第二十五話 廻れ回れ知識の皿
引き続き試作評価と考察回。
興味なければ説明は斜め読みで問題ないです。
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「それじゃあ、次は私ですね!」
雪奈が質問を開始しようとすると、注文したお寿司がレーンに乗って運ばれてきた。
「はい」
雪奈の注文を取ってあげる。
トーストしたパンにローストサーモン、マグロの中落ち、レタス、トマト、マヨネーズ、ライスペーパーと海苔を挟んだその名も――
「これがスシサンドイッチですね!いただきます!」
サクリと小気味いい音を響かせながら、雪奈がスシサンドイッチにかぶりつく。
その様子を、正技さんが信じられないものを見るような目で見つめている。
「見た目はクラブハウスサンドですけど、味はしっかりお寿司ですね。パンとご飯の違いはありますけど。ライスペーパーと海苔と……調味料にお酢も使ってるのかな?マヨネーズが特別なのかもしれません。
お寿司のネタとしてもベーシックなサーモンを中心に、お酢の風味、レタス、トマトが絶妙にマッチしていて、そこに加わるマグロの中落ちが海鮮丼のような楽しさを演出しています!」
また食レポが始まった……
え?質問の前に食レポしないといけないルールなの?
「それでは質問です。
……と、その前に自己紹介がまだでしたよね。
四月からDAMAトーキョー普通科に入る、聖研所属『属性欠乏』狐崎雪奈です!
マスター……良二さんの右腕ですね」
「え?中学生なの?」
真忠さんが驚く。声には出さないものの、正技さんも驚いているようだ。
「はい。とは言っても、まだまだ右も左もわからない状態で、良二さんに何時も教えてもらってます」
雪奈が照れ臭そうに答える。
「それで、今回は空間切断のDAを作ろうとしたんですけど、最大連続稼働時間が2秒から伸びなくて、結局実装できませんでした。
今日拝見したところ、お二人で作っているDFDの最大連続稼働時間は5秒はありますよね?
仕組みについて教えてほしいとまでは言いませんけど、考え方やヒントなどが貰えたら嬉しいです」
雪奈がぺこりと頭を下げる。俺は特に気にしていなかったが、雪奈としては最大連続稼働時間の改善が上手くいっていないことをずいぶん気にしていたらしい。
普通数か月から数年かけて少しずつ改善していくものなので、俺としては最新の工業用空間切断DAの2倍の稼働時間を実現している現在の時点で十二分に頑張ってくれているのだが……
「雪奈ちゃん、DAを造り始めたのは何時かしら?どうやって造っているの?」
「DAの設計を始めたのは二週間前です。良二さんが鈍八脚を作り始めた時に、私に仕事を回してくれたんです。
今はDA-CADを使ってます。ロサンジェルス聖剣研究所で公開してる回路をベースにして、色々試してるんですけど……」
「2週間……」
正技さんと真忠さんがダメージを受けている。
まぁ、普通なら入学後半年は設計前の勉強に費やされるし、DA-CADやアイズの適切なヘルプが無ければ、ちゃんとしたDAを作れるようになるまでそこから半月~半年程度かかる。そこからようやく機能改善に着手するのだ。
完全データ化している雪奈と違い、真忠さんは実物を作るアナログ派のようなので、処女作を作り、改善できるようになるまでそれなりに時間がかかっただろうことは想像に難くない。
とはいえ、現在の技量については天と地ほどの差はあるだろう。
雪奈のDA作成は言ってしまえば仮免取得前に車に乗せて高速道路を走らせているようなものだ。丁度車と私道があった走らせてみただけで、本来はもっと前段階を踏むべきだろう。
すでに研究室に所属している関係上そうも言っていられないのだけれど。
「どういった改良を試みたんだ?」
「回路の最適化と、使用魔力の最適化です。空間切断は使用魔力が低いほど連続稼働時間が長くなりますから、機能が有効になる最低限の魔力だけ通るようにしました。
そこからが行き詰っていて……」
正技さんが真忠さんの方を見ると、真忠さんが頷く。
「私たちも一度同じところで詰まったけれど、正技さんの案によって解決しました。本年度の研究成果として提出するものです。
本来なら提出が終わってから話した方がいいのだけれど……今日は特別です」
真忠さんはふわりと笑うと、雪奈にウインクした。
「結論として、空間乖離現象を抑止することは叶いませんでした。
そのため、空間乖離現象が発生することを前提にDFDの改良を行うことにしました。
御存知の通り、空間乖離現象は裂かれた空間が元に戻ろうとする現象。それなら、同じ空間系の属性である程度制御が行えます」
「空間系属性による複層構造か」
俺の言葉に、真忠さんが頷く。
「刀の芯鉄に空間切断の回路を刻み、それを挟み込むように二段階の皮鉄で層を造っています。
芯鉄に近い方は空間切断。外側は空間歪曲。両方とも刃に近い僅かな部分だけです」
「このスシサントイッチと同じですね!」
雪奈の言葉に真忠さんが苦笑する。同じかな?同じかも……
「魔力は段階的に流し込まれます。芯鉄に魔力を通した2.5秒後に内側の皮鉄、その1.5秒後に外側の皮鉄。
その1秒後の合計5秒後に自動で魔力供給は停止します」
「どんどん時間が短くなるのは何故ですか?」
「この方法は無理矢理切断された空間を広げていることになります。そのため、広げるごとに圧力が強くなり、長時間の維持が難しくなります」
「つまり、層を重ねれば重ねるだけ時間が伸びるわけではないと」
「そうですね。この方法では今の形が限界となります」
これ以上の強化はできないとなると、年度末試験の際もDFD自体はアップグレードされないだろう。
「ちなみに、DA-CADだと再現は難しいですか?」
「そうですね……私は授業で少し触った程度なので詳しくありませんが、友人が解像度の問題で悩んでいることがあります。その友人の回路を見せてもらいましたが、私の作成したDFDの方が複雑でしたので、再現は難しいと思われます」
「加えて複層構造による属性干渉が発生する」
属性干渉……複数の属性の回路が密接すると、それぞれが干渉しあい想定とは違う動作となってしまうことだ。
そのため、干渉しあわないように回路を配置する必要がある。
「真忠の回路配置は職人技だ。一朝一夕では真似できない」
正技さんがきっぱりと言う。真忠さんはそんな正技さんを見て、ゆっくりと力強く頷いた。
「なるほど……ありがとうございます!いい話が聞けました!」
「いい話でしたか?参考にはならないと思いますが」
「いえ、素晴らしい話です。
このままの方法で続けても解決できそうもないことが解りましたし、色々な解決方法があるということもわかりましたので!
おかげで、このまま改善方法を調べるのに使うはずだった数日間を、無駄にしないで済みました」
雪奈はニコニコと答える。
そう、できないという事が解るのも、大きな一歩だ。雪奈はきっと良い聖剣鍛冶師になるだろう。
「それじゃあ、次は私かしら」
真忠さんはお茶を飲むと一息つき、
「私の質問は――」
俺と雪奈の視線に何か感じたのか、真忠さんはそこで言葉を止める。
ちなみに正技さんは俺たちが何を望んでいるのかわからず、訝しげにしている。
「えっと……」
悩む真忠さん。
意を決したのか、手を伸ばしレーンから取ったのはお稲荷さんだった。
優雅に箸で二つに切ると、華麗に口に運ぶ。
「えっと……お麩とお魚と、小粒のイクラかな……?沢山の具材が混ぜ込まれたお寿司を、甘い油揚げで包んでて美味しいです。
あと、ゴマの触感と香りが良いアクセントになってて良いと思います」
真忠さんの食レポに、「突然どうしたんだ!?」と言いたげな正技さん。こうなったのは、あなたが原因なんだが……
「それでは私の質問……の前に、自己紹介からね」
真忠さんはコホンと咳をしてから何事もなかったように続けるが、少し耳が赤い。反応が可愛いな。
「私はDAMAトーキョー鍛冶科二年の三木谷真忠。二つ名はないわ。
正技さんとは……そうね、幼馴染みたいなもので、今は彼の専属の鍛冶をしています」
真忠さんが深々と頭を下げる。
「私が知りたいのは途中でDAが修理されたこと。小耳にはさんだことがある程度であまり知らないのだけれど、あれはリアルタイムアップデートかしら?」
「はい!DA-CADと連携して、損傷するたびに直していました!
途中からは修理が間に合わずに押し切られてしまいましたけど……」
「そう……話にしか聞いたことが無かったのだけれど、切断された部位ですら修理できるのね。
切断されるたびに修理して対抗するということもできるのかしら」
『どうしますか?』
雪奈から脳内チャットが送られる。最後のハッタリの件だろう。
バレたら次は使えなくなるが……次は年度末試験なのであまり考える必要はないな。
『話して問題ない』
「すみません、最後の切断されたマニピュレータの復元ですけど、あれは中身のない見せかけだけです。
さすがに数分で複雑なDAを修理することはできないと思います」
「あら、ハッタリだったのね。私も正技さんも騙されちゃいました。
あと、雪奈ちゃんはノートPCもタブレットも持ってきていなかったけど、どうやってDA-CADを使ったのかしら」
「素敵な眼鏡です!」
「素敵な眼鏡……?」
真忠さんが困惑している。
「今DAMAトーキョーで開発している汎用簡易型思考制御眼鏡聖剣のD-Seg……簡単に言うと、考えただけで操作できる眼鏡型のスマホのモニターをしているんですけど、それを使って研究室のサーバにアクセスしています」
俺が補足する。
「まぁ……最近のスマホはそこまで進化しているんですね。
私なんて最近になってようやくPCとタブレットの色々な管理機能が使いこなせるようになって、これでようやく時代の最先端に追いついたと思っていましたのに……
聖研の専攻は電脳でしたよね?その関係で詳しいんですか?」
「教授は放任主義なんであまり機械関係を教えてもらったりはしていませんね。代わりに、アイズという優秀なサポートAI?みたいなのが手伝ってくれています。
ただ、それ抜きでもこの眼鏡の方がスマホより操作しやすいのでお勧めですよ。戦闘中でも音声でやり取りするより高速かつ大きい情報量でやり取りできます」
「スマホより簡単……正技さんでも使えるかしら。
正技さん、元々ハイテク機器は苦手なんですけどタッチパネルはもっと苦手なんです。触っても反応しないしよくわからんって。
このお店のタッチパネルも使えないから、回ってくるお寿司しかとらないんですよ」
真忠さんが目を細めてくすくす笑う。
正技さんは電気系統の属性を持っていたはずだが、機械は苦手なのか。
確か、微弱な電流を扱う属性の場合、抵抗膜方式タッチパネルなどが誤作動を起こすことがあると聞いたことがある。
それが原因かもしれない。
「真忠……」
正技さんが苦虫を噛み潰したような表情をする。
「生徒会も使い始めたみたいですし、申請してみたら借りられるかもしれません」
今は試作段階のため流通が少ないが、いずれ全校生徒が眼鏡をかけるようになるかもしれない。
「今度確認してみますね。
ところで、リアルタイムアップデートはデータ処理していないDAでもできるのかしら?」
リアルタイムアップデートはあらかじめ用意しておいたモデルとバブルスフィア内に展開したDAを同期させて行うため、手元に操作を行うためのモデルが存在していないと行えないはずだ。
「予めDA-CADに使用するDAのモデルがないと駄目ですね」
「そうですか。残念です」
『予め実物をスキャンしてDA-CADに取り込んでおく方法が一般的だね』
俺の返事に、アイズが解決方法を提示する。さすが素敵な眼鏡様、常に俺の動向を監視してサポートしてくれている。
俺のプライバシーはないのだろうか。
『DA-CADに取り込んだデータをバブルスフィアに展開するのか?』
『実物とデータを同時に取り込むことでリンクができるね』
『DA-CADで修理するならどのみち解像度問題は発生しないか?』
『そうだね。そこはいくつかテクニックがあるみたいだ』
アイズがDevia-pediaのページを記事に投影する。
今一つ一つ確認することはできないので、後で雪奈と真忠さんに送っておこう。
「どうかしました?」
「いや、あらかじめ立体スキャンしたデータを用意しておくことで対応できるみたいです」
「もしかして、今調べてくれたのかしら。ありがとうね」
真忠さんがお礼を言ってくれるが、調べてくれたのアイズなので居心地が悪い。
「でも、前に一度だけ授業で立体スキャンはしたけれど、うまく取り込めなかったわ。
形はあっていたけれど、回路が歪んでいました」
「多分スキャン速度の問題ですね。スキャナの設定を変更できれば解決すると思います。
上手くできないなら、手伝いますが」
「ありがとうございます。
それじゃあ来週都合の良い時を教えていただければ伺いますね」
真忠さんがニコニコ笑いながらタブレットを操作し、俺にプライベートの連絡先を教えてきた。
『私も見学したいのでついていきますね!』
雪奈からの脳内メッセージが届く。
雪奈は勉強家のいい子だなぁ……
Is the Order a Knowledge? - 了
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