幕間 ホワイトデーに戦術的お返しを(クマ)
属性変換器。
それは特定の属性を他の特定の属性に変換する聖剣である。
特定の属性による聖剣回路を使用するのではなく、属性の位相をずらしAND/OR変換を用いて属性のパターンを変更する回路を使用するのだが……詳しい原理の説明はおいておこう。
重要なのは二つ。
入力属性と変換出力属性が固定であること。
高い魔力を変換する場合は、回路を頑強にしなければならないこと。
一つ目。属性ごとに変換に使用する回路が違うからだ。属性変換器が普及しにくい理由の一つである。
二つ目。回路が焼き付いたり魔力が洩れたりするため、高品質の魔石あるいは魔法金属に高品質の聖剣素子で回路を成型するのが基本である。
まぁ何が言いたいのかというと、回路自体を動的に変更することで、属性を任意で切り替えられるように設計した極小属性変換器を造るのは、非常に難しいということだ。
「……もう日が明けるか。もう少しだけど朝までには終わらんなぁ」
眠気をこらえて大きく伸びをする。
手元から伸びるのは一本の大きなマニピュレータ。鈍八脚の改造品である。
精密動作が得意な鈍八脚だが、流石にナノやマイクロレベルの操作まではできない。
新たに設計した複数の減速機を用いることで、何とか超々精密操作が行えるようになった。
そしてその他に机の上に置かれているのは三つ。
ノートPC、高性能DA顕微鏡、そして直径5ミリ程度の魔石。
ノートPCの画面には俺がDA-CADで設計した回路と作成中の回路の写真が表示されている。
顕微鏡はこの間の報酬である、優先使用チケットを使って借りてきたものだ。
魔石は比較的小さなものだが、以前たまたま偶然運良く手に入れた純度イレブンナインの高品質のものだ。
この魔石なら、高出力に耐える極小属性変換器に仕立て上げることもできる。
「あと一時間だけ作業したら寝るか。一時間くらいしか寝れないけど」
眠気止めのガムを2つ口に放り込むとマニピュレータの根元に手を置き続きの作業を開始する。
マニピュレータはゆっくりと静かに稼働し、自動的に魔石に回路を刻んでいく。
原理は鈍八脚と同じだ。
高性能DA顕微鏡から取得した魔石の表面の画像を元に、マニピュレータでノートPC上で設計した回路を刻むのだ。
違いといえば、魔石の状態やマニピュレータの僅かな振動などで回路が乱れた場合、それを手動で直さなければいけない事だろうか。
そう言った訳で全自動高精度回路成型聖剣を作成したというのに、顕微鏡から取得した画像と設計した回路を見比べる羽目になってしまった。
とは言っても回路がおかしくなった場合、さきにあいずがみつk
「ほにぃ!?」
こめかみに微弱な電流が流れ目が覚める。
「回路が乱れたよ。修正してね」
どうやら居眠りしていたらしい。アイズが回路の不備に気が付いて起こしてくれたのだ。
「もにに……」
動かない頭でアイズに起こしてくれた礼を言いながら、画面に映った写真と回路を見比べる。
該当箇所はアイズが印をつけてくれているのですぐわかる。
それにしてもよくこんな所に気が付くなぁ……
時間をかけて該当箇所を綺麗に修正すると、一度回路全体を確認してみる。
うとうとしている間にだいぶ進んでいた。
「朝までには無理でも、今日中には終わりそうだね」
アイズが回路作成にかかるおおよその残り時間を示してくれる。
「良かった。今日中に完成させないと意味がない」
何故なら今日は、ホワイトデーなのだから。
俺にとってホワイトデーとはお返しする日ではなくお返しを受け取る日である。
バレンタインにばら撒いたチョコが実を結び、お礼となって返ってくるのだ。
義理チョコを受け取った場合、バレンタイン当日にチョコで返すためお礼を渡す必要はないが、何故かホワイトデーにそのチョコのお返しを受け取ることがある。
その場合に備えてさらに返すお菓子を適当に用意しておく。用意するお菓子は今回も雪奈が手伝ってくれた。
今回はそんなに時間が無かったため手伝いは素直にうれしい。
今回用意したのはマカロンにクッキー、キャンディー。バレンタインの時と同じく、渡すのはランダムだ。
朝からてきぱきとお礼を回収する。チョコゾンビになっていた男子生徒は義理堅いのか回収率が高かった。
こちらが用意したお菓子は味を占めた女子たちに持っていかれ、顔見知り程度の上級生にせがまれ、廊下で出会ってキャンディーくださいっ!と言ってきた見知らぬ女子に強奪され、可愛らしく甘えてきた女装男子のお礼と交換になった。
前にチョコを渡した人から追加でたかられることになろうとは、さすがに予想外だった。おかげで昼には全部無くなってしまった。
「ここにいたんですね」
午前の授業が終わり中庭のベンチでタマゴサンドをムシャムシャ食べていると、離れたところから声がした。
そちらを見ると、青のメッシュの入った清潔感のあるオールバックの髪型の、端正な顔立ちの青年がこちらを見ていた。
黒地を金糸で彩っているブレザーに加え、白い手袋と流麗でありながら芯を感じさせる立ち姿が、彼を執事のような雰囲気に仕立て上げている。
剣聖生徒会直属風紀騎士団団長の工島一真だ。一つ年上だが、入学当初からの馴染である。
さらにその後ろには所々オレンジのメッシュの入った黒い長髪の、どことなく一真の面影がある女性が控えている。
制服は身体にフィットしたリクルートスーツ。スーツ姿、それもパンツルックはDAMAでは珍しい。風紀騎士団の制服でもある。
彼女は工島二葉。一真の妹である。
「お久しぶりです、良二」
一真が二葉を置いて俺の前まで歩いてくる。
一真は年上だが誰にでも礼儀正しく接する。逆にこちらが敬語を使ったりさん付けしたりすることを嫌う。
そういう教育を受けてきたらむず痒いとのことだが……一体どういう教育なのだろうか。
「久しぶり……というほどでもないだろう?二か月ぶりくらい?」
「そうですね。良二が二か月も騒ぎを起こさないなんて珍しいので、久しぶりに会った気がしました」
一真がそう言いニコニコ微笑む。
失礼な。それでは俺がしょっちゅう騒ぎを起こしていたように聞こえるじゃあないか。剣聖科と違い俺は一般科なのでむやみに暴れたりしない。
「一真は風紀騎士団の団長になったんだっけか?凄い出世だな」
風紀騎士団はDAMAの秩序を守る戦闘集団である。一対一の道場形式の戦闘では正技さんの方が有利だが、妹の二葉と組んだ場合は正技さんを圧倒するほどの戦力を見せる。何度かその暴れっぷりは拝見しているが、まさに戦神のごとくだ。
ついた二つ名が「殲滅の青薔薇」。剣聖生徒会の地位を盤石にしている半面、恐れを抱かせている要因でもある。
「団員をまとめられるのが私しかいなかっただけですよ。
団員たちは現在執z――騎士として穂立ち振る舞いを教育していますので、粗相している所を見かけましたら連絡ください」
一真が水色のスクエアタイプの眼鏡に触れると、俺の眼鏡に脳内チャットのパスが届いた。彼の眼鏡もD-Segに変わったのだろう。
このパスを使えば学校内ならいつでも脳内チャットでの連絡ができるようになる。何かあった時、これを使って知らせてくれという事だ。
「お、おう。お仕事もほどほどにな」
少し言いかけた言葉から彼らがどんな教育をしているかはたやすく想像がつく。
過剰な戦闘能力を保持している風紀騎士団のイメージアップか何かだろう。方向性が間違っている気がするが。
「それでワザワザ俺のところに来るとは、騎士団から何かの依頼か?」
ギルドについては現在絶賛稼働中だ。
先週まで年度末試験だったこともあり、すでに小さな依頼はいくつかあった。
3Dプリンタの使い方を教えて欲しい、提出論文の文面を整える手伝いをして欲しい、DA-CADの使い方を教えて欲しい等々……
3DプリンタでのDA出力や提出論文についてはまだわかるが、DA-CADの使い方を今更習ったところで試験には到底間に合わなかった気がするが……どうなったのかは知りたくない。
「近々依頼するかもしれませんが、今回は違う用事です」
そう言うと、一真は仰々しく片膝をつくと、懐からリボンで飾られた箱を取り出した。
「バレンタインにいただいたチョコのお返しです」
すいっとプレゼント箱を俺の方に差し出す。
ただでさえ目立つ執事風の青年が優雅な動きでプレゼントを渡す姿に、中庭が騒然となる。
「……記憶にないんだが」
バレンタインでは滅多矢鱈チョコを配る習慣の俺だが、流石に一真にあげた覚えはない。
「いえ、会長からケーキを分けていただきました」
バレンタイン……ケーキ……そういえば、麗火さんのリクエストでチョコブラウニーを作ったな。
会長のお仕事は魔力の消費が激しいんだなーと思いながら渡したが、剣聖生徒会のみんなで分けるためのものだったのか。
よくよく考えてみると、小さめとはいえ一人でホールのケーキを食べるはずがない。
「あれは麗火さんに送ったんだ。麗火さんにお礼すればいいさ」
「いえ、会長から貴方にもお礼するように、と」
麗火さんがまた余計ことを……
恐らくはギルド発足にあたり、俺と剣聖生徒会の間に渡りでもつけておきたかったのだろう。
麗火さんは人誑しの性分だが、計算しているところもある。
きっと一真も騙されてケーキを食べることになったのだろう。
「私の口に合ったチョコブラウニーでした。
私からも何かお返しがしたいのです」
一真はクールな雰囲気があるが、基本的に強情だ。自分の意見は無理矢理押し通す。
試算してみても、断り切れるだけの手札はなく、非常に面倒だ。いっそ受け取ってしまった方が無駄もダメージも少ないだろう。
「……あのケーキは雪奈――ギルドのメンバーも手伝ってくれたんだ。美味かったっていうのなら、彼女へのお礼ってことで受け取っておくよ」
差し出された箱を受け取る。
なぜか周りから歓声が聞こえる。
受け取ったから終わりかと思いきや、一真は片膝をついたままこちらを見つめている。
開けて中を確認しろという事だろう。
一真は執事のようにかしずきながら、こちらに行動を強制するのが得意だ。だから団長になったのだろうか。
俺はため息をつくとプレゼント箱のリボンを解く。
中から現れたのは――
「木彫り……いや、岩掘りのクマか」
真っ黒で光沢のある石――黒曜石を削って作った5センチほどのクマだ。
もちろんサケを咥えている。サケの眼には小さく紫に輝く石がはめられている。紫水晶だろうか。
「クマですわ。クマのプレゼントといえばその意味は……貴方に首ったけ?それにアメジストとなると……まぁ!」
何やら後ろの方が五月蠅い。
「ありがとう。玄関にでも飾っておくよ。手作りか?」
視線を感じるので、クマの置物は箱に戻してカバンにしまう。
「そうですね。手芸が趣味なので。実際のところ、作り過ぎて持て余していたものですから、邪魔なら捨てて構いません。
ところでこれからの予定は?」
一真が立ち上がりこちらに手を差し伸べる。
俺は手を取り立ち上がる。すでにタマゴサンドは全て腹の中だ。
「今日はこれから帰って作業の続きだな。期限が今日中の作業がある」
年度末試験も終わり、今週はすべて午前のテスト返却だけで終わる。
普通なら暇になるところだが、今日だけは予定がある。
「残念です。久しぶりに良二とどこかに遊びに行きたかったのですが」
「友人でも誘えばいいだろ?」
一真は少し寂しそうな表情を浮かべる。
「私、男友達少ないんですよ。騎士団でも目立っていたので、同級生からは距離を置かれ、下級生からは怖がられ、構って下さった上級生の皆さんは卒業です」
聖剣による喧嘩を収められる実力が求められる騎士団は、聖剣剣聖の中でも実力が高い。DAMAでは度々校内や校庭でDAを振り回す姿を見かけるが、あえて目立つことで抑止力としているのか基本的に攻撃が派手なため、荒事が得意ではない生徒からは怖がられる傾向がある。
すでにDAMAに慣れている上級生は普通に接するだろうが、入学当時の同級生は声をかけ辛かったのだろう。そのまま友達が作れないまま二年の最後となってしまった訳か。同級生も下級生も、剣聖生徒会最大戦力となった彼には声がかけづらいだろう。
今身近にいる団員には団長として肩肘張らないといけないだろうし、他の生徒会役員は女性ばかりだ。
一真も火力が高い以外はいたって普通の男子高校生なんだけどなぁ……
「すまん、今度埋め合わせする。
気軽にD-Segに連絡を入れてくれ。付き合うからさ」
眼鏡をコツコツと叩く。その際は友人も一緒に誘おう。DAなしに接すれば、他の人も特に危険はないとわかってくれるだろう。
「そうですね。よろしくお願いします」
「あとはそうだな……」
俺は手を伸ばし一真の頭をくしゃくしゃに撫でる。
「オフの時くらい少し崩した方がとっつきやすいんじゃないか」
「ちょっ!止めてください!」
嫌がるそぶりを見せながらも、一真はどことなく楽しそうだった。
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