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第二十話 敗戦前夜

「終わったぁ……」


 木曜夜十八時二十三分。

 一通りの動きをチェックし、何とかダミー正技さんにある程度対応できることを動作確認した。

 ただ、持って十分。それ以上はDAの損傷によるが、おそらくは長くは持たないだろう。


「お疲れ様です!」


 研究室から出た俺を、雪奈が笑顔で迎えてくれた。


「夕食ですよ!

 今夜は願掛けでカツにしてみました!」

「いや、明日はまだ勝つ予定はないんだけど……」


 明日の目的は動作確認と情報収集だ。

 どれだけ通用するのかを本人を相手に確認して、来月初めに実施される年度末実技試験に向けて調整を行う。


 食卓に行くと、すでに聖教授が席についていた。

 トンカツも揚げ立てで美味しそうだ。

 きつね色というには少し焦げている気もするが。


「そのままでも美味しいと思いますけど、お母さんに分けてもらったこの秘伝のソースにつけると、もっと美味しくなると思います!」


 雪奈が自信たっぷりに言う。

 シェアハウスに来た直後は危なっかしくて揚げ物なんて任せられなかったが、今では一人で料理できるようになった。

 まぁ、白衣と学ランの防御効果があれば油跳ねはもちろん、湯だった油に手を突っ込んでも無事なのだろうが。


 俺と雪奈も席につき手を合わせる。


「「「いただきます!」」」


 普段ならサラダから手を付けるが、今日は雪奈がジィっとこちらを見ているのでとんかつから手を付けることにする。

 まずはソースをつけずに一口。

 あえて薄くしてある衣は薄いながらもその存在感を失わずさっくりとした触感を伝え、中の豚肉は何か特別な処理をしたのだろうか、いつも食べるものよりも柔らかく、噛むたびに肉汁があふれる。

 きちんと下処理されているため、味が薄いということもない。

 焦げ臭い香りをかすかに感じるのはご愛嬌か。

 次にソースに浸して一口。いつも使っているソースと比べ、フルーツの香りを強く感じる。

 ソース特有のしょっぱさと甘みが、肉のうまみをより引き立てている。


「うん、美味しい」


 俺と教授の反応を見てパァっと笑顔を咲かせると、雪奈はようやく自分の分にも箸を伸ばした。



「それで、上手くいっているのか?

 昨日も遅くまで作業してたみたいだが」


 食事が終わり一息ついていると、教授が話しかけてきた。


「ええ、何とかギリギリですけど、形になりました。間に合わせですけどね」


 結局昨日は一睡もしていないし、今日も授業中にちょくちょく作業を行っていた。


「マニピュレータ計算の方は上手くいったんですか?」


 直近で手伝ってもらえる作業がないため、雪奈には昨日からの進捗を伝えていなかったな。


「そっちは上手くいったんだけどな。

 アイズの防御行動の計算の方がうまくいかなかった。

 普通の攻撃なら確実に防げるんだけど、三秒以上連続して攻撃が続くと三対六腕だと手が足りなくなった」

「それでどうしたんですか?」

「単純に腕を一対足したよ。

 それでとりあえず5秒までは対応できるようになった」


 四対八腕。俺の腕も合わせると十腕。

 最終的にカニがイカになったな。


「そしたらまた問題が発生してな……

 仮想電脳領域が足りないと言われて、仕方がないから両手の制御してる部分まで持っていかれた。

 どうせ両手使えてもやることないだろうってな」

「えぇ……」


 雪奈が少し引いている。

 逆に教授はニマニマ笑いながらチューハイを飲んでいる。

 生体コンピュータ化が進んだことが楽しいのだろう。このMAD-DAMめ!俺もだ!


「そこまでやってようやく十分耐えられるようになったよ。

 それ以上はDAの損傷で動きが鈍くなって押し切られる。

 一つが警告(エラー)になるか、三つくらい注意(ワーニング)状態になると駄目だな」

「ん?軽度な損傷ならリアルタイム修理すればいいんじゃないのか」


 聖教授が怪訝そうに眉を顰める。


「リアルタイム修理?」

「知らないのか?バブルスフィア内の器具は、外部からの情報操作である程度修理できるんだよ。

 いわゆる想定外操作(ウラワザ)ってやつだけどな」

「初耳なんですが……」

「あたしの時代なんかは結構みんなやってたけどな。フィールドバトルで隠れてる間に修理したり改良したり……」


 聖教授の指が虚空をなぞる。

 眼鏡(D-Seg)の操作をしているのだろう。

 思考操作だけでも動かせるが、直接指などで操作することもできる。


「ああ、今でもできるな。

 リアルタイムアップデート扱いになってるが。

 もちろんルールによっては禁止されてるけどな」


 リアルタイムアップデートで修復か……その考えはなかった。


「ほら、情報送ったぞ」

「届きました!」


 俺と雪奈のD-Segにリアルタイムアップデートについての仕様/定義/操作方法などの情報が届く。


「結構面倒そうですね……でもアイズさんに手伝ってもらえばそうでもないのかな?」

「僕はDAは専門外だね。汎用DAをコピペで量産することならできるけど、精密な聖剣回路の設計と修復は対応外」

「正常な回路を上書きしなおすのは……ああ、骨格の歪みとかを考慮して再設計しないといけないのかぁ」


 アイズは自分にはできないと言い、雪奈は悩んでいる。

 俺はやれと言われればやれるだろうが、そこまで手が回らないだろう。両手が動かせないだけに。


「いけそうか?リアルタイムと言っても、数秒で対応しろとは言わないから」

「えっと……私でもなんとかできるかもしれませんが、修理は結構時間を貰うと思います。破損が大きいと直せないみたいですし……

 ちょっと勉強してから、実際に動かしてみましょう」

「了解。洗い物は俺がやるから、その間に勉強してて」


 今日はもう休めるかと思ったが、今夜も遅くまで作業することになりそうだ。








「そろそろ上がるか」


 木曜夜二十二時時五分。

 雪奈がリアルタイムアップデートをある程度機能させられることが確認できたため、終了を伝える。


「もういいんですか?

 頑張ればもう少し早くなりそうなんですけど……」

「いや、いい。長く作業して明日に疲れが残っても本末転倒だしな」


 雪奈の成長速度は予想以上だった。これなら明日もある程度は戦えるだろう。

 なにより、改めて考えてみると、これ以上雪奈に遅くまで起きててもらうことに俺が耐えられない。

 中学生は週末以外は起きてていいのは夜の十時まで。俺はそう教えられて育ったのだ。


「それじゃあ、あとは明日の放課後に道場破りに挑むだけですね!」


 雪奈と一緒に研究室を離れリビングに向かう。

 コタツに入ると、雪奈がキッチンの方に歩いて行った。

 お茶でも入れてくれるのだろう。良い子だ……


「ああ、さっき麗火さんから道場破りの承認も届いてたしな」


 改めて承認の許可証を確認する。

 名前良し。対象良し。理由良し。所属名は……なんだこれは。


「良二と雪奈と素敵な眼鏡……?」

「前にマスターが自分で名付けてるよ」


 俺の疑問にアイズが答える。

 そんなことあったか?……あったような。

 前に麗火さんから所属名の問い合わせのメールが来てて、『独立強襲型生活革新委員会』の名前は出さない方が良いだろうから、適当に答えた覚えが……

 今考えると聖研究所でよかった気がする。


「まあいいだろ。アイズは素敵な眼鏡だし」

「そうですね。アイズさんは素敵な眼鏡でこのDAの要ですし」


 キッチンから雪奈の声が聞こえる。

 所属名に拘りがないのか、雪奈も不満はないようだ。


「まぁ、所属名は来月の本番までに決めるとして……一つ重要なことを忘れていた」

「重要なことですか?」


 雪奈がキッチンからお盆を持って帰ってきた。


「ああ、今回使うDAの名前。まだ決めてなかったな。

 雪奈は何かいい案があるか?」


 今回のDAは、試しで作った包丁くんシリーズを除くと、雪奈が初めて本格的に作ったDAだ。

 なるべく彼女の意に添えたい。


「そうですね……」


 彼女は悩みながら、俺の前に紅茶とチョコを置いてくれる。


「……なまくら」

「なまくら?」

「はい。

 その……今回、空間切断の機能を持たせられなかったのが悔しくて……

 それに、このDAの先端は鉈になってますけど、攻撃能力が全くありませんよね?

 なので何も斬れないなまくらがいいかなって」

「何も斬れない、そして斬らせないためのなまくらか……

 いいね。じゃあそれに特徴的なマニピュレータを合わせて、この名前で行こう」


 雪奈のD-Segに名前を送る。



 思考制御式回転力制御型高速精密操作用副腕聖剣-鈍八脚(ナマクラハッキャク)



「いいですね……いいと思います!」

「よし!これで仕事は完全に終わり!

 ……それで、このチョコはなに?」


 さりげなく自然にすっと出されたので、気が付くのに時間がかかった。

 一口サイズのハート形をしたダークブラウンのチョコを、星形の金箔が彩っている。

 ハートも星も、少しだけ非対称になっていることからして、手作りだということがうかがえる。


「DAチョコです。バレンタインの。

 遅れちゃいましたけどね」

「チョコは一緒に作って、一緒に食べただろ?」

「そうですけど……お世話になっている大切な人のために一人でひっそりとチョコを作るのって憧れてたんです」


 詳しいことはよく知らないが、雪奈は身体が弱く、ほとんど学校に行くこともなかったらしい。

 此処で毎日食事を作ってくれるのは、当時やりたくてできなかったことを、身体が動くようになって、ようやく実行に移すことができるからだ。

 誰かのためにチョコを作るのも、それと同じ理由だろう。


「……迷惑でしたか?」


 雪奈が心配そうに、上目遣いで尋ねる。


「いいや。ちょうど糖分も欲しかったしな。

 ありがとう。いただくよ」


 鬼じゃあるまいし、少女からのチョコのプレゼントを断れるはずもない。


 この間も一緒に作ったのだ、形はともかく味は問題ないだろう。

 折角心がこもっているのに食べなければいけないことをちょっと残念に思いつつも、そのハート形のチョコを口に運ぶ。

 写真も撮りたかったが、それをするのは野暮だろう。

 チョコをゆっくりと味わう。外は少し硬めで甘さ控えめ。外殻を砕くと、中は蕩ける生チョコレート。

 甘く、絡みつくようにねっとりとしていて、心まで蕩けるような、意識まで蕩けるような……


「少し、聞き逃してたことがあるんだが……」


 雪奈からの手作りチョコにチョコっと動揺したため、ついスルーしてしまった。


「DAチョコの、DAって何?

 湯せんに、DAでも、使った、の?」


 なんだか、すごく、ねむたく……


「手作りチョコの隠し味を尋ねるのは、マナー違反だと思いますよ?」


 せつなが、てれたように、にっこり、わらう。


「かくしあじ……ああ、あいか……」


 しこうが、まとまらn


「お休みなさい。今日くらいはゆっくり休んでくださいね」


 ほわいとでー は あいの さんばいがえし だな





 Very Sweet Dreamy Sweets - 了



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