第十六話 自称右腕の少女のいない夜
雪奈には申し訳ないが、雪奈に帰宅のことを切り出されるまですっかりそのことを忘れていた。
作業は何とか予定通り進んでいるとはいえ、余裕はない。
かなりあてにしていた雪奈がいなくなると、道場破りの予定はギリギリになるだろう。
しかし、雪奈は今まで想像以上に成果を出してくれてるし、彼女の一番の目標だった実績作りも完了、面接以外の試験を全パスする交渉も終わっているので、今の彼女に俺を手伝うメリットはない。
作業増加による俺の負担と実家に帰ることによる雪奈の精神的な休息と成長。どちらを優先すべきかなど考えるまでもない。
俺は雪奈にお土産を持たせて半ば無理矢理追い出した。
PCと眼鏡も取り上げているので、家で勝手に作業することもないだろう。
料理する時間もないので食事はカップ麺。
聖教授に睨まれたが、カップ麺も美味いから良いじゃないか。DAMAトーキョーが開発しているDAを使ったDAカップ麺なんて世界でもここでしか食べれないんだし……
しかし金曜と土曜の夕飯は教授の奢りで外食になった。
DAカップ麺は下手すると有名ラーメン店よりも美味しいが、製法が企業秘密で得体が知れないのが不満だったらしい。
近場の飯屋もDAを導入しているらしく製法が謎になっている気がするが、言わないでおいた。
「それで進捗はどうなんだ?」
ビールを飲み、明太マヨネーズ味のカップ麺をすすりながら聖教授が訊ねてきた。
俺のDAカップ麺はタコサラダ味だ。
ラーメンをすすっているのに、見事にタコサラダの味しかしない。サラダのシャキシャキ感すら再現されている。
脅威の技術力に驚くが、同時に普通のタコサラダを食べた方が良いだろうという考えがちらついてしまう。
「最終期限までには形にできますけど、今度予定してる道場破りで使えるのは機能制限かけるしかなさそうですね。
流石に時間が足りません」
たぶん、空間切断については省略することになるだろう。
雪奈が造ってくれた包丁くんに問題があるわけではなく、俺の方に問題がある。
「そもそも、どんなDAを造ってるんだ?アイズに訊いても答えん」
「どんなと言われても。そうですね……」
以前雪奈にしたような説明を、教授にも説明する。
「ぎゃはははははは!」
笑われた。
「いやいや、笑うような内容じゃないでしょう。
もしかして実現性を疑ってますか?
まだ性能は足りてませんけど、一応最低限は動くようにはなったんですよ?」
ダミー正技さんの動きに合わせて、マニピュレータ代わりのDAマジックハンドが動く程度だが。
「いや、そうじゃなくて、よくもまぁそんな馬鹿なことを思いついただけじゃなくて実行したな、と。
貶してはいないぞ、褒めてるんだ」
「はぁ……」
なんだか釈然としない。
「何やっているのか解ってないのか?
お前がやっているのはな、『念話』『幻覚』『洗脳』の重ね技による生体コンピューター制御だ」
……確かに言われてみればその通りのような。
「生体コンピュータ自体は理論的にはあるんだ。生体義肢の応用による脳の複製培養。実現も、まぁできるだろう。
でも倫理の問題でその先には進めない。表向きはだがね」
「……もしかして、ヤバいですかね?」
「いや、『念話』『幻覚』『洗脳』のそれぞれは制限されない範囲内だから問題ないな。
倫理的に問題になったのは『脳の複製』の方だ。
少なくてもあたしはこの方法による生体コンピュータの理論も、実現したという話も、規制されたという話も聞かん。
つまりお前が第一人者だ。頑張れよ、マッドDAM!」
教授は再度笑うと、俺の身体をバシバシと叩いてきた。
「だが、一週間で最低限は動くようになったのか。
よく時間があったな。学校は行ってるんだろう?」
研究のためなら授業への出席は免除される。
しかし、今の作業は研究として認可されていない。
よって、毎日学校に行く必要がある。
「行ってますよ。ちゃんと授業も受けてます。
授業中にも内職してますが」
「内職……?ああ、眼鏡越しにアイズに仕事させてるのか」
「俺も仕事してますよ。
自室のPCにリモートアクセスしてます。思考入力できるから開発がさらに楽になりましたねー」
「なに……?PC操作までいけるのか?」
「既存のアプリをD-Segにインストールして設定いじったらリモートデスクトップでつながりましたよ。
さすがにそのままだと使い勝手悪かったので、アイズに調整してもらいましたけど」
「マジか……言われてみるといけないわけないのか……
便利な日常系ツールのつもりだったんだが、これならスマホの市場を奪えそうだな」
今までのスマートグラスはAR機能をメインにした、性能控えめの物が多かった。
聖教授も、今までのスマートグラスの延長くらいにしか考えていなかったのだろう。
しかし今回のは様々なDA搭載により機能が大幅に向上、さらにアイズのサポートもあり最新スマホ以上の性能になっている。
こうなると今までのスマートグラスの延長というより、新しい形態のデバイスと言えるだろう。
「アイズ、あとで良二と雪奈の設定と使用状況を教えてくれ」
「もちろんプライベートはちゃんと守って」
「了解。マスターのD-Segはすでに改造されてるけど、その情報はどうする?」
「……改造?貸与品を?」
「えっと……今作ってるDAを動かすのに必要だったから……」
教授がため息をつく。
「まぁ、試作品だから改善点もあるだろうし、改造許可申請はこっちでやっとく。後出しになるけどな。
アイズ、改造内容も教えてくれ」
「すみませんでした……」
「言わなかったあたしにも責任がある。
今度からは一言声をかけてくれ」
「わかりました。以後気を付けます」
ぺこりと頭を下げる。
「わかればいい。そして逆に言えば、一言かけてくれれば、大抵は何でもなるってことを覚えとけ。
DAMAは最低限のルールと倫理はあるが、それ以外は自由……というか大雑把だからな。
DAはまだまだ発展途上だ。モラルや常識なんかは、たぶんあたしたちの仕事がひと段落して、ようやく整備される程度のものだ」
教授がビールを一気にあおる。
「もう一度言うが、良二のそのやり方は大好きだ。
あたしはDAなんていうのはそんなもんでいいと思ってる。
使う側も聖剣剣聖なんて堅苦しい名前で呼ばれてるけどな、そんなものでいいんだよ」
教授が二本目を開ける。次はチューハイだ。
「教授……酔ってます?」
たまに教授が酒を飲んでいるところは見かけるが、酔うのは珍しい。というか初めてみた。
「DAMは自分に酔ってこそ意味がある」とはよく言っているが。
「ん~……ちょっとあってな……
上の奴らは自分の研究ばかりで、すでに自分たちの価値観がマイノリティになってることに気が付かん。
いや、気が付いてても認めない。
そりゃあたしだって人の道は外れてるし、すぐに世間に置いてかれるけどな、それに学生を巻き込むのは間違ってるだろ。
なあ、良二」
「そうですね」
いったい何の話をしているのかよくわからないがとりあえず相槌を打っておく。
「実績はすごい。日本のDA技術の発展を支えてきた偉業は認める。だがさすがに今の日本で、全国を探しても一人二人しか使えない大魔法だの広域殲滅聖剣だのは方向性間違ってるだろ。
そんなのは血統万歳のEUの奴らと、火力万歳のアメリカに任せておけばいいんだ。
いっそのこと校舎ごとぶった切ってやろうか。
なぁそう思うだろ良二!」
「そうですね」
適当に合わせる。
先ほど覗いた冷蔵庫にはお酒があと数本入っていた。
今夜はしばらく解放されそうにないので、D-Segを使ってアイズと一緒に仕事を始める。
だがしかし、今日は木曜日なのだが、教授は明日の授業は大丈夫なのだろうか?
Friday Morning Nightmare - 了
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