第二十三話 敗者たち
「ありがとうございました!」
バブルスフィアが解除され首のつながりを確認すると、試合終了のあいさつをする。
グローリー・ノーサイド・ゴング……俺の好きな言葉だ。 どんなに激しくバブルスフィア内で殺し合おうと、バブルスフィアが解除されればそこには怒りも憎しみもない
今回は特によかった。
俺は突っ立っているだけだったが、貴重なデータが大量にとれたし、最後には正技さんの二つ名の由来となった技も見れた。
100点満点の勝利と言えよう。
「……平気か?」
正技さんが上から心配そうに見下ろしてくる。
確かに正技さんは185センチはあろうかという長身だが、上から見下ろされるのはそれが理由ではない。単純に俺が床に大の字になったまま動けないからだ。
何時もの死亡酔いだ。今日も今日とて首から下が痺れて全く動かず、目の前が霞み吐き気がする。
慣れたものだ。
先ほどまでの熱量が消えている分、楽かもしれない。
「大丈夫です。二、三分もすれば動けるようになるので」
「…………そうか」
正技さんは納得いかないのか、顔をしかめる。
正技さんは斬られたことがないだろうから、きっと死亡酔いも体験したことがないのだろう。
「何時ものことなので、心配いらないです!」
雪奈がトテトテと歩いてくると俺の枕元にしゃがみ、女の子座りすると、俺の身体をつかみ無理矢理膝の上に頭を乗せた。
「おい」
「こうするとすぐに治るんですよ」
雪奈が俺の頭を撫でながら、なぜかどや顔で言う。
おい、何時もそうしているように言うな。膝枕されたのは一度だけだろう。
「…………そうか」
正技さんはどことなく納得した顔になった。
隣では真忠さんが仄かに顔を赤らめ、口に手を当てている。
二人とも、何を考えているんだろうか。
「良いデータは取れたか?」
頭上から話しかけ続けることに拒否感があったのか、正技さんは俺の隣に正座する。
「はい。予想以上に良いモノが」
「そうか。動作確認も上手くいったみたいだな」
「そうですね……こちらも予想以上に上手くいきました。試合開始直後は10分くらいしか耐えられないかもと心配しましたが」
上手くいった一番の要因は、雪奈のリアルタイム修理だろうか。
昨日の夜に確認した時よりも、格段に速く正確になっていた。まさかとは思うが、昨日の夜や今日の昼間に練習してたんじゃないだろうか。
そう思いながら雪奈を見ると、雪奈はニコニコと笑いながら俺の頭を撫で続けている。俺が懸念を抱いていることに気が付いていないのか、それとも評価されてると感じているのか。
「10分くらいしか、か……」
正技さんが苦虫を噛み潰したような表情をする。
「こちらも、いい経験になったよ。
色々な問題が浮き彫りになった」
「それはよかった」
計画が崩れるので、問題の解消に取り組むのは年度末実技試験が終わってからにしてほしいが。
「お前たちのDAについて色々と話を聞きたいんだが……」
「今はちょっとまずいですね」
「まぁ、発表前の技術は守秘するのが普通だしな」
DAMAは多くの場合、一人ひとり全く違う研究をしている。とはいえ、発表前の技術について関係ない人に話すことは、様々な観点から推奨されていない。
まぁ、俺の場合は新規技術なんて使っていないから問題はないのだが、近々再戦予定がある相手になるべく手の内を知られたくない。今更ではあるが。
「次に会った時にでも話しますよ」
「次か……何時になるかわからんがな」
「いいえ、早いですよ。
次に顔を合わせるのは再来週。年度末実技試験の対戦者が、俺です」
「……なんだと?」
正技さんが大きく目を見開く。
やはりというか、正技さんは年度末実技試験の相手が誰かまだ知らなかったのだろう。
俺も年度末実技試験は初めてだし、そもそも普通科一年は期末実技試験も年度末実技試験も行わないため、対戦相手やルールなどについていつ知らされるのかは知らない。
「通りで……そういうことか……」
ブツブツと正技さんがつぶやく。
俺が対戦相手であることに、何か心当たりがあるらしい。
「いいさ、わかった。次に会った時を楽しみにしておく。
戦いも、DAの正体も含めてな。
そして次は、次こそは完全な形でお前の首を切る」
正技さんは立ち上がると、俺に手を差し出した。
「こちらこそ。
次に会った時はその首を掻っ切ってあげます」
やっと動くようになった腕を伸ばし、正技さんの手をつかんだ。
膝枕の終わりを感じた雪奈は、残念そうにしていた。なんでこの子は膝枕をするのがそんなに好きなんだろうか……
俺は正技さんの勧めで軽くストレッチをすると、道場を後にした。
俺たちを見送る真忠さんが、深々とお辞儀をしたのが印象的だった。
「なぁ、真忠」
道場の外まで良二たちを見送った真忠に声をかける。
「なんですか、正技さん」
真忠は心なしか、何時もより上機嫌のようだ。それも、道場破りの戦闘が始まった後からずっとだ。
「DFDを新調してもらった直後で悪いが、次のDAの制作をお願いしたい」
「調整ではなく制作ですね。解りました。
その鞘はお気に召しませんでしたか?」
俺は鞘に目を落とす。この新型DFDの肝と言える機能を発揮するDAだ。
新型DFDは二つのDAを組み合わせることで一つのDAとなる。
刀は空間切断機能を持ち万物を断つ。鞘は空間湾曲機能を持つ。通常どれだけ力を込めても刀が最高速に達する前に振り切ってしまうが、予め鞘の中を空間歪曲させ長距離移動させることにより、抜刀直後に刀は最高速に達する。
「いいや、良かったよ。想定通りの動きをしていた。だが、次はアレですら防がれると思った方が良い。
それに、アレじゃあ駄目だ。あれじゃあ、竜の首は落とせない」
祖父の成した偉業。人の身、一本の刀で竜の首を切る。俺がDAMAで再現したい、再現しなければならない技。
嘘か真か、祖父の刀は音よりも早く宙を走り、断たれた空間はそのまま刃となり竜の首を落としたという。
先ほどの剣速では音速の半分にも満たないだろう。祖父の技はまだ遠い。
「でもこれ以上の改良は……」
「解ってる。解ってるよ」
今の鞘の機能は、俺の力を十全に発揮するためのものだ。それが機能している以上、俺一人の力で今以上の速さを求めることは難しい。
元々、俺は自分だけの技術で祖父の領域にたどり着きたかった。しかし、入学して2年経ってもほとんど成長できていないという現実が立ちふさがった。
確かに剣術では勝ち続けたが、祖父の技術に届くイメージが全く湧かなかった。
そうしている内に思いついたのがこの鞘――空間歪曲式加速聖剣。造る予定はなかったのだが、真忠に原理を語ってみたところ制作を勧められ設計、実際の製造を真忠に依頼した。
試運転含め実際に使用するのは今回が初めてで、恐らく今回の道場破りがなければ使うことはなかっただろう。
しかし、だがしかし、あんなものを見せられては、俺の拘りなど馬鹿らしくなった。
「もういい。全力だ。俺と真忠の全てで、最速の剣技をあいつに魅せてやる」
「それでは……」
「アイデアはいくつもある。どんな手を使ってでも、俺は音速の剣に至ってやる」
俺だって男の子だ。格好良さを突き詰めた馬鹿な妄想など何度もしてきた。そしてここDAMAでは、その妄想を実現できる。
ならば造ろう。俺の、俺だけの聖剣。
「TD-DFD……今から二週間で完成させる」
次こそは、完全に勝ってやる。
None and Everyone is a Winner - 了
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