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第三十六話 回転する死線の刃

「思考制御式回転力制御型空間切断回転鋸聖剣-斬空工具(ザンクウコウグ)



 良二さんの背中から、四本の長い長いチェーンソーが生えている。

 前回の鈍八脚は蜘蛛のような生物のシルエットをしていたけれど、今回の斬空工具は完全に人の手による機械の塊、対象がバラバラになるまで止まらない、便利な解体工具だ。


「それでは説明の時間です!雪奈ちゃん、全く意味の分からない、あのDAは一体何なんでしょう!?」


 全く意味の解らない――そう言われて、私は改めて斬空工具を見てみる。

 背中から生える、グネグネと動くマニピュレータがチェーンソーの刃を翻し時に攻撃を防御し、時にけん制し、時に攻撃する。

 設計開始時から見てきた私にとっては普通の光景だけど、確かに初見の人には何がどうなっているのかわからないかもしれない。


「そうですね……どこから説明すればいいのかわからないので、区分の順番に説明していきたいと思います!

 詳しく知りたい方は、後程設計書の方をご覧になっていただければと!

 あのDAの区分は思考制御式・回転力制御型・空間切断回転鋸・聖剣です」


 わかりやすいよう、区分を三つに分けて発音し、思考制御式・回転力制御型について掻い摘んで説明する。


「―――」


 説明しながら、一月ほど前の、開発に着手したばかりのことを思い出す。

 良二さんには、このあたりのことをたくさん教わった。それを今は私が説明している。

 一生懸命勉強と仕事をしていて気づかなかったけれど、少しは成長してるのかもしれない、と感じる。


「そして三つ目の空間切断回転鋸クウカンセツダンカイテンノコギリ、これが今回のDAの一番の肝となります。

 その説明の前に、空間切断を長時間維持する場合に問題となる、空間乖離現象クウカンカイリゲンショウについてですね」

「空間乖離現象ですか?」

「空間乖離現象は空間切断に伴う副作用で、一定以上空間切断を維持すると、聖剣回路が自壊してしまう現象です。

 自壊を防ぐためには、機能を解除した後、一定時間のクールタイムが必要となります」


 真忠さんが割り込む様に、解説を引き受けてくれる。


「DFDは魔力の効率化と複数段階の空間制御機能で、稼働限界を伸ばしています。

 でも、斬空工具は別の方法を模索したのね。恐らくは……クールタイムの解決」


 さすがは専門家の真忠さん。一目見ただけで、設計思想を見抜いている。


「はい!ヒントは二つ。『回転ずし』と、こちらに用意した『DA冷凍みかん君』です!」


 私は鞄からDA冷凍みかん君-未完を取り出した。


「斬空工具のチェーンソー部分、その刃の一つ一つに空間切断の機能を持たせています。

 そのままですと1秒程度で稼働時間の限界を迎えますが、その前に回転した刃は背中に到達し収納されます。

 それと同時に、新しい刃が出てくるため、稼働時間はリセットされます。

 つまり、常にクールダウンを終えた刃を供給することで、永続的に空間切断を行えるようになりました!」

「なるほど……常に空間切断とクールダウンを並行して行うためのチェーンソー機構なんですね!

 そして、回転については先ほど説明があったトルク制御を使っていると」

「はい!トルク制御属性を使った設計は経験があったから、問題なく実装できました!

 省エネで小回りがきくし高速化もできるので、今回のDAに最適でした」


 細かい動きの調整には苦労したけど、チェーンソーの既存モデルもあったので、チェーンソー部分の実装は非常に簡単だった。

 後々の調整の方が大変だった。


「でも、クールタイムを考えると、背部に大型の収納場所が必要になるわ。それを4つのマニピュレータ―分必要になる」

「そうですね。そのためのDA冷凍みかん君です。

 このDA冷凍みかん君は分子固定により対象を冷凍させています。背中にある廃熱機構では、刃に残った魔力を使って分子固定を行うことにより、クールダウンの高速化を実現しました!

 回転寿司のレーンが刃の動き、一周して厨房に戻りクールダウンしてもらっているとイメージしていただければと」


 私は鞄からみかんを取りだして手早く皮を剥きDA冷凍みかん君に入れる。

 そしてすぐに取り出して半分に割ると、真忠さんと琴羽さんに渡す。

 二人とも、クッキーとは違い受け取ってくれた。


「いい感じに冷えてますね」

「シャリシャリして美味しい……」


 二人とも冷たいことを確認すると、そのまま口に運んでくれた。


「わかりやすい解説ありがとうございました!

 これは、良二さんの一歩リードでしょうか!?」


 冷凍みかんを食べ終え琴羽さんが実況に戻る。それを確認し、私も良二さんの補助に戻る。


 以前と違い、バイタルグラフは正常。体温は37.5度の微熱が続いているが、脈拍も心拍数もそこまで上昇していない。マニピュレータの数を減らした事と、D-Segに冷却システムを追加したおかげだろうか。

 とりあえず一安心だ。戦闘やDAの状態についても問題は見られない。


 一応、良二さんに声をかけてみる。


『マスター、状態はどうですか?』




『マスター、状態はどうですか?』


 耳元を高速でマニピュレータが行きかう中、雪奈からの連絡が届いた。


『解説お疲れ様。解りやすくまとめられてたと思う。

 こっちはマニピュレータの行動管制に問題なし。

 解説してた雪奈の方が忙しいくらいじゃないか?』


 防御だけでなく攻撃も行うように改修したため、マニピュレータに攻撃と防御を割り振る必要が生まれた。

 また、自動で最適な防御行動をとればよい防御と違い、攻撃についてはどこをどのように攻撃するのか判断する必要がある。

 チェーンソーによる攻撃については攻撃パターンの情報がほとんどないため、自動攻撃の学習は無理だった。

 また、アイズは心理戦などを含めた対人戦闘は苦手とするところである。

 そのため、攻撃の概要はこちらで指定することになった。とはいえ、マニピュレータの動かし方について指示する必要はなく、どの辺りをどのような角度から攻撃するとイメージするだけで自動で攻撃してくれるため、そこまで手間ではない。


 完成するまではダミー正技さんに伸ばしたマニピュレータを切られたり、マニピュレータの同士討ちを誘われたり、手薄になった隙を突かれて接近され首を飛ばされたりもしたが、それらの学習データは反映され、攻撃危険区域をD-Seg上に色分けして表示したり、攻撃キャンセル機能を搭載したりして対応を行っている。


 今日も何度か危ない場面はあった。マニピュレータの側面を攻撃されるとマズイことや、攻撃の姿勢がわずかでも見られると追撃を止め強制的に防御行動に移るなど、いくつかの問題点はすでに見破られている。

 だが本番を前に危険を冒すつもりはないのだろう、正技さんも深く追撃してくることはなかった。


 あと10秒くらい攻防を繰り返したら一度仕切りなおして、最終試験(・・・・)を始めよう――そう考えていた時だった。


 正技さんがわずかに腰を落とす。

 今までに見たことのない動き。即座にD-Segの思考速度高速化機能を最大まで拡張し、同時に思考速度加速の魔法を多重起動する。

 頭蓋が軋み、脳髄がかき回されるような感覚とともに、世界の速度が遅くなる。


 残影補足機能起動。重心解析機能起動。行動予測表示。D-Segを操作し、新規追加した機能を立ち上げる。


 正技さんの過去数十ミリ秒間の動きが透過表示され、それぞれの重心が重ねて表示される。

 さらに完全自動のため意識していなかった、行動予測も表示される。


 高速思考を振り切るような速度で正技さんの身体が跳ねる。

 一瞬で空高く、高速思考と高精細カメラによるハイスピード撮影の補助なしでは見失ってしまうほどの速さでの跳躍。

 首を動かすほどの余裕はないので、マニピュレータから送られてくる画像に視覚を切り替える。

 空中からの攻撃に関してはデータがなく、行動予測がエラーを吐く。非常に邪魔だ。デバック不足だった。仕方ないので表示を解除する。


 空中に舞い上がった正技さんは、しかし自由落下することなく地面に向かって加速する。

 ブーツの機能を使ったエアダッシュだろう。


 斜め上からの攻撃に対する迎撃パターンは設定されていない。マニュアルでの対応を行う。左右一対のマニピュレータを肩付近に配置、いざというときの攻撃に備え、残り二本を牽制に向かわせる。

 しかし、正技さんは最小の動きで二本を切り払う。わずかに左腕を掠め切り傷を付けたが、その動きは止まらない。


 だが、僅かながら時間は稼げた。

 俺はその間に後ろに体重を預け倒れこむ。これで正技さんの進行方向と直線になるため、自動迎撃が正常に動作するようになる。

 肩付近のマニピュレータはそのまま、伸ばした二本が正技さんを挟む様に動く。

 斬空工具は先端だけが空間切断を行えるわけではない。鋏のように、伸びたマニピュレータ全てを刃として扱える。


 しかしその斬撃は正技さんを捉えられない。

 正技さんはブーツで軽く体を浮かすと、迫りくる刃を踏んづけ(・・・・)、上を走り始めた。


「ブーツの底にも空間系属性か!?」


 無意識のうちに悪態をつきつつ、両肩で待機していたマニピュレータに指示。

 マニピュレータは自動的に最短の距離で正技さんに向かうが――これがいけなかった。

 起動を完全に読んだ正技さんはマニピュレータを足場に俺の背後に回るよう宙返りを行う。


「取った」


 正技さんのつぶやきが聞こえた気がした。

 正技さんはそのまま迫る刃を避けるようにして、俺の首に向けて刀を走らせた。


「―――!」


 首元で刃が弾かれる。

 正技さんはそのまま俺の背後に着地、追撃を狙ったようだが、マニピュレータの自動防御を超えられず、DFDの限界時間を迎え撤退した。


「弾かれた……

 空間系干渉……詰襟に仕込んでいたか」


 正技さんの言葉に、ゆっくりと振り向く。もちろん両手はポケットに入れたまま、笑みを浮かべたままにするのも忘れない。


「……正解。

 まさか、クソ邪魔としか思っていなかった詰襟に助けられるとは思ってもみなかった」


 首元が少し涼しい。

 いざというときのために制服の詰襟に仕込んだ空間歪曲が、空間乖離現象によって自壊し、詰襟ごと灰になったからだ。

 広範囲を守れるように調整した結果、調整が難しく使い捨てとなっている。

 次の一撃は防いでくれない。


「それにしてもようやく動いたな。前回と合わせて33分28秒もかかった。

 次はその手をポケットから抜かせてやる」


 良二さんが、心底楽しそうに笑う。左手からは血が流れているが、特に気にしていないようだ。

 設定にもよるが、バブルスフィア内で怪我をすると、バブルスフィアが解除されるまでその痛みと傷は残り続ける。浅くはない傷のようだが、アドレナリンで痛みを感じていないのか、それとも慣れているのか。


「結構根に持つタイプ?」


 まさか、前回の戦闘時間も覚えているとは。


「根にも持つだろう。

 ハンドポケットという手抜きをされたのも、近接戦闘で傷を負わされたのも初めてだ」

「そうは言っても、正技さんの対戦相手の本体は、このDAとこの眼鏡だぜ。俺の手なんて飾りみたいなもんだ。

 第一ハンドポケットだから手は抜いてないぞ」


 斬空工具は完全に体に固定されているため、バブルスフィア解除以外では外せないし、ポケットの中には武器はなく、生身ではもちろん敵う筈もない。

 そもそも、マニピュレータの数を減らした今回はともかく、前回は腕は全く動かせなかった。


「いや、できることがある」

「何を?」

「両手を挙げての降参だ」

「なるほどなるほど。

 しかしDAを壊され降参するくらいなら、残った眼鏡にすべてを賭けた方がマシかな。

 それで、どうする?俺が眼鏡からビームを出すまで続けるのか?」


『アイズ、調整は?』


 正技さんとの会話を続けながらアイズの進捗を確認する。


『補正完了。

 三次元戦闘でも対応できるようにアップデートしたよ。

 でも、地中からの攻撃は対応できないかな』


 時間稼ぎは上手く行ったようだ。

 だが、正技さんが天元流に拘らなくなった以上、これまでのデータでは不十分だ。他の剣術や体術については全く学習できていない。

 一定範囲内に侵入された場合の自動迎撃機能がメインとなるが、その動きについてはすでに正技さんに見切られている。

 もし正技さんが戦闘続行を望んだ場合、戦闘経験の少ない俺とアイズでは後手に回ることになり、数分で諸手を挙げることになるだろう。

 いざという時のための、多椀と多重関節を利用した戦闘方法についてはいくつかパターンを用意してきたが、それもどれだけ通用するか。


「いいや。このまま良二と戦闘()るのは面白いが、それでは観客も飽きてしまうだろう。

 やはり軽めの問題はそこそこに、主題である最終問題の解決に取り掛かるとしよう」


 果たして、正技さんは戦闘続行を望まず、仕上げを望んだ。


 正技さんは後方に大きく跳ぶ。距離は10メートルほどか。一息では剣が届かない距離だ。


 正技さんはDFDを納刀し、軽く腰を落とす。

 眼を瞑り、大きく息を吸い込み、吐く。


「展開、新型-DFD」


 右腕を覆うガントレット、そして鈍色に輝く鞘が変形を始める。

 ガントレットは甲の部分がスライドし、DFDと拳を一体化する。

 鞘は装甲を開放するように一段階大きく広がる。

 内部の機械が姿を現し、展開部に沿うように電光が瞬いた。




「超電磁加速式斬界聖剣-雷切銀蜻蛉(ライキリギンヤンマ)




 Go Around, Saws-Go-Round - 了

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