第七話 魔法世界におけるヒーローとスポンサーの関係
「その……剣聖生徒会からも一つ依頼があるの」
鳳駆さんと良い感じに見つめ合っていると、麗火さんが少し小さな声量で声をかけてきた。
くっ、良い雰囲気だったのに残念。
「昇人くんと輪之介くんなんだけど、この二週間学校に来ていないの。
深界獣の出現頻度が高いから、自室やファミレスで休息しながらずっと警戒しているみたい」
DGSへの変身には大量の魔力と体力を必要とする。
ましてや、深界獣との戦闘を行うとなれば、体力の回復まで急速が必要なのだろう。授業を抜け出す必要があるし、移動と準備の手間を考えると登校している余裕はない。
俺も先ほど変身したため、魔力はだいぶ不足していて身体もだるい。変身とは言っても30秒も持たずに気絶したわけだが。
「二週間……年度末試験ですか」
「そうね。二人ともすべてのテストをすっぽかすことになったわ。
深界獣との戦闘実績もあるし、DGSにはかなりの優遇措置はしてるんだけど、流石に高等教育機関としては、『何も勉強していません』は通らなくて、最低限のテストだけは受けてもらわないといけないの」
俺のように聖剣を作成したなら、作成までに必要となる各種知識が正しく習得されていると判断され、テストは免除される。
しかし、特殊なDAで戦闘ばかりしていると、いくら実績があっても勉強していないと判断されるということか。
まぁ、それを差し引いても、実績で免除されない社会だの保健体育だののテストもあるわけだが。
それにしても、碌に休みも確保できず危険と隣り合わせで戦っている戦士に追試を伝えなければならないなんて、生徒会長としても辛いだろう。
「うん。思い出したけど、私も何度か深界獣退治のためにテストを抜けて、後で追試を受けることになったなぁ」
俺たちの話に、鳳駆さんがどこか遠くを見つめる。
学生と戦士の両立は何時の時代も厳しいという事か。
「そういうわけで、こちらが追試の日程になります。
多分ほとんど勉強できていないから、先に補習も必要ね」
麗火さんからD-Segでスケジュールが渡される。
そういえば麗火さんからの依頼を受けるとは言っていないのに受ける流れになってる。まぁ、受けるんだけど。
スケジュールを確認する。
テスト時間については厳密に決められているわけではなく、各科目の期限が記載されている程度だ。
補習については先生方の空いている時間がかかれている。
テスト方式は……ふむ、これなら行けそうか。
「最低限の勉強をしたという形になっていればいいんだよな?
補習と試験監督は俺が担当しても平気か?」
幸い二人とも同じ一年で、テストの科目については俺も履修している。
補習内容も、優秀な相棒ならチャチャっと用意してくれるだろう。
「そうね……そうしてもらえると助かるわ。その方がいざという時に動きやすいし。
先生方の方には私から話を通しておくわね。反対されることはないでしょう」
こうして話はまとまった。
……肝心の二人はそのことを全く知らないままだが。
「質問があるんですけど」
そろそろ打ち合わせも終わりという雰囲気の中、ずっと静かだった雪奈が手を挙げた。
「なんだい?」
鳳駆さんが優しい声で反応する。
「特撮ヒーローのギア:ホークは鳳駆さんがモデルなんですか?」
俺も名前を聞いた時から気になっていた。
同名で全く関係ないということはないだろう。
「生々しい話だけどね、DGSの活動には、スポンサーがついているんだ。
ランダイ。君たちも知ってるだろう?」
鳳駆さんが答える。
「ランダイって……特撮の方のスポンサーのですか?」
特撮ヒーローディバイン・ギア・ソルジャーのメインスポンサーだ。なりきり変身グッズもランダイから発売されている。
「DGSはDAMAやランダイ等の支援を受けて活動してる。
DAMAへの見返りは治安維持、ランダイにはDGS関連のグッズの発売許可と、ディバイン・ギアと深界獣の情報だね。
ランダイからその情報がスタッフに送られて、特撮の設定が造られているんだ。
深界獣が現れるタイミングの関係上、実在のDGSがモデルになるのは4作に1作程度で、あとは元ネタのない完全新規だけど」
「今回のディバイン・ギア・ソルジャー:ホークは八年前の鳳駆さんの戦いをもとに作成したドラマということなんですね!」
「そうは言っても、ストーリーは全然関係なくて、元になってるのはギア:ホークのデザインと何体かの深界獣のデザイン程度だけどね。
変身のシステムもだいぶ変わってるし」
ランダイから発売される変身グッズは、毎作ギミックが違っており、ガジェットと呼ばれる追加アイテムで違う変身をしたりパワーアップしたりする。
実物をそのまま使った場合、子供にとって使いづらかったり、棄権だったり、ギミックが物足りなかったり、再現が難しかったり、拡張性が無かったりするのだろう。
商売だ。仕方がない。
「それじゃあ、シルエット:ホークは……」
「悪の結社が実在しているかはともかく、存在は確認されていない」
「そうですか……ちょっと残念です!」
雪奈はシルエット:ホークのファンだったからなぁ。
毎回黄色い声を上げてたし、自我を破壊された話では随分ショックを受けていた。
「残念ついでにもう一つ……やっぱりキューラーは実在してないんですか!?」
雪奈はまだどうしてもキュ-ラーを諦めきれていなかったらしい。
「ごめん、私も聞いたことはないな」
雪奈が目に見えてがっかりする。
麗火さんもショックを受けているように見える。そういえば昔変身ごっこに付き合わされたことがあった。
時間を見て早くキューラー変身グッズを完成させなくては。でも衣装のデザインが纏まらないんだよなぁ……
「じゃあ俺からも二つほど質問を。
一つ目。このディバイン・ギアはどうやって入手したものなのでしょうか?
複製や量産は可能でしょうか?」
特撮ヒーローでは遺跡から発掘したりマッドサイエンティストが開発したり唐突に生えてきたりしているが、まさかそれと同じということはないだろう。
「わからない」
鳳駆さんが腕を組み、首を傾げる。
「わからない、とは?」
「文字通りだよ。初代のギア:ソルジャーなら何かしら知っているかもしれない。
でも、私は何も知らない」
「では、俺が今つけてるディバイン・ギアはどこから?」
俺は左手首に装着されたディバイン・ギアを見る。
「それは……私の物だ。
もう私がギア:ホークに変身する必要はないからね。今後ドラマの資料で使うこともないし。
誰か、必要な人に使って欲しいと思って用意したんだ。
大切にしてくれよ」
なるほど、これはギア:ホークが実際に使ったディバイン・ギアなのか。
「絶対誰にも開けられない金庫の中に入れて家宝にします」
「いや、使ってくれよ」
鳳駆さんが思わず吹き出す。俺としては結構本気なんだが。
「君たちも知っている七不思議だけど、その実在を知った私たちには、その先が待ち構えている。
それがディバイン・ギアの謎。誰がどうやって用意しているのかわからない。
でも必要な時にそれは姿を現す。
私の場合は、偶然深界獣に襲われている人を助けた時だった。突然左手にブレスレットが現れて、頭に響く声に従って変身した。
他には朝起きたら枕元に置かれていたという話も聞いたね。
……それは私も体験したけれど」
鳳駆さんが胸元からカードを取り出した。
「少し前に突然現れた。
私がディバイン・ギアを譲る決意をしたのはその時だ。
ディバイン・ギアが新しい使い手の所に行きたがっている。私はそう解釈した。
受け取ってくれ」
鳳駆さんは俺にカードを渡してくれた。全部で8枚。プラスチックのような素材で、裏も表もすべて真っ白だ。俺が変身に使ったカードと同一だろう。
「きっとディバイン・ギアの新しい機能に必要なガジェットだろう。
ディバイン・ギアには意志が宿っている。
使い方はディバイン・ギアが教えてくれる。
そして、良二君はすでに選ばれている。仲良くしてやってくれ」
鳳駆さんが、どことなく寂しげに俺の左手に目を向けた。
……大切な思い出であり、大切な相棒だったのだろう。
でも、俺は――
「……二つ目の質問です。
このディバイン・ギア、改造してもいいですか?」
俺の質問に、麗火さんと雪奈が目を見開く。
気持ちはわかる。だが、追加機能があるようだが、今のままだと流石に戦闘に耐えられない。
俺に合わせてのカスタマイズは必須だろう。
気分を悪くすると思った鳳駆さんだったが、逆に晴れ晴れとした笑顔を俺に向けた。
「好きに使ってくれ。
なんていったって君は聖剣剣聖。
聖剣を造り、聖剣を改造し、聖剣を調整し、聖剣を自分色に染め上げる存在だ。
君だけのディバイン・ギア・ソルジャー、私は楽しみにしているよ」
……きっと、鳳駆さんもディバイン・ギアと一緒に成長していったのだろう。
「……依頼は絶対に、完璧にこなして見せます」
それが受け継いだ俺の、果たすべき礼儀だろう。
忙しいからこれで。
俺はそう言うと一人剣聖生徒会室を出た。
能力は不安だが、きっと彼ならなんとかするだろう。
一人、つぶやく。
「これでよかったんだよな、シルエット……」
Inheritance x Obligation - 了
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