第二十二話 自称右腕は銀星の尾を見て手を伸ばす
「俺はDAMAトーキョー普通科一年。
聖研所属『常勝常敗』平賀良二。
そしてこいつが俺のDA。
思考制御式回転力制御型高速精密操作用副腕聖剣-鈍八脚」
良二さんの背中に展開された八本のマニピュレータが、正技さんを威嚇するようにグネグネと動く。
良かった……とりあえず起動と動作については問題なかったみたいだ。
眼鏡に浮かんだログを確認すると、鈍八脚の三番マニピュレータが、正技さんの攻撃をうまくいなしたという結果が表示されていた。
私には移動する正技さんの姿すらまるで見ることができなかったのに、凄い性能だということを改めて認識する。
『動作に問題は?』
すぐさま良二さんから連絡が入る。
『各部オールグリーンです!そちらはどうですか?』
『こちらの簡易表示にも異常は表示されてない。使用感もテストの時と同じだ』
良二さん側のシステムも問題なし。
後は問題が発生するまで待機して、問題が発生した場合、逐一対処していくことになる。
私たちがシステムのチェックを行っている間も、正技さんの猛攻は続いている。
とはいっても、私はどんな攻撃が行われてるのか全然目で追えない。
画面のログから攻撃を弾いたことがわかる程度だ。
「…………」
正技さんが一度離れて深く呼吸を整える。
今までも何度か見てるけど、これは彼の聖剣-蜻蛉切をクールダウンしているんだろう。
今までの攻撃は一番長くて5秒。多分それがDFDの最大連続稼働時間なんだと思う。
私の包丁くんよりも2.5倍も長い時間稼働できているということになる。
ちょっと……ううん、だいぶ悔しい。
稼働時間を延ばすためにどんな工夫をしてるんだろう。腰に差したずいぶんと大きい鞘が気になるけど、DFDとつながっている様子もないし、恐らくは関係ないだろう。
空間切断について、何時か正技さんと話してみたい。
それに対してクールタイムの時間はほとんど同じで、2秒程度。こちらは私とほとんど同じだ。
稼働時間を延ばせないのなら、こちらを縮めることで対抗するのはどうだろうか。
でも5秒間ずっと攻撃されたら、すぐに押し切られてしまう気がする。やっぱり、連続稼働時間の改善は必要かな。
正技さんのDAについて考えていると5分が経過し、初めて私の出番が訪れた。
『3番破損!修理を開始します!』
私のお仕事――情報更新を用いたDAの修理に着手する。DA-CADには鈍八脚の最新の状況が反映されているので、それをD-Segで遠隔操作したPCで修正していく。
修正は思考入力をメインにした感覚による大雑把な修正を、最初のデザインを元にアイズさんとCADの機能で補正して行うことになる。
壊れた部分を粘土のように延ばしたり滑らかにしたりして形を整えて、聖剣回路を貼り付け直す。最初のデザインからのコピペでどうにかすることはできない。
今回の破損はちょっとした歪みなので1秒もかからない。
『破損が予想よりも早いです。厳しくなりそうですね……』
『DAが新型にアップデートされてる。正技さんの学習速度も考えると、むしろ良く持った方だよ』
何回か繰り返したテストでは、初めの修理が必要になるのは8分が経過したあたりからだった。
そこから的確に修理を続ければ、20分程度持ちこたえることができた。
このままの調子だと、15分も耐えられないかもしれない……
『ごめん、これから負担が大きくなる』
続けて7番が破損。直ぐに修理する。
『大丈夫です!』
昨日良二さんが寝てしまった後、私はアイズさんに手伝ってもらいながら、ひっそりと部屋で修理の練習をしたのだ。
まだ付け焼刃からは抜け出せていないけど、昨日より倍くらい早く修理できるようになった。
実際にテストはしてないけど、昨日よりはもっと長く持ちこたえられると思う。
『それより、マスターは平気ですか?』
『何も問題ないよ。突っ立ってるだけだし』
『そうですか……』
素直に答えてくれないのが寂しい。
良二さんはただ立っているだけと答えたけど、私はそうじゃないことを知っている。
鈍八脚は身体を動かさない代わりに脳を酷使するため、使った後いつも顔を上気させてたし、毎回みかんで糖分補給を欠かさなかった。
ここ数日の目の下のクマだって、睡眠不足だけが原因じゃないことくらいわかる。
今日の午前に、良二さんに内緒でアイズさんに鈍八脚を仮起動させてもらったけど、起動後は頭痛と吐き気が凄かった。
良二さん専用にカスタマイズされていることもあるけど、身体的、精神的に負荷が強いのは良二さんも一緒だろう。
今も一見何もないように見えるけど、少し前から顔がわずかに紅潮してるし、D-Segでズームしてみれば脂汗をかいていることもわかる。
身体を確認すればもっと顕著だ。
良二さんに内緒で白衣から入手したバイタルグラフによると、体温39.5度、心拍数220。血圧も異常だ。
開始から今まで、全力で身体を動かし続けているのと同じだけの負荷がかかっている。
(アイズさん、D-Segに冷却機能ってありましたっけ?)
(ないね。どうしたの?頭痛かな?)
(いえ、良二さんの体温が高いので、熱さまししてあげられたらなって……)
きっと良二さんは耐えられるから問題ないと考えているんだろうけど、可能なら負担を減らしてあげたい。
(……マスターの白衣のバイタルチェック機能を参照できるようにしていたんだね。
データ確認。確かに排熱は考えていなかった。重要だね。今度それとなくマスターに伝えておくよ)
(お願いします!)
さすがに私からは伝え辛いから、アイズさんから伝えてくれるのは助かる。
今回は遅いけど、本番では快適に過ごしてほしい。本番までの宿題だ。
7番8番の歪みを直しつつ、3番6番の断線を修復。1番2番の回路は関節部ごと焼き付いてしまったのでまるっと取り換える。
目まぐるしく変わる状況に、モグラたたきのように対応していく。
戦闘開始から28分経過。
今までの記録を大幅に更新中だけど、それを喜んでる時間はない。
すでに全てのマニピュレータはまんべんなくダメージを受けていて、その場しのぎは何とか続けられているけど、今にもダムが決壊してしまいそうだ。
『ごめん、雪奈にばかり苦労をかけてる』
そう伝えてくる正技さんも体温は42度を超えている。どうやってるのか、顔には汗をかいていないけど、身体は汗でびっしょりになってるだろう。
『平気です!むしろ、こんないっぱいの仕事を割り振ってもらえてうれしいです!
でも、ごめんなさい、そろそろ限界です……』
[!!!ERROR!!!][!WARNING!][!!!ERROR!!!][!WARNING!]
[!!!ERROR!!!][!!!ERROR!!!][!WARNING!][!!!ERROR!!!]
泣き言をいうのと同時に、5番と6番のステータスがエラーになる。
『247の修理優先!56の代わりに2番で受けて』
『了解です!エラーはもう直せる余裕ないです!』
エラーが5つになったのは初めて。良二さんの指示的に動かせるマニピュレータを最優先するとなると、そちらのケアに全力を注ぐことになり、エラーとなったマニピュレータを修理することは出来なくなる。
『CPU使用率98%。仮想電脳領域の拡張許可が欲しいな』
アイズさんからの報告。良二さんの体温が上がっているのは、CPU使用率に関係があるのかもしれない。
『これ以上は流石に怖い。止めて』
もし良二さんが拡張しようとしても、私は止めるつもりだった。
これ以上良二さんの脳に負担がかかると、戦闘継続どころではなくなり倒れてしまう。
[!!!ERROR!!!][!!!ERROR!!!][!!!ERROR!!!][!!!ERROR!!!]
[!!!ERROR!!!][!!!ERROR!!!] [DEAD] [!!!ERROR!!!]
2番4番のマニピュレータがエラーとなり、7番が機能停止になった。
一瞬だった。何が起こったのかわからず呆然とする。
『7番修復!』
『ごめんなさい!流石に無理です!』
私にできるのは傷をふさぐだけ。完全に壊れたものを直す技術力はない。
『ガワだけでいい!相手が警戒するからその間に他を直してくれ!』
『――了解です。10秒あれば、なんとか』
応えた後、大きく息を吸って止める。
大丈夫。私なら、できる。良二さんが期待してくれたんだから、絶対にやる。
涙目になりながら、頭を動かす。
問題は材料が足りないこと。今の自分の知識と技術だと、切り飛ばされ無くなった質量分はどうやっても補填できない。
なので、7番マニピュレータの内部をありったけ取り出し、素材の性質と形状を変え、見た目をそれっぽく取り繕う。
中身がすっからかんになってしまうが、どのみちこれ以上動かすことはないので些細なことだろう。
『修理できました。関節を動かそうとすると折れるので注意してください』
なんとかそれっぽいものはでっち上げたけど、酷い出来だ。
よくよく見ると、形が全然違ってる。でも、色とシルエットが同じだと案外気が付かないと、プラモの改造情報を見た良二さんが言っていたから、もしかして騙せるかもしれない。
『ありがとう。他の修理はいいや。撤収の準備を始めてくれ』
事実上の降伏宣言。
『……了解です。お疲れさまでした!』
大きく息を吐く。頑張った。正技さんの必殺技が見れなかったのは残念だけど、それ以外は100点満点だと思う。
でも、すごく悔しい。
何故だろう。元々、絶対に勝てない戦いだったのに。
『おつかれー。精々派手にぶった切られるから見ててくれ』
良二さんが軽口をたたく。
『高精細カメラによるハイスピード撮影はばっちりです!あとで鑑賞会を開きましょう!』
私はこぼれそうになった涙を拭うと、軽口で返す。
そして次の瞬間。
目の前を銀色の光が通り過ぎた。
「……え?」
一拍置いて良二さんの首がゴトンと床に落ちる。ここ数日の見慣れた光景。
まだ何が起こったのかわからないけど。
それでも悔しくて悔しくて。
そして、その一閃があまりにも綺麗だったから、私は思わず手を伸ばした。
正技さんの二つ名――瞬きの一文字。それは瞬きのごとき速さの攻撃ではなくて、瞬きを許さない軌跡。
綺麗。美しい。だから欲しい。
これが探求心というものなのだろうか。
私と良二さんで、絶対にその技を再現してみせる。
The Most Valuable Defeat - 了
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