第三話 闇の眷属(自称)
中二病。中学校2年生ぐらいの子供にありがちな言動や態度を表す俗語であり、その行動は大きく二つに分けられる。
一つは背伸びした言動、自己顕示欲と劣等感のまじりあった捻くれた物言いなどである。
もう一つは自分が特別な存在だと信じ、物語の主人公と自分を重ね合わせ、痛々しい言動である。
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DAMAにおいて重要なのは二つ目だ。
なにせDAMAに通う生徒は、多かれ少なかれ自分の特別な才能を、過度な期待はあれど認識しているわけだし、事実麗火さんや正技さんのように主人公のような人生を歩んでいる人もいる。
つまり自身が特別だというのは妥当な自己評価であり、同時にDAMAの生徒のほとんどは中二病を患っているといっていいだろう。
そして聖教授を見る限り、優秀な聖剣剣聖の中二病は生涯治ることはないと思われる。
それはいい。それはいいのだ。俺だって生涯中二病から抜け出すことはないだろう。物語の主人公のような言動だってしてみたくもなる。
問題は自身に重ね合わせた物語が非常にファンタジーだった場合だ。
例えば、彼のように。
「今日も煩わしい天気だな、良二よ!」
そう言って教室に現れたのは、俺の古き盟友、『三千世界の烏の撃ち手』シュバルツ・クラッヘこと烏丸仁である。
『三千世界の烏の撃ち手』は自称から生まれた二つ名である。
シュバルツ・クラッヘは二つ名ではなく自分の魂の名前だそうだ。
シュバルツ・クラッヘ……つまりは黒い烏である。烏は元々黒いし、何故烏が三千世界の烏を撃つのかまるで分らないが、彼なりの物語があるのだろう。
昔詳しく突っ込んだところ涙目になったのでそれ以降話題は避けている。設定がきちんと固まれば、彼から話してくれるだろう。
「おはよう、シュバルツ。
確かに昨日も今日も降ったり止んだりでパッとしない天気だな。
でも闇の眷属としては日が差さない方が良いんじゃないのか?」
シュバルツこと仁は自称闇の眷属だ。
その姿は、肌は健康的な褐色、肩より下に伸びるストレートの長髪は黒で所々に金のメッシュが彩っている。
服装はバーテンダーをイメージしたようなブレザー(自作)で、左目を隠す眼帯が特徴的だ。
褐色でわかる通り、日の光には強い。直射日光対策DAブレザーなしでも、夏の日差しの下数時間は平然と走り回れる。
闇の眷属なのに……
「ふん、闇の眷属でも日に一時間は太陽の光に当たらなければ体調が悪くなるのだ。
光あってこその闇、光あってこその影だからだろうな」
「そうか、だから日向ぼっこが好きなのか」
「勘違いするな。
日の光は全てのエネルギーの源だからだ。闇の眷属もそれからは逃れられぬというだけのこと……」
日の光をエネルギーにするとは、闇の眷属ではなく植物の眷属なのではないだろうか。
あるいはソーラーパネルの眷属なのか。
「それに我は、先日完成したこの魔剣ローテス・ウンド・グラッタイスを日の光の下で眺めたくてたまらないのだ!」
そう言うと、仁は背負っていた自身の体長ほどもある袋を床に置いた。
ロータス・アンド・グラ……なんだって?
(Rotes und Glatteis。ドイツ語だね。日本語で「赤と黒の氷」。あるいは「赤い路面凍結」。冬の日に滑って転んで怪我して道路が血で塗れたのかな?)
なるほど。ありがとう物知りアイズ。訊ねてもいないのに先に答えを用意してくれたのが頼もしいよ。
それ以上に怖いけど。
そんなことを脳内で話していると、仁は鼻歌を歌いながら、袋から大剣を取り出した。
「ククク……これこそ我が愛剣にして究極の魔剣……ローテス・ウンド・グラッタイスである」
「こ……これは……!?」
まず目を引くのは刃渡り130センチほどの刀身だ。
上質なスモーキークォーツを煮詰めたような澄んだ黒。その内部を無数の赤いラメが彩っている。
次に特徴的なのがその鍔。40センチほどの柄と刀身の間に、握りこぶし大の球体と、それを囲むように複数の円盤が浮いている。
中心の球体は翡翠のような透明感のある緑の宝玉でできており、周囲を囲む円盤には複雑な目盛りと聖剣回路が刻まれている。
「美しい……思った通り黒のクリアと赤のラメの相性は抜群だな。
なんというか……心のいい感じの所が滾る」
この魔剣もとい聖剣の開発には何度か助言したが、実物を見るのは初めてだ。
「そうだろう、そうだろう。
この光沢と透明感、そしてラメの配置を再現するために、3Dプリンターを使わず一から手作業で作ったのだからな!
おかげで年度末に提出できなかったが……」
聖剣制作ソフトで設計し3Dプリンターで出力するのは楽だが、芸術家肌の聖剣剣聖や聖剣鍛冶師のイメージ通りに作れるわけではないらしく、見た目に拘る場合はすべて手作業で作る人も多い。
俺もアクセサリーを作ったことがあるが、3Dプリンターで作ったものはなんとなく気に入らず、9割くらい手直しすることになった経験がある。
それでも一から作るよりはマシだったが。
「鍔の宝石は魔石か?」
「うむ。材料収集のために迷宮に潜った時の戦利品だ。
純度はそうでもないが、美しいだろう?」
俺は聖研究所とイノベーション・ギルドで用意している素材が使えるが、研究所にも部活にも所属していない生徒はそうもいかない。
申請すればある程度は融通してもらえるが、それ以上必要な場合、現ナマで購入するか、学校からの依頼をこなして配給チケットを貰うか、ダンジョンに潜って素材を探すことになる。
仁は素材にも拘りたかったらしく、自分の眼で素材を吟味すべくダンジョンに潜っていった。魔石はその時の副産物という事だろう。
魔石は見たところ純度90%前後といったところか。人工的に作るには難度が高いが、ダンジョンでは比較的多く見つかる。しかし、この大きさと透明度、色合いを考えるとかなりの上玉だろう。
「ああ。
確かにこの魔石と刀身は太陽の下で透かして見たくなるな」
ラメの反射や刀身越しに見える太陽、微かに光を透過する魔石は太陽に照らされてこそ真の美しさを発揮するだろう。
「あの設計からここまで仕上げられるのは流石だ。
俺はデザインについては全くセンスないからなぁ……」
バブルスフィアを用いた安全な戦闘が行えるため、10年ほど前から日本でもDAM同士の戦闘は娯楽として提供され始めている。
日本では血なまぐさい戦闘はなるべく避ける傾向にあるが、それでもいくつかのDAスポーツがプロ化されている。
それに伴いこれからの時代、DAのデザインもますます注目されていく事が予想される。
俺もデザイン自体は出来るが、俺のデザインセンスはよく言えばシンプル、悪く言えば面白みのないものだ。仁のような尖ったセンスは持っていない。
「これを一人で造れるなら、鍛冶科に転科しても良かったんじゃないか?」
仁はデザインを気に入った武蔵教授から鍛冶科に誘われているという話を小耳に挟んだことがある。
「いや、普通こそわが実力のヴェールとなるにふさわしい。
確かに材料や施設の融通は効くようになるが、この宝玉のように手と足を動かすことで得られる縁もあるだろう。
第一我がインスピレーションの多くは、ツヴァイベスターから受けたものだ。
貴様と縁を紡ぐことこそが、我の研鑽に他ならぬ。
そうだな、望むのなら何時でも貴様の望む剣を授けてやろう」
そう言い謎ポーズをとる仁は、よく見ると耳が赤い。
何が後押しになったにせよ、自分で決めたのなら良いことだ。
「そうだな。
必要な時には声をかけるよ」
「そう……か。
うむ。その時を心待ちにしているぞ!」
仁は晴れ晴れとした、顔で俺に右手を差し出してきた。
俺はその腕をつかむ。
暖かい手だ。
昔は柔らかかった手だが、今は硬く、しっかりとしている。
ああ。一年でここまで変わったのだから、きっとこれからもやっていけるだろう。
「ところでツヴァイベスタ―よ。今朝も神託が下ったぞ」
「神託?最近多いな」
闇の眷属である仁は、稀に闇の神から眼帯で隠した左目『シマンデ・リヒター』に神託が下るらしい。
詳しいことはわからないが、おそらく彼の技能だろう。
経験上単なる占いの延長線程度の能力だ。
もしかしたら、仁の適当な妄想かもしれない。
「盟友に吉凶の兆しあり。鷲が報を運び、炎神が調停を下す。
水葬の刻、八咫の躯に偽りの獣現れる」
うむ。まるで分らん。
だが、それで思考停止してはDAMの名折れだ。解析すればある程度真実が見える。
「盟友は俺だな。俺に良いことと悪いことが起きる。
鷲が報を運ぶ。遠方からメールか何かが届くのか。
炎神は麗火さんだろう。
つまり、麗火さんからメールが届いて生徒会室に行くと、キツイ感じの依頼を受けるということだな」
まだ回数はこなしていないが、生徒会から難しい依頼を受けるのは、なんとなく日常になりつつある気がする……
「水葬の刻は前に聞いたな。午後の五時か六時くらいだったか?
躯は解らんが、八咫というくらいだから八咫桜だろう。
偽りの獣はモンスターだろう。最近の信託だと毎回同じような言い回しがある。
今日の午後五時くらいに、八咫桜にモンスターが現れるということか」
DAMAがダンジョン付近にあるとはいえ、学園内に唐突にモンスターが現れるのは考えにくいが、前例がないわけではない。というか昔出会ったことがある。
何時ものように可能性だけ一真に伝えておくか。前も礼を言われたし。
スマートグラスでメールを送信っと。
「流石我が盟友。
神託を一瞬で読み解くか。盟友が優秀すぎて、我は最近考えてすらいないぞ」
「いや、そこは考えて解析してくれよ……」
技能を解き明かせるのは本人だけなんだから。
「それに前半については謎じゃなかった」
「謎ではない……なるほど、すでに女狐から報は受けていたのか」
「ああ、今朝な。依頼があるから来てくれと」
「今回は何の依頼でしょうか?」
指定された時間の5分前に生徒会室に行くと、そこにはすでに雪奈が到着していた。
「何にせよ、すぐ終わってくれると嬉しいんだけどな」
「私は大きい依頼も楽しくて好きですけど……
この間みたいにマスターだけで受けて終わらせちゃうのは詰まらないですけどね」
雪奈がジト目で睨んでくる。
そうは言っても仕方がないだろう。
例えば論文の書き方なんて、雪奈はまだ知らないわけだし。
「楽しい、楽しくない、じゃなくてな。折角の春休みなんだから、雪奈には中学生の友達と卒業旅行とかに行ってほしいわけだよ」
めでたくDAMAへの入学が決まり、雪奈のDAの持ち出しの制限は大きく緩和された。
日帰りなら教授への口頭の連絡だけで問題ないし、一泊でも持ち出し申請にDAの記載とサインをするだけでOKだ。
手続きが煩わしいが毎日どこかしらに出かけることもできる。春休みのうちに一泊旅行を何度かするのも可能だ。
「メグちゃんからDSJへの一泊旅行の誘いが来てるんだろ?」
「むっ……アイズさんが漏らしましたね?」
「アイズも雪奈の交友関係を気にしてるってことだ」
「そうですね……依頼がすぐに終わりそうなら考えます」
話していると時間になった。
早く終わるか、雪奈の手が不要な依頼であることを願いつつ、生徒会室のドアをノックする。
「どうぞ」
中から麗火さんの声が聞こえたので、ドアを開け中に入る。
「失礼します」
中にいたのは麗火さんともう一人、柔和な顔立ちの青年だ。
髪は清涼感のある水色に青のメッシュ。服装はスーツだが、着慣れているのがよくわかる。おそらくは社会人だろう。
彼が依頼人だろうか。まさかDAMAの外にまで俺たちの活躍が広まっているとは……何故だろう、嬉しいというより不吉な予感しかしない。
それにしても、この青年は初対面のはずなのに、どこかで見たことがあるような気がしてならない。
「お話の前に紹介からね。
こちらの二人がイノベーション・ギルドのギルドマスターと助手です」
「ギルドマスターの平賀良二です」
「良二さんの右腕の狐崎雪奈です!」
青年に向かってぺこりとお辞儀をする。残念ながら名刺は持っていないので、代わりに学生証を投影して投げる。
「これはどうも」
青年が学生証に触れると、投影が消える。おそらくそのタイミングで、アイズが青年のスマホに俺の情報を転送したはずだ。
俺の格好いい動きを、隣で雪奈が羨ましそうに見ていた。彼女はまだ入学していないため、DAMAの学生証を持っていない。
今後ギルドカードも必要になるだろうし、今度雪奈と一緒に何か考えようか。
「良二くん、雪奈ちゃん、こちらの方が――」
「はじめまして」
麗火さんの言葉を遮るように、青年が一歩前に出た。
そこで俺は、彼は柔和な顔つきだが、その瞳には強い意志が宿っていることに気が付いた。
まるで、長い間戦ってきた戦士のような。
「僕はDAMAの卒業生で今はDAAL――ディバイン・アーム・エア・ラインで研究員をしている、空閑鳳駆」
その名前、その役職、その髪色。まさか彼は――
「DAMAでの二つ名は『ギア:ホーク』だ」
Darkness x Destiny - 了
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