第四話 クールガイ・平賀良二
「DAMAでの二つ名は『ギア:ホーク』だ」
「マスター!マスター!気をしっかり持ってください!」
はっ!
身体が揺れる感覚に目が覚める。
どうやら俺は眠っていたようだ。良い夢を見ていた。
演者ではない、本物のヒーローに会う夢だった。
「大丈夫かい?」
目が覚めて最初に目に映ったのは、ドラマの主人公のような、清涼感のあるイケメンだった。
その後ろでは、若草色の浴衣に、何時ぞやの写真で見たかんざしを挿した麗火さんが苦笑いしている。
ふむ……なるほど……
「麗火さん、サインペン取って。
紙は……くそっ、D-Segがあればメモ帳はいらないと思って油断した!
そうだ!白衣!白衣に書いてもらおう!」
「マスター!落ち着いてください!
この白衣はカレーうどんの汁すらも弾きます!サインペン程度じゃ何も書けません!」
くそっ!この白衣にそんな欠点があったなんて!それなら学ラン……いや、学ランも同等の防御能力を有している。
まさか、俺の不注意でこんなチャンスを……!
「良二くん、色紙は用意してあるから安心して」
女神はここにいた!
「それで、今回はどのような依頼を?」
俺はクールガイ、平賀良二。例え憧れの存在が目の前にいても、平常心を忘れない。
『今更取り繕っても遅いと思います!』
脳内に響く声にも狼狽えない。
第一、雪奈だってホクホクした顔でサインを受け取ってただろう。
「話の前に認識合わせをしたいのだけれど、良二くんは七不思議についてどの程度知ってるかしら?」
「『深界魔物』の七不思議についてなら、今年は当たり年という話は聞いている」
「そうね、その通りよ。
でも、いくつか問題が発生していて、その解決を頼みたいの」
まぁ、過去DAMAで活動していたと思われるギア:ホークがいるということは、ソレ関係の話だというのは想像がつく。
「ただ、今回は危険もあるし、何より依頼を受けるには資格が必要なので、まずは試験を受けてもらって、説明を聞いてから依頼を引き受けるか判断してもらいます。
試験と依頼内容については、すべて口外を禁じます。良いかしら?」
これが先日花見の時に言っていた依頼か。なるほど、七不思議、それもDGSに関わるとなると、軽々と口に出せない案件だ。
「もちろんだ」
正体を口外しないのはヒーローものの鉄則だしな。
たまに公的機関に正式に所属していたり、テレビでヒーローとして特集されているケースもあるが。
「それで、試験というのは?」
「これを装備してみてくれないかな?」
ギア:ホークもとい鳳駆さんが、ブレスレットを差し出してきた。
上品なつや消しの白銀色で、中央には大きな澄んだ青色の宝玉が嵌っている。
これは……これはまさか……
動悸が高まる。口の中がからからに乾く。
耳の奥で血液の流れる音が聞こえる。
俺はそのブレスレットを受け取ると、本能に導かれるように、ゆっくりと左手に近づけた。
カシャン、と涼やかな音が鳴り、ブレスレットは独りでに俺の左手首に装着された。
ブレスレットに命じられるように、左手に魔力を流すと、宝玉が薄く白く輝いた。
「やっぱり……」
麗火さんが、眉をしかめながらつぶやく。それでいてどことなく嬉しいような……
複雑な表情が気になるが、それに問いかけられるほどの余裕が今の俺にはない。
「おぉ……似合ってます!」
雪奈が目を輝かせながら俺の左手を見つめる。
きっと、いや、確実にアイズがスマートグラスの録画機能を動かしているだろう。
俺は雪奈に良く見えるように、左手を胸のあたりに掲げる。
俺のそんな様子に、鳳駆さんは麗火さんの方を見つめると頷いた。
「次はこれを――
君ならきっとわかるはずだ」
鳳駆さんが白いカードを差し出す。
俺がそのカードを受け取ると、カードに絵柄が浮かび上がった。
『リョウジ・ヒラガ』
どこからか機械音声が鳴る。
しかし俺はそんなことを気にもせず、ブレスレットの宝玉に軽く触れた。
『動輪接続!』
宝玉から音声が響きブレスレットが変形を始める。
シンプルだった輪っかが展開され、宝玉を囲むようにしてカードリーダーが現れる。
ああ、これは、本当に――
「心炉起動!」
ブレスレットに誘われ、無意識に言葉があふれ出す。
そして同時に、右手と左手をクロスするようにしてカードをカードリーダーに読み込ませた。
瞬間、俺の身体を光が包み、ブレスレットから溢れた魔力の奔流が身体を覆っていく。
鋼のブーツが、鋼のガントレットが、鋼のベルトが、俺の身体を包み込んでいく。
『パワーワン!スピードワン!マジックワン!アベレージ・ワン!』
ブレスレットから機械音声が流れ、同時に光が収まる。
身体の奥底から力が沸き上がるのを感じる。
俺はゆっくりと両手を持ち上げ、目の前にかざしてみた。
手袋だ。素材は一見合成皮革に見えるが、この柔らかさと薄さは天然皮革でも合成皮革でもない。そして表面には聖剣回路が刻まれているのが解る。魔力の通りからして、モンスターの皮が一番近いだろうか。その手袋の各部を金属製の装甲が覆っている。
手を動かして顔に触れてみる。
……触れない。あまりに自然で気が付かなかったが、いつの間にかヘルメットをしているようだ。
そしてそのヘルメットはD-Segと一体化しているらしい。
広がった視界の各部に、何時もD-Segで表示している情報が映し出されている。
思考操作でD-Segに自身の姿を投影する。
黒をベースにしたラバースーツを所々鎧が覆っている。
これが俺なのか?
身体を動かす。
パンチパンチキック。
投影したラバースーツ姿の男も同じように動く。
なるほど、俺だ。
つまり、俺は変身したのだ。
子供のころから憧れていた、ディバイン・ギア・ソルジャーに。
身体を自然体に戻す。
「マスター!格好いいです!」
ぴょんぴょん跳ねながらはしゃぐ雪奈にサムズアップする。
そして――
もう意識を保てない。
――床に倒れこむのだった。
Legend x Longing - 了
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