第三十五話 例えば回転寿司で冷凍みかんを注文するような
「それでは両聖剣剣聖の入場です!
敵斬り空斬り頭も切れる。大好物はマグロと生首!刀を振れば頭が飛んで、大手を振れば乙女の心が恋に落ちる。神は二物を与えたり、剣聖科二年、『瞬きの一文字』藤原正技!」
名前を呼ばれ、正技さんがグラウンド中央へと歩みを進める。堂々とした佇まいだ。このような場に慣れているのだろう。
イケメンと言われることにも慣れているのだろう。きっとそうだろう。羨ましくはないけれど。羨ましくはないけれど!
「あまり煽てないでくれ。注目されるのは、少し照れる」
僅かに顔を赤らめ、恥ずかしそうに頬を掻く。まさかの不慣れと、まさかのリアクション。
涼しげな顔立ちと、少年のような反応のギャップに、お姉さま方の黄色い歓声が上がる。
「今日の正技さんは、私の手元にある資料と違いますね……これは一体どういうことなのでしょうか!?」
袴を着て青白い髪をポニーテールのようにまとめているのは何時もの通りだろう。
しかし、今日は右腕を覆う大きなガントレットを装備し、足元は金属製のブーツで固めている。
さらに、鞘は前回見たときよりもさらに大きく、金属の光沢が太陽光を反射している。
今まで蜻蛉切のみを装備してきた正技さんの、そのあまりの姿の代わり様に、琴羽も驚きを隠せない。
「メガネ男子!正技さんがメガネ男子になっています!あまりの衝撃的な光景に、女生徒たちの手元から響くシャッター音が止まりません!」
そっちかよ!
確かに、正技さんは四角い水色の金属製フレームの眼鏡をかけている。
おそらく、俺たちが使っている眼鏡と同型のものだろう。
まぁ、俺のD-Segは以前の改修からさらに冷却機能などが追加され、別物になってきているが。
「あとはよく見ると、右手にガントレット、足にブーツを装備していますね。
これはどういう意図なのでしょうか?」
琴羽が真忠さんに意見を求める。
「右腕の手甲は、新型DFDのための補助装備です。
具足については……良二さんと雪奈さんにびっくりしていただくための仕掛けです」
真忠さんが雪奈にウィンクする。
「手元の情報によると、正技さんと良二さんは過去に対戦経験があるとか。
対抗策を用意してきたという事でしょう!
雪奈ちゃん、これについて何か一言!」
「そうですね……正技さんの髪色に合わせた水色と四角いフレームが合わさって、前よりも静謐で知的な印象になっていると思います!」
「眼鏡の話題は終わったよ!?」
雪奈のボケに琴羽が突っ込みを入れる。
しかし雪奈がここまで心奪われるとは……まさか雪奈は眼鏡イケメン属性持ちなのか?以前はツラが良いなら生首にして飾ろうか、とか言っていた覚えがあるのに。いや、良く思い出してみると前もよく似たこと言ってたわ。
『装備検索完了。結果を聞く?』
アイズからの脳内チャットを使った提案がきた。
相変わらず、こちらの欲しい情報をあらかじめ調べてくれている。だが……
『いや、いい。正技さんが自分のスタンスを変えてまで一歩を踏み出したんだ。
正面からぶつかってびっくりするのが礼儀ってものだろう?』
見ただけである程度の予想はできるし、詳細を知れば対策も立てられるが、それは不粋と言うものだろう。
『はい!私もそう思ったので、ネタバレにならないよう黙っていました!』
『ああ、ちゃんと聞いてたんだ……』
雪奈は魅了されていなかった。でも、正気とは思えない発言だった。後で注意しておこう。
「そして一番目を引くのが巨大な鞘!おそらく、これに竜の首を落とすための秘策が詰まっているのでしょう!」
前回の斬界縮地(弱)の原理については仮説は立てたものの、実態は不明のままだ。今回は前回と同じ仕組みを使うのか、それとも全く別の方法で音速を目指すのか。
非常に楽しみだ。
「さて、お次はこの人!
出来ることは数多く、出来ないことは数知れず!誰が呼んだか常勝常敗ボーダーライン!知る人ぞ知る普通科一年、『敗北に笑う』平賀良二!」
片手をあげて返事をしながら、グラウンド中央へと進む。
俺は雪奈や正技さんとは違い、今日もいつもファッション――白衣に白い学ランのままだ。
DAは全て魔法情報メモリに保存してポケットの中だ。
「今日のボーダーラインは少し高め。小さな油断が命と首を落とすのでご注意を」
正技さんを挑発する。正技さんよりは少ないが、一応歓声が上がる。正技さんとは違い俺は一般人なので、場のノリだろうがちょっと嬉しい。
「目的をばらしてよかったのか?
色々立場があるだろう」
正技さんが真正面から向き合い、訪ねてきた。
先ほどのギルドやら依頼やらの一件の話だろう。
「人類共通の凶悪なモンスターを前に、人間同士でいがみ合う展開はよく見るけど、何時もクソだと思っていたんだ」
「そうか。確かにそうだ。だが、その凶悪な魔物とやらを食して舌鼓を打ちながら、食用として世間に広まる可能性を語っていたのはどこの誰だ?」
「食糧難こそ人類共通の凶悪なモンスターだと思うんだ」
「それもまぁ……確かにそうだ。
ではその凶悪な魔物を討ちヒメマグロを三枚に卸す前に、その減らず口と身体を分けてやろう」
正技さんは笑いながら、ガントレットをガシガシと動かした。
「さて、知らない人は知らない良二さんですが、先ほどのお話に合ったように、日用品として使えるDAの作成を得意としています。
何を隠そう、私の使用しているこのマイクも良二製!
高速並列思考化躁状態励起機能付き拡声器聖剣!ココロカタリ!いつも愛用してます!
眼鏡との連携設定もしてくれてありがとう!」
琴羽が俺の紹介を始める。
ココロカタリは、喋るのが苦手で引っ込み思案だが、それでも誰かといっぱいお喋りしたいと言った琴羽のために、俺が作成したDAだ。
並列かつ高速思考が可能になり、気分が躁状態になるマイクで、握ったが最後彼女は本能のままに喋り出す。
躁状態とは言っても、少しだけ元気になる程度で、違法な機能ではない。決してない。多分違う。今後の法整備によって違法化するかはわからない。
現在は彼女のD-Segと連携することで、実況中の情報検索とその読み上げが可能になっている。
そのため、彼女のお喋りはますます加速していくことになった。
何時かはマイクなしでも相手の目を見て溌剌と喋って欲しいが、いまだにその兆候は見えない。
「他にも瞬間冷凍式冷凍蜜柑製造聖剣やら、時間遡行式消しゴム聖剣等、世間の聖剣のイメージに真っ向から反逆する日用品を日々造っています!
その技術がどのように武器に転用されるのか、期待は高まります!
さて、そろそろ試験開始のお時間となります。
真忠さん、何か一言!」
「私にできる全力はつくしました。あとは正技さんを信じて見守るだけです」
「まさに正妻の貫禄!続いて雪奈ちゃん!DAの試験は初めてだと思うけど、緊張していませんか?」
「平気です!こういう時のために、以前マスターにコツを聞きました。
手に沈静作用のある聖剣回路を書いて飲み込めと」
「ほう」
「でも、手に書いた回路を飲み込むことは出来ません。なので、クッキーに鎮静作用のある回路を描いて食べることで解決しました!」
なるほどなるほど。人見知りの雪奈が沢山の人の前でも緊張していなのはそれが理由か。
「さすが聖研……ブラック寄りのグレーな行為を行うことに戸惑いがありません!」
「?
よくわからないですけど、一枚食べますか?美味しいですよ」
雪奈が袖からクッキーを取り出し、琴羽に差し出す。
「いや、遠慮しておきます。食レポは経験がありませんので。
それではちょうど時間になりました」
正技さんが脱力を解き、僅かに構える。
俺は以前と同じく白衣のポケットに手を突っ込む。
「試験開始です!」
琴羽の合図とともにバブルスフィアが展開する。
持ち込んだ魔法情報メモリから情報が読み取られ、俺の背部にDAが展開される。今回はエーテルバッテリーはDAに内蔵されているため、足元には展開されない。
『DA展開完了。D-Segとの同期完了。
各可動部チェック……オールグリーン。問題なし。
仮想電脳領域展開開始。
……仮想電脳領域展開完了。クローンアイズインストール完了。学習データインストール完了。
DAを起動します……』
アイズによるDAの自動セットアップが起動する。
『各疎通チェック……オールグリーン。問題なし。
DAの起動を完了しました。続いてD-Segの各種機能を起動します。
頭部冷却機能起動完了。思考速度高速化機能起動完了。
魔法使用最適化プログラム起動完了。身体と連携しますか?連携した場合、使用できる魔法に制限がかかります』
『OK』
『連携完了。最適化開始……完了。
全行程オールクリア。
それでは、ご武運を』
背後からDAの起動音が聞こえ、少し頭が涼しくなる。
アイズからの提案により実装した、頭をクールダウンさせる機能だ。これによりCPU稼働率を改善できるらしい。
それに加え、前回時間が足りず未実装だった思考や魔法使用の効率化の機能を追加で実装している。
緊急時の酔い止め機能も搭載しているが――今回使用する予定はない。
『コンディションオールグリーン。そちらでも確認できるか?』
脳内チャットで雪奈に確認を取る。
雪奈は解説の仕事があるため俺につきっきりになることはないが、必要ならサポートを依頼することになっている。
『各部オールグリーンです!それでは実動作確認、お願いします!』
『それじゃあ、今回はこちらから挑むとしようか!』
俺の意思に反応し、マニピュレータの一本が駆動を開始した。
DAが展開された直後、俺がその姿を把握する前に、良二の背中から伸びたマニピュレータが高速で俺に斬りかかる。
俺はとっさにDFDを抜き空間切断の機能を起動、マニピュレータを迎撃する。
マニピュレータに触れた音は鳴らず、硬い感触だけがDFDを握った拳に伝わる。空間切断同士が触れ合ったときに発生する感触だ。
「ちぃっ」
前回のように、今回も防御一辺倒かと考えていたため、反応が遅れたことに舌打ちする。緊張感と集中力、そして想像力が足りていなかった。
マニピュレータを防いだ直後、返す刀でマニピュレータの節を狙う。
マニピュレータはその動きに反応するとわずかに角度を変え、節で受ける。再び空間切断が触れ合った感触が手に返る。
「!」
マニピュレータの先端だけでなく、マニピュレータ全体が空間切断で覆われているということだろうか。
俺は防戦のまま、二度マニピュレータと切り結ぶ。マニピュレータは以前よりも早く正確で、攻勢に移る隙を与えてくれない。
仕切りなおすために、俺は後方へと大きく飛んだ。マニピュレータは鎌首をもたげたまま、追撃してくることはなかった。
そしてようやく、俺はそのDAの全容を確認した。
「なんだ……それは……」
良二の背後から生えるマニピュレータは、鈍八脚とは違った方向性の、異形の姿をしていた。
数は4つ。節の数はそれぞれ7つ。全長は4メートル程度だろうか。
そして何よりも恐るべきは、それぞれの節を覆うように、無数の刃が生えていることだ。
「見ての通りだ」
良二が心底楽しそうに、自慢のおもちゃを見せびらかすように言う。
「チェーンソーだよ」
無数の刃が甲高い音を上げて節の周りを回り始めた。
「思考制御式回転力制御型空間切断回転鋸聖剣-斬空工具」
Get Set Ready - 了
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