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幕間 宴を桜花で彩って_宴の裏と裏の裏

 風が凪いでいる。桜の花びらがゆっくりと落ちてきて、ちょうど手に持ったお茶の中心に船となって浮かぶ。

 先ほどまでの喧騒は消え去り、世界には私――草薙麗火と良二くんの二人だけになる。


「私はこちらの方が良いわね」


 花見と月見、そして花火と雪見を同時に楽しめる三光宴。それはそれで楽しいけれど、目いっぱいに広がる桜の花と、その合間から覗く月を愛でるのも乙なものだ。


 加えて特別な人が隣にいるのなら、それは格別な時間になる。


 生徒も花見客も、全員世界の裏側――バブルスフィアの中の宴会場に行ってしまった。その結果、表世界には誰もいなくなり、この巨大な八咫桜を二人占めできている。

 こっそりと彼を連れ出して正解だった。


「DAを使った一発芸なんかはインスピレーションが刺激されるから、ずっと見ていたいけどな」


 良二くんはそう言うけれど、その眼は満足そうに桜に向けられている。


「麗火さんも昔から、何時でも人に囲まれて楽しそうにしていただろう?」


『麗火さん』か……

 せっかく周りに誰もいないのだから、昔のように『麗』と呼んで欲しい。


 私は問いに答えず、隣に座る良二くんの肩に頭を乗せる。


「久し振りの二人きりなのよ?」

「……すまん」


 期待した答えとは違うけれど、恥ずかしそうな声音から、私の気持ちは5割くらいは理解しているようだから許してあげよう。さすがに10年以上傍にいると、最低限の言葉で言いたいことはなんとなく解るようになる。

 私は身体から力を抜き、良二くんに完全に身体を預ける。彼の熱が伝わる。私の高い熱も彼に伝わっているだろう。

 左手に目を向けると、私の感情による熱暴走を抑える宝玉が、一つ赤く染まっていた。

 私たちは恋人同士というわけではないけれど、小さなころからこのようにして漫画を読んだり、ゲームをしていたので癖になっている。

 だから、うん、問題ないだろう。


「今日の依頼はどうだったかしら?」

「楽しかったよ」

「そう。悩んだのだけれど、依頼して正解だったわね」


 今年の八咫桜から検出された属性値は例年と比べて異常だった。花見客の大量発生はもちろん、泥酔客の暴走も高い確率で発生すると予想できた。

 そして予期せぬ現象が発生することも。


 解析できていない技能はそれ自体が厄災になりうる。八咫桜のように地域に根付き龍脈から魔力を吸い上げ広範囲に広がっている聖剣(・・)なら尚更だ。

 だから危険な現象が発生した時迅速に対処できるよう、良二くんに依頼した。さすがに八咫桜の花が花火になることは予想外だったけれど、彼は私の期待通り解決して、新たな名物に変えてしまった。

 最悪の場合(・・・・・)八咫桜を灰塵に帰さなければならない可能性もあった。大切な卒業生の贈り物を燃やしたくはない。


「正技さんの件はどうだったかしら?」

「最高の時間だった」

「そう。相変わらずね。正技さんに同情するわ」


 再戦の申し込みを断られた正技さんの表情は見ものだった。

 彼の胸中はよく理解できる。私も小学生のころ何度も体験した。


「死亡酔い、まだ酷いのね。雪奈ちゃんから何度も相談されたわ」


 良二くんはDAMA入学当初から死亡酔いが酷かった。通常は数回で身体が慣れるのに、良二くんはその兆候もなく何時だって顔を真っ青に染めていた。


「麗火さんがくれた回路のおかげで少しマシになったよ。ありがとうな」


 少し、か。きっと体質とはもっと違う、彼自身の精神が死亡酔いを受け付けないのだろう。

 これ以上改善するのなら洗脳系の機能が必要になるけれど、私も彼もそれを望まない。


「あら、ずっとお礼がなかったから効かなかったと思っていたわ」

「直接言いたかった」

「そう。信じてあげる」


 体重をかけていた身体をずらす。身体は滑り落ち、胡坐をかいていた良二くんの膝の上に頭が落ちる。


「何で膝枕なんだ?」

「雪奈ちゃんに聞いたのよ。膝枕は癒されるって」


 残念ながら良二くんのお膝は硬いけれど。


「雪奈はする方だぞ」

「良二くんがするのは初めてかしら?」

「そうだな」


 私は気を良くして、もぞもぞと丁度いい場所を探す。

 数秒して収まりの良いところが見つかり動きを止めると、良二くんが探る様に頭を撫でてきた。


「……続けて」


 良二くんがしっとりとした手つきで頭を撫でる。


 私はウトウトしながら桜を見る。



「疲れてるんだな。次の依頼のことか?」


 微睡みから戻される。


「ええ」


 私の様子から、私の今の心と身体の状態と、その原因を考えてくれたのだろう。

 私は肯定する。


「詳細はまだ言えないけれど、危険があるのよ。

 だから遠慮せずに、気を遣わずに断ってちょうだい」


 私は卑怯だ。答えがわかっているのに口にしてしまう。


「言っただろう?麗が困っているなら、厄介なことでも詳細も聞かずに受けるさ」


 そして良二くんも卑怯だ。二人とも卑怯だ。

 予定調和だ。


「良二くんが一番危険だったこと、それを思い出して。

 それと同じくらい危険よ」


 私の頭を撫でる良二くんの右手が止まる。少しだけ震えている。


「……それくらいなら問題ないさ」

「私には問題なのよ。解らないのかしら?」


 良二くんは答えず、私の頭を撫でるのを再開した。

 今はこれ以上詳しいことは話せないし、彼の真意を問いかけても応えてくれないだろう。

 私は静かに良二くんに撫でられ続ける。



「ねぇ、今日は久しぶりに泊まって行ってもいいかしら?」


 数分経ち撫でるのが止まったところで聞いてみる。


「なぜ」

「雪奈ちゃんは帰っちゃったし、聖教授は先ほどロスに行くために家を出たでしょう?

 良二くん一人きりじゃない。寂しいでしょう?」


 私たちは恋人ではないし、恋人同士だったこともない。

 けれど昔からの家族ぐるみの付き合いだったから、お互いの家に泊まったことは一度や二度ではないし、一緒の布団で寝たこともある。

 幼馴染だから普通のことだ。今更だ。


「良二くんの腕を抱き枕にするとよく眠れるのよ。

 きっとたまった疲れも消し飛ぶわ」

「……生徒会長としてそれはマズいだろう」

「あら、マズい事をするつもりなのかしら?」

「そうではなく」

「それなら問題ないわね。

 それにね、バレなきゃいいのよ」


 一気に畳みかけていく。


「いや、でも」


 よし、あとひといきこのままおしきって


 ピコン


 D-Segに通知が届く。私はそれに目を通すと、身体を起こした。


「一真くんから連絡が来ちゃったわ」


 仕事に戻らないといけない。私は大きく伸びをする。

 良二くんは、そんな私をじっと見つめる。


「何かあったのか?」


 口の中がカラカラになっていたので、残っていたお茶を一気に飲み干す。

 桜の花びらは、特に味はしなかった。


「泥酔客が合体してキング泥酔客になって生徒と一発芸で競い始めたらしいわ」

「え、何それ見たい」


 良二くんも残っていたお茶を飲み干す。


「それじゃあ戻りましょう」


 一般公開されているバブルスフィアの中に入るのも、外に出るのも、コツをつかんでしまえば簡単だ。


「ああ」


 良二くんと二人、立ち上がる。


 私は良二くんの右手に左手を伸ばし――そして引っ込めた。

 その時、ブレスレットと宝玉が少しだけ目に入った。染まっている宝玉は三つ。残っているのは二つの宝玉。私の熱暴走へのカウントダウンだけれど、それが何処となく心地よい。



「花見の三次会、一緒に楽しみましょうね」



 花見が終われば危険が始まる。

 裏の世界バブルスフィア。その裏の世界――表の世界との狭間に想いを馳せる。

 何事もありませんようにと祈りながら、私は大切な人をそこに送り込む。


 全ては私の目的のために。





 Not Front, but Front. - 了


次から二章となりますが、忙しいため少し間が開きます。

内容自体は決まっているため、途中で放置はしません。

一章とノリが変わりますが、やることは変わらないため引き続き楽しんでいただけると幸いです。


お読み頂きありがとうございます。


モチベーションにつながるため、ブックマーク、☆評価いただけると幸いです。

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