校に来ているが、期間的にはすでに春休みに入っている。
春休みから新年度の授業開始までは教授達が趣味100%の授業を開くので、それを聞きに来ているのだ。
他にも普段より実験室が確保しやすい、来年度作成するDAのための資料を探しに図書室へ、素材集めのために長期間ダンジョンに籠る、3DプリンタをDAが関係ない趣味に使うなどといった理由で、大量の生徒が登校している。
「……と言いたいところだが、その前に一つ確認させろ」
一転して仁が真剣な目で俺を見つめてくる。
「その依頼、どれくらいの危険度だ」
「CからDランクくらいかな」
「我の危険度ではない。良二、貴様にとっての危険度だ」
「……Aランクだ」
高温を発したり電撃を生み出したり、DAの使用にある程度危険が伴う事は少なくない。基本的にバブルスフィアに守られるが、内容に応じて授業や実験で危険度が指定される場合がある。
その中でもDAMAにおけるAランクは『高確率で死ぬ可能性がある』危険度だ。
バブルスフィア内で死んでも体に異常はないが、精神的な負担を考え、DAMAでは生徒が高確率で死亡する作業については推奨していない。
まぁ、それは対外的なイメージへの配慮であり、俺にとってはその程度の危険度ならば、特に問題にしていない。この一か月で数十回死んでるし。
「……その答えで我が断るはずないだろう。
クク、地獄の最果てまで付き合ってやろう!武蔵教授の授業には出席させてもらうがな!」
「……ありがとうな」
本当に、仁は良いヤツだ。
「それで、どのような依頼だ?暗黒神の一柱でも討伐するのか?」
仁は闇の眷属兼闇の神の使徒だった気がするのだが、暗黒神は闇の神とは無関係なのか?
「そうだな……移動しながら話すとしよう。
そろそろ水葬の刻だ。
八咫の躯に向かわなくっちゃあな」
今回の依頼は数日で戦闘準備をした後、調整しながら最長2週間程度戦い続けることになる。
ディバイン・ギアの改造を数日で完了するのはさすがに無理なので仁にヘルプを依頼したのだが、理由はそれだけではない。
麗火さんから受け取った深界獣の情報を確認したところ、仁の神託が示した時刻および位置と一致しているケースが何件か見られたからだ。
予め出現位置と時刻が解れば、色々と楽になる。
「というわけで、仁の信託が本当に深界獣の出現位置の予測なのかを確認しつつ、深界獣の情報と『深界』属性に汚染されたバブルスフィアの情報を集めようというわけだ」
依頼のあらましを説明しながら歩いていると、八咫桜に到着した。
時刻は午後五時。日は沈んでいないが、曇り空のため辺りは少し薄暗い。
「なるほど、大体わかった」
仁は時折質問を挟みつつも、しっかりと話を聞いていた。
「あまり驚いてはいないんだな」
ディバイン・ギア・ソルジャーが実在したことが判明した時の件では、さすがに目を輝かせていたが。
「元々我はDGSを真なる歴史書と知っていたからな」
仁がドヤ顔を見せる。
いや、ドラマ部分は全部作りものなんだが……
「だが、ツヴァイベスターにギア・ソルジャーとしての才能があったのはさすがに驚いたぞ。
いや、流石我が盟友と言ったところか。
それで、その腕輪が本物のディバイン・ギアか?」
「ああ。見るか?」
俺はブレスレットを外そうとしたが、つけた時と違い上手く外れない。仕方ないので左手を仁の前に持っていく。
「ふむ。
あまり見慣れない材質だが……ミスリル・DAチタニウム複合材?しかし陶器のような深みのある白はどのようにすれば再現が可能なのだ?」
仁が顔を近づけ検分を始める。仁の言動は偶にアレだが、知識と技術力は高い。見ただけである程度材質や聖剣回路についても特定できる。
「何かわかるか?」
俺の質問に仁が眉を顰める。
「流石DAMAトーキョー深淵の秘宝……材質の予想はつくが製造方法については予想がつかぬ。
博物館の特別展示で見た神器に似ているが……」
まぁ、いくら鑑定眼があったとしても学生レベルだし、専用の測定機器がないならそんなものか。
そもそも現時点での科学で解明できる物体なのかもわからないし。
しかしそんな俺の胸中とは裏腹に、仁は納得がいっていないようだ。
「神託の力に影響しているという話だったな……
仕方がない、我が魔眼『揺らめく灯』の出番と言ったところか」
仁は一度大仰なポーズをとると、ゆっくりと左目の眼帯をずらした。
仁が閉じられた左目を開くと、そこには誰もが目を奪われるような、眩い金色の輝きが瞬いている。
「おぉ!魔眼!魔眼です!!
初めて見ました!眼帯はただの格好つけだと思っていました!」
雪奈が仁の瞳を見て興奮している。
俺も初めて見たとき同じ反応したなぁ。
魔眼――生まれたときから一種の聖剣回路が刻まれた特別な瞳である。
DAを元にした漫画や小説ではちょくちょく出てくるが、実物を見かけることはほとんどない。
「クク……娘よ、存分に見惚れるがいい!」
雪奈の反応に、仁は機嫌良さそうに瞳を強調したポーズをとる。
中学の時にポーズの練習に付き合わされたなぁ。
……気持ちはよくわかる。俺も魔眼持ちなら絶対に練習していた。
「ディバイン・ギアよ!
その深淵の揺らぎを我が瞳に映すがいい!」
キメ台詞とともに、仁の瞳が煌々と輝く。
「ふむ……宝玉の純度はオーバーイレブンナイン、グレードはフローレス。属性はオールF……いや、一つだけ突出しているな。
なるほど、これが『深界』属性か。
覚えたぞ」
仁がブツブツとつぶやく。どうやら魔眼を使って属性の精査をしているらしい。
仁が秘密主義なのか、あるいは本人もわかっていないのか、俺は彼の魔眼の技能について知っていることは少ない。
彼は瞳について格好つけの美辞麗句や意味深なセリフを言うことはあっても詳細を語ることはほとんどないし、使っているところを見る事もほとんどないからだ。
知っているのは精々が『神託』という情報の出力が行えるという事だけだ。それも結構懐疑的だったが……
「なるほど。
ツヴァイベスターよ。
神託の詳細――深界獣の出現タイミングがわかったぞ」
仁はゆっくりと瞳を閉じると、眼帯で左目を隠した。
「それは良かった。
何時だ?」
「時間は今。場所はここだ」
仁が言葉を言い終わると同時に世界は薄闇に包まれ、俺一人がそこに取り残された。
Gold x Eye - 了
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