第三十二話 問題:音速で空間を切断する方法を答えなさい (配点:20点)
「さて、休養も気分転換もいい感じに終わったので、そろそろ研究に戻ろう」
夕食と洗い物を終えコタツに入るとそう切り出した。
「おう、頑張れ頑張れ」
帰ってきた聖教授は非常にオコだったが、大好物である夕食の豆乳鍋と贅沢プリンのコンボで今は機嫌がいい。
今は幸せそうにプリンを口に運んでいる。子供かこの人。
「目下の課題は二つ。
空間切断を長時間維持すること。
近接武装での音速を実現すること」
俺は自分のデザート――ミックスフルーツゼリーを気分転換に造ったDA冷凍みかん君――了改め、DA冷凍みかん君-未完で適度に凍らせ口に運ぶ。
うん、普通に凍らせたのとは違う触感になるな。これはこれで美味しい。
「質問です!
やっぱり、防御手段として鈍八脚を用いるのはダメなんですか?」
雪奈は空間切断の改善について悩んでいる。もし期限までに完成できなかった場合にどうするのか不安なのだろう。
「試験のルールとして、攻撃は空間系に限られている。防御についても、大体同じだと考えた方がいい」
「ルールはバブルスフィア展開時に空間に追加事象として設定されるから、空間系の属性以外で攻撃するとペナルティーが発生するね。
このルールだと、DAにダメージが与えられる。今の強度だとすぐに壊れてしまうね」
アイズが補足してくれる。
「バブルスフィアはそんなこともできるんですね!」
「メジャーなものでは、特定の物質を破壊できなくしたり、時間の進み具合を変えたり、中の人の反応速度を向上させたり、空気抵抗を失くしたりできるね」
「破壊不可、空気抵抗操作、摩擦係数変更なんかは理論値の実証なんかでよく使われてるな。
理想値設定でテストして目標値達成しました~と言って論文提出する奴の多いこと……
あたしはそういうのは突っぱねるけど、ろくすっぽ確認しない爺さんたちも多いから一向に減らないんだよな。
良二、見かけたら注意しとけよ」
「はいはい、注意しておきます」
教授のグチに適当に返事する。
「まぁ、どの道前回のままだとあっという間に攻略されるだろうから、空間切断の長時間化は必須だね」
「そうですよね……責任重大です」
雪奈がフォークを握る手に力を籠める。
ちなみに雪奈が食べているのは甘さ控えめの羊羹だ。昼間に一杯スイーツを食べたから、甘いものと洋菓子は避けたらしい。
いや、その羊羹は十分甘いよな?
「次に音速超過機構。
これは試験的には必須というわけじゃないが、やっぱり同じ土俵で真正面から切り結んでこそだろう」
「はい!やっぱり、私も技能の再現はやってみたいです!」
雪奈が目を輝かせ、やる気を滾らせた拳を握る。うんうん、責任を感じて拳を握るより、探求心に心躍らせ拳を握る方が好きだ。
教授も失った青春を思い出してうんうん頷いている。
「音速を超えるのは、マニピュレータでは難しいですよね」
「そうだな。トルク制御は速度と力がトレードオフだ。回転するだけなら音速には達することができるけど、音速に耐えられるマニピュレータを振り回すには力が足りなくなる。
力と速度を両方確保しようとすると、今度は魔力の供給が追っつかない。
大規模エーテルバッテリーがあれば……それでも無理だったかな」
「そうだね。大規模エーテルバッテリーでも瞬間出力には制限があるからね。
計算中……出せて時速400キロくらいかな」
時速400キロ。正技さんの抜刀は時速500キロだから、大規模魔力を瞬間的に使用したマニピュレータの動きを超えているわけだ。
やっぱりバケモノではないだろうか。
「身体強化は無理ですよね」
「そうだな。俺の軟な身体だと腕が千切れて飛ぶ」
雪奈が顔を顰める。
「千切れ飛ばないように魔力で補強しようとすると内側から爆散するね」
困った……俺の身体脆すぎない?
「それと、使用できるDAは一つまで。可能なら、両方の機能を一つにまとめてしまいたい。
長時間空間切断するためにゴツい刃にしたところ、速度が出せなくなりました、となるのは避けたい」
「鈍八脚みたいに複数のマニピュレータを用意して、長時間空間切断できるマニピュレータと、音速超過できるマニピュレータに分けることもできるのでは?」
「それはそうなんだが……
今回の場合、正技さんはDFDを音速で振ってくるだろう。だから、こちらもそれに合わせたい。
時間もないし、二種類開発するのは時間がかかるというのもあるな。
とりあえず兼用できる仕組みを考えてみよう」
「確かにそうですね……了解です!
そうは言っても、いくつか考えていた案は全部使えなくなっちゃいましたけどね」
週末に考えていた案は、ほとんどが出力に任せるか、既存の音速超過兵器の流用だ。
しかし出力については規制がかかり、音速超過兵器のほとんどは遠距離攻撃であり、今回のルールには適さない。
翠さんにはああ言ったが、かなり厳しい状況だ。
「それと、正技さんの斬界縮地(弱~強)についてはどう対応するんですか?」
「対応は無理だな。どう足掻いても攻撃後に防御するのは不可能だ」
思考制御式回転力制御型高速精密操作用副腕による自動迎撃では、今の速度が限界だろう。
最低時速540キロには対応できない。
「じゃあどうするんですか?」
「追いつけないなら先に動くのが鉄則だ。
抜刀モーションに入り次第、首をガードすればいい。
ただ、抜刀のタイミングは解らないから、長時間空間切断を維持する必要はある」
音は越えられなくても光なら超えられる。
光を超えて、攻撃される前に防御してしまえばいいわけだ。
「首以外を攻撃されたらどうしますか?」
「それはない。
『俺の首すら落とせずに、竜の首は落とせない』からな」
今まで正技さんが首に執着してきた理由は、恐らくは祖父がタキツヒメの首を落としたことに起因しているのだろう。
例え確実に防御されるとわかっていても、それでも正技さんは首を狙ってくる。
これは試験。試合の勝ち負けよりも、自身の全力を出すことが求められる。その場で己を曲げることはありえない。
「正技さんが何時も首を狙う理由……そういえば、考えたことはありませんでした。
ただ、言われてみれば納得ですね。
そうなると、やっぱり残る問題は空間切断を長時間維持することと、超音速で攻撃できるようにすること」
課題は大方洗い出せた。あとは考えるだけだ。
「参考に訊きたいんですけど、理子さんならどうしますか?」
雪奈が贅沢プリン最後の一口を惜しみながら食べ終えた教授に尋ねる。
「おいおい、試験の解答を先生に聞くなよ。
だがまぁ、あたしかぁ……あたしの専攻は電脳系で身体を動かすのは得意じゃないんだけどな。
折角だしあたしの得意を生かしてやるとなると……仮想虚数情報化斬撃だな」
「仮想虚数情報化斬撃?」
「物質を情報化、空間切断に関する情報だけリアルに残して後は虚数化。
情報化された物質には質量がなくなるから、高速で転送できるようになる。速度は魔力とデータ量に左右されるけどな」
「はぁ……」
雪奈はまるでついていけないようだ。
どうせ参考にならないから、教授も理解させるつもりはないのだろう。
「情報化しても回路の機能は有効なんですか?」
雪奈の代わりに、俺が質問してみる。
「有効なことは有効だが、転送中は解らん。機能したとしても、実際に物体を振り回したときと同じ現象になるかもわからん。
あたしならとりあえずやってみてどうなるか確認する。諸々はその後考える」
「凄い……全く参考にならない……!」
「はっはっは。これはお前らの試験だからな。せいぜい悩め若者どもよ」
教授は楽しそうに笑いながらコタツから出ると冷蔵庫に行き、今度はゴージャスカボチャプリンを持ってきた。まさかの追撃だと!?
「まぁ頑張ったら褒美はやるよ。そうだな、好きなところに食べに連れて行ってやる」
「ありがとうございます!それなら、碇寿司に行きましょう!」
おい雪奈、教授は碇寿司が嫌い……あ、これは覚えてて言った顔だ。
だが、碇寿司は良いな。前回食べれなかったキワモノもあるし、三月に入ればメニューも変わるはず。
そう、碇寿司……寿司……
「ふむ」
良いことを思いついた。
頭の中で設計と検証を進める。
可能だ。可能だ。問題が……いや、それも解決できる。実現可能だ。そして何よりも――楽しい面白い。
『アイズ。DAの案なんだが……』
『ふむ?ふむふむ……理論上目標値は達成できるね』
眼鏡を使い、アイズに手伝ってもらいながら、思いついたDAをデザインしていく。
「これで行こう」
作成したデザインの草案をディスプレイに映す。
「ふむ……いいんじゃないか?」
「なるほどなるほど……いいと思います!」
二人の反応も好感触だ。
「よし、それじゃあ――
楽しい楽しい、試験対策を始めようか!」
問題:音速で空間を切断する方法を答えなさい (配点:20点)
条件:
・空間切断を長時間維持する必要がある。
・空間乖離現象により、空間切断を維持できるのは2秒まで
・空間切断を解除した後、空間乖離現象の負荷が消えるまで0.3秒。廃熱処理に1.2秒。合計1.5秒のクールタイムが必要
・身体強化による音速超過は不可能
・近接攻撃のみ有効
・使用できるバッテリーに制限あり
・超高出力の電力による工学的な音速超過は不可能
・使用できるDAは一つのみ
・長時間空間切断できるDAと音速を超えるDAは同一でなければならない。ただし、同時に満たす必要はない。
ヒントはそろった。
答えはシンプルに。少しだけ冷たいアクセントを添えて料理しよう。
Take a Tea Time. - 了
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