第三十四話 騒げよ騒げ、年度末実技試験が開始する
「おはようございます!今日もいい天気です!」
少女の声に、寝ぼけ眼をこすりながら状態を起こす。
頭がぼんやりとする。
昨日の夜、夕食後の記憶が朧気だ。疲れていてすぐに眠ってしまったのだろうか。
だが今は体が軽い。雪奈に「疲労がポンっと飛びますよ!」と言われて食べたチョコレートが良く効いたのだろうか。
しかし、家族でもない年下の女子に起こしてもらうとは恥ずかしい。
「おはよう、せつな」
起こしてくれた少女を見る。
何時も通りの黒髪黒目に白いアンダーリムの眼鏡。
しかし、今日は何時もの学ランに白衣ではなく、浅黄色の着物にフリフリのエプロンを付けている。
「どうしたんだ、その恰好は?」
雪奈は袖をつまむとゆっくりと一回転する。
「えへへ。似合っていますか?」
「可愛いが……なんで着物なんだ?」
俺の返事に雪奈がはにかむ。
「相手は袴だから、こちらも着物で勝負、理子さんのお古を着付けてもらいました!ただ、白衣が着れないので、代わりにエプロン装備です!」
なん……だと……?まさか教授が着物の気付けができるだなんて……
いや、そもそも彼女が着物を着るなんて、そんなことあり得るのか?
まさかの事実に恐れ戦きながら眼鏡をかけると、メールが届いていることに気が付いた。
発信元は麗火さんだ。今日の試験についてだろうか。
とりあえず確認してみる。
……なるほど。
「麗火さんから、ルールの試験に追加だって」
「なんですか?」
雪奈が首をかしげる。俺が慌てていないので、彼女も大したことがないのだろうと思っているようだ。
「リアルタイム修理の禁止。道場破りの動画を見て、どこかの誰かが気になったのかな」
「どうでしょう?ただ、今回はあまり関係ないですね。できた方が安心ではありますけど」
今回は短時間で決着がつく。修理が必要になることはないだろう。
「リアルタイムアップデートの方は問題ないらしい。実稼働時にエラーが発生するケースはよくあるし、その対応のためには仕方がないか。
修理だけ認めないのは防御主体で勝負せず、正々堂々と戦えってことなのか?
まぁ、どうでもいい話だな。
後はこっちが本題。
俺宛じゃなくて、雪奈宛で、依頼じゃなくてお願いだな」
「麗火さんから私にですか?」
「ああ。お願いと言っても大したことじゃない。
DAMAだと普通のことで、直前に知るよりは、あらかじめ気持ちを固めておいて欲しいという事さ」
雪奈が眉を顰める。
「私は何をすることになるんですか?」
「ああ、それは――」
「さぁ!今年もやってまいりました年度末実技試験!!
今日から土日を挟んで一週間!新しい聖剣の技術たちが花開いていきます!
最も注目を浴びる初日の一番目、実況は私、雷田琴羽が務めさせていただきます!
そしてゲストはこのお二人です!
魅惑のスペース・スライス大和撫子!三木谷真忠さん!」
「真忠です。よろしくお願いします」
「そして偶に見かける白衣学ランの元気な子!今日は着物で可愛くおめかし!狐崎雪奈ちゃん!」
「元気な子です!よろしくお願いします!」
校舎から遠く離れた運動場、その中心に俺は立っていた。
少し離れたところに実況席と、そこに座る雪奈、真忠さん、琴羽が見える。
琴羽はクラスメイトで、一般科で入学したが現在は放送部で放送したり放送用DAを開発したりと大活躍だ。
茶色いショートヘアに、フルフレームの眼鏡。制服は紺のセーラー服だ。眼鏡は眼鏡だ。
小柄だがいつも元気に姦しい。
雪奈は何時もと比べて緊張しているようだが、声を聴く限り元気とやる気はあるようだ。
注目されることに慣れていないし、親しい人がいないと人見知りで静かになるが、離れたところに俺がいるし、それなりに親しくなった真忠さんもいるから平気なのだろうか?
それでは彼女たちが何をしているかというと、もちろん実技試験実況だ。
DAMAの学生たちの研究発表は基本的にオープンである。そして聖剣の実機を使いパフォーマンスをする関係上、嫌が応にも派手になる。
ならばそれを見たいと思うのがDAMAの生徒の一般的な心理であり、好奇心であり、探求心である。よって研究発表と実技試験は観客に囲まれ行うことになる。全てを発表者が説明する研究発表と違い、戦闘を交える実技試験では、実況が望まれるのも当然の流れだった。
そして生まれたのが実技試験実況。実況者を中心に、DAを作成した鍛冶師が解説を行う。
まさにDAMAらしい祭典である。
なお、実況と解説と戦闘は校内で放送されると同時にすべて録画、保存され、希望者は申請することで後でも閲覧できる。
今朝麗火さんから来たお願いとは、雪奈のゲスト出演だった。
雪奈は戸惑いながらもOKしてくれた。
「何と、雪奈ちゃんは聖研に所属する中学三年生!来月からDAMAトーキョーに通うことになってます!」
琴羽のマイクパフォーマンスが続く。
「先輩方、四月からよろしくお願いします!」
雪奈がぺこりと頭を下げる。
周りの見学者がぴゅーぴゅーと口笛を吹く。
この見学者たち――展開されるバブルスフィアの領域内に存在する人物は、バブルスフィアが展開されると同時に内部に取り込まれる。一応魔力操作で拒否できるように設定されているが、その場合内部の様子は確認できない。
バブルスフィア内部に取り込まれた場合はDAによる攻撃に巻き込まれることもあるが、生の迫力を体験したい人たちにとっては些細な問題らしい。偶に巻き込まれた衝撃で死ぬこともあるが、その場合はすぐさまバブルスフィアの外部に弾きだされる。
内部への再突入の可否はバブルスフィア展開時の設定によって決まるが、基本的に試験の場合は不可となっている。
「なお、この動画はdevia-tubeで全世界に配信中!今試験中の方も、見逃し配信するのでよろしくぅ!」
高々学生の試験なのだが、最先端のDA技術が見れることもあるため、試験によっては閲覧数が非常に高くなるらしい。文字通り世界中からアクセスがあるとか。
今回は袴姿の真忠さんに、エプロン着物の雪奈がゲストなので、海外からの受けは特別良さそうだ。
俺も彼女たちに負けないよう頑張らなくては。
「それでは、簡単な自己紹介をお願いします!それでは真忠さんから!」
「鍛冶科二年、三木谷真忠と申します。相方となる聖剣剣聖は剣聖科二年の藤原正技さん。
専門は空間切断です」
「真忠さん、正技さんのペアと言えば、使用する聖剣は言わずと知れた蜻蛉切!森羅万象あらゆる物質を空間ごと斬ってしまう、教科書にも載っているDAですね!
それを操る聖剣剣聖の正技さんも剣術最強!時速数百キロに達する剣術は、相手に反応することも許さず、今まで100を超える首を刎ねてきたと言われています!
去年は試験開始20秒で決着し相手は泣く泣く追試を受けることになりましたが、今年の様子はいかがでしょうか!?」
「そうですね……実際の動きは見てのお楽しみですが、皆さまにはびっくりしていただけると思います」
真忠さんから、満足感に満ちた余裕の雰囲気を感じる。おそらく、思っていた通りのDAを作ることができたのだろう。
これは楽しみだ。
「この自信に満ちた余裕の表情……期待できそうです!
それではお次は雪奈ちゃん!」
「はい!聖研究所に所属している、狐崎雪奈です!マスターは平賀良二さんで、いつもお世話になっています!
専門は特にありませんけど、今回は頑張って空間切断のDAを造りました!」
「中学生で研究所所属ということは、昔からDAを造ってて、教授の目に止まった感じなのかな?」
「いえ、DAを造ったのは一月前が初めてです。
体質の問題でDAを使いたかったんですけど、持ち出すことが出来なくて……研究所でお手伝いすることを条件に、DAMAにいさせてもらっています」
「なるほど……医療関係でDAに頼る人、最近増えていますね。聖剣病院に入院するのも大変なので、DAはもっと身近になって欲しいですね」
「はい。私もマスターも、最近時間があると、身近に使えるDAを造ってます!」
「それは素晴らしいですね。
それでは、今回のDAも生活のお役に立てるようなものなのでしょうか?」
「はい!誰でも使える工具、包丁、そう言ったものを目指しました」
「かつて天下三名槍の一つだった蜻蛉切、それを改良改修したDragon Fly Divider。日常道具はそんな聖剣に、どこまで太刀打ちできるのか!?
ところで雪奈ちゃん、気になってるんだけど、そのマスターというのは何かな?こう、ご主人様的な?」
雪奈のマスター呼びは気にはなっていたが、彼女は気に入っているらしく止めるように言っても止めてくれそうにないので、逆転の発想をしてみた。
独立強襲型生活革新委員会という、アレな名前も変える一石二鳥のアイデアだ。
「マスターはマスターです!
技術革新補助組合-イノベーション・ギルドのギルドマスターです!」
「イノベーション・ギルド!いいですよね、ギルド。ファンタジーっぽくていい響きですよね。
それでは、いったいどのようなギルドなのでしょうか?」
「来年度から設立される、DAお悩み相談所です!
回路の設計に困っているけれど、周りに似た属性が使える人がいなくて相談できない。
問題解決のために他の属性を使いたいけど、どの属性を使えばわからない。
そう言ったお悩みから、
DA-CADを使ってみたいけど操作方法が良く解らない。
3Dスキャナーを使ってみたいけど、どうすればいいのかわからない。
属性変換器の設定が上手くいかない。
というお悩みまで、どんどん解決する予定です!」
「それは心強いですね!
でも、属性は幅広いですよね?それら全部の相談に乗れるんですか?」
ギルドの説明をする雪奈に、琴羽もテレビの通販番組のようにノリノリで質問する。
「ご安心ください!
現在理子さん――聖教授が主体となって、ロサンジェルス聖剣研究所と連携して属性検索、回路構築システムを構築中です!
今まで英語でしか取り扱っていなかったLDTの属性、回路データベースが多言語対応、さらに論文投稿サイトやDevia-pediaともリンクし、特性から注意事項、サンプルDAまで、お手元のスマホで簡単に調べられるようになります!」
うぉぉぉおおお!という雄たけびが各所から響き渡る。
アイズのヘルプがあるから今は問題ないが、入学当初は英語と格闘しながら論文やLDTのサイトを眺めたものだ。気持ちはよくわかる。
琴羽の隣にいる真忠さんも目を丸くしている。
それにしても、当初は将来の願望程度だったLDTやdevia-pediaとの連携までこの短時間で実現するとは、やはり教授は恐ろしくやり手で有能だ。
「翻訳付き掲示板機能もあって、地球の裏側の人とも意見の交換もできるんですね。
これだけ使いやすくて多機能なのに、今ならお値段なんと無料!
使うしかないですね!」
琴羽が情報を補足する。
「公開は四月末を予定しています!
このシステムでもわからない、手伝ってほしいことがある、そういう場合は、気軽に聖研までお越しください!
私たちが力になります!」
教授のシステム開発は、今まで公になっていなかった。突然の便利なシステムの登場に、生徒たちはさっそく期待を込めて周りと話をしたり、SNSで情報のやり取りをしている。
実際にどれだけの人が使ってくれるかはわからないが、注目を浴びるこのタイミングで発表したのは正しかったようだ。
そして、イノベーション・ギルドについてのアピールはこれで終わらない。
「なるほど、素晴らしいですね……
それではもしかして、今回使うDAも?」
「はい!今回は竜の首を落とすDAの開発を手伝いました!」
DAMAトーキョーには強力無比な聖剣剣聖は数多く所属している。
しかし、ダンジョン調査には制限がかけられているため、ダンジョンの奥深くにまで潜り、竜と対峙したことのある人はほとんどいないだろう。
竜の討伐は浪漫の一つであり、竜を倒すためのDAは、否が応でも注目を集める。
観客も、新システムの話題から、対竜聖剣へと即座に話題がシフトする。
「仮想敵は日本にて初めて発見された竜である、【竜一型乙種雨】個体名【タキツヒメ】です!
その討伐の再現が最終目標ですね」
「タキツヒメは上野国立聖剣博物館にも飾られている、日本で一番有名な竜ですね。
そしてなんと!討伐者は藤原正技さんのお爺さんとのこと!」
琴羽はそれなりに情報通だが、タキツヒメの事はともかく、正技さんの祖父、藤原正切のことは古い新聞の片隅にしか載っておらず、通常なら知っているはずもない。
つまり先ほどからの一連の流れは仕込みである。今朝方、琴羽に俺から連絡を入れたのだ。
琴羽は場が盛り上がると、快く引き受けてくれた。
「となるともちろん、対する正技さんのDAも?」
琴羽が真忠さんに話題を振る。
真忠さんは先ほどからずっと驚愕に目を開いたままだ。まさか、依頼や目標などの話が公になるとは、まったく思っていなかったのだろう。
真忠さんは一度意思を込めてこちらに目線を送ると、すぐに放送向けの笑顔に戻った。
「はい。今回調整した新型DFDは、正技さんの祖父がタキツヒメの首を落とした技を再現するためのものです。
つまり、今回の実技試験は、祖父の技能の解析結果の披露と、その性能検証、そして私たちと雪奈ちゃんたちとの技術と設計思考の競い合いとなります」
再び観客たちが沸き立つ。
『ねぇ良二くん、どういう事?』
観客たちの盛り上がりに満足していると、脳内チャットで麗火さんから連絡がきた。
どうやら近くにいるらしい。
『どうもこうもない。聞いての通りだよ。依頼のあらすじをバラして、これからDAの披露開始だ』
『そうじゃなくて、どうして依頼のことを話してるのかしら?周りに知られたくない事って、解っていたわよね?』
麗火さんは珍しく慌てているようだ。何かまぁ、色々とあるのだろう。
だからこそ、俺はそんなものぶち壊したくなったのだ。
『ナンノハナシカナー。俺にはわかんないやー』
露骨に白を切ってみる。
『一応聞いておくけれど、どうしてこんなことをしたのかしら?』
色々と理由はある。だがまぁ、一番の理由としては――
『イノベーション・ギルドは学生の青春のために発足される。
そして、あらかじめ対竜聖剣同士のぶつかり合いと分かっていた方が盛り上がる。全世界に拡散されるとしたら尚更だ。
日本は凄い。DAMAトーキョーは面白い。そして技術が広まれば、世界はまた少し楽しくなる。
それがDAMAの本懐だろう?』
『……ええ、そうね。その通りだわ。
聖教授も今頃お腹を抱えて笑っているでしょうね』
諦め交じりのため息が聞こえる。……脳内チャットでため息とは、ずいぶん器用な事をするな。
『後はそうだな……学生が一々お上の意向で右往左往するべきじゃあない。
学生の本分は勉強すること、技術を磨くこと、そして青春を謳歌することだ。
なぁ、解るだろう?』
『……貴方は何時だって、自分の尺度でしか考えないのよね』
何のことやら。むしろ、自分以外の尺度で物を図れる人がいたら、会ってみたいものだ。
『嫌だったか?』
『まさか。嬉しいわ。
人目が無ければ手を叩いて喜んでいるわね』
それは良かった。サプライズを仕込んだ価値がある。
『解ったわ。後始末はこちらでつけてあげる。
だから、素敵な姿を見せてね』
どんな心境の変化があったのだろうか、少し声が弾んで聞こえる。
『抜かりはないさ。
それより気を付けてくれよ。俺と正技さんが大きく構えたら、すぐにしゃがめる様にしていてくれ』
『……?まさか……』
『要望は届いてるだろう?今回のバブルスフィアは半径3キロメートル。
脳内チャットが届く距離は、全て俺たちのDAの射程範囲だ』
「場も温まってきたところで、それでは両聖剣剣聖の入場です!」
実況の前振りが終わり、ようやく俺の出番が回ってくる。
「さぁ、楽しい楽しい試験の時間の始まりだ!」
Mike Performance for Good Performance - 了
第一章本編は残り6話程度です
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