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幕間 ホワイトデーに戦術的お返しを(かんざし/厄介事/DA)

「四天王最後の姿は見えず。

 となると、家の中にいるよなぁ……」


 剣聖生徒会最後の一人、副会長の厳島翠(イツクシマミドリ)。道中ついついジャンクを半分くらい読んでしまったが、結局家に着くまで彼女が声をかけてくることはなかった。

 愛韻と音彩の登場タイミングを考慮すると、俺の居場所は何らかの形で一真から生徒会内に伝わったと考えるのが妥当だろう。それなのに帰り道に現れなかったということは、先回りしている可能性が高い。

 バレンタインのお返しなんてどうでもいいから会わずに作業の続きをしたいというのが本音だが、麗火さんからお礼の指示があった以上、翠さんは必ず来るだろう。


「タダイマー」

「遅かったな」


 リビングから声が聞こえる。気づかれないよう小声で挨拶したが無駄だった。

 仕方がないので、玄関でDA消毒液を使い手を洗うと、リビングに入る。


 リビングでは翠さんが優雅に紅茶を飲んでいた。

 机の上にはケーキが三つ。そして食べ跡が一つ。食べたのは教授だろう。試験結果の採点に忙しいため、さっさと食べて自室で作業しているに違いない。選択問題や答えの明確な試験ならアイズに任せて最終チェックだけしているが、今回は論文が大量に提出されているためそうもいかないらしい。


「おかえりなさい」


 雪奈が出迎えてくれる。かなり不機嫌そうだ。まだ翠さんとは仲直りできていないらしい。

 白衣と学ランが公私の切り替えスイッチなのだろうか、年度末試験が終わってから、家の中にいるときは大体私服だ。今日は水色のワンピースに白いカーディガンを羽織っている。


 雪奈の視線から、「早く用事を終わらせて追い出して」と言う圧を感じる。

 俺も早く作業に戻りたいし、手短に済ませよう。


「えっと……このケーキは?」


 机の上のケーキは三つ。ショートケーキ、モンブラン、みかんケーキ。

 バレンタインのお返し……ではないだろう。この家にいる全員分に加え、自分の分もあるみたいだし。


「聖教授から、教授の家に伺うときにはケーキを持参するものだと聞いている」

「あの人は……そんなルールはないので、次からは持ってこないでいいです」

「そうか。だが今回は持って帰るわけにもいかないし食べてくれ」


 翠さんがこちらをジィっと見つめる。三つの中から好きに選べということだろう。

 俺を待っていた雪奈は、目線からしてモンブランか。

 じゃあ俺はショートケーキを……


「…………」


 手を伸ばそうとしたところ、翠さんから無言の圧力を感じる。「お前はみかんが好きなんだろう?」とでも言いたげだ。

 いや、ケーキにしてまで食べたいほど好きと言うわけではないんだが。


「じゃあみかんケーキを貰うよ」


 圧に屈した。


「それじゃあ私はモンブランを貰いますね」


 雪奈がちょっと気分を良くした調子でモンブランを取っていく。


「私はショートケーキか」


 予想が的中したのだろうか、翠さんは少し満足そうだ。


「それじゃあいただきます」


 俺はケーキの上に載っているものは先に食べるタイプ。みかんケーキの上に乗っている、カットされたみかんをフォークで口に運ぶ。少し前まで冷凍されていたのだろうか、程よく冷たく、とびきりに甘い。

 紅茶が欲しくなる。先に用意しておけばよかった。

 ……けれどこの味、以前何処かで食べたような?




「それで、用事は?」


 DA紅茶オレをちょうどいい感じの温かさに調整し、口をつける。

 うん、甘味が流されてすっきりする。翠さんのおかげで酸味の調整もできるようになって味の幅も広がった。


「バレンタインのお返しだ」


 翠さんが仰々しくリボンに包まれた箱を出してくる。

 丁寧なリボン、上質な箱の素材……間違いなく力がこもっている。

 個人的には、愛韻くらいの緩さがちょうどいいんだけどなぁ。


 開けずに突っ返したいが、そのあたりの融通が利かない人だということは理解している。

 諦めてリボンを解き箱を開ける、中に入っていたのは……


「キレイ……」


 見事なかんざしに、雪奈がため息をこぼす。

 上質な黒の漆を金箔が彩っている。装飾部分で目立つのは二つの小さな珠。黒い方は黒瑪瑙(メノウ)、白い方はムーンストーン……ではなく研磨した白色魔石か。


「あ~……さすがにこれは受け取れない。貰う理由もない」


 高価すぎる。というか何でかんざしなんだ。


「それは困る。会長から、あなたへのお返しと、会長へのお返しは同等の物を選ぶようにと指示されている。

 会長にはすでにかんざしを受け取ってもらった。あなたにも受け取ってもらう」


 麗火さんも翠さんも何を考えているんだ。嫌がらせか。

 さて、説き伏せるにはどうしようか。


「つまり、俺がこれを挿すと、麗火さんとお揃いになるな」

「なっ……確かに……」

「逆に翠さんが持って帰ったら、翠さんと麗火さんがお揃いになる」

「むっ……」


 翠さんはお堅く見えるが、自分の欲求には素直と見た。というかDAMAの生徒は基本自分の欲求に素直だ。彼女も例外ではないだろう。

 次は渡さなくて済む理由を提示する。


「第一あのケーキは雪奈にも手伝ってもらったんだぜ。しかし、このかんざしは二つに分けられない。

 しかし持ってきてくれたケーキ。本来なら聖教授の分だけでいいのに、俺たちの分も用意してくれただろう?

 ケーキにはケーキ。あれで充分だ」

「うーん……だが……」


 よし、あと一押し。


「趣味で作った小さな熊の置物。週刊少年ジャンク。あんこ玉。クッキー。

 他の生徒会役員とグレードの違いすぎるものを渡すのも角が立つんじゃないか?

 俺は一度受け取ったけど恥ずかしくて身に着けるのを嫌がった。だから仕方なく返してもらった。それでいいじゃあないか。

 ほら、一度は受け取った証拠写真撮るから」


 翠さんの反論を待たず、かんざしを箱から取り出すと自分の髪に挿し、室内のカメラを使い翠さんとのツーショットを撮る。

 眼鏡(D-Seg)を使い、すぐさまそれを麗火さんに送る。

 文面は「翠さんからかんざし貰ったけど、似合わないし使わないから返した」っと。

 かんざしを抜くと、翠さんの髪に挿す。

 角度を整えてっと……


「はい、チーズ」


 状況に追いつけない翠さんをD-Segで撮影する。「明日この髪で行くから、麗火さんも貰ったかんざしを挿していくこと!」と一言添えて麗火さんに送っておく。


「オッケー。俺から送ったから問題ないだろう」


 ここまですればもう何も言わないだろう。


「……その、おかしくない?」


 翠さんが小さい身体を、さらに縮こまらせている。

 少し髪に触れ怖がらせてしまっただろうか。


「そうだな……その綺麗なアッシュグレイの髪に似合ってるんじゃないか?

 可愛いと思うよ」


 無難に褒めておく。


「そ、そうかな?

 それじゃあ私は失礼する」


 翠さんは急いだ様子でコタツから出ると、フラフラと玄関のほうに歩いて行った。

 よし、これで四天王全員討伐完了だ。

 面倒なので、来年は麗火さんだけが食べられる小さいチョコを渡すとしよう。


 残った紅茶オレで身体を休めていると、憮然とした雪奈からの視線に気が付いた。

 そういえば雪奈には何も説明していなかった。何が何やらわからないだろう。

 なんと説明しようか……とりあえず


「あんこ玉とクッキー食べるか?」


 貰った分の半分を雪奈に渡す。

 雪奈は無言であんこ玉を口に運ぶが、表情は晴れない。

 あんなに美味しいのに……


「……別に欲しかったわけではないです。

 でも、一度くらい、挿してみたかったな」


 思えば、雪奈はずっとかんざしに見惚れていた。

 しまった、雪奈に譲るのが正解だったか。


「ギルドの依頼をこなせば色々と材料も手に入る。

 余裕ができたら俺がもっと良いヤツを造ってやるよ」


 バリア貼ったり、電波を垂れ流せるような奴。


「そうですね……その時は私からも何かプレゼントしますね!」




「三人とも問題なし。

 翠さんも覚悟を決めて家に入ったし、平気かな」


 私は生徒会室で雑務をこなしながら、D-Segを使い校内の様子を確認していた。


「一真くんがみんなの前で堂々と渡したのは驚いたけど」


 すでに変な噂話が立ち始めているみたいだ。

 とはいえ噂しているのはその手の話が好きなお姉さま方。すぐに他の話題に飲まれて消えるだろう。


 予想外と言えば一真くんが良二くんを遊びに誘ったのも予想外だった。

 断った時の良二くんが一真くんの頭をぐしゃぐしゃにしたのは、周りの注目を浴びていることを意識したうえで、あえてフランクに接することで一真くんへの印象を和らげるためだろう。

 遠くから見ていた女生徒たちが、あの行動を機に行動に移ったのも、それが理由のはずだ。


 二人の関係は変わらず良好。

 即急に解決しなければならない件のうち一つは、彼らに振ってしまって構わないだろう。

 DAMAトーキョーが誇る巨大な八咫桜(ヤタザクラ)。明日明後日辺りがその見頃だ。

 各観測機器がきな臭い値を示している。おそらく今年は当たりだろう。


「愛韻くんと音彩ちゃんについては何時も通りね」


 何故か周辺に設置されたマイクから音声が拾えなかったため話してた内容は解らないけど、二人の様子は普段と変わらない。

 良二くんも平然としていた。あの二人にとっては、普通に対応してもらえることが何より嬉しいだろう。


 D-Segを操作して学校の周りを確認すると、愛韻くんが音彩ちゃんに捕まって、駄菓子屋で何か買い物をしている姿が確認できた。

 きっとホワイトデーのお返しを買わされているんだろう。

 しかし残念ながら、愛韻くんの好きなあんこ玉ときなこ棒は売り切れだ。


「それにしても美味しいわね、これ」


 愛韻くんに貰ったきなこ棒を齧る。午前中に売り切れてしまうだけのことはある。

 私も今度買いに行こう。


「問題は良二くんね……」


 問題とは言っても、彼の能力――イノベーション・ギルドの依頼遂行能力に問題があるわけじゃない。

 むしろ評判はいい。

 即日対応即日完了。この一週間試験と試験勉強の間に何件も依頼を終わらせている。


 3Dプリンタの使い方を教えて欲しいと言われれば、使い方だけでなく出力したDAの起動確認手順を教え、一緒に動作確認しながら不具合検出時のイロハを実践し、手作業による回路の修正を手伝った。


 提出論文の文面を整える手伝いをして欲しいと言われれば、試験内容の妥当性と参照論文をチェックし、予期される質問と実施しておいた方がいい追加試験を提案している。


 鍛冶師がDAの試験中の事故で怪我してしまいDAについても大破した時には、治療中の鍛冶師の子から開発中のデータを引き継ぎ、DA-CADにて既存サンプルと大破したDAのスキャンデータをミキシングすることで何とか復旧、事故が起こった箇所についても特定し改善案を提示している。


 最後のペアは何とかギリギリ提出が間に合い、進級が確定したようだ。

 お礼として二つ名『救世主眼鏡』が申請されている。……さすがに救世主はマズいので『お役立ち眼鏡』に変えてもらった。


 生徒の役に立っているのは良い。でも、頑張り過ぎていないか心配になる。

『秀才であること』のコンプレックスなのか、彼は自分のものを惜しみなく他者に分け与える傾向がある。

 知識、能力、そしてモノ。全て確認したわけではないけれど、今日もバレンタインにチョコを交換した全員に、お返しをしているらしい。バレンタインにチョコを渡すときには、お返しが面倒だからと言って交換に持ち込んでいるのに。まるで無理矢理お菓子とお小遣いを渡してくる親戚のおばちゃんだ。


 今は受けている依頼はないようだけれど、数日前からDA顕微鏡を借りたままになっている。

 恐らく新しいDAの開発をしているんだろう。凝ったものを作るということは、きっと誰かへのプレゼントだ。

 ……残念ながら私宛ではなかったけれど。少し甘えておいた方がよかったかしら?


「そろそろ受け取ったころかしら」


 私は翠さんから貰ったかんざしをしげしげと見つめる。

 金箔を使った豪奢な作り。装飾の二つの球が一際目を引く。一つは翡翠。もう一つは赤色魔石。

 きっと翡翠は翠さんで、赤色魔石は私をイメージしているんだろう。

 良二くんに渡すのはムーンストーンと黒色魔石かしら。


 かんざしを挿している良二さんを想像していると、D-Segに通知が届いた。

「翠さんからかんざし貰ったけど、似合わないし使わないから返した」という文面に一枚の写真が添えられている。


「あらあら」


 何時もの黒髪に、雑にかんざしを挿した良二くんと、彼に肩を抱かれて緊張した面持ちの翠さんだ。

 良二くんのやけくそな笑顔が、彼の今日一日を如実に表している。

 ……つまり、まんざらでもなかったということだ。


 ニヤニヤと写真を見ていると、追加の通知が届く。

「明日この髪で行くから、麗火さんも貰ったかんざしを挿していくこと!」という文面と写真。


「あらあらあら」


 写真には、真っ赤な顔の翠さんの艶やかなアッシュグレイの髪を、白と黒の装飾が施されたかんざしが飾っている。

 何時も毅然とした――悪く言えば不機嫌そうな翠さんだけど、驚くといつもこのような可愛らしい表情になる。

 たまに私に見せてくれるだけだったけれど、良二くんの前でも見せるのか。


「良二くん可愛かったのに。

 残念です。今度かんざし挿している姿を見たいな っと」


 翠さんに貰ったかんざしを挿し、髪を丁寧に整えると、スマホを使って自撮りする。

 先ほどまで心配してたのに、自分で良二くんのお仕事を増やしてるのを自覚しつつも、メッセージと写真を送る。

 DAMは自分の欲望に素直だから仕方ない。


「それじゃあ私も残りのお仕事にとりかかろうかな」


 身体を大きく伸ばすと、机の上の書類に目を向ける。

 仕事がないと皆には帰ってもらったけれど、剣聖生徒会生徒会長しかできない仕事はまだまだ残っている。


「でもその前に糖分糖分」


 保存ケースに入れて大事にとっておいたお菓子を見る。

 特性冷凍みかん(・・・・・・・)のケーキと、可愛らしい金魚の飴細工。

 どちらを先にいただこうかしら。




 夕食を終えて三時間後、ようやくDAの動作確認が完了した。

 ずいぶんと時間がかかってしまった。日が変わるまでもう時間もない。

 リビングに行くと、雪奈がファッション雑誌をめくっていた。どうやらピアスのページを見ているようだ。


「ピアスに興味があるのか?」


 折角用意したものが無駄になってしまったかもしれない。


「ファッションに力を入れてみたくて……

 マスターはどれがいいですか?」


 雪奈がページを見せてくる。

 派手過ぎず、ジミ過ぎず、かつ黒髪と目立つもの……


「このイルカのが良いかな」

「イルカ……マスターには似合いませんね」


 そりゃあ、雪奈に似合いそうなのを選んだからな。


「マスターはピアスを付けたりしないんですか?」

「俺は母親から身体を大事にしろと教わったんだ。だから不必要に傷つけるのはなぁ」


 別に傷が嫌というわけでもない。小さいころ目の下にできた小さな傷は残ったまま消していないし、一昨年に左手の中指を大きく削った時の傷もそのままだ。

 第一そう言った母親もピアスはつけてた。本人も俺の解釈とは違った意図で言ったのだろう。


 俺の答えに雪奈は少しだけ目を伏せた後、俺を見上げながら首を傾げた。


「でも麗火さんはつけてますよね?」


 何故ここで麗火さんの話になるのだろうか。


「別に他人の考えについてどうこう言うつもりはないからな。麗火さんは髪を結い上げることが多いから、耳を飾りたかったんだろう」


 前におすすめを訊かれたとき、彼女のイメージカラーである赤ではなく、あえて涼しげなアクアマリンブルーのクリスタルのついたピアスを選んだ覚えがある。

 よほど気に入ったのだろうか、それ以降彼女は同じ色のアクセサリを身に着けることが多くなった。


「麗火さん……」


 雪奈が何とも言えない表情をしている。

 心の整理がついたのか、雪奈は表情を戻すと雑誌を閉じた。


「私もピアスは止めておきます。元々穴をあけるのが怖かったですし。怖い話を思い出しちゃうんですよね……」


 ピアスの穴から出てきた白い線を引っ張ると、目の前が真っ黒になるというあれか。

 何で耳に視神経が通っているのだろう。まぁ、実際は視神経ではなく霊的な何かなんだろうが、DAが発達した今もそのような線は確認されていない。


「イヤリングと言うてもあるぞ」


 それなら耳に穴をあける必要はない。


「昔お母さんに貰ったイヤリングを一日で無くしてもらったので、イヤリングは嫌です。

 それにアクセサリーなら、今日新しいのが貰えますし!」


 雪奈がニコニコと俺の方を見る。


「気が付いていたか……」

「隠す気なかったですよね?そもそも、私から指輪を持って行ってますし」


 雪奈がいつも身に着けている指輪は、彼女の体調を維持し、紫外線などから身体を守る役目がある。

 今回はその改良を行っていたのだ。


「指輪なしだと辛いか?色素も落ちている」


 現在雪奈は自前の魔法で体調管理と色素コントロールを行っている。

 翠さんが来ていた時は普段通りの黒髪黒目だったが、今は明るい茶髪とヘーゼルグリーンの瞳になっている。

 肌もいつもより白くなり、ところどころ血管が透けている。


「え?ごめんなさい、集中力が切れてました」


 どうやら気が付いていなかったらしい。雪奈はコンパクトミラーを取り出すと、髪と眼の色を確認する。


「これでいいかな?」


 雪奈が眉根を寄せ力を籠めるしぐさを行うと、髪の色が明るい茶色から濃い茶色、そして最終的に黒に変わり、瞳も茶色を経て黒に戻る。


「魔力の方は平気か?」

「魔力は全然問題ないです!問題は集中力だけですね」

「それならDAが無くても最悪数日間は平気か。でも今使ってるのは色素変更だけだよな?」

「そうですね。でも体力がついてきたので、太陽に弱いのさえどうにかすれば、倒れることはないと思います!」


 雪奈がむんっと力を込めたポーズをとる。

 全然力があるように見えないが。


 DAは永久不滅のものではない。壊れることだってあるし、何らかの理由で身に着けられないこともある。

 今回は指輪を借りるときに代わりのDAを用意しようとしたが、雪奈がそれを断った。

 いざという時に、自分でどうにかできるようにしたいというのが理由だ。


 技術を解析すれば聖剣回路が作れる。逆に言えば、聖剣回路を理解出来れば、ある程度技術が扱えるという事である。

 雪奈は何時の間にやら俺が作った指輪を部分的に解析し、魔法として使えるようになっていた。

 その魔法を使い指輪の代わりができないか試したいとのことだった。


「やっぱり指輪の方が楽ですけどね。

 指輪を付けてると、温かい膜に包まれている感じがして、身体だけじゃなくて気持ちも楽になるんです」


 雪奈がうっとりとした表情を浮かべる。

 リラックス効果はなかったはずだが……いや、特定の魔力波長によるリラックス効果は確認されていたはずだ。つまり副産物だな。


「それじゃあ、バレンタインのチョコのお返しだ。

 あの時のチョコはうまかったぞ。記憶が吹っ飛ぶくらい」


 後ろ手で隠していたリングケースを差し出し、雪奈が中を見えるように開く。


「追加したのは属性変換器(コンバーター)の機能とD-Segとの連携機能だ」


 属性変換器があれば、一切属性を持たない『イノセント・ヌル』である雪奈も自由にDAが使用できるようになる。


「属性変換器の設定は使う属性を指定すれば自動で変わる。

 でもDAがどの属性なのか判別することはできないから、DAの説明書を見るか、アイズに確認してくれ。

 慣れれば感覚で調整できるようになるはずだ」


 確認されている属性だけでも多岐にわたる。DAに対応した属性を見極めるのは、悪い言い方をするのなら複雑な錠をピッキングで開けるようなものだ。

 複数の属性を送り、反応のあった属性からもっと適した属性を探していくことになる。属性判定機で一定の属性しか使用できないように設定されている場合は、全属性を流せば動作するのだが。


「解りました。色々試してみますね!」


 そう言うと雪奈はニコニコとしながらこちらに右手を差し出してきた。

 この右手は一体?……いや、わかってはいるんだが。


 逡巡していると、雪奈が声をかけてくる。


「あの……左手の方が良かったですか?」


 雪奈……恐ろしい子……!

 仕方がないので雪奈の前に跪き、リングケースから指輪を外すと、雪奈の右手を取った。

 ゆっくりと指輪が元あった場所――右手薬指に指輪をはめる。


 指輪に魔力が通り、オパールのように煌めいた。


「うふふ……

 ありがとうございます!」


 雪奈が嬉しくてたまらないという様子で指輪を眺める。


 デザイン自体は前と変わらないんだけどなぁ。




「そうだ、またチョコを作ったんですけど食べますか?」


 雪奈が訪ねる。

 言外に「疲れが溜まっているならこれ食べて寝なさい」と言っている気がする。


「いや、今日は遠慮しておく」


 ちょっと不服そうにしている雪奈を背中に、俺は自室に戻る。

 今日は特別甘い、宝玉のように赤く絢爛なキャンディーが、俺を待っているのだ。






 Last and Top of the Members - 了

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