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エピローグ_4 そして、聖剣剣聖は甘い青春を味わった

 全ての試験を終わらせ、俺は以前のように道場で正座し気を整えていた。

 激闘の日々だった。無理もない、ここ半年ほど碌に授業に出ていなかったのだ。

 属性に合っている科目のみと言うこともあり比較的簡単に理解できたが、それでも分量が多すぎる。

 しかし収穫も多かった。そう、多かったのだ。

 即ち、俺は今までそれだけ大切なことを見落としていたということだ。


 実績さえ積めば授業に出る必要はなく、試験を受ける必要もない。

 確かにそれが合っている人も、それを喜ぶ人もいるだろう。だが、今の俺に必要なモノは研究のための時間ではなく見識を広める時間だ。

 来年度は属性に関係ない科目についても受講しよう。きっと俺たちの聖剣に良い影響を与えてくれるはずだ。


「試験明けというのに精が出ますね」


 眼鏡(D-Seg)を使い来年度の受講科目と対象属性を確認していると、背後から声をかけられた。

 僅かに赤味懸かった黒髪を後ろで三つ編みにした少女――真忠だ。

 しばらく前から彼女が近づいていたことは解っていた。眼鏡の片隅に映した道場内カメラでも姿を確認できる。


「年度末試験は学ぶことが多かった。

 久方ぶりの大敗だ。余す事無く糧にしなくては」

「大敗、ですか」

「ああ。改めて確認してみると、信じられないほどの大敗だった」


 年度末試験の動画を眼鏡に映し、それを真忠と共有する。

 再生する箇所は試験開始直後、良二の斬空工具と切り合っているところだ。


「良二は後の竜斬包丁のためにマニピュレータの半分を予備としていたが、この時点で八本全てを使用していた場合、恐らく俺は手が回らなくなる。

 9本目のマニピュレータの存在が確認できたが、それが動かせなかったのは魔力切れが原因だろう。普通の試験と同じく大容量エーテルバッテリーが使用可能ならば、あの時点での俺は太刀打ちできない。

 動きについても直線的で単純……動作の最適化については目を見張るところがあるが、剣術としてはまだまだだ。

 天元流の情報を所持していることを考えると、それを反映する選択肢もあったはずだ。

 しかしそれを行わなわなかったのは、剣術で勝負する気は最初からなかったからだろう」


 本題に入る前の軽い手合わせという感覚は自分も同じだった。しかし、本題を抜きに全力で戦った場合、恐らく勝利したのは――


「D-Seg、ずいぶんと使いこなしていますね。

 こういうのは苦手だと思っていました」


 俺の考えを遮るように真忠が言うと、彼女は俺の正面に座る。相変わらず見惚れるような美しい正座姿だ。


「別に苦手というわけでもない。触ったことが無かっただけだ」


 実家には古臭い家電しか置いていなかったこともあり最新の機器には馴染がなかったが、別段嫌いと言うわけではない。

 むしろ人一倍興味はあった。

 学校でクラスの友人が最新のゲーム機やスマホのゲームについて話しているときも、密かに羨ましく思っていたものだ。


「真忠も知っているだろう。家の方針というやつだ」


 古臭い家だったからか、俺の父も剣の師匠である真忠の父も、あまりゲームや携帯端末を快く思っていない節があった。

 本人たちは仕事の関係で使っていたようだが……いや、逆に自分たちが良い思い出を持っていなかったのかもしれない。

 真忠は中学に進学したあたりから使い始めていたが、俺は手にすることはなかった。


「でも、家の目の届かないDAMAに来てからも使いませんでしたよね?」

「それは……くだらない理由――いわゆる願掛けだ。

 斬界縮地を修めるまでは手を出すまいと思っていたが……今では下らない意地だったと思っている」


 俺の答えに真忠が目を細めくつくつと笑う。


「貴方も子供らしいところがあるのですね」

「肩肘張っているだけだ。努力はしてみたが、中身が大して変わっていないことは、この間痛感したよ。

 いや、そもそも男はどれだけ歳を取っても変わらないのかもしれない」


 真忠に眼鏡を通じてとある画像を送る。


「これは?」

「爺さんに、年度末試験の動画を送った。その返事がこれだ」

「正切さま、情報端末使えたんですね。

 ――え、これって」


 一枚目。釣り師の格好をした、どこかで見た覚えのある壮年の男性と爺さんが広い洞窟のような場所にいる写真。

 二枚目。身体が全く枠に収まり気らない巨大な魚(・・・・)

 三枚目。見事に三枚に卸された赤身魚。


「しばらく前に写真で見ただろう。ヒメマグロ(・・・・・)だ」

「それってつまり」

「ああ、爺さんは()()()()()使()()()()()()()()()()()()


 爺さんは迷宮の調査隊を引退した。

 しかし各種資格を失ったわけではなく、申請を出せば迷宮に潜ることができる。


「剣は捨てたのでは?」

「あの爺さんだからな……忘れたか気が変わったか。周りが何と言おうがどう扱おうが、自由気ままなままだ。

 そして何より、全く衰えぬ天才っぷり」


 四枚目。トラックほどの大きさの蟹の中心に、人の頭ほどの大きさの穴が開いており、その先の風景が見えている。


「空間系の技能なのはわかるが……何をどうしたのかさっぱり見当がつかない。

 だがしかし――」


 そして最後の一枚。節々から虹色の光を放つナマコを鷲掴みし、ニッカリと笑う爺さん。


「充実した老後を過ごせているようで何よりだ」





「今後の目標はどうなっていますか?」


 写真の驚きから我に返った真忠が、姿勢を正し訪ねてきた。


「そうだな……

 爺さんが寄越した技能(ギフト)についても惹かれるが、まずは空間切断についての解析を進めるべきだろう。

 今回『紫電斬界一文字ロイヤルストレートフラッシュ』などという大層な二つ名が送られたが、こんなものジョーカー交じりの紛い物だ。きちんと全てを揃えなくては。

 原理の詳細な解析、再現方法と手順、周囲への影響、汎用的で安全なDAの開発、やるべきことは山ほどある。

 可能なら回路を起こすところまで作業するべきだ」


 DAMAに来た目標は達成した。だが達成してみると、それは始まりでしかないことを痛感する。先達たちも味わった苦しみと楽しみだ。骨の髄までしゃぶり尽くしたい。


 だがしかし、それよりも優先するべきことがある。


「だが、これは俺の意見でしかない。

 恥ずかしい話だが、俺一人では何もできないことを痛感している。

 しかし、今までそれを気にすることもなく、俺の意見だけを押し付けてきたと思う。

 俺は今までのように、真忠と一緒に歩んでいきたい。

 そのためには聖剣剣聖として一方的に鍛冶師に頼むのではなく、共に意見を交わさなければならない。

 だから真忠、君の意見を聞かせてくれないか?」


 正面から真忠を見つめる。

 動悸が高鳴る。手に力が入る。顔に熱が籠る。

 俺は、逆上(のぼ)せている。


「正技さん。

 私には言っておかなければいけないことがありました」


 真忠が、ゆっくりと口を開く。


「私は代々空間切断の技法を伝えてきた三木谷家当主です。

 ですが、そこに思い入れもなければ、やりたいこともないんです」


 考えながら、言葉を紡ぐ。


「出来るからやる。求められているからやる。私にはその程度でした。求められたものをただただ造る。それが私の性には合っていました。

 当主をかけた勝負もその延長線上にすぎません。私の方が上手にできる。それだけです。

 だからでしょうね。

 目標に向かって努力する貴方にとても惹かれた。

 貴方なら『私を上手く使ってくれる』と思った」


 彼女の独白に胸の内が重くなる。俺は彼女の事を何一つとして解っていなかった。

 当たり前だ。俺は彼女が造るものしか見ていなかったのだ。



「だからあなたの目標は私の目標。

 私があなたを選んだように、貴方も私を選ぶのなら、私も同じものを目指しましょう。

 ただ、覚悟してくださいね。

 私は重い(・・)ですが、道すがらに捨てることは許しません」



 しかしそれでも彼女は良いという。

 彼女はそれが良いという。

 覚悟など――DAMAに来るときには完了している。


「俺には重いくらいがちょうどいい。

 なに、耐えられなくなったらDAで補強してでも進んでいくさ」

「本当に、平気ですか?」


 真忠が正座から立ち上がるようにして手を伸ばすと、俺に触れ体重を預けてきた。


 背中に堅さと冷たさを、胸にしっとりとした重みと柔らかさを感じる。


「これくらい、支えられなくてどうするのです?」


 喋る真忠の顔が近く、触れる髪がこそばゆい。


「……ご褒美はお預けでは?」

「これは告白の返事だから良いのです。

 ご褒美はまた今度、日を改めて」


 真忠が妖艶に微笑む。



 ああ、これは予想していた以上に重い。



 金縛りにあったように動かない身体。ゆっくりと真忠の顔が近づき――



 世界が弾けるような音が聞こえた。



 真忠が驚いて音の鳴った方を向く。

 それと同時に眼鏡に生徒会からの通知が届く。

 音の原因は展開したバブルスフィアの領域を超える爆発とのことだ。俺の試験は終わったが、DAMA全体ではまだ試験期間は終了していない。


「もう、いいところだったのに……」


 興が削がれたのか、真忠が両腕に力を籠め離れようとする。




 だが俺はそれを逃がさない。





 甘く、柔らかく、呼吸すら忘れる時間が訪れる。





 何十秒経っただろうか。

 俺は真忠の背中と後頭部に回した腕の力を緩めた。



「少しは覚悟が伝わったか?」

「……そうね」

「それは良かった。

 ところで、前々から聞いておきたいことがあった」

「なに?」

「ホワイトデーのお返しは何を送ればいい。

 毎年悩んでいる内に過ぎてしまう」

「…………

 トンボの髪飾り。貴方が手作りで用意してくれるなら、今までの分はチャラにしてあげましょう」

「不器用だぞ?」

「だからいいのです」

「そうか。それともう一つ。

 ……もう一回いいか?」

「……馬鹿」



 遠くで天の裂けるような音が聞こえる。

 しかし今度は止まることはない。



 天が裂けても地が砕けても、泡が弾ければ全ては儚く元に戻る。

 時が止まり世界が凍る。それがDAMAの日常だ。

 その日常を噛みしめて、俺たちは二人は断裂した地平に歩みを進める。

 何時か二人で、同じものが見れますように。





 Eyes on Me. Eyes on You. - 了


 第一章 Daily Work in Daily Days - 完了


これにて完了。二人の物語は幕を閉じ、しばらく出番は無くなります。

逆に良二くんと麗火さん、雪奈の物語はまだまだ続きます。

第二章では、彼の内面にも迫ります。


その前に息抜きの幕間を。

ホワイトデーと花見で一杯。剣聖生徒会と良二くん、そしてとあるナマモノのお話です。



お読み頂きありがとうございます。


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