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エピローグ_2 勝者の定義は満たされない

「良二くん、斬界縮地の仕組みについて、いつ頃気が付いたの?」


 麗火さんが訊ねてくる。

 あれだけ露骨に誘導したのだ。麗火さんならそれに気が付いて当然だろう。


「正技さんから当時の話を聞いたときには違和感を覚えていたかな」


 道場破りの後の会話について、一応麗火さんには報告してある。


「正技さんは『道場に呼び出されて不完全な斬界縮地を見せてもらった』と言っていた。

 でもおかしいだろう?離れたところにいる竜の首を切る技を、道場の中で放てるのか?危険じゃないか。

 加えてタキツヒメ討伐の報告書だ。斬界縮地の代償は蜻蛉切の破損と右腕の重症。これも正技さんの思い出と違っている」


 怪我をしたという話も、武器が壊れたという話もなかった。

 空間切断が解析されなかった理由は、代償が重大だったからだ。それを昔話に興が乗ったからという理由で使うだろうか。

 どうせそこまでの力がないからだとわかっていたからとも考えられるが……それでも不自然だ。


「つまり始めから正切さんは完全な斬界縮地を見せるつもりはなかった。原理だけ見せるつもりだったんだ。

 そうなると、正技さんが見た空間の歪みと言うのは、不完全な空間断裂の結果ではなく、『空間断裂を発生させるための手順』だと考えられる。

 後は名前。斬界縮地の『縮地』は距離を縮めるという意味だけど、正技さんは『あまりの速さに距離が縮んでいるように見える』を解釈した。

 でも実際は『空間を操作し距離を縮めることで高速で剣を振るう』という解釈が正しかったわけだ」


 正技さんは剣術に拘っていたが、正切さんは率先して既存の剣術に魔法を取り込んだ、剣術に拘りのない人だ。

 彼にとって様々な魔法を用いて強くなることに、何の躊躇いもなかっただろう。

 つまり今回の件は、正技さんが天元流を自身の枠に嵌めてしまったこと、正切さんの『見取り稽古』を正しく受け取れなかったことが発端だ。


「決め手となったのは、真忠さんが解説で加速距離について触れた時。

 空間歪曲ならきっと再現できるだろうと」


『良二くんは試してみたの?』


 麗火さんから脳内チャットが届く。声に出さないのは、俺が事前に再現していたと語ることで、真忠さんを傷つけてしまうと考えたからだろうか。


『いいや。そもそも候補に上がらなかった。

 少し調べてはみたけど、空間操作の精密操作は俺には無理だ。

 正技さんの斬界縮地にしても、何をどうやったんだか見当もつかない』

『そう……相変わらずなのね』


 麗火さんからの通信が切れる。はて、何のことだろうかね。俺はなにも嘘をついていない。


「ところで、いいんですか?

 魔法を使った剣術も増えてますし、要の空間断裂の仕組みが明らかになった今、藤原家と三木谷家がDA天元流に守っていく価値を見出せるかどうか……

 当主で発言力があるとは言っても、まずいのでは?」


 話題を切り替える。


「それは問題ないです。

 私の父の本業はすでに迷宮の調査隊ですし、正技さんの父――先代藤原家当主も今まで培った技術を使ってDAの製造と研究の職に就いています。蜻蛉切と天元流が家の要となった時期は、ある意味で先代で終わっているのです。

 私の父など、むしろ大手を振って天元流を広められると喜ぶくらいでしょう」

「ええ……」


 最初に話していた、正切さんの時代と温度差が違いすぎる。

 だがしかし、そんなものなのだろう。魔法が暴かれ技術となり、神秘性が薄れた現代では、心の拠り所にするものではなくなったということだ。


「それに、それこそが私の望みでしたし」


 目をそらしながら、小さい声で、ポツリと真忠さんがつぶやいた。


「それってどういう意味ですか?」


 何かすごく(ダメ)な予感がする。


「えっと……ですね。

 藤原家と三木谷家はですね、先ほど話した通り、空間切断の技術を継承するために、属性保持者を絶やさぬよう、可能な限り別々に存続していました。

 例外的に、片方に空間系の属性も持たない者が生まれた場合、もう片方から血を取り入れることはあったようですが。

 しかしそれ以外の場合の婚姻は固く禁じられていまして、今でもその習わしが続いているのです」


 嫌な予感がどんどん強まる。これはまさか、もしかしなくても。


「習わしを無くすには、『理由も含めて全部破壊してしまうのが一番楽かな』と思いまして……」


 つまりはこの依頼は



「全部が全部、()()()()()()()()()()()()()()()()じゃねぇか!この恋愛脳が!!」



 上座を見ると、事前に話を聞いていなかったのか麗火さんが頭を抱えている。

 真忠さんは顔を真っ赤にしてうつむいている。


『当たりました!当たりましたよマスター!私が正解でした!!』


 雪奈はとても嬉しそうだ。

 確かに青春の一番のお悩み。確かに人生のイノベーション。だがしかし、今までのあれやこれやは一体何だったんだ。


「皆さんありがとうございました。おかげで(わだかま)りが全て無くなりそうです。

 それでは私はこれで失礼します」


 真忠さんは平静を装いながら、くるりと反転して扉に向かう。


「おい待て、一番重要な話が聞けてねェんだが?」


 その肩を、短髪長身の女性が掴んだ。確か剣聖生徒会情報担当の一橋愛韻(ヒトツバシアイン)だったか。


「そうですわ。私たちはその話を聞くためにずっと待っていたのです」


 もう一人、金髪小柄の少女が腕を絡める。確か剣聖生徒会広報担当の氷川音彩(ヒカワネイロ)だ。


「何の話でしょうか?」


 真忠さんには心当たりがないようだ。


「そんなの決まってるだろ?」

「決まっていますわ」



「告白の返事はどうしたんだ!?」

「愛の告白の返事はどうなりましたの!?」



 赤かった真忠さんの顔が、これ以上ないほどに真っ赤になる。


「私も気になっていました!」

「そうね、私も気になるわ」

「確かに顛末は気になるな」


 雪奈、麗火さん、翠さんからも追撃される。


 真忠さんが涙目で俺を見る。俺は笑顔で親指を立てた。真忠さんの顔が絶望に染まる。


「試験の後、道場にしけこんだのは調べがついてるんだぜ!そのまま、ヤベェコトしたんだろ!?」

「どうでしたの!?この場に正技さんがいないのは、まさか足腰が立たないくらい……」


 賑やかな二人が真忠さんに詰め寄る。可哀想だが自業自得だ。仕方がない。


「違います。正技さんは提出した論文が草書で読めないと指摘され、書き直しているのです」


 観念したのか、真忠さんが反応した。

 それにしても、前々から思っていたが、やっぱり正技さんは天然なのか。


「確かに試験の後正技さんと道場に行きました。そこで、その……」

「「その?」」

「改めて告白されました」

「「「おぉ~!」」」


 剣聖生徒会に感嘆の声が響く。


「それで、それで!?」

「私は以前、学年末試験で勝利した場合、ご褒美(・・・)を差し上げると約束していました。だから私は彼を見つめゆっくりと近づき――」

「―――」


 皆がごくりと息をのむ。


「しかしその時正技さんが

『俺は勝ったと思っていない。いや、負けたと断言していい。だから、何時か良二と爺さんを完全に超えたと思える日が来るまで待ってくれ』

 と言うので、

『それではご褒美はお預けですね。これからも引き続き精進してください』

 と……

 てへぺろ!」


 そう言うと真忠さんは愛韻と音彩を振り払い、高速で生徒会室を飛び出した。


「こいつ、最後でヘタレやがった!」

「これだけ引っ掻き回してそのオチですの!?」

「せめて『それなら貴方の事をずっと傍で支えます』とかあるだろう!?」


 愛韻と音彩と翠さんが憤慨して真忠さんを追いかけていった。


「クソ!どこ行きやがった!見つけ次第シバいて正技んところに突き出すぞ!」

「あっち!あっちに行きましたわ!」

「着物だというのに意外と早いな!?」


 廊下から大声と走る音が聞こえる。模範となるべき生徒会がこれでいいのだろうか。


 部屋に残ったのは俺と雪奈と麗火さん。

 雪奈は一連の刺激が強かったのか、興奮して感想や妄想を脳内チャットに連投している。

 麗火さんには胃への刺激が強かったのか、眉をしかめてみぞおち辺りを押さえている。

 ついでに、アイズからはリアルタイムで真忠さんの位置が送られてくる。

 いや、その情報で俺に何をしろと……


 麗火さんは小さくコホンと咳をすると、


「そういうわけで、ギルドは立派に依頼を果たしてくれたわ。ありがとう」


 なにも見なかったことにした。


「私たち以外は皆いなくなったし、人前で話しにくいこともさっさと終わらせてしまいましょう。

 試験開始前に良二くんが暴露したことについては全て丸く収めたわ」

「それは良かった」


 暴露しておいてなんだが、少しだけ心配だった。麗火さんなら平気だろうと思っていたけれど。


「というより、火が広がる前に断ち切られたと言った方が正しいかしら」

「?」

「こちらの話よ。それより、今後はこういうことをする前に一言相談してちょうだい」

「すまなかったな。でも――」

「でも?」

「麗火さんは生徒会長には向いていると思うけど、そう言うの(・・・・・)はあまり向いてないと思ったからな。大々的に喧嘩を売っておいた方がいいと思った。

 ずっと眉間のしわが凄かったし」


 麗火さんがさっと額に触れる。


「冗談だ」


 睨まれた。


「麗火さんなら従うより従わせた方が似合うんじゃないか?

 麗火さんならそれくらいできるだろう。古紙なんて焼いてしまえばいいのさ」

「そうね……次からはそうするわ」

「それでも厄介なことがあるのなら……その時は気兼ねなく俺に依頼をしてくれ。

 麗の依頼なら詳細も聞かずに受けるさ」


 俺の言葉に麗火さんは困ったように微笑んだ。


「良ちゃんは相変わらず甘いのね。

 いいわ。貴方くらいしか甘えられる人いないし、困ったら甘えてあげる」


 困りつつも上機嫌そうにクスクス笑う麗火さんの左手には、アクアマリン・ブルーのネックレスが見える。

 その宝玉は二つが赤く染まっている。麗火さんの感情により色が染まるそれは、以前よりも色が変わるのは早いようだ。ストレスのせいだろう。これで落ち着いてくれるといいのだが。


 そんなことを考えていると、服の裾を引かれた。そちらを見ると静かに俺と麗火さんの話を聞いていた雪奈がジィっとこちらを見ている。

 なんだ?

 目で尋ねるが回答は無し。脳内チャットも送られてこない。


「仲良くやれているようね」


 麗火さんが少し寂しそうに言う。


「はい!麗火さんと同じくらい仲良くやれてます!」

「そう。それじゃあ今度もっとお話聞かせてあげるわね」

「楽しみです!」


 ……よく解らないが、どうやら仲良くやれているようだ。

 これも女子会のおかげだろう。最近も誘われて遊びに行っているし。



「さて、お話は大体終わりだけど、前に質問されたことの回答が見つかったから伝えておくわね」

「質問?何の話だ?」

「忘れたの?前にここに来た時、剣聖生徒会の名前の由来を尋ねたわよね?」


 ああ、そういえばそんなこともあったな……


「DAMAトーキョー設立時はまだまだ聖剣取り扱いの資格――剣聖免許の取得が難しかったの。

 さすがに教師は持ってるけど、生徒では全校合わせても数人くらい。生徒会の人たちも免許を持っていなかったわ。

 でもそうすると、DAMAは実力主義だから、実力のある免許を持った人たちの横暴を、生徒会が抑えることができなかった。

 そこで当時の生徒会の人たちは一丸となり、実績を立て、推薦状を貰い、そして見事剣聖免許の試験に合格した。しかも全員よ。

 こうしてDAMAの生徒たちを統率する立場に返り咲いた生徒会の人たちは、生徒会を改名した。

 全員が模範となるべき剣聖で構成される生徒会――剣聖生徒会と」


 まさか、格好良いから以外に理由があったとは……


「二つ名もそのころからの習慣ね。

 自分がどのような聖剣剣聖であるか、どのような聖剣剣聖を目指いしているか。それを端的に示すために生まれたみたい。

 見ての通り、今の剣聖生徒会は模範とは程遠いけどね」


 麗火さんが苦笑する。


「確かに三人は問題児みたいだけど、あまり気負わないで欲しい。

 まだ今期の剣聖生徒会は始まったばかりだろう?これから名前にふさわしくなっていけばいいさ」

「そうね。しっかり手綱を握って、解散するころには模範にして見せるわ。

 それじゃあお話はこれで全部おしまい。事務的な話になるけど、こちらが報酬ね」


 眼鏡(D-Seg)に目録が送られてくる。


「報酬があるんですか!?」


 雪奈が驚く。俺も驚いた。完全な趣味かボランティアかと……


「今回は必要なかったみたいだけど、依頼によっては色々と入用になるからね。

 都合上渡せるのは材料とかになるけど……ある程度なら経費で落ちるから、必要なら請求書をお願いね」


 目録を確認する。

 魔石、魔法金属、エーテルバッテリー、各種設備の優先使用チケット……どれも研究開発や3Dプリンタで扱うものだ。遠慮せずに貰っておこう。


「それと最後に一つ。これを受け取って」


 さらに追加で送られてきたこれは……


「貴方の新しい二つ名」



 彼方の始点ホライゾンクリエーター



「名前には意味と……そして想いがこもってる。この二つ名が、良二くんにとって幸あるものになりますように」


 名付けた人とその意味は……詮索するだけ野暮だろう。


「ありがたく受け取っておく」


 特別が凡庸となることを推奨するこの場所で、凡庸も特別な何かを得られる。

 それもそうだ。DAの世界は広く、前を見れば素晴らしき独創性(オリジン)に溢れている。

 二人の目指す地平にも、素敵な祝福(ギフト)がありますように。




「それじゃあ、来週からの試験も頑張ろうね」


 感傷に浸りながら剣聖生徒会室を出ようとした俺に、麗火さんが声をかけてきた。


「…………なんと?」


 さすがに実績は十分だろう。年度末試験は免除されるはずでは?

 振り返り首を傾げる俺に、麗火さんは意図を察する。


「免除される試験はDAや魔法、今回のケースだと追加で理系科目に関するものだけで、それ以外の科目は免除されないんだけど……

 もしかして……知らなかったかしら?」


 コクリと頷く。

 どうせテストは受けないからと、授業中はほとんど眼鏡(D-Seg)で作業していた。ノートもほとんどとっていない。

 テスト範囲すら知らない。


「良二くんの場合は……英語、現国、世界史、保健体育ね。

 えっと……私も頑張らなきゃだし、ノートも見せてあげるから一緒に勉強しましょう?」


 かろうじて頷く。助かるの言葉も出やしない。




 目的地さえない見果てぬ地平。だがどこに行くためにも、勉強の壁は立ちふさがるのだ。





 Far from Goal - 了

期待してくれた方はすみませんが、恋愛と心情描写は苦手なので、うっとりする描写にならず、読み飛ばしたくなるような稚拙なものになるでしょう。

いつかは燃え尽きるような恋や、溺れてしまいそうなほど湿度の高い愛なんかも欠ければと思います。



お読み頂きありがとうございます。


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