第二十六話 最後の皿に乗るモノは
引き続き試作評価と考察回。ようやくメイン。
真忠さんからの質問が終わり、俺の番が来た。
さて、質問は一つだけ。何を質問するべきだろうか。
今日見た抜刀術の詳細は知りたいが、知ったところで対策の方針は変わらないだろう。そうなると……
考えていると注文したお寿司がレーンに乗って運ばれてきた。
「遅かったな。まぁ、仕方がないか」
俺の注文はマグロカツライスバーガー寿司。注文してから調理を開始するため時間がかかる代わりに、熱々の料理が届く。
「いただきますっと」
大きく口を開けてかぶりつく。パリッとしたノリとサクッとした衣の感触が小気味いい。
「やっぱり碇寿司といえばこれだな。
ミルフィーユ状にしたマグロの間にマヨネーズ、チーズをトッピングすることで熱を通したマグロ特有のパサつきが抑えられ、カツとしての旨味も増している。
シャリの代わりのライスバーガーもお酢の風味は残しつつ、焼きおにぎりのように醤油とお焦げの香ばしさ、そしてノリの風味と触感が食欲を促進する。
マグロ、酢飯、ノリ。三つが高次元で一体感を演出した素晴らしい寿司と言えよう」
適当にそれっぽい食レポをでっちあげる。雪奈は興味を引かれたのか、早速モニタで注文する。
ついでに、俺もツナアボガドスシサンドを注文する。
正技さんは本当になんなんだ、という表情をしている。全部自分のせいなのに……
「それじゃあ質問です。
すみません、俺の訊きたいことは技術に関係することじゃありません」
悩むのも面倒だし、駆け引きも苦手なので、直接聞いてしまおう。
「俺は小学生の時に見たタキツヒメが大好きで、毎年上野国立聖剣博物館に足を運んでいます」
俺に言葉に、正技さんがピクリと反応する。
ちなみに毎年見に行っているのは本当だ。毎年模型の前に立ってピースしているところを写真に撮ってもらっている。今年も行く。絶対に。
「タキツヒメの首を落としたのは藤原正切と聞いています。
この方は正技さんのお爺様ですよね?」
三人が正技さんを見る。
「……ああ」
正技さんがゆっくりと頷く。
「DFD-蜻蛉切については教科書にも載ってるので知ってますし、その切れ味なら竜を斬ることもできたと思います。
ただ、模型と剥製、記録にある戦闘方法を見ると、首に刃が届いたとは思えない。正技さんは、何か話を聞いたことはありますか?」
正技さんは眼を瞑ると、ゆっくりと上を仰いだ。
やはり、触れるには繊細過ぎる事柄だっただろうか。
「……なぜ知りたい?」
正技さんが眼を瞑ったまま、言葉を紡ぐ。
「俺だって馬鹿じゃない。次の年度末試験に色んな思惑が絡んでることは気が付いた。
この質問も必要なことなんだろう」
正技さんはある程度こちらの事情について気が付いていた。
まぁ、色々と不自然な点があっただろうし、当然だろう。
正技さんはゆっくりと目を開くと続ける。
「だがそれはそれとしてだ。
平賀良二は何故それを知りたい。
それを知って何をする」
そんなこと、聞くまでもないだろう。
聖剣剣聖なら誰だって同じことを答える。
「今の技術が過去の技術に負けているのが気にいらない。
俺もDAMAに所属しているDAMです。
全ての技能を技術に変えて、全ての技術を皆で育む。明日の未来は今日から始まる。今日の技術は過去になる。
それがDAMAの矜持でしょう」
全ての技能にメスを入れ、全ての技術をしゃぶりつくす。
魔法と科学。再現の難しさに違いはあれど、理念はどちらも一致する。
「あんたは確かアドミニストレータだったはずだ。
5年前に属性変換器が作成され、その特別性を失った。
それについて思うところはないのか?」
正技さんの特別性は「空間切断」。すでに解析され、いくつかの分野では汎用的な技術として用いられている。
自分の姿を、俺と重ねているのだろうか。
「特に何も。属性変換器は蜻蛉切と同じく、聖剣の歴史に残る偉大な発明です。
今はまだ使い勝手が悪く普及してませんが、おそらく数年以内に使われるのが当たり前となり、聖剣関連の技術は飛躍的に向上するでしょう」
これだけでは納得がいかないのだろうか、正技さんは半眼でこちらを見る。
「他人の為、皆の為なら自分の価値など必要ないという事か?」
「自分の価値なんかで得られるものはちっぽけなモノです。
例えば俺がどんなに価値のある人だとしても、それだけじゃあ食えるのは精々ここの寿司までが限度です。
でも、特別性をささげれば、もっと新しくて美味いものが食えるようになるかもしれない。
そしてそれは、俺一人が特別なだけじゃあ決してたどり着けません」
「だがそれもモノによるだろう。
爺さんの竜の首を落とした技能が技術に変わったとして、それで世界がどう良くなるというのだ」
竜の首を断った剣術。それが一般人でも扱えるように浸透したとして、それで一体何が変わるというのか。
各分野の先頭を歩む人々ならいい考えを思いつくだろう。
しかし、専門知識などほとんどない自分でもいくつかは思いつく。しかも身近なものだ。
「正技さんが食べたマグロ。
その解体や下処理が簡単になり、低価格化と一般流通が見込め、世間一般に広まれば、より美味しい創作料理も考え出されるでしょう」
「ちょっと待て。なぜマグロと大規模空間切断に関係がある。
少しは解体が簡単になるかも知れないが、影響など知れているだろう」
正技さんが眉をしかめる。
まさか、正技さんは知らないのだろうか。
「正技さんの食べたマグロ。
それは魚八型甲種空――種族名『ヒメマグロ』……近年京都ダンジョンで発見された500メートル級の超大型魚類です」
「なん……だと……?」
正技さんが呆然と皿を見つめている。隣では、真忠さんも呆然としている。
「可食部位は多くマグロによく似た味をしていますが、足が速く、サイズ的に解体が困難なため、ほとんど市場に出回っていないとか。
高速で捌いで保存できる技術があれば、食糧事情の改善にも繋がるでしょう」
モンスター食については各国で色々とスタンスが違っているが、日本は基本的に食べられるかどうか試しているらしい。
美味そうな新種が発見されるとダンジョン内でパーティーが始まるとか。
さすがに収穫量の問題もあるし一般流通はしておらず、食べられるのはDAMAを初め複数の場所だけだ。
「あの……それは本当でしょうか?」
真忠さんが、恐る恐る訪ねてくる。
「はい。メニューの横にある虫メガネマークをタッチすると、原材料やアレルゲンの詳細が出てきますよ」
真忠さんが恐る恐るメニューをタッチする。
「本当……原材料がヒメマグロになってるわ……
私の食べた稲荷寿司も、油揚げはダンジョン産のツチハラダイズ、中に入っていた白身魚はフタクビサワラ、イクラはその卵……
あ、ゴマはそのまま普通のゴマなのね」
二人とも呆然とディスプレイを見る。
まぁ、知らないうちに得体のしれないものを食べてしまったのなら、当然の反応だろう。
しばらく二人を見守っていると、正技さんがクツクツと笑い始めた。
「なるほどなるほど。
このマグロを全国で食えるのなら、確かに技能を解析して特別を失くす意味もある。
ああ、そうだ。きっと爺さんもそうだったのだろう」
正技さんがニカリと、出会って初めての笑顔を見せた。
「気に入った。爺さんの話をしよう。
そして俺とあんたで競い合い、爺さんが残した最後の技能を手にしようじゃないか」
「親父は何も語らない人だった。爺さんはほとんど語らない人だった。
だから爺さんが竜の首を落とした話を聞いたのは、爺さんの戦友に、酒の場で絡まれて聞かされたのが初めてだ。
タキツヒメは凄かった。一寸先も見えない豪雨の中で、嵐と雷が荒れ狂った。
近くによれば切り刻まれ、遠く離れれば見失う。吐息に触れれば身体が溶けて、爪に触れれば身体が弾けた。
まさに神話の神の暴れるがごとし。兵器は壊れ、鎧は砕かれ、聖剣すらも折れては朽ちた。
しかしアイツは諦めず。アイツに頼まれ俺たちは持てる全てで雷雨を払った。
すると一閃、音斬る閃光!世界が二つに分かたれて、竜の首がすとんと落ちた。
はしゃぐ爺さんの戦友と、顔をしかめて美味そうに酒を飲んでる爺さんの顔は今でも覚えてる。
その翌日、爺さんに道場に呼び出された。
そこで見せてもらったのが天元流終乃業-斬界縮地。
瞬きよりも早い抜刀だ。
剣が通った跡とその先の、世界が歪んでいるのが見えた。
そして爺さんは言った。
『これで全て無くなった。俺はもう剣を振るわん。天元流も好きにしろ』
……残念そうだった。もう、昔の技を再現することができないんだろう。
ああ、そうだ。俺は爺さんに、無くなった風景をもう一度見せてやりたかった」
俺の才能じゃあ、まるで届かなかったが。
正技さんは、呟くようにそう締めた。
「……ありがとうございます」
「参考になったか?」
正技さんはどことなく穏やかだ。
「どうでしょうね。
……いくつか質問します。
お爺さんが斬界縮地を再現しようとした時のDAはどのような物でしたか?」
「退役時に選別で貰ったDFDだ。業物だが、機能としては変哲もない事は、去年帰郷した時に確認している。
タキツヒメの首を落とした時に使っていたDFDは、技に耐えきれず砕けたらしい。
元々家にあったDAは全部国に献上したから、今家にあるのはそれだけだ」
「お爺さんの属性は?」
「DAMAに当時の属性検査結果が残っていた。ほとんど俺と同じで少しだけ派生が違っていたが、やれることはそう変わらないだろう。
ただ、属性値については爺さんの方が俺よりはるかに高い」
「なるほど……」
できることに大きな違いがないのだから、抜刀術と速度に理由があるのだろうと考え、あの最後の太刀に至ったという事だろう。
「正技さんの抜刀は時速540キロ……音速に到達していないことが原因と考えているんですね?」
「ああ。だが、年度末試験――あんたとの決着までには超えておく」
正技さんが挑発的にニヤリと笑う。
「そうですか。期待しておきます。
ただ、次はこちらも全力で行くので、音を斬るより先に首を斬られてもいいよう、毎日首のお手入れを欠かさないで下さい」
「ほざけ。次の試合も手を抜く時間も与えない」
「まぁ、俺がポケットから手を抜いたら、眼鏡一つで正技さんの首くらい落とせますけどね」
「―――」
「―――!」
食事しながらの軽口は続く。
その時の正技さんは初めて見たときより若く、俺よりも年下に見えた。
Last Gift in the Hand - 了
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