第十四話 頭脳派聖剣剣聖
設計回。なるべく専門用語を使わず仕組みについて語っていますが、興味が無い人、良く解らない人は最初の最初だけ目を通して、後はスキップか斜め読みで問題ありません。
「それでは、思考制御式回転力制御型高速精密操作用副腕聖剣の運用方法について簡単に説明させていただきます」
対策の方向性が決まり、アイズと細かい打ち合わせをすること数時間。
雪奈が用意してくれたBLTサンドでお腹を満たして、さらに打ち合わせ。雪奈から包丁くんの動作検証がひと段落付いたとの報告を受け、意識共有することになった。
「よろしくお願いします!」
「うむ。じゃあ順番に見ていこうか」
以下をざっくりと説明する。
1.身体の各所に設置したDAカメラで正技の動きを撮影
2.撮影したデータはリアルタイムでユーザの脳内に送信
3.脳内で画像解析し、行動予測
4.行動予測に基づいた防御行動を算出
5.防御行動に必要なデータをDA副椀に送信
6.入力に従いトルク制御操作でDA副椀が動作
俺の説明に合わせ、アイズがリビングに置いてある液晶ディスプレイに簡単な図を映してくれる。
何時の間に作ったの……相変わらず有能だ。
「2番と5番の脳内とDA副椀のデータ送受信については、この素敵な眼鏡でできる。
3番と4番はユーザの脳が自動で行う。自分で考えて判断するわけじゃない。
ただ、あらかじめ相手の行動パターンを学習させておく必要がある。
6番のDA副椀についてはこれから詳細を設計していく。一応、モデル自体は存在してるのを流用する」
細かい技術についてはあえて触れない。今はイメージだけ伝わればいい。
「3番なんですけど、画像が送られたら勝手に脳が考えてくれるんですか?」
訊かれたら細かい技術についても答える。
お勉強だ。
「脳を制御して処理を行わせる属性はいくつかあるんだ。
相手に意思を伝える『念話』や幻を見せる『幻覚』、そして特定の行動をさせる『洗脳』。
実際にはこれらがさらに細かい属性に分かれてる訳だけど……」
「解りました!何時もの脳内チャットが『念話』、2番の脳内に画像を送るのが『幻覚』、そして『洗脳』で脳に処理を要求するんですね!」
「正解!」
雪奈の物分かりが良くて助かる。
「3番は私たちが日常的に動きを見て予想することですよね。
4番の防御行動も、日常的な反射行動ですか?例えば熱いお鍋を触ってしまったときにすぐに手を放すとか」
「それは脊髄反射だから違うね。最適な行動を選んで取ることができない。
使いたいのは条件反射。柔道で受け身の練習をすると、転んだ時にも何も考えずに受け身を取るようになる。
それと同じようなことがしたい」
「正技さんの剣術は色々なパターンがあるんですよね。全部に対応できますか?」
「覚えるのは『洗脳』属性の一つ『学習』属性を使おうと思う。言葉の通り、暗記だけじゃなくてある程度応用が利くそうだ。
でも調べてみたけど、『学習』と条件反射のつながりに関しては、該当する論文が見当たらなかった。だから、どの程度動作するのか、そもそも機能させられるかもわからない。
そこは実際にやってみて評価することになるかな。あとDAを使えば高速で処理ができるとは言っても、学習にかかる時間もわからない」
今でこそ属性研究は世界各国で行われているが、本格的な研究が進み始めたのはここ20年くらいからだ。
メジャーな属性なら兎も角、マイナーな属性だと「聖剣回路を造っただけ。動きについては未検証」ということも珍しくない。
『学習』は使い勝手の良い属性だったためそれなりに研究は進んでいるが、素人が思いつくようなことでも実行可能なのか不明だったり、実測値が不明だったりする事が多い。
逆に言えば、学生でも少し頑張れば最先端を研究できるという事でもある。
「間に合いますかね?」
「とりあえず他の候補を探しつつ2,3日動かしてみて、ダメそうならきっぱりと諦めて違う手段を取ろうと思う」
時間との勝負だ。良い環境が整っているとはいえ、一月は短い。
「6番目ですけど、マニピュレータってこの『魔力式マジックハンド』みたいなものですよね?
単純なこの子でも思った通りに動かすのは大変なんですけど、高速で精密に動かせるでしょうか」
雪奈は気に入ったのか、DAマジックハンドをグリグリ動かしながら訪ねる。
雪奈が持っているDAマジックハンドは、入力が思考という点を除けば、動かし方は電子制御された通常のマニピュレータと変わらない。「上」と思うことと、リモコンで上ボタンを押す操作が一致する。
しかし直接トルク制御を行う場合、電子的に制御されないため、どれだけの力で動かすのかについても、ユーザ側で細かく指定しなければならない。
身体の操作と連動するのなら直感的に操作することもできるだろうが、多関節で可動領域が全然違うマニピュレータではそうもいかない。
「脳内処理で一々マニピュレータの細かい動きを指示するのは難しいし、イメージから動きを読み取って、それに合った動きをさせることになると思う。
これも学習が必要かな」
「マニピュレータをこう動かすには、第二関節にこれくらいの力を入れる……みたいなイメージで操作するんですか?」
「いや、存在しない腕を自由に動かすような感じ。
DAにAIを搭載して、入力されたイメージに対して回路への出力を調整させる。
アイズによると、入力と出力の対応は機械学習で何とかなるらしい」
「機械学習?」
機械学習とは、入力データから規則性を機械的に算出する、人工知能の一種である。
「学習データ」あるいは「訓練データ」と呼ばれるデータを元にデータの方向性を算出し、その他のデータがどの方向性と似通っているのかを判断することができる。
出典: フリー百科事典『デヴィアペディア(Devia-pedia)』
雪奈の疑問に、アイズがすぐに答える。辞書からの引用だが。
「アイズさんありがとうございます」
「動きのイメージとDAへの出力の紐づけが訓練データだな。
最適な動きを用意して学習させることで、それ以外の動きに関しても適切な動きが期待できる」
「これも時間がかかりそうですね」
「学習を開始すれば放っておけばいいだけだけど、訓練データの用意が大変そうなんだよなぁ……」
イメージの用意は俺自身がやらなくてはいけないが、最適な動きのデータはアイズが用意してくれるそうだ。
神はネットに存在した。
「あとは……魔力の供給はどうしますか?ずっとDAを稼働させることになりますし、各機能の魔力消費が多いですよね?」
DAを稼働させ続ける場合、魔力を消費続けることになるが、残念ながら俺の最大魔力量は多くない。
DAMAトーキョー内ではだいぶ低い方に入る。
「ルール調整が必要になるけど、そこは人工魔石を使った魔力貯蓄機を使うしかないかな。
バブルスフィア内だとある程度融通が利くから、大容量のものを用意できる」
試合のルールによっては、使用できるバッテリーに上限がある。
「聖剣剣聖は自分で扱える聖剣を使うこと」という考え方によるものだ。
DAは元々は戦闘用のものだったためバッテリーを背負って戦うことはできなかったが、今は戦闘以外でもDAを使うため、その考え方も廃れつつある。
さすがにスポーツなどの競技や、実戦を考慮した戦闘などではDAMの資質も考慮しなければならないためある程度制限されるが、それ以外では結構指定が緩い。
まぁ、今回は戦闘なんだが、道場破りは挑む側に有利なルールを指定できるため何とかなるだろう。
「大体のイメージが掴めたと思います」
「それは良かった。それで、雪奈が動きを確認していた包丁くんはどうだったんだ?」
「はい!だいぶ解ってきました!アイズさん」
雪奈が呼びかけると、アイズがディスプレイに二つの包丁くんの聖剣回路を映す。
「上が『切れ味異次元包丁くん』で下が『切れ味超次元包丁くん』です」
空間切断の回路については詳しくないが、下の方が回路が見やすく、洗練されているのがわかる。
さらに、少しだけ細かく緻密になっている。
「短い時間でだいぶ綺麗になったな」
「はい、一回目は初めてで手間取ってしまったため形が崩れてしまったのですが、今度は二回目なので綺麗に作れました。
あとはアイズさんに教わって、DA-CADの機能を使って整えました」
回路の自作ではなく、元データをコピペして形を整えるだけなら、もう十分ということだな。
俺が初めて触った時よりも早い。俺の時はアイズはいなかったからか。
いや、それを考慮しても呑み込みが早い。成長が早いのは嬉しいが、少し寂しい。
「稼働時間は改善したのか?」
「はい!アイズさん。グラフをお願いします」
聖剣回路に代わり、グラフが表示される。
「上が使用魔力量と、限界稼働時間の関係です。魔力消費が1200eまでだと機能が活性化しません。
それ以上は使用魔力量と限界稼働時間はほぼ反比例しますが、限界稼働時間が0.1秒に到達すると変わらなくなります。
これは回路の精度に関係ないですね。
恐らく、空間乖離現象が発生するまで最速で0.1秒という事かと思います」
「中央が使用魔力量と、限界稼働時間直前まで起動した際の刀身への負荷が消失するまでの時間です。
使用魔力量が減ると、負荷消失までの時間が減っていくのが解ります。最短が起動に必要な最小魔力である1200e時の0.3秒です。
これも、空間乖離現象が発生した後、完全に消えるまでの時間が最短で0.3秒なのかなと思います」
「下が使用魔力量と、限界稼働時間直前まで起動した際の刀身の温度と残留魔力が元に戻るまでの時間です。
おおよそ負荷の消失時間プラス1.5秒ですね」
これは驚いた。動作を確認しているだけかと思ったら、稼働時間の細かい計測までしていたとは。
「あの……どうですか?」
雪奈が心配そうに顔を覗き込んでくる。
「そうだな……よく調べられてると思う。
使用魔力量と稼働時間、クールタイムには関係性があるというのがよく解るな。
良く調べてくれた。ありがとう」
「……えへへ」
褒められた雪奈が嬉しそうに笑顔をほころばせる。
「比例関係についてはどこかに載ってたのか?」
「アイズさんに訊きましたけど、そういうデータは調べても見つからなかったそうです。
魔力の大きさと切断範囲や空間切断の持続時間についてはデータがありましたけど」
「まだ誰も調べていなかったのか。空間切断のデメリットを考えると、結構重要だと思うんだがなぁ……
いや、運用的に起動したままの連続稼働を考慮する必要が無かったのかな?斧や包丁みたいに、対象を斬り終わるまでに時間がかかるわけではないし、1秒あれば構えて斬るくらいはできるし。
あと、前は細かい魔力出力の調整ができなかったから、空間切断の解析が行われてた頃は正確なデータも取れなかったか」
調べないといけないモノが多いと、どうしても広く浅く必要最低限の事しか調べないことが多くなるのだろう。
魔力出力の調整にしても、昔は出力調整用の機器どころか精度の高い計測機もなく、個人が感覚で調整するしかなかった。
雪奈は1e刻みで出力調整ができるらしいが、それなりに訓練してる自分でも100刻みでしか調整できず、出力が大きくなるとそれも難しくなる。1000を超えると1500,2000くらいでしか調整できない。
「空間切断は出力によって効果は変わらないので、常に出力を1200にすることで稼働時間とクールタイムを改善できますね!
今は最大稼働時間が1秒、クールタイム2秒程度ですが、回路を改善すればもう少し使いやすくなると思います」
今の時点で、最新の工業用空間切断DAと同様の機能となっているわけだ。これは頼もしい。
「マニピュレータを4つ造って全部に包丁くんを持たせれば、一応は対応できるってことだな。
あとでマニピュレータの設定を手伝ってもらうかもしれないけど、今は続けて包丁くんを強化してくれ」
「わかりました!がんばります!」
さて、これで進捗確認も終わった。作業に戻るか。
「あ!そういえば一つ聞きたいことがありました」
自室に帰ろうとした雪奈が振り向いて尋ねてきた。
「なんだ?」
「今回開発してるDAですけど、マスターの脳内で処理して、自動で動くんですよね?」
「そうだな」
「それじゃあ、マスターの身体は何してるんですか?」
「…………
身体は置いてきた。試算してみたが、この戦いについてこれそうもない」
雪奈はバツの悪そうな顔をすると、一礼して自室に帰った。
だって仕方ないだろう、不要に動くと計算が狂って逆に邪魔になるんだから……
これからは、もう少し体を鍛えようと思う。
Body is a Part. Brain is the Devine Arm. - 了
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