第二十一話 舞台裏の裏舞台
プロローグ_1~2に該当する箇所の、良二くん視点となります。
まだ読んでいない方は合わせて読んでいただけると幸いです。
何時もより一時間ほど早く眼が覚めた。
頭の中はスッキリ爽やか。首を回すといつもより筋繊維が柔らかいことを感じる。
疲れはない。万全だ。
一つ気になるのは、昨日の夜、雪奈からもらったチョコレートを食べた後の記憶がないことだが。
味については覚えているのだが……
まぁ、今の状況から察するに、疲れて眠くなったので、パジャマに着替えてベッドに入った後、すぐに寝てしまったんだろう。
「そうだろう、アイズ」
「うん、そうだね。
ちなみに身体の調子がいいのは、雪奈が作ったチョコに『強制疲労回復』の聖剣回路が組み込まれていたからだね」
最近可食性の回路が開発されたと聞く。捌いてすぐの魚に聖剣回路を刻むことで、味を維持したまま長時間保管できるとか。
つまり、食べても何も問題ないチョコなのだろう。
「強制疲労回復」の「強制」が気になるが。
「身体の調子が悪そうだったからね。雪奈が心配してたんだよ」
「む。それはすまないことをしたな……」
大切な娘さんを預かっているのだからと、雪奈についてはなるべく負担をかけず、好きなことをしてもらおうと考慮していたつもりだったが、そのせいで自分が背負いすぎて逆に心配をかけてしまったようだ。
もう少し余裕を持ち、雪奈にも頼るようにした方がいいかもしれない。
少なくても、一年前の自分なんかより、よほど頼りになるのだから。
「お礼しないとなぁ……ホワイトデーに何を用意するか」
そんなことを考えながら、俺はシャワー室に向かうのだった。
決戦(の前段階)は金曜日。放課後、待ちに待った道場破りを開始する。
「ところで、道場破りって何か作法はあるんですか?」
授業が終わり、麗火さんに一報入れた後、俺は一度研究室に戻り雪奈と落ち合うと、正技さんのいる道場へと足を向けた。
道中他愛もないことを喋っていると、雪奈から質問を受けた。
「俺も道場破り初めてだし、知らないなぁ……」
渡された道場破りの動画は戦闘開始直前からのものだったため、実際に道場破りを申し込んでいる姿は確認できなかった。
「とりあえず、不遜な感じでハッタリをかませばいいんじゃないか?
自信満々な感じでポーズ取ったり」
「ポーズですか?こんな感じかな……」
雪奈が両手を構えたポーズをとる。
身体を動かすのに慣れていないからか、腰の入っていない、どことなくヘニャっとしたポーズだ。
うんうん、可愛いね。
「どうせなら、二人で合わせてポーズをとってみましょう!」
「えぇ~……」
俺は勘弁してほしいと雪奈に目で訴えかけてみるが、雪奈は俺の視線に何も感じなかったようで、逆にキラキラとした目でこちらを見つめてくる。
……仕方がない、観念しよう。
俺の恥なんて、今しか得られない雪奈の素敵な思い出と比べたらゴミみたいなものだ。
まぁ、後々雪奈にとっても恥ずかしい記憶になると思うが……
道すがら雪奈とポーズを練習する。
帰宅途中の生徒たちから怪訝な表情で見られたが、この学校ではそれなりによくあることなので、みんな華麗にスルーしてくれた。
「私、あれやってみたいです!扉を思いっきり開けて『たのもうっ!』ってやるやつ!」
一通りポーズを確認した後、雪奈から追加の要望を受ける。
「……うん、やりたいなら任せる。頑張ってくれ」
もう、反応する気力は残っていなかった。
そうこうしている内に目的の道場に到着する。
「初道場破り……緊張しますね!」
雪奈が両手を強く握り、ごくりと喉を鳴らす。
「緊張しているときは、リラックス効果のある聖剣回路を手のひらに書いて飲むといいらしいぞ」
「なるほど、それは効果ありそうですね!」
雪奈は一度中空を見つめると、残念そうな表情で手のひらに「つるさんはまるまるむし」を描いた。
どうやら手のひらに描けるリラックス効果のある聖剣回路が見つからなかったらしい。
まぁ、どのみち聖剣回路は専用の設備なり道具なりがないと書けない。
「それじゃあ行きます」
落ち着いたのか、雪奈が覚悟を決めた表情で道場の扉に手をかける。
「たのもうっ!」
雪奈が大声とともに扉を開く。
扉の内側、道場の中は体育館と比べるとだいぶ狭いが、それでも十分な広さがあるように思える。奥に研究室があることを考えると、一つの部活で使用する部室としては最大級だろう。
その中心に二人の生徒がいた。
一人は男性。鼻筋が通った顔立ち。切れ長の瞳に青白い長髪を後ろで束ねている。剣道着とは違う、時代劇で見るような濃紺の袴が良く似合っている。
もう一人は女性。ボリュームのある、少しぼさっとした赤味掛かった黒髪を後ろで三つ編みにしている。男性と同じく袴だが、こちらはいわゆるハイカラさん。上は紫の矢羽根柄で、下は男性とお揃いなのか、濃紺の袴だ。
小豆色のラウンド型の眼鏡が彼女の雰囲気とマッチして、どことなく素朴な雰囲気を与えている。
男性はここ数日動画や手合わせで何度も姿を見た藤原正技だ。
女性の方はあまり情報がないが、正技さんの相方の聖剣鍛冶師である三木谷真忠だろう。
袴はDAMAトーキョーの制服の一つだった覚えがあるが、色や形が違っていたはずだ。部活動としてのユニフォームだろうか。
二人によく似合っている。
気になるのは正技さんが持っているDAだ。おそらくDFDだと思われるが、動画で見たよりも鞘が大きくなっている。新作だろうか。
「道場破りに伺いました!受け付けはこちらで間違いないでしょうか?」
雪奈が直前とは全く違ういつもの調子で真忠さんに話しかける。
「道場破りの希望者ですね。
はい、受け付けはこちらで合っております」
その様子に真忠さんは困惑しているようだ。
多分俺でも同じ立場なら困惑するだろう。
真忠さんに招き入れられ、雪奈と一緒に道場に入る。靴を脱ぎ、一緒に靴下も脱ぐ。床暖房ではないらしく、冬の道場は足に冷たい。特注の制服も冷たい程度なら保護してくれない。
雪奈と一緒に道場の中心に向かう途中、正技さんに目を向ける。
『イケメンだな……』
女形が出来そうなほどに整った甘いマスクに怜悧な瞳。刀と袴が似合う美青年。この間のバレンタインでは俺の25倍くらいの数のチョコ――しかも本命を貰ったことだろう。
しかしいいのだ。俺は昨夜雪奈から意識が朦朧とするほどのチョコを貰ったのだから。
『キレイですね……!』
脳内チャットした覚えはないが、心の声が漏れていたらしい。
『雪奈はああいうのが好みなのか?』
『芸術作品……素晴らしい彫刻を見てるような感じです。動画で見たときよりも圧というんでしょうか……情報量が凄いですね。
多分、私の妹は大好きだと思います。
私は……マスターも素敵だと思いますよ?』
明らかに気を使われてる。しかもルックスの話をしていたのに、素敵という内面の話にすり替えられている。これはつまり……いや、考えないでおこう。
『何にせよ、俺は彼との仲なんて認めませんからね!
ああ見えて首を斬るのが趣味の危ない人なんだから!』
この二週間で何度彼のダミーに首を斬られたことか。
保護者代理として彼の嗜好は看過できない。
『そうですね……顔が良いのなら、首だけになった方が見栄えが良いかもしれません!
本番ではあの首かっ切ってやりましょう!』
雪奈の妙なスイッチが入る。俺は偶にこの子が怖い。
『あと、もう一人の方なんですけど……』
『ああ、凄くデカいな……』
まさか、身体をフラットにする袴姿であそこまで強調するとは……
一学年違うとはいえ、まさか麗火さんよりも
『マスター?私は彼女が正技さんの相方の鍛冶師なのかなって聞きたかったんですけど』
雪奈が無言の半眼でこちらを見てくる。
『いや、でも気になるだろう?あのデカリボン。髪を束ねてる』
そう、まさか麗火さんのかんざしよりも目立つとは!
『本当ですか?素敵なお胸に見惚れたんじゃないですか?その首に誓えますか?』
雪奈の妙なスイッチが入る。俺はちょくちょくこの子が怖い。
「お名前と所属名を頂戴してもよろしいでしょうか?」
雪奈に睨まれ万事休すかと冷や汗を流していると、奥の研究室から真忠さんがタブレットを持って返ってきた。
俺がチャットを切ると、雪奈は真忠さんの方に向き直り、にこりと笑う。
切り替えが早い。研究者としていいことだ。
「名前は平賀良二です!所属名は……」
「ちょっと待ってくれ」
受付を進めようとする雪奈に正技さんが待ったをかける。
「道場破りは予め剣聖生徒会の承認が必要だ。だが、俺は何も聞いてない」
それはおかしい。
俺はちゃんと剣聖生徒会に依頼をしたし、ちゃんと許可証も受け取っている。
「いや、問題はないはずだぜ」
俺は指を鳴らすと中空に許可書を表示し、それを真忠さんの方に投げ、同時に無線通信でタブレットに対してもデータを送る。
何時もは雪奈とのやり取りしたしていないので不要だが、テキストデータや画像を中空に表示させるのは「光学」属性を用いた素敵な眼鏡の基本機能である。
今回は道場破りのためハッタリを効かせたくてやってみた。やはり電子データを無意味に中空に表示させて投げるのはとても格好いい。
「承認の確認取れました。確かに今日、この時間が指定されていますね」
やはり麗火さんの仕事は問題なかった。もしかして、どこかで行き違いでもあったのだろうか。
「所属名は……【良二と雪奈と素敵な眼鏡】ですか……?」
真忠さんは怪訝そうな反応をする。この反応に俺はピンと来て間髪入れず雪奈にメッセージを送る。
『行くぞ!ここだ!』
『了解です!』
反応が早い。雪奈もこのタイミングがベストだと思ったのだろう。
「そう!俺と!」
先ほど道中で決めたポーズをとる。
「私と!」
雪奈もポーズをとる。
「素敵な眼鏡!!」
ポーズを取り終わると同時に眼鏡が輝き、後ろで爆発が投影された。
打ち合わせはしていなかったが、素敵な眼鏡様が素晴らしい演出をしてくれた。ありがとうアイズ。
俺たち三人の決めポーズに心を奪われたのか、正技さんと真忠さんが呆然としている。
『上手くいきましたね!』
雪奈から喜びのメッセージが届く。上手くいったのだろうか。俺にはわからないので、後でアイズが録画していただろう動画を確認して判断しよう。
「あの、正技さんどうしますか?」
正気に戻った真忠がおずおずと正技さんに話しかける。
「……問題ない。ルールは?」
突然押し掛けた形になってしまったが、彼の予定は空いているようだ。
良かった。日を改めてとなっていたら、今日に間に合わせるために、急ピッチでDAを作成したのが無駄になるところだった。
「DAは一つ。種別制限は近接のみ。補助装備アリ。最大魔力出力量およびエーテルバッテリーの上限なし」
基本的にルールは挑戦者側が指定できるが、道場の所有者側でもいくつかルールを指定できる。
正技さんの道場で指定されている基本ルールは二つ。『種別制限は近接のみ』『空間切断の使用可』だ。
こちらとしては『身体強化魔法使用不可』『反応速度向上魔法使用不可』『最大魔力出力量上限あり』等のルールを指定すれば少しは楽になったのだろうが、それでは意味がない。
そもそも、本番の年度末実技試験では教師側がルールを設定するため、本番を見越して設定するべきだ。
ちなみに、基本的に使用できるDAは自作のものだけだ。例えば、素敵な眼鏡はDAとして使用することはできない。
これは強力な既製品を持ち込むことを規制するためであり、既存の設計図を流用したDAを使用する場合も、ある程度のカスタマイズが求められる。
そのため、D-Segは「補助装備」として持ち込んでいる。同じく既製品のDAである制服と同じ扱いだ。
「了解、こちらも異存はない。だがいいのか?このルールだと俺が有利になるが」
「問題ないさ。
こちらは首を切られるために準備してきたんだ。
一片の余力残さず全力で、渾身の剣技を見せてくれ」
この二週間の成果を確認するためには、正技さんにも全力を出してもらわなければ困るのだから。
「ずいぶんと余裕だな。せめて5秒は持ってくれ――
……え?」
俺の挑発に困惑した正技さんを尻目に、アイズが道場にアクセス、バブルスフィアを展開する。
持ち込んだ魔法情報メモリから情報が読み取られ、俺の背部にDA、足元にはエーテルバッテリーが展開される。
『DA展開完了。D-Segとの同期完了。
各可動部チェック……オールグリーン。問題なし。
仮想電脳領域展開開始。これより、マスターの腕部に制限がかかります。よろしいですか?』
『OK』
『仮想電脳領域展開完了。クローンアイズインストール完了。学習データインストール完了。
DAを起動します……』
アイズによるDAの自動セットアップが起動する。俺の仕事はOKを連打するだけだ。
『各疎通チェック……オールグリーン。問題なし。
DAの起動を完了しました。
それでは、ご武運を』
背後からDAの起動音が聞こえ、両手の感覚が消える。
「さぁ、楽しい楽しい試験の時間の始まりだ!」
さあ行こう、鈍八脚。
お前と、彼の限界を教えてくれ。
Prologue_Origin - 了
戦闘開始(戦闘するとは言っていない)
お読み頂きありがとうございます。
この小説を読んで、
・興味がある
・続きが気になる
・私ならもっとDAを上手く扱うことができる
・なんでも聖剣ってつければいいと思っていない?
等感じましたら、以下の聖剣を活用していただけると幸いです。
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上記聖剣には作者のモチベーションを向上させる効果が確認されているため、是非よろしくお願いいたします!
ただし感想聖剣については作者の絹ごし豆腐のメンタルに致命的な損傷を与える可能性が指摘されているため、ご配慮いただければ幸いです。