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第十八話 青春の甘さと苦さを味わって

 睡眠学習は個人的には問題なしと判断したので続けたが、帰ってきた翌日の月曜日の朝に俺の顔を見た雪奈に禁止されてしまった。

 バブルスフィア内だから、たとえ脳に影響があっても戻る、体調も問題ない、疲れも取れてる等説明したが聞き入れてもらえず、危うく無理矢理休みにさせられるところだった。

 仕方がないので睡眠学習は中止することで、学校に行くことは許可してもらえた。

 今日は休むことはできない。

 なぜならバレンタインデーだからだ。


 別にチョコを期待して行くわけではない。俺は配る側だ。

 昔妹にチョコづくりの手伝いを頼まれた際に余ったチョコを周りに配ったのだが、その時に気が付いたのだ。

 こちらから配ると、お返しでチョコを貰えることが多いと。純度100%義理チョコだが、例え義理チョコでもチョコはチョコだ。

 その時に貰えなくても、ホワイトデーにお返しをもらえることもあった。

 例え誰からも貰えなかったとしても、自分で作った手作りチョコを誰かからもらったと言い張るという手もある。

 というわけで、毎年妹を手伝うついでに自分のチョコを作っていた。


 今年は妹はいないが、代わりに日曜夕方に帰ってきた雪奈と一緒にチョコを作った。

 ガトーショコラやトリュフをはじめ、チョコクッキーにチョコタルト。チョコが嫌いな人のために、大剣担いだジンジャーブレッドマンも作ってみた。

 何時もは多くて二種類しか作らないが、雪奈が乗り気だったため、色々な種類にチャレンジすることになったのだ。

 自分たちの分はベーシックなチョコレートケーキ。冷蔵庫の中で、放課後まで待っていてもらう。


 普段お世話になっている同級生を初め、この一年間で世話になった先輩や教師にも渡しておく。

 あとはチョコ交換を提案してきた女子たち、教室の外からじっと手元のチョコを見てた顔見知り程度の上級生、廊下で出会ってチョコくださいっ!と言ってきた見知らぬ女子、可愛らしく甘えてきた女装男子、中二病を拗らせたイケメンの親友、チョコゾンビになった男子生徒等、手あたり次第配った。

 ちなみに中身は味も形もランダムだ。ジンジャーブレッドマンだけわかるようにしてあるが。

 最後に脳内チャットで放課後校舎裏に呼び出した麗火さんと例年通りチョコ交換をして、合計50個用意したチョコとジンジャーブレッドマンはなくなった。

 交換率は30%。手元には15個のチョコが残った。だいぶ満足のいく数だ。一口チョコが半分を占めるのには目を瞑ろう。


 こうして自作の余りも含めてかなりの量のチョコが集まったが、それらはすぐに魔力となって消費される運命にある。

 摂取した糖分は、およそ3時間以内に魔力を消費する場合、優先してカロリーとして消費されることが近年の研究で分かっている。

 そのため、DAMAではよく食べよく魔力を使うスマートな体系の女子生徒たちをよく見る。

 おそらく5年以内に魔力消費ダイエットは一般市民にも多く広がっていくだろう。




「チョコケーキを作ったのは初めてですけど、美味しく出来てよかったです!」


 放課後麗火さんにチョコを渡し終えて家に帰ると、チョコレートケーキを食べながらコーヒーを飲み、一息つく。

 個人的には少しくちどけが悪かったが、雪奈が喜んでくれたのなら満足だ。

 ちなみに聖教授は会議があるとかで帰ってくるのは夜だ。一人さみしくチョコケーキを食べながらビールを飲むことだろう。


「それで、面接の方はどうだった?」

「かなり緊張したけど、ちゃんと話せました!」

「質問とかされなかったか?」

「マスターが想定してた質問だけだったので、ちゃんと答えられました。

 マスターが面接の訓練をしてくれたおかげですね!ありがとうございます!」


 雪奈がぺこりと頭を下げる。

 ちゃんと答えられたのなら良かった。内容的にも合格は間違いないだろう。

 ただ、面接の訓練をしていたこともあり、雪奈の進捗は止まったままだ。

 いや、切れ味異次元包丁くんが切れ味超次元包丁くんに進化した時点ですでに最初のノルマは達成していたし、翌日にはさらに改善した結果を見せてくれたが、そこで頭打ちとなってしまった。

 連続稼働時間は2秒まで伸びたが、それ以上は聖剣回路を工夫しても性能はほとんど向上しなかったらしい。

 これ以上は何か特別な対応が必要になってくることが予想されるが、今は時間がない。


「雪奈、すまないんだが、今日から包丁くんの改善は置いておいて、マニピュレータの関節部分を造って欲しい。

 頼めるか?」

「……わかりました。

 ごめんなさい、力になれなくて」


 満面の笑みでチョコレートケーキを食べていた時とは打って変わり、しょんぼりとして頭を垂れる。


「いや、十二分に役に立ってくれたよ。むしろ問題は俺の方でな。

 今の学習速度だと当初予定してた『切り払い』がなんとか実装できる程度だと思う。空間切断が機能すれば確かに切りあうこともできるけど、今の実装速度だと切りあう機能は持たせられない。

 つまり例え空間切断が10秒間連続稼働できるようになったとしても、それで切りあう余裕がないんだよ。

 だから、より重要なマニピュレータの関節部分を完璧に仕上げたい」


 追加で入手した練習風景と奥義書を確認したところ、当初想定していた動きでは対応が間に合わないことが分かった。

 機能の改善が必要になったため、切り合いの機能を持たせる余裕は全くない。

 ただ、作業は増えたが、今の時点で明らかになってくれて助かった。

 もう少し遅ければ間に合わずに一分も持たずに首が飛ぶことになっただろう。


「……わかりました!全力で力になります!!」


 顔を上げた雪奈が目を輝かせる。


「期待してるよ。雪奈なら完璧にトルク制御属性を制御できると信じてる」


 雪奈は俺なんかよりも魔力操作に関するセンスが良い。

 繊細な操作が必要になるマニピュレータの設計は、俺よりも雪奈の方が何倍も向いているだろう。


「今までの設計に関してはアイズから情報を受け取ってくれ。トルク制御に関する情報もね」

「アイズさん!よろしくお願いします!」


 俺はチョコレートケーキの最後の一口を食べ終わりコーヒーを飲み終わると、ちゃっちゃと洗い物を済ませ、自室に向かいPCとD-Segをリンクさせる。


 鞄から丁寧にラッピングされたチョコを取り出すと、その欠片を口に入れ集中を開始する。


 これからはお仕事の時間だ。

 睡眠学習でだいぶ作業は進んだとはいえ、まだ想定したDAとは程遠い。

 これからは、現実(リアル)の悪夢の時間だ。






「生徒会長のチョコブラウニーのケーキ、素晴らしい。

 こんなに美味しいチョコケーキは初めてです」


 翠さんが何時になく甘い表情で舌鼓を打つ。


「ふふ、ありがとう」


 評価が甘すぎると思うけど、褒めてもらえるのは嬉しい。

 私は放課後、剣聖生徒会室で、みんなと一緒にケーキを食べていた。


「これって手作りだよな?生徒会長はケーキも作れるとかマジヤベェ」


 少しお行儀悪く食べているのは剣聖生徒会情報担当の一橋愛韻(ヒトツバシアイン)

 長身で黒髪に紫のメッシュのベリーショート。服は男子生徒のものだけど、その身体はれっきとした女性だ。胸も大きい。

 今日はたくさんのチョコを貰ってたみたいだけど……


「そんなにがっつくんじゃありませんわ!

 もう、こぼれちゃってるでしょう?身だしなみは綺麗にしなさい」


 そういって愛韻の世話を焼くのは剣聖生徒会広報担当の氷川音彩(ヒカワネイロ)

 愛韻とは対照的な、小柄の少女……ではなく男子。優雅に編み込んだ金のロングヘアで、スカートを履いているけど、身体の細かいところに目を向けると、男性だということがわかる。胸もない。

 今日はたくさんのチョコを配ってたみたいだけど……


「私だけいただくのは悪いですね。団員の皆さんにも分けられたら良かったのですが」


 ゆっくりと紅茶と一緒に味わっているのは剣聖生徒会直属風紀騎士団団長の工島一真(コウジマカズマ)

 今日も青のメッシュの入ったオールバックの髪型がピシリと決まっている。

 彼もたくさんチョコを貰ったみたいだけど、甘いのは苦手ということで困っていた。

 でもこのチョコブラウニーは程よく苦みがあるので、彼の口にも合うみたい。


「団員の皆にも用意してあるから、良かったら持って行ってね」


 私は傍らに置いておいた紙袋を一真くんに差し出す。


「お心遣い痛み入ります。

 団員にも必ずお返しさせますので、期待していてください」

「別にお返しは良いからね?」


 遠慮はしておくけれど、きっとホワイトデーには3倍返ししてくるのだろう。

 甘いものは好きだし、カロリーはちゃんと消費してるけど、流石に風紀騎士団団員全員のものを受け入れられるほどの余裕はない。

 全部食べ物で返ってきたら困ってしまう。


「それと、みんなにも」


 私はバッグから、一人一人のチョコを取り出し、渡していく。


「ケーキだけじゃなくてチョコも!

 ホワイトデーは奮発してお返しせねば」

「ふふふ。私だけじゃなくて、良二くんにも同じくらい立派なのを返してあげてね?」


 私はにんまりと笑いながら言う。


「…………なぜ?」


 翠さんがピキリと身体を凍らせる。


「このケーキ、平賀良二くんが生徒会のみんなで食べてくれって渡してくれたの。

 美味しかったのよね?」


 みんなが呆然とケーキを見つめる。

 ケーキを出すとき、私は一度も私が作ったとは言っていない。


 ホワイトデーは3倍返し。

 でも3倍返しても、『チョコを貰ったという気持ち』は残る。

 狙ったのかはわからないけど、良くも悪くもチョコを貰ったという気持ちは生徒会の皆にも残り続けるだろう。

 必要になった時、それが少しは彼の役に立つといいなと思う。


「……ええ、ちゃんと同じくらい立派なのを返しますよ。

 細部まで拘った瀟洒なかんざしとかどうですか?」

「それは素敵ね」


 クスリと笑う。

 翠さんにかんざしをプレゼントされたときの良二さんの顔が楽しみだ。





 Sweet Sweets - 了

剣聖生徒会のメンツについてはしばらく出番はないため「変なのがいるんだな」くらいに記憶していただければ問題ありません。



お読み頂きありがとうございます。


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