プロローグ_3 聖剣剣聖は空を切り、主人公の首は空を舞う
プロローグ三話目。
後半のノリが本編のノリとなります。
「思考制御式回転力制御型高速精密操作用副腕聖剣-鈍八脚」
良二の背中から生えた八本の触腕が、威嚇するように動いた。
「動作確認と今後の方針を検討するため、手っ取り早く首を切られに来た。
よろしく頼む」
一本でも厄介な触腕が八本。
だがそれよりも――
「俺はDAMAトーキョー剣聖科二年。
天元流剣術部部長『瞬きの一文字』藤原正技。
そしてこいつが俺の愛刀、断空聖剣DFD」
「タメ口だから同学年かと思ったら一年か」
「いやぁ、道場破りに来て敬語はちょっとムードにかけるかなぁって」
俺はDFDを構え、一気に攻勢に出る。
最初に感じたよりもはるかに、彼の聖剣――鈍八脚は厄介だった。
蜘蛛の脚のようなそれは、単純にこちらの攻撃を捌くだけではなく、それぞれが連携するようにして動作するからだ。
同じ動作に関しては同じ動作で対応する関係上、一、二本ならフェイントを混ぜた連撃で突破できるが、八本も揃えばそれも難しくなる。さらに学習もするらしく、同じフェイントも数回見せれば通用しなくなる。
後ろにも目があるのだろうか、背後に回ってもその動きは全く衰えず、むしろ身体が邪魔にならない分触腕の可動範囲が広くなるため、正面からの突破を強いられる。
人と同じに考えてはならない。機械の腕は人のそれとは可動域が大きく違う。
言葉通り動作確認のためなのか、幸い相手から攻撃を仕掛けてくることはなかったためDFDのクールタイムを確保することはできたが、虱潰しに迷路を突破するような状況に、俺は攻めあぐねていた。
そして30分が経過したころだろうか、転機が訪れた。
「――っ!」
DFDが翻り、一度の斬撃で密集した三本の触腕のうち二つを切り払い、残る一つを切り落とす。
天元流『三ツ首落とし』。
祖父が迷宮で化け物――ケルベロスの首を一度に三つ落としたとされている技だ。まさか実戦で使うことになるとは思わなかったが。
追撃は辛くも弾かれてしまったが、大きな前進だろう。
真忠の造ったDFDは初運転ながら安定しており、不調の兆しはない。
1本の触腕を切断するのに30分。今の調子なら一時間で半分までは減らせるだろう。
俺は一度DFDを休ませ、大きく深呼吸する。
長めにクールタイムをとり、再度DFDを起動する。
そして攻める先を決めようと良二の様子を確認すると八本の触腕が待ち構えていた。
「……なに?」
切断されたはずの触腕が直っている。
しかし切断したのは見間違いではなく、切断した先は床に転がっている。
つまり、この数秒で直したのだろう。
「ふむ、こんなところか」
自己紹介の後全く動く気配すらなかった良二が、初めて口を開いた。
その視線は俺ではなく、彼の助手らしき雪奈という少女に向けられ、表情からは諦めや失望のような感情が見てろれる。
その言葉に、その表情に、抑えていた熱が高ぶるのを感じる。
何が「こんなところ」なのだろうか。
俺の技か。それとも、真忠が懸命に造ってくれたDFDか。
どちらにせよ、そんな言葉は認められない。
俺はDFDの機能を落とすと、鞘――DFDと対となる聖剣に納めた。これが真忠に製造を依頼した、新型DFD本来の形態である。
ここからは自分との戦いだ。
天才である自分と
凡才である自分の
魅せるは天元流終乃業
斬界縮地
――さぁ、お望み通り、その首を貰おう。
笑みを浮かべながらポケットに手を突っ込み余裕を見せているが、実のところ俺、平賀良二はこの上なく焦っていった。
[!!!ERROR!!!][!WARNING!][!!!ERROR!!!][!WARNING!]
[!WARNING!][!WARNING!][!WARNING!][!!!ERROR!!!]
目の前に赤と黄色の文字が並ぶ。
鈍八脚の各マニピュレータの状態が、眼鏡に投影されているのだ。
黄色は注意。骨格の歪みなどにより、操作に不具合が発生する可能性がある。
赤はエラー。深刻な問題が発生しており、動作が保証されない。
鈍八脚は想定以上の完成度だったが、それ以上に正技さんの技術が凄かった。
彼の剣は振るわれるごとに速度と正確さが増し、しばらく前から残影しか見えなくなっている。
鈍八脚は自動制御のため何とかなっているが、そのサポートがなければとっくに首を刎ねられている。
というか、一撃目で終わってる。
[!!!ERROR!!!][!WARNING!][!!!ERROR!!!][!WARNING!]
[!!!ERROR!!!][!!!ERROR!!!][!WARNING!][!!!ERROR!!!]
5番と6番のステータスがエラーになる。
正技さんの振るう剣は重く、マニピュレータは精密機械である。
そう何度も受けられるものではなく、次第に疲弊していく。
『247の修理優先!56の代わりに2番で受けて』
バブルスフィアの内部は情報制御されている。
つまり、自己修復装置がなくても、直接情報をいじってしまえばある程度の修理は行えるのだ。
もちろんDAについての知識は必要となるし、すぐに直せるわけでもない。
バブルスフィアの外ではできない方法のため、あまり褒められた方法でもない。
今回のルール上は問題ないのでありがたく使わせてもらうが。
『了解です!エラーはもう直せる余裕ないです!』
脳内に雪奈の声が届く。
素敵な眼鏡――D-Segによる通信だ。
『CPU使用率98%。仮想電脳領域の拡張許可が欲しいな』
脳内に響くのはもう一つの声。われらの信奉する眼鏡さま、アイズの合成音声だ。
そう、この戦い、俺たちは三人で戦っていたのである。
聖剣鍛冶師である雪奈が聖剣剣聖をヘルプするのは問題ないし、アイズは補助装備。何も問題はない。
むしろ、連絡を取らない方が悪い。使えるものは何でも使え。それが俺の信じる聖剣剣聖だ。
『これ以上は流石に怖い。止めて』
すでに仮想電脳領域の拡張のために、両腕を使用するために使う脳の領域は放棄している。これ以上は身体がどうにかなりそうだ。
括約筋とか解放されたらどうするというのだ。
[!!!ERROR!!!][!!!ERROR!!!][!!!ERROR!!!][!!!ERROR!!!]
[!!!ERROR!!!][!!!ERROR!!!] [DEAD] [!!!ERROR!!!]
俺が返信した直後、2番4番のマニピュレータがエラーとなり、7番が黒色――機能停止になった。
一瞬で二本のマニピュレータにダメージを与えた上に、一本を切断したのだ。
『7番修復!』
『ごめんなさい!流石に無理です!』
『ガワだけでいい!相手が警戒するからその間に他を直してくれ!』
『―了解です。10秒あれば、なんとか』
雪奈に指示したものの、それでどうにかなるとは期待できない。
幸い正技さんがDFDのクールダウンを選択したため時間ができたが、次の攻撃までにマニピュレータの修理は間に合わない。
攻撃が再開すると同時に敗北は決定するだろう。
「ふむ、こんなところか」
相手の手の内はほとんど計測できた。
ただ一つ、噂に聞く「必殺技」が見れなかったのが口惜しいが、今回の実験は成功と言える。
残念だが終わりの時は近い。雪奈に目を向けると、彼女もそれを解っているのか小さく頷いた。
こちらの窮地を悟られぬよう、あくまで平然を保ちながら、最後の瞬間を迎えよう。
『修理できました。関節を動かそうとすると折れるので注意してください』
幸い正技さんは最後の詰めの前に一度休憩することを選択したのか、こちらにほとんど意識を割くこともなく10秒が経過していた。
雪奈の対応してくれた修復箇所を確認するが、直っているのは見た目だけ、関節すら見掛け倒しのモナカ構造だ。
まぁ仕方がないだろう。むしろ30分もよく裏方作業を手伝ってくれ、最後に無茶まで聞いてくれたと感謝する。
『ありがとう。他の修理はいいや。撤収の準備を始めてくれ』
『了解です。お疲れさまでした!』
『おつかれー。精々派手にぶった切られるから見ててくれ』
『高精細カメラによるハイスピード撮影はばっちりです!あとで鑑賞会を開きましょう!』
最後の捨て台詞を考えていると、正技さんがDFDを異常に大きな鞘に納め、腰を落とす。
今まで見られなかった動き、これはまさか―
一瞬、鞘が瞬いた。
戦闘の間、30分動かず固定されていた視界がズレる。
世界がスライドしていく。
首が滑るのを感じる。
しまった。
こうも見事に首が切られては、何も喋れない。
捨て台詞も、称賛も、繋がっていなければ何も喉奥から出すことは出来ない。
眼鏡の端に映るのは最後の抜刀術の剣速、なんと秒速150メートル。時速にすると540キロ。音速のおよそ半分だ。
これを攻略しなきゃいけないのか。
なるほど、これは凄い――楽しそうだ。
首から滑り落ちた頭が床に落ちるまでの間、走馬灯を見るように、事の始まりを思い出した。
Fly My Head to the Sky! - 了
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