第二十四話 廻れ回れ欲望の皿
「今日は外に食べに行くか。もちろん俺のおごりで」
帰り道、聖教授に今日の結果を一報入れると「今日は遅くなるから先に食べていてくれ」と返ってきた。
システム開発で打ち合わせでもあるのだろうか、最近特にこういうことが多い。呑気な学生と違い、教職とは大変なものなのだな、としみじみ思う。
何故だか少しワクワクしているように聞こえたのが気にはなるが。
「いいんですか?」
「今日の道場破りが上手くいったことと、雪奈の入学が確定したことを記念して、美味いものでも食いに行こうぜ」
今日届いた雪奈の面接結果は合格だった。これで来年度から晴れてDAMAトーキョーの学生となる。
「でも、私の入学記念もするなら理子さんも一緒の方が良くないですか?」
「行こうと思ってるところは教授が苦手にしているところなんだよ。
だから逆に、教授がいないときにしか行けないわけだ」
「理子さんが苦手な食べ物なんですか?」
「苦手というか……店長が学生時代の知り合いらしい。『あいつが造ったものなんか怖くて食えるか』とかなんとか言ってた。
実際に食べたことはないらしいけど」
「食わず嫌いというやつですね」
美味しいんだけどなぁ……怖くて食べれないというのもわからないでもないが。
「どうせ教授は外食より雪奈の手料理の方が好きだしな。教授との入学記念の食事は適当にケーキでも買って帰ればいいだろう」
「解りました。それじゃあ、明日は私が腕によりをかけて美味しいカレーを作りますね!」
「……うん、期待してるよ」
記念に食べる料理なんだから、祝う側が作るべきだと思うが、言ったところできっと雪奈は納得しないだろう。
「それで、なんというお店なんですか?」
「名前は碇寿司。ジャンルは『聖剣回転寿司』。今学校で密かに話題のDA料理ってやつだ」
「ここが碇寿司ですね!」
シェアハウスに戻ってシャワーを浴びたり一息ついたりした後、俺たちは二人でとあるお店の前に来ていた。
見た目は至って平凡。あえて特筆する点を挙げるのなら、屋根に大きな包丁型のモニュメントが刺さっていることだろうか。
「もっとDA料理ということをアピールしているかと思ったんですけど、そんなこともないんですね。どこを見てもDAの文字も聖剣の文字も見当たりませんし。
屋根の包丁が聖剣アピールなのかな?」
「あの包丁、夜遅くになると内側からぼんやり光ってることがあるんだよなぁ……おかげで飾りじゃなくて本物の聖剣で、偶に店長が鯨を釣ってきてはアレで捌いてるなんて言われてる」
「真偽はともかく、包丁自体はちょっと調べてみたくなりますね……」
そんなことを喋りながら店内に入ると、中は騒がしい。ずいぶんと繁盛しているようだった。客のほとんどは学生のようだ。
DAMAでしか食べられないDA料理だが、学生や教師は身分証を見せることで、学食と同程度の格安で食べることができる。そのため、週末になると学生たちであふれることになる。
赤字にならないか心配だが、DAMAから結構な額の補助金が支給されているらしい。後々DA料理が広まっていくことを見込んでの投資だろう。
「いらっしゃいませ!2名様ですか?」
入り口で少し待っていると、臙脂色の着物にエプロン風の割烹着を付けたウェイトレスさんが店の奥から現れた。
制服が可愛らしいと学内でも評判である。
「はい」
指を二本立てると、ウェイトレスさんはすまなそうに
「ただいま込み合っておりまして……相席でよろしければすぐにご案内できるのですが……」
雪奈の方を見ると、雪奈がコクリと頷く。
「それじゃあ相席で」
「ありがとうございます!7番テーブル、2名様ご案内でーす!」
メニューを抱きかかえながら、にこやかにウェイトレスさんが席まで案内してくれる。
「中も普通ですね」
「まぁな。給湯口もDAじゃないぞ。ただ厨房はどうなのかわからない」
そんなことを話しているとテーブルに着いたのだが……
「前提として、補助装備に籠手は必須だな。今日の斬界縮地も降り抜いた後にDFDが手から抜けかけたし、上腕二頭筋も肉離れが発生していた。
これ以上速度が上がると肉体が持たない」
「籠手……右腕全体を覆うガントレットなら既製品があります。
機能は筋力の増加と肉体の保護。こちらです」
「なるほど……能力は高そうだが、このデザインだと腕部可動域に支障が出ないか?
それとこの程度の握力強化では心もとない。目標速度に到達すると耐えられないだろう」
案内された席では、正技さんと真忠さんがタブレット端末を眺めながら、熱心に議論を繰り広げていた。
二人とも袴姿だが、先ほどとは服装が変わっている。正技さんは小豆色の袴、真忠さんは上は花柄――椿だろうか――で袴はやっぱり正技さんとお揃いの小豆色だ。
服の材質も違っているようだし、これが制服なのかもしれない。まさか私服ということはないだろう。
「可動域については実際に装着してからカスタマイズすればいいな。説明にはないけど、このあたりのパーツは見た感じ取り外しができるし、サイズ調整のための仕組みもあるはずだ。
握力についてはそうだな……いっそガントレットと一体化させてはどうだろうか?
もちろんガチガチに固めるわけじゃなくて、関節の柔軟さは維持したうえで、用途に応じて取り外しできるようにする」
「一体化……だと?
そういう考え方もあるのか。奥深…………い?」
口をはさんだところ、ようやく気が付いてくれた。
「……なぜあんたがここにいる」
正技さんの問いに、俺はウェイトレスさんの方を向く。
「あの……やっぱり相席は止めますか?」
上目遣いで、申し訳なさそうに訊いてくる。
しかし同時に「相席の方が楽だからさっさと座ってくれない?」という圧を感じる。
「……俺は構わんよ」
正技さんが、ばつが悪そうに言う。
「俺も問題ないです。ここであったが三時間目、首切る約束は果たせませんが、DAの話をする約束がありますし」
とりあえず席についてドリンクバーを頼むと、雪奈と一緒にドリンクバーに向かう。
銘柄の書いてない謎コーラ。銘柄の書いていない謎サイダー。銘柄の書いてない謎ジンジャエール。銘柄が書いてないどころかなんのお茶かの判別もできない謎茶……
これを見ると、この店に来たというのを実感する。
一見普通のジュースサーバーに見えるが、中のジュースはラベルと一致していない。
正確に言えば一致はしているがラベルから想像できる飲み物は出てこない。
例えば謎茶は謎のDA技術で栽培した分類不明のダンジョン産のお茶っ葉(人体に害がないことは確認済み)を、謎のDA技術で焙煎し、謎のDA技術で煮出しているらしい。
あ、新作のジュースが追加されている。
銘柄は全国どこでも飲める一般的なグレープジュースだが、銘柄を半分隠すように書かれた『XX』がとても興味をそそる。
よし、今日の一杯目はこれにしよう。
隣を見ると、雪奈が謎サイダーと謎アップルジュースを融合していた。流石俺の右腕……初手から配合を選択するとはなんという勇気だ。
ドリンクを確保して席に戻り、一通りタッチパネルで注文すると、正技さんが話しかけてきた。
「本気なのか?」
先ほどのDAの話をするという件だろう。
「約束は守る性質なので。
ご飯食べながらですし、簡単な話でよければ」
よくよく考えると、こちらのDAの情報を教えたとしても、彼のスタンスからして対応策を講じることはできないだろう。
それにこちらが問いに答えれば、向こうも問いに答えないわけにはいかない。
正技さんの目標――本当に目指しているものについて、少しでも情報が欲しい。
「そうだな……じゃあ、ここにいる一人ひとりが一つずつ質問するというのでどうだ。
それでも気になることがあれば、年度末試験の後に場を設けよう」
「いいですよ。それじゃあ正技さんからどうぞ」
「そうだな……少し考えさせてくれ」
正技さんはしばらく顎に手を当てて考えていたが、流れてきたマグロに気が付くと、ひょいとつかむ、微かに醤油に浸して、ぱくりと食べる。
そうか、そのマグロを食べるか……
「美味い。マグロ特有の血合いの臭み取りは完璧、赤味なのにどことなくトロを感じさせる油の甘みと、マグロ旨味が調和し口一杯に広がっていく」
唐突に食レポが始まった……真忠さんの方を見ると、照れたように苦笑いしている。
まさか、これが彼らにとって普通なのだろうか。
「では質問だ」
切り替えはやっ!
「マニピュレータの高速精密操作について聞きたい。
ある程度の出力を発揮しつつ、高速で動作するマニピュレータは、俺は見たことがない。その速さ……特に瞬発力について知りたい」
マニピュレータ操作……トルク操作属性についての質問だ。
意外だ。てっきり、反応速度について聞かれると思っていた。
「去年ウチの学校の卒業研究で発表された『トルク操作』属性を使ってます。
普通のマニピュレータは電気式なんですけど、それだとモーターの回転の加速とパワーが目標値に到達するまで時間がかかります。
車のギアをローから初めてハイに切り替える感じですかね。今回は目的の行動を数百ミリから数十ミリで完了しなくちゃいけないので、それだと致命的です。
対して『トルク操作』だと目的の速度に達するまでおよそ1ミリ秒。速度や力の制御は電気式よりも難しいですけど、瞬間速度を求めるなら『トルク操作』は非常に有用でした。
加えて関節部に直接回路を仕込めばいいので、電気式で必要な各種ケーブルや配線、モーターなんかも不要になるので、軽量化が狙え、衝撃による破損のリスクも減ります。
あとは……やっぱり発電してそれをモーターに流して動かすより、断然コスパが良いですね。
今回は大容量エーテルバッテリーを使いましたけど、長時間運用しないなら、小型のものを直接DAに装着しても運用できると思います」
とりあえず、思いつく限りを喋る。
あたかも『トルク操作』属性を使うことが最適で色々な考えの元造ったように喋っているが、別にそういうわけではなく、実際に使ってみて改めて感じたことを評価しているだけだ。
コスパや軽量化、破損リスクなんて設計時には考慮してなかったし……
ぶっちゃけて言うと、マニピュレータを探してて一番面白そうなのを使ってみたら上手くいった、というだけなのだから。
「…………なるほど」
正技さんは解ったのか解っていないのか曖昧な様子だ。
自分の得意な属性以外はからきしなのかもしれない。
DAMは多くの場合自分の持つ属性について理解する力が強く、興味も持ちやすいが、それ以外の属性については一般人と同じ程度だ。
どこの国のDAMAも優れた点を率先して伸ばそうとしていると聞くが、もう少し脇も固めた方がいいと思う。
現在聖教授が作成しているシステムで少しは解消されればいいのだが……
正技さんが隣に目線を送ると、真忠さんがコクリと頷いた。
真忠さんは、何となくわかったという事だろうか。
「とりあえず、『トルク操作』に関する資料はそちらに送っておきますので、良かったら目を通してみてください」
D-Segを使って、『トルク操作』の論文を正技さんと真忠さんの学生用アドレスに向けて送る。
「すまないな。
あと『トルク操作』なんだが、あれ以上の高速操作はできるのか?
年度末試験対策ではなく、開発中のDAに転用できるか知りたい」
開発中のDA……先ほど見た抜刀術の進化版だろうか。
「高速操作はできますが、問題が二点あります。
一つ、現在判明している回路では、速度と力がトレードオフになります。
トルクは力と速度で表せますが、両方を同時に増加させるのは難しいです」
眼鏡で中空にグラフを投影する。典型的なy=1/xの双曲線だ。
「こんな感じです。確かに速度と力を一対一にすることはできますが、その場合のパフォーマンスはあまり良くないです。
鈍八脚は速度を優先するために、パワーは最低限に調整しました。軽量化も行っているため、予想外からの方向からの力には弱いですね。
二つ目。結局は回転エネルギーのため、それ意外で使う場合はギアをかませる必要があります。
そうすると過度なパワー、速度に耐える構造が必要になります。
回転エネルギーで直接何かを動かすのは得意ですが、回転エネルギーを利用して何かを動かす装置に仕立て上げる場合、他の手段を探した方がいいと思います。
それらが全て問題にならない場合、理論上音速の数倍までは速度が出せるそうです」
モーターに直接タイヤを付けて回せば音速に達するかもしれない。
しかし、そのタイヤを生かすバイクを造るのは困難だし、期待する速度は出ないだろう。
それならジェットエンジンでも外付けした方が早いし確実だ。
「そうか……ありがとう。
俺の質問は以上だ」
正技さんは難しい顔をすると、お茶を一口すする。新型DAの設計に悩むのは、DAMAに通う学生も教師もよくあることだ。
設計中のDAの思想について聞けば少しは力になれるかもしれないが、恐らく彼はそれを望まないだろう。
俺もそんなことを考えながらグレープジュースを口にする。
市販のものより少し酸味が強く柑橘系の匂いが心地いい。一瞬だけ強い甘みを感じるが喉を通り過ぎることには甘みは消え清涼感だけが残っている。
……うん、これはグレープジュースじゃなくてグレープフルーツジュースだ。どのようなDAを使って味を変えたのだろうか。
見た目はグレープジュースのままなのに。
Is the Order a Sushi? - 了
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