第二話 自分勝手な自己解釈による自己表現
「それにしても寒いな。
何があった」
そういうと、聖教授はトランクをほっぽりだし、コタツに入ってきた。
今は2月初頭。室内温度は5度となっており、エアコンが一生懸命頑張っている。
「冷凍みかんを作ってました。
設計が簡単なんで冷却させたんですけど、周囲への影響を忘れてました」
みかんを雪奈に渡し、冷凍みかんに変えてもらう。
「冷却でも普通ここまで下がらんだろ」
教授は雪奈からみかんを受け取り口に運ぶ。
「出来上がるまでの目標時間が10秒。コタツの上にのせても邪魔にならないサイズ。
最大出力でこの有様です」
時間をかければ冷凍庫で作れる。
デカすぎるのなら使われない。
聖剣じゃなければできないことをやらないと意味がない。
「失敗は良い。どんどんやれ。だが改良の方向性は見失うなよ。
冷気を閉じ込めるために外装と要求出力を増やすのは本末転倒だぞ」
「解ってます。冷却じゃない、他の方法を考えますよ」
とはいえ冷凍みかんは好きだが飽きるのも早い。
改良に着手するのは何時になるやら。
「だがよかった。こんなのを作るくらい暇だということだからな」
「暇じゃないです。今もこうやって、雪奈の受験勉強を手伝っていましたし。期末テストの勉強だって進めてます」
俺は高校一年。雪奈は中学三年。
雪奈は来年DAMAに入学希望で、二月中旬に受験を控えている。
入学はほぼ確定していて受験は形式上のものだが、悪い点を取らせるわけにはいかない。入学後の予習にもなるし。
そして、DA冷凍みかん君は息抜きに作っただけだ。
二日くらい息抜きしただけだ。
「尚更好都合だ。
あたしの仕事を手伝えば試験も受験も免除だぜ」
試験の免除。
この聖剣剣聖育成機関において、それを受けるための条件は一つ。
実績を作ることだ。
「来年からDAに関する、生徒からのお悩み相談が始まることになった」
「いまさらというか、ようやくというか……」
「ようやくさ。
ウチの学校は『勝手にやれ。全力でやれ』がモットーだからな。
自主性に任せるという方便で、碌に手伝いもせずに、自分たちの研究ばかりやっていた。
そりゃあ、質問には答えるがね。専門以外はからきしな奴がほとんどだ」
聖剣は個人の属性に依存する。
通常一人で複数の属性を持つが、属性は現在判明しているだけでも1000を超えており、同じ組み合わせとなることはほとんどない。
似た属性でも違う性質を持つことも多い。
つまり、属性が一致する部分部分は答えられても、専門から外れると生徒と知識量が変わらない事がある。
例えば空を飛び火を吐くDAを造りたい場合、『飛行』と『火』の属性が必要だが、片方ならともかく、両方を熟知している人は本人しかいない。『浮遊』と『炎』属性持ちがいたとしても、その知識がそのまま転用できるとは限らない。
結果として、生徒自身が開拓者となり道を切り開いていく必要がある。
「何人もの教授から力を借りれば解決するだろうが、それができる奴ばかりじゃないし、教授たちだって忙しい。
結果として成果を出せず落ちこぼれる生徒がいるということは、前から問題として指摘されていたんだ」
「それでお悩み相談……
でも答えられる人、いるんですか?」
「あたしは大体できるぞ。だからお前もここにいる。
最悪、知ってる奴を紹介すればいいだけだしな」
……なるほど、大体わかった。
「つまり、教授にお鉢が回ってきたけど、忙しいから全部俺に丸投げするということですね?」
俺を売ったという事か。
「はっはっは」
「いやいやいや、教授しかできないから教授が選ばれたんですよね?
俺じゃあ役者不足ですよ」
「落ち着け、別に質問に答えろと言ってるわけじゃあない。
ソッチはあたしがやる。
というか、お悩み相談なんてやらずに、もっとやりやすくする。
ロサンジェルス聖剣研究所でやってるように、QAと知識共有のシステムを構築し、AI解析してデータベース化する。
今の時代、スマホで5分以内でわからなけりゃあ失格だろ。日本代表の学び舎として」
教授の専門は電脳系統だ。システムの設計開発は得意分野であり、参考になるシステムが既に存在しているのなら似たものを構築することは出来るだろう。
「ああ、個人で編集可能な情報サイトみたいな?データがたまれば一般公開もしたいですねぇ……」
「都合がつき次第LDTとも連携する予定だ。EUと中国も、うちとアメリカが手を組めば、甘い汁をすするだけじゃいられんだろう。
まぁ、研究もちょうど区切りが良いところだから後に回せるし、システム自体は5月までには形にできる。
だから問題はそこじゃあない。
知識とやる気があっても行き詰っている天才たちだ」
行き詰っている天才。
例えば自分の技能を解析し終えたと妄信している人。
例えば我武者羅に威力だけを求める人。
例えば自分の限界を知ってしまった人。
例えばやりたいことと属性があっていない人。
学生だというのに、進める道が違うから、肩を並べられる者がどこにもいない。
そんな人を、この一年で沢山見てきた。
「お高く止まった天才に、新しいものを造りだせない秀才の意地を見せてやれ」
「未知は青春のスパイスだ。意識の高い薄味の青春に、胡椒とハバネロをぶちかませ。
時にジャンクなものを食わせた方が目が覚める。
自分勝手は大好きだろ?
凝り固まったやつらに、何がキモチイイか思い出させろ。
創意工夫の良さを教えてやれ」
「いや、俺は至って平凡ですが……」
人を変態のように言わないで欲しい。
「既存の物を組み合わせ、新規のイカれたシステムを造りだすのは良二の得意分野だろ?」
通称「常勝常敗」の平賀良二。
一般人には絶対勝つが、天才には絶対負ける。
ゆえに秀才。それが俺である。
しかし逆を言えば、専門以外であるならば天才にも勝ち目はあるということだ。
考えるのは好きだ。想像するのは好きだ。妄想するのは好きだ。
そして想像と妄想を現実に創造できるのがDAだ。
悩む相手に自分なりの全く違う答えを提示するというのは心が躍る。
追い越せなくても、追いつけなくても、後ろに騒がしい人がいるのなら、自分を見直すきっかけにはなるだろう。
「それと、引き受ければ立場と権利が手に入る。
DA開発に限るけどな」
立場と権利。それはDAMAで活動する上でなくてはならないものだ。
音速超えるDAバイクとか、生身での大気圏離脱用DAロケットとか、月の兎の目を射抜くDAスナイパーライフルとかの面白おかしいDAを造ろうにも、その許可を得るには権利が必要だ。
簡単に言えば、好き勝手やっていいということだ。
そして立場というのも、便宜を図ってもらう程度にしか役に立たないだろうが、それでも俺には必要なものだ。
なるほど、これは非常に魅力的な報酬だ。
どのみち、秀才でしかない俺が、天才であることが求められるDAMAトーキョーに通い続けるには、教授の依頼は断れない。
「解りました。引き受けましょう」
お悩み相談。気の抜ける名称だが、それはきっと俺のやりたいことに必要だろう。
「こき使ってやるから覚悟しろ」
教授がニンマリと笑顔を浮かべる。
あれ?早くも引き受けたことを後悔してきたぞ?
「……あの、すみません」
ずっと静かに黙々とみかんを食べ続けながら話を聞いていた雪奈が口を開く。
「その、マスターなんとかって、聖剣の属性か何かですか?」
「「…………」」
純真な目が痛い。
濁せ、と教授の眼が語る。
「あー……そう、マスター・オブ・イノベーション!
俺が超革新的な超革新剣聖だから、超革新的に困っている人を超革新的にボコれということだ!」
「なるほど!よく解りました!」
雪奈が純真で助かった。
こうして、俺は超革新的な超革新DAMとして、超革新的活動をすることが決まったのだった。
超革新的がなんなのか、俺にもよく解らないのだが。
Master of Masturbation - 了
ちなみに各話最後のサブタイトルは「日本語タイトルに英語タイトルがついているのって格好良いよね!」という理由で設定されています。
本作の方向性も、格好良さ優先となります。
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