プロローグ_2 聖剣剣聖は道場破りに困惑する
プロローグ二話目となります。
一話目をまだご覧になっていない方は、一話目を斜め読みしていただけると幸いです。
今日はあと一話投稿予定です。
「道場破りに伺いました!受け付けはこちらで間違いないでしょうか?」
黒髪の少女はぺこりとお辞儀する。扉をあけ放ち盛大に登場した直前とは打って変わって、礼儀正しく確認をとる少女。
その温度差に俺は戸惑いを隠せない。
「道場破りの希望者ですね。
はい、受け付けはこちらで合っております」
少し引き攣った笑顔で真忠が対応する。
彼女も闖入者の反応に引き気味だが、道場破りの対応は手馴れているため、淀みなく対応する。
真忠に連れられて、少女が靴を脱ぎ、道場に入ってくる。そして、それに続いて黒髪黒眼の男も道場に入ってきた。
少女と同じく、眼鏡をかけていて白い学ランの上に白衣を羽織っている。
一瞬だけ、こちらを値踏みするような視線と目が合うが、彼はすぐに目を逸らすと前を行く少女に視線を戻した。
聖剣剣聖が持つ属性は髪や目の色に大きく影響を及ぼす。俺の「空間切断」と「紫電」の属性は俺の髪を青白く染め上げた。
一般的な日本人の色である黒は、DAMAでは逆に珍しい。「影」や「闇」のような属性なのだろうか。
DAMAトーキョーでは、一般教養やDAに関する基礎の授業を行う先生と、授業の傍ら研究を行う教授がいる。
教授たちはそれぞれ研究室を開いているが、その研究室に所属している人たちは好んで白衣を着用する。少女たちも何処かの研究室に所属しているのだろう。
……道場破りする研究室など聞いたこともないが。
「お名前と所属名を頂戴してもよろしいでしょうか?」
真忠が道場の奥、備え付けの研究室からタブレット端末を取ってきて、道場破りの受付を始めた。
DAMAトーキョーでは道場破りを成功させることで、その道場と研究施設の所有権を奪うことができる。
俺もそうして奪ったし、すでに何度も道場破りを挑まれ返り討ちにしているため、真忠も慣れたものだ。初めはあたふたと対応し、死にそうな顔で試合を見学していたが。
「名前は平賀良二です!所属名は……」
「ちょっと待ってくれ」
受付を進めようとする少女に待ったをかける。
「道場破りは予め剣聖生徒会の承認が必要だ。だが、俺は何も聞いてない」
道場破りにこれと言った作法はないが、能力が足りているか、動機に問題はないか確認するため、学生の統括者たち――剣聖生徒会の承認が必要となる。
そして剣聖生徒会の承認が下りれば、道場破りの日時の調整も含め、剣聖生徒会からの連絡がある。
「いや、問題はないはずだぜ」
男――良二は指を鳴らすと中空に書類を出現させ、それを真忠の方に投げる。書類はタブレットに吸い込まれ消える。道場破りのための書類を電子データとして宙に投影し、それを操作したのだろう。
スマホなどは操作していないが、幻影系と情報系の属性の併用だろうか。
「承認の確認取れました。確かに今日、この時間が指定されていますね。
所属名は……【良二と雪奈と素敵な眼鏡】ですか……?」
「そう!俺と!」
良二がポーズをとる。
「私と!」
少女――雪奈がポーズをとる。
「素敵な眼鏡!!」
二人が眼鏡の蔓に手を当てると眼鏡が輝き、後ろで無音の爆発が発生する。
一体なんなんだ、こいつらは。
「あの、正技さんどうしますか?」
真忠が戸惑った様子で話しかけてくる。
正式な手続きに基づいた道場破りとは言え、事前に調整されていないのなら、日を改めてもらうこともできる。
しかし、今日は特に用事があるわけでもないし、新しいDFDの試し切りにも良い。
それに少し、今は虫の居所が悪い。
「問題ない。ルールは?」
「DAは一つ。種別制限は近接のみ。補助装備アリ。最大魔力出力量およびエーテルバッテリーの上限なし」
ごく一般的なルールだ。
こちらの武器は元々一つだし、空間切断に必要な魔力は膨大な関係上、使用可能な魔力に上限が無いのはありがたい。
補助装備については、足りない属性などを補う道具を持ち込むのが普通だが、彼の場合は「素敵な眼鏡」とやらだろうか。
眼鏡ということは、最低でも動体視力強化や反応速度向上は想定しておくこう。種別制限は近接のみのため、先ほどのように眼鏡が光り視界を奪う、あるいは幻影を見せるなどは考慮する必要はない。
「了解、こちらも異存はない。だがいいのか?このルールだと俺が有利だ」
通常、道場破りは挑戦側が自らに有利なルールを指定する。
もちろん限度はあるが、このルールで彼が有利になるとは思えない。
「問題ないさ」
彼は三日月を描くように口角を上げ、右手を頭上に上げる。
「こちらは首を切られるために準備してきたんだ。
一片の余力残さず全力で、渾身の剣技を見せてくれ」
「ずいぶんと余裕だな。せめて5秒は持ってくれ――
……え?」
俺が違和感を覚えると同時に彼が指を鳴らすと、それに合わせて彼を中心に天球が展開される。
「さぁ、楽しい楽しい試験の時間の始まりだ!」
天球「バブルスフィア」。
世界の表面に泡を浮かべるように、世界の一部を複写し天球内に再現する技術である。
文字通り世界を薄皮一枚分ずらした場所であるバブルスフィア内では、何が行われたとしても元の世界には影響を及ぼさない。DAが破壊されようと、首が切断されようと、バブルスフィアが解除されれば元に戻る。
聖剣剣聖同士の決闘に使われるフィールドである。
良二の先ほどの言葉に戸惑いながらも、とっさに彼から距離を取る。
追撃は来なかった。
俺はDFDを鞘から抜くと、改めて彼を観察する。長めの黒髪。眼鏡の奥に見える瞳は黒く、ギラギラと輝いている。少なくても、言葉通り敗北するためだけに来たとは思えない、活力に満ちた目だ。
表情は、変わらず薄く笑みを浮かべている。
戦闘は開始されたが、姿は学ランに白衣と変わっていない。
バブルスフィアの展開と同時に情報媒体から取り込んだのだろう、足元には大きめのエーテルバッテリーが置かれており、そこから背中に向けてコードが伸びている。
ごく一般的な研究生に見えるが、気配から察するに、ある程度の戦闘技術は有していると思われる。ふざけた所属名で登録していたが、研究所以外にも何か活動を行っており、そこで鍛えているのだろうか。
だがしかし、彼は指を鳴らした後は両手を白衣のポケットにしまっていた。
さらに棒立ち。動く気配はない。
「…………」
結界か、銃の早撃ちの様な何かだろうか。油断せずに様子見したいところだが、どうせ彼から攻撃を仕掛けてくることはないだろう。
それに、どのみち生半可な防御では一撃で終わる。
魔法を展開する。
反射神経、思考速度、身体連動率、右腕筋力、身体弾性、そして脚部が強化される。
さらにDFDに魔力を流すと、一瞬で距離を縮め首を目掛け横一線に薙ぐ。
「――っ」
しかし、DFDは彼を断つことなく弾かれる。
さらに二度三度追撃を仕掛けるが、ことごとく同じ結果に終わる。
俺は再度彼から距離を取る。やはり追撃は来なかった。
改めて彼を観察する。
彼の背中から、鈍色の昆虫の脚部の様な触腕が生えていた。見える範囲で関節は3つ。先端は鉈のような形状をしている。
DFDの空間切断に、装甲の硬さや魔法防御、結界防御などは意味をなさない。
防御できるとするのならば、DFDと同じく空間切断による反発現象のみだろう。
しかし、先ほどの感覚は、空間切断同士がぶつかり合った時に感じる、硬い壁に触れるようなものではなかった。
俺は展開した魔法を身体強化から視神経強化と思考速度強化に変更しつつ、再度攻撃を行う。
攻撃の結果は変わらず。良二の触腕に弾かれた。
しかし、今度はその動きを正確に確認できたため、何が起こったのかを理解する。
彼は背部の触腕を用いて、DFDの側面を捌くようにしていなしたのだ。
DFDの空間切断機能は刃にしか効果はない。ゆえにそこに触れなければ対処は可能だ。
「素晴らしい」
筋力強化した俺の剣速の末端速度は秒速90メートル……時速にして300キロを超える。それに対して、触腕で精密に対応するなど、今まで見たことがなかった。
おそらく、最高級の思考速度加速、反射神経加速に加え、電子機器制御を並列でこなしているのだろう。間違いなく、この相手はDAMAトーキョートップレベルの電気系属性の使い手だ。
しかしそれでも、マニピュレータ操作を挟む関係上、持てる全てを連携させた俺の速度に敵う筈がない。
魔法の構成を変えていく。最も効率よく体を動かすための構成へ。思考速度そのものを攻撃速度に変換する。
先ほどと同じ挙動で横薙ぎを放つ。
しかし、触腕が切り払う直前、その軌跡は弧を描いた。
天元流『綿毛舞い』はしかし、予期せぬ方向からの攻撃によりそらされた。
「そういえば」
一連のやり取りを経て、なお表情を変えない良二が口を開く。
「自己紹介がまだだった。
すまない、道場破りは初めてで緊張してた」
再度距離をとり彼に目を向けると
「俺はDAMAトーキョー普通科一年。
聖研所属『常勝常敗』平賀良二。
そしてこいつが俺の聖剣」
触腕が八本。彼の背中から生えていた。
「思考制御式回転力制御型高速精密操作用副腕聖剣-鈍八脚」
Nice Glasses With Him and Her - 了
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