幕間 宴を桜花で彩って_花見客を退治せよ!
「暴れる花見客の退治?」
ホワイトデーから二日後、俺は風紀騎士団から依頼を受けた。
内容は単純だ。
今日の放課後から明け方にかけて校庭に生えている、巨大な桜――通称八咫桜が満開を迎える。それに伴い花見客が暴れる可能性があるため退治して欲しい。
なるほどなるほど、まるで意味が解らない。
八咫桜は知っている。DAMAトーキョーの名物の一つで、三本の桜が絡み合ってできており、端から端までの距離は、なんと500メートルに達する。三月の中旬ごろに満開を迎え、観光客も含めた沢山の人たちで賑わうという。
花見客が暴れる。まぁそういうこともあるだろう。花見といえばお酒、お酒といえば泥酔客だ。OBやOGが久しぶりにDAMAを訪れ、昔を懐かしんで酒を飲んでいたら酔い過ぎてしまい、魔法を使ったりDAを持ち出してしまう。そういう可能性もある。
だが退治というのが解らない。仲裁、無力化、鎮圧、捕縛ならわかる。だが、花見客を退治しちゃあ駄目だろう。
依頼主の一真に連絡は入れてみたが、何やら忙しいらしくて応答がない。花見客を持て成す準備に忙しいのだろうか。
とりあえず魔法情報メモリに暴徒鎮圧用DAと、アイズのお勧めの高火力殲滅DAの情報を入れて校庭に向かう。退治するということは最低でもバブルスフィアが展開されるはず。それならDAの実機は用意する必要がないだろう。
『なぁ、アイズ。このDAは火力高すぎないか?下手しなくても即死するぞ。
確かに下手に鎮圧するよりバブルスフィア内で死んでもらった方が酔いは覚めそうだけど……』
俺は校庭への道すがら眼鏡でアイズに尋ねる。今日は雪奈が卒業式で中学に行っているため、俺一人だ。
それにしても、聞いていたほど人は多くないな。
桜の下はもっと人だかりになっていると思っていたが、ほとんど人の姿が見られない。場所を間違えたのかな?
『思考中思考中……
話に食い違いを感じるね。僕とマスター、そして一真との認識に違いがあるようだ』
『食い違い?』
『DAMAトーキョーと一般の花見客は意味が違うからね』
『意味が違う?』
嫌な予感がする。
アイズを問い詰めようとした時、身体をぬるりとした感触が覆った。
どうやらバブルスフィアの中に入ったらしい。目的地、八咫桜周辺の状況が一変する。そこで俺を待っていたものは――
『これがDAMAの花見客だ』
桜の根元を埋め尽くすほどの、大量のピンク色の人形だった。
『ああ、ようやく来てくれましたか』
バブルスフィアに入ってすぐ、脳内チャットに連絡がきた。
工島一真だ。どうやら俺が来るのをずっと待っていたようだ。
ワンテンポ遅れてD-Segにメールの通知が数件届く。
『俺からも連絡してたんだが……バブルスフィアの影響で通信できなかったみたいだな』
俺からの連絡に返信が無かったのも、一真からの連絡が届いていなかったのも、バブルスフィアの影響だろう。
結構気軽に使っているが、次元の膜を通しているのだ、バブルスフィアの状態によっては外部との連絡ができないケースもある。
中継器があれば可能だが、設置を忘れるか気が付かなかったのだろう。
中継器についてはDAIMに情報が入っているため、アイズに頼んで実体化と設定をしてもらう。
『うわっ二十件も通知が届いた……中継器の設置ありがとうございます。
そちらまで手が回らなくて』
どうやらしばらく前からバブルスフィアの中で作業をしていたようだ。
俺も駆け足で桜の方に向かう。それにしても、八咫桜が大きくて距離感がつかみづらいな。
『とりあえずそっちに行く』
移動しながらの脳内チャットでの認識合わせも良いが、先に合流してからの方がいいだろう。現場がどうなっているのかD-Segの望遠機能でも見ることができるが、実際に目にしておきたい。
D-Segを確認すると、一真は桜の端の辺りにいるようだ。ここから600メートルほど先か。ここから移動方法は……あれを使ってみよう。
DAIMにアクセスし脚を覆うようにブーツを展開する。対象は重力制御の機能を持っている最新式のブーツだ。これを起動すれば常に脚下方向に重力が向く。
本来は垂直の壁などを歩くために開発されたが、とある利用法を使った動画により一躍有名になったものだ。
「こうだったかな」
全体重を預けるように身体を後ろに倒す。
それにより重力方向が進行方向斜め下に変わり、傾斜面を滑るようにして地面を進み始めた。調子に乗って、魔法で摩擦を軽減しつつもっと身体を傾ける。重力に引かれ、俺の身体はどんどん速度を増していく。
思った通り、魔力の少ない自分には、風や爆破を使うよりも早く制御しやすい。断崖絶壁をスノーボードでまっすぐ降りるように、適度に膝で衝撃を吸収してバランスを取る。
ひゃっはぁーー!俺は風だぜー!
一真の姿を確認し速度を調整しようとした直後、俺の身体が宙を舞った。
「ほぇ?」
遅れて足に伝わる衝撃。どうやら石に躓いたらしい。
ただ躓くだけなら問題なかった。しかし速度と重力制御がまずかった。
直ぐに訪れるだろう衝撃に備え眼を閉じ身体をこわばらせていたが、しばらくしても何もない。
おかしく思い眼を開けると、D-Segに表示されたアイズからの緊急通知に目が留まる。
どういう力が働いたのだろうか、俺は錐揉みしながら斜め前方の空へと飛翔しているらしい。
マズい、このままだと果てしなく空に落ちていく。
俺はとっさに体を捻り重力方向を進行方向と逆に変えようとする。
身体は激しくスピンしたが、落下方向が地面へと変わったことをアイズが教えてくれる。
よし、このまま減速しつつ見事に着地しt
グシャリと顔面から地面に激突した。
「…………」
俺は何事もなかったかのように立ち上がり、白衣についた土と泥を払うと、すぐ隣で何とも言えない表情をしている一真に話しかけた。
「状況を教えてくれ」
一真は俺の安否を尋ねず、代わりに大きくため息をついた。
「すみません、八咫桜の事を御存知なかったのですね。生徒会や風紀騎士団では有名だったため失念していました」
意識を切り替えたのか、何事もなかったかのように一真が答える。
「俺も下調べを怠ったからお相子だな」
俺も何事もなかったように話す。
まぁ、実際何事もなかった。あの程度の衝撃、この特注の白衣と学ランの前ではないのも同じだ。なければ即死だったが。
「そう言っていただけると助かります」
八咫桜に関しては一応SNSや動画サイトで去年の花見の状況は確認したんだけどな。流石にピンク色の人形?については載っていなかった。
「それでは説明させていただきます。
始まりは20年前、『願い』属性の技能保持者の生徒がDAMAに在籍していました」
『願い』属性……聞いたことがない。
D-Segでざっと検索してみても該当する属性は見つからなかった。かなりのレア属性で、かつ解析ができないままDAMAを去ったのだろう。
「『願い』属性は、特定条件化でモノに願いを込めることで、モノに属性や性質を与えることができたと聞いています。
その生徒が卒業時に『大きく育ちますように』と願いを込め植えたのが、八咫桜となります」
20年で直径500メートル。いくらなんでも育ち過ぎではないだろうか。
「そしてその生徒はこうも願いました。
『お花見にはたくさんの人が集まって欲しい』と」
なるほど、つまり……
「そうして生まれたのがこの人形。通称『花見客』です」
「花見……客……」
桜の下に集まるピンク色の人形をマジマジと見つめる。
人形といっても精巧な人の形をしているわけではない。
大の字になった丸型のテトラポットと言えばいいのだろうか。指や関節などはもちろん、顔の凹凸すらない。
大きさは個体によってさまざまだ。小さいのは俺の膝下くらいのサイズで、大きいのは2メートルを少し超えている。
どの個体も額の辺りに桜の花びらが付いているのが特徴的だ。
それぞれが意思を持っているらしく、別々に動いている。
ある個体は手と足をぶんぶん振り回し、ある個体はコップを天に掲げ、ある個体は棒のようなものに顔を近づけ、ある個体は丸いナニカを食べている。
団体行動が可能なのか、ピンク色のブルーシート?に複数人で座り、丸いナニカの入った箱を囲んでいたりもする。
見た目さえ気にしなければ、なるほど、確かに花見客だ。
だが一体どうなっている。
通常は属性一つにつき一つの機能しか持たない。身体を構築しつつ、個別で様々な動きをする人形など単一の属性で作れるはずがない。
『花見客』に類似した現象では、いわゆるゴーレムを『土人形』属性で作成できるが、動かすのはともかく、行動判定機能を持たせるには複数の属性が必要になったはず。ましてやツルリとした腕で器用にコップを持つなんて……
そんなことを考えていると、足元に気配を感じたのでそちらを見る。そこには腰までの高さの花見客が立っていた。
花見客は俺が気が付いたことを確認すると、丸いナニカを差し出してきた。
「……くれるのか?」
花見客が肯定するように「おぅ」っと鳴いたので、ナニカを受け取る。
「ありがとうな」
腰を下ろし目線?を合わせて礼を言う。
花見客は二回ほどバンザイをすると、ブルーシートの方に帰っていった。ブルーシートには大きめの個体が二人座っており、小さい個体を迎え入れていた。
家族だろうか。
「……まぁ、良く解らん技能については考察するだけ無駄だな」
貰ったナニカを口に入れながら、俺は考えるのを止めたのだった。
ちなみにナニカは桜餅っぽい食べ物だった。中のさっぱりとした白あん?が意外と美味しかった。でも餅と言うのはマシュマロっぽかった。
「それで、俺は何をすればいいんだ?」
俺と花見客とのファーストコンタクトに満足そうにしている一真に尋ねる。
「依頼の通り、暴れる花見客の退治です。
すでにお気づきかと思いますが、花見客の額に桜の花びらがあります。
あの花びらですが、現在の花見客の魔力量を示しています」
ざっと見たところ、花びらの枚数は一枚から五枚。先ほどの子供?は二枚だった。
「花びらが多いほど魔力は多くなります。時間が経過したり、飲み食いすると花びらが増えることがあります。
そして花びらの枚数が5枚に達すると、通称満開状態となり、魔力が激増しバブルスフィアへの干渉ができるようになります」
「バブルスフィアへの干渉……なるほど、バブルスフィアの外に出ることができるようになるわけだ」
一真が頷く。
バブルスフィアは取り込まれる時に魔力を操作することで取り込みを拒否できる。難易度はそう高くはない。海の浅瀬で遊んでいるときに、小さな波にさらわれないよう踏ん張る程度の抵抗で問題ない。
そして同じように魔力操作によりバブルスフィアから出る事もできる。その場合は取り込み拒否よりは難しいが、ある程度の能力があれば可能だ。
「八咫桜の満開に合わせて花見客が現れる。そこで花見客を隔離するためにバブルスフィアを展開して取り込んでいる。
しかし花見客によっては外に出ることができるという事か。
でもぱっと見、満開状態でも普通に飲んで食ってで出ようとしないし、外に出たところで歌う踊るくらいで危険性はなさそうだが……」
こんなのがいるのがバレたら、魔物だと勘違いされて討伐される可能性はあるが。
「花見客は花見客なので、花見が目的です。すでに目的を達しているので外に出る必要はありません。
しかし例外がいるのです」
一真が右手を上げ花見客の集団を指さす。
そちらを見ると20メートルほど先に一際大きい、3メートル近い巨体の花見客が暴れていた。頭の花びらの数は五枚だ。
「おぅ!おう!」
喚き声を上げながら、両手を振り回している。
「あれは?」
「泥酔客です」
「……はい?」
俺が首を傾げると、巨体の花見客――泥酔客が大きく口を開いた。
口があることに驚いていると、その口の中心に煌々と光が灯る。
それを見た一真は、腰に吊るした剣を手に取った。
滑らかなラインを描く剣が鞘から引き抜かれる。
「起動」
一真の声に反応するようにして、剣の側面を一瞬無数の光が走ったかと思うと、その光に沿って剣が大きく展開した。
一真の動きに気が付いたのか、泥酔客が顔をこちらに向ける。口の中の光はますます輝きを増して、今にも臨界を迎えそうだ。
だがしかし、その光が放たれるよりも早く、泥酔客の頭が吹き飛んだ。
「おおぅ!おう!おぅ!」
周りの花見客が泥酔客を見て騒ぐ。
そして何を思ったのか、その全てがこちらを向いて大きく口を開けた。
「暴力はお控えください」
一真が軽く剣を振るうと、口を開けた22体の花見客も、泥酔客と同様に頭がはじけ飛んだ。
一拍おいて泥酔客と花見客たちの身体が倒れる。
再度混乱が起こるかと思ったが、今度は何事もなく花見客は宴会を続けているようだった。
「相変わらずだな」
俺は一真の持つ剣に目を向ける。展開されていた剣は、騒ぎが収まったことを確認すると元の形に戻った。
パズルのように無数の刃によって組み立てられた聖剣、それが機甲聖剣『カザグルマ』である。
各ピースは全て一真の意思によって完全に制御されており、指示一つで時速数百キロで射出され遠方にいる敵を射抜き、すぐさま手元まで戻る。
一真の基本武装の一つである。
「花見客の中には泥酔するほど酒を飲む個体がいます。
前後不覚となった泥酔客は己の目的を忘れ、時にバブルスフィアの外に出て行ってしまうことがあるのです」
一真は剣を鞘に納めると、話の続きを口にする。
「凶暴になった花見客を外に出すわけにはいかないから、満開状態の泥酔客が暴れ始めたら退治する、ということか。
でも殺していいのか?いや、生きてるのかもわからんけど」
「花見客は夜中になると願いの期限を超え消滅します。しかし泥酔客は一度酔ってしまうと、どうやっても期限までに酔いが抜けない事が解っています。
つまり、ああなってはもう助ける方法はないのです……
むしろああやって殺してあげた方が、次の命となって生まれる分、幸いと言えるかもしれません」
一真の言葉に倒れた泥酔客の方を望遠機能で見てみると、積もった花びらから小さな花見客が数体顔を出していた。
どうやら頭部を失うと花びらの山となり、そこから新しい花見客が生まれるようだ。
どういう生体なのか非常に興味があるが、どうせ調べたところで分かりはしないだろう。
「本音は?」
「朝から付きっ切りなのでいい加減面倒。桜だけ散らせば止まるけど、頭ごと撃ち抜いた方が楽」
「相変わらずだなぁ」
一真は物腰柔らかい執事風だが、その実重度の面倒くさがりだ。集中力が続く間はきちんと作業するが、ある程度時間が立ち疲労が溜まると大雑把になる。
前に彼の部屋に招かれたことがあるが、ひどいものだった。
そのくせ集中力と忍耐力が必要な手芸が趣味なのは何故なのだろうか。
先ほどの話だと花見は夜まで続くらしいが、その頃になると目に付く花見客をすべて斬るようになるんじゃあないだろうか。
Sakura Watcher - 了
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