第六話 魔法世界における変身ヒーローの必要性について
「ディバイン・ギア・ソルジャーは『深界の戦士』。
『深界』属性を纏うことで深界に満ちたバブルスフィアの中に入り、襲われている人を守り、危険な深界獣を殲滅する。
毒を以て毒を制す。それが私たちディバイン・ギア・ソルジャーの宿命だ」
俺は左手に嵌められたブレスレットを見る。
なるほど、試験の意味が理解できた。
そんな俺の様子に鳳駆さんが頷く。
「聞いた通り察しは良いようだね。
その聖剣――ディバイン・ギアは『深界』属性が無ければ起動できない」
「DGSは『深界』属性を持っているため、その変身にも『深界』属性が必要。
しかし人の持つ属性は多岐にわたるため、特定の人物しか『深界』属性を保持していない。
そこで白羽の矢が立ったのが、全属性を保持している『アドミニストレータ』の俺ということですか」
全属性を保持する『アドミニストレータ』は500万人に一人のレア能力と言われている。
普段は魔力の属性を変更する属性変換器が存在するため、便利ではあるが特別に役に立つというわけではない能力だが、珍しく今回は役に立つらしい。
……一年間DAMAにいて初めてだな、役に立つの。
「でも二つ気になることが。
一つ、属性変換器を使えばだれでも使用できるのでは?
二つ、全生徒の属性情報はDAMAで管理しているはずですが、『深界』属性持ちは他にいなかったのですか?」
DGSに選ばれるのは光栄なことだが、DAMAにはもっと戦闘に向いている聖剣剣聖がいるだろう。
「属性変換器はかなり難しいところでね……
一口に『深界』属性と言っても、その属性は千以上に分かれてるんだよ」
「千!?」
「さっきは深界世界の生物が全て『深界』属性を持っていると言ったけれど、正確には深界世界に存在している属性全てをひっくるめて『深界』属性なのさ。私たちの世界に無数の、千を超える属性がある様に、深界世界にも大量の属性がある。
そしてその属性は全て合わせても一バンド分しかない」
「一バンド分……それは確かに難しい」
「一バンド分とはどういう意味ですか?」
雪奈から質問が来る。
「ラジオの周波数を思い浮かべると簡単かな。
例えば鈍八脚で使った『トルク操作』属性が70~71MHzの間ならどの周波数でも受信できるとしよう。
『深界』属性は72~73MHzで受信できるけど、その帯域の中に1000の番組が存在してるんだ」
俺から説明する。
「任意の番組を受信するには、1MHzの1/1000……つまり1KHz単位で制御しないといけないということですね?」
「そうなる。しかも、近い周波数だから、ちゃんと周波数を合わせても混線する可能性が高い」
「チューニングの精度が高くないといけない上に、ちゃんと設定しても正しく動かないかもしれないということですね……」
ついこの間属性変換器は作成したが、あれ以上の精度が求められるとなると、制作は難しい。通常そんな制度は求められないため、既存技術としても存在していないだろう。
「ただし、こちらに来る深界獣の属性はある程度偏っている。4年ごとの侵攻で、毎回属性が切り替わるんだ。
72.500~72.600MHzみたいな感じでね。
それは必要になる属性が少なくて済むメリットがあるけど、同時にデメリットもある」
深界獣と戦うには一致している属性を持っていないといけないが、その属性は侵攻ごとに変わる。
つまり――
「8年前の属性に一致している鳳駆さんは、今回の深界獣と戦うことができないんですね?」
鳳駆さんが頷く。
「運命か……あるいは免疫作用なんだろうね。
侵攻の度に適した属性を持つ生徒がDAMAを訪れる。
二つ目の答えだ。
今回の侵攻に対応した属性を持った生徒は、君以外に『二人』確認された」
全校生徒の中に『燃焼』と『焼却』のような似た属性を持っていることはあるが、全く同じ属性を持っていることは少ない。
しかも1000分割された『深界』属性ともなれば、二人というのは多い方だろう。
「一人は剣聖科一年の一文字昇人くん。
もう一人は普通科一年の火野輪之介くん。
二人ともすでにディバイン・ギア・ソルジャーになっているわ」
麗火さんはそういうと、スマートグラスに二人の情報を送ってくれた。
「輪之介くんはクラスメイトだから、良二くんも知ってるわよね?」
あまり話したことはないが、顔と名前は一致している。
確か、内気な少年だったはずだ。言われてみれば、少し前からあまり姿を見ていない。
個人主張の激しいDAMAが性に合わないのかと思っていたが、どうやら忙しかっただけらしい。
しかし内気なクラスメイトの正体が変身ヒーローだったとは……燃えるな!
「初めに輪之介君がディバイン・ギア・ソルジャーに選ばれた。
名前はギア:アルス。
ただ今回の深界獣の侵攻は激しく、時間が経つにつれて力を増していった。
結果、彼の力では及ばず、ディバイン・ギアはもう一人……昇人君に受け継がれた。
今は輪之介君には昇人君のサポートを行ってもらっている」
つまり一号ギア・ソルジャーが輪之介、二号が昇人か。
ドラマだと二号が強いのは数話程度で、パワーアップした一号が再度メインになるのだが、現実は厳しい。
「二人の強さには大きな差があるんですか?」
「私は昇人君と会ったことはないし、二人の戦闘を実際に見たことはないから断言はできないけど、1.5倍くらい違うらしい」
「1.5倍……」
だいぶ具体的だな。明確な判断基準がある?判断基準……数字……
「今回のディバイン・ギアはその能力が数値で示されている。
ギア:アルスは力6速度6魔力6。
昇人君――ギア:ナイツは力9速度9魔力9と聞いてるね」
ギア:アルスはAll Six。ゆえにAlS。
ギア:ナイツは999。ゆえにNines転じてナイツということか。
そしてそのパラメータには聞き覚えがある。
『パワーワン!スピードワン!マジックワン!アベレージ・ワン!』
変身時の音声だ。つまりそれの意味するところは――
「あの……俺のステータスは全部1なんですが……」
鳳駆さんが苦しそうに顔をしかめる。
麗火さんの方を見ると目をそらされた。
縋る様に雪奈を見ると、凄く悲しそうな顔をされた。
「……うん。かなり厳しい戦いになると思うけど、頑張って欲しい」
鳳駆さんの言葉に俺は一つため息をつくと天井を仰ぎ見る。
うん、能力不足は何時もの事だ。こうして上を見れば涙だって零れない――!
10秒ほど経って落ち着いた。元より俺の心は意外と頑強だ。そして直るのも存外早い。
「その状態でさらなる増援が必要ということは、全能力が俺の9倍高い……9x9x9で実質729倍強いギア:ナイツでも負けてしまった、あるいは今後負ける可能性があると?」
気を取り直して話を続ける。俺はもう自分の才能の低さなんてこれっぽっちも気にしていない。
「…………そうだね。
今は負けていないけど、いずれそうなる可能性は高い。
そして、今が正念場だ。今までの侵攻の傾向からして、おそらくこの1,2週間がピーク、以降は深界獣の発生頻度と強さは減少傾向にあるとにらんでいる」
「私からの依頼は一つ。
ディバイン・ギア・ソルジャーとしてこれからの2週間ギア:アルスとギア:ナイツをサポートし、共に戦ってほしい」
「依頼を受けましょう」
『深界』属性のバブルスフィアの特性やディバイン・ギアの捕捉を聞いた後、俺はそう答えた。
俺の回答に、鳳駆さんは神妙な顔で頷き、麗火さんと雪奈は感情の窺えない表情でジィっと俺を見つめている。
……言いたいことは何となくわかる。
だが、今までの話を総合すると、このまま放っておいた場合大量の犠牲者が生まれてしまう可能性が高い。
それは許容できない。麗火さんもそれが解っているからこそ、ある程度リスクがあることが解っていても俺を紹介してしまったのだろう。
個人的にはだからこそ剣聖生徒会長に相応しいと好感を抱くのだ。
戦闘はアベレージ・ワンだからと言って、そう大して問題はない。
重要なのは解析と対策と準備。聖剣剣聖なら何時もの事だ。
「君はDGSになる最低限の素質がある。
そして最低限の素質しかない。
だからきっと、テレビで見るようなヒーローにはなれないだろう。
それでも君の決断に、先々代DGSとして、私は敬意を表する」
鳳駆さんが深々と頭を下げる。
どれだけの期間鳳駆さんがギア:ホークとして活動していたのかは知らないが、きっとその期間に色々なことを経験しただろう。
その鳳駆さんが俺が2週間限定でDGSになると答えたことを、重く受け止めている。
それだけヤバイ依頼だということを、強く実感する。
「……モンスターがこの世界に現れて約60年。
日本ではダンジョン管理が確立され被害者は減少していますが、世界ではまだまだ犠牲者が増え続けています。
深界獣に関係なく、モンスターに立ち向かうのは聖剣剣聖の義務で、俺も少しは覚悟してDAMAに来ています」
58年前の厄災とその後の収拾だけでどれほどの人が亡くなったのか、未だにその正確な数字は出ていない。
そしてダンジョンに潜り帰らぬ人となった聖剣剣聖の数字も明らかになっていない。
様々なサポートがあるだけ、俺は彼らと比べて恵まれていると言っていいだろう。
「相手が深界獣という特殊な存在であるという違いがあるだけで、ディバイン・ギア・ソルジャーも聖剣剣聖と何ら変わりません。
俺は聖剣剣聖として当たり前のことをするだけです」
俺の言葉に、鳳駆さんが頭を上げる。
「……ああ、そうだ。
俺も、かつてはそうだった。
訂正する。そして、ギア:ホークとして断言する。
良二には、聖剣剣聖と、ディバイン・ギア・ソルジャーの素質がある」
鳳駆さんは、どこか清々しい表情で微笑んだ。
Contract x Disposition - 了
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