第十三話 真の強者は手を動かさず事を納める
「憎い!0.3秒で時速80キロまで加速すると足首の筋肉が断裂してしまう脆弱な自分の体が憎い!」
今日は日曜日。今朝も早くからバブルスフィア内で正技さんに挑んでは斬られ続けた。
正技さんはいとも容易くやってのけるのに、俺が真似しようとすると盛大にすっころんで顔面を打ち付けた。
すぐにバブルスフィアを解除したが、怪我のないはずの足首にはまだ違和感がある。
「人間としては一般的だね。
あと、雪奈の前でそういう事は言わない方が良いんじゃないかな」
「あぁ、うん、そうだね」
アイズに指摘される。
雪奈は生まれつき身体が弱かったと聞く。
さらに体力も少なく、直射日光にも弱く、あまり運動ができなかったらしい。
ここ数か月で少しは体力がついて走れるようにもなったらしいが、超人と比べて身体が脆弱だと嘆く姿を見て気分のいいものではないだろう。
「まぁ、わかってたことだけど。
俺の魔力と魔法同時使用数だとどう足掻いても太刀打ちできないことが確認できました」
「対策としてDAで補助するということだね。
身体強化プロテクターとパワードスーツどちらにする?」
DAで身体機能を補助するのは比較的メジャーな手段である。
種類は様々で、身体強化魔法を一定時間発生させるドーピングから、パワーアシスト機能を持ったぬいぐるみまで存在している。
「プロテクターやパワードスーツは止めておこう。オートで迎撃できるようにすると、無理矢理身体を動かして手足が千切れる未来が見える」
「それじゃあ身体改造。
骨をDAカーボン、筋遷移をDA人工筋肉、皮膚をDA人工皮膚にする」
「DAと付ければ何でもいいと思ってるな……俺をDA人間にするつもりか?」
「全身をDAに置換したDA人間は今までに公的には存在が認められていないね。見事成功すれば世界初だ」
俺の住んでる世界はそこまでマッドな人がいない平和な世界なのか、マッドな人がいるけど成功していないシビアな世界なのか、マッドな人が成功させたけどひた隠しにされているダークな世界なのか……
「身体改造は無理でも、義肢という手はあるか。義肢だけに。
でも、健常な手足を切って戦闘用の義肢をくっつけるのは違うよなぁ……」
DAの発展により義肢は大きく進歩した。従来の義肢を念動力で動かしたり、D-Segのように思考制御で電子操作したり、あるいはクローン技術やIPS細胞と超再生の併用によるDNAレベルで同一の生体義肢だったり。
その辺りは必要になり少し前に調べたことがあるので、それなりに詳しい。
バブルスフィアの情報操作を用いれば生腕をDA義椀に差し替えることも可能だが、それは汎用性が低すぎる。俺の目指すところではない。
「義肢は通常のDAよりも規制が厳しいしね。攻撃用のDAの内臓自体は問題なけど、軍用化は禁止されてる。内蔵できる武器の種類も義肢の用途も厳しい制限があるね」
軍用化の禁止は、生腕を切り落としてDAに改造するような人が現れないようにするためだろう。武器の内蔵の制限もテロや暗殺対策だろうか。
やはり世界はどちらかと言えば闇色なのか。
「全身改造はサンプルが無いから無理だけど、義肢はDAの設計図がいくつか存在してるから、身体の3割を義体化することはできるよ。サイズ合わないから身長が20センチくらい伸びるけど」
「そうまでして身長伸ばしたくないかな」
「何の話ですか?」
身のない話(義体だけに)をしていると、雪奈がリビングに入ってきた。
「マスターの改造計画を練ってるんだ。手長足長にして12等身を目指している」
「よく解らないけど気持ち悪いと思います!」
「まぁ、気持ち悪いよな……」
悪気はないのだろうけど、雪奈の率直な意見にダメージを受けた。
「それでどうしたんだ?わからないところでもあったのか?」
「いえ、『切れ味超次元包丁くん』の動きを確認したくて……」
「ああ、どんどんやってくれ。
それで、どこを修正したんだ?」
「グチャグチャだった回路を綺麗に整えて、スイッチを押した場合に魔力が通るようにしました。
魔力を通してすぐに壊れちゃうと確認も難しいですから」
細かい動作確認と使い勝手の改善は良いことだ。それにしても名前が前と変わっているような?
「それで、何か孫の手みたいなのはありますか?
さすがに自分の手で握るのは止めておいた方が良さそうなので……」
なるほど、バブルスフィア内の怪我はリアルには反映されないが、怪我しないならそれに越したことはない。
「そういう時にはこれ!
テテテテ!思考制御式副腕『魔力式マジックハンド』ー」
俺は部屋の隅に置いてあった金属製の孫の手に手を伸ばす。
20センチおきに球体関節が合計二つあり、先端は三つ指になっている。
「聖教授が思考制御の研究をしてた時に作ったDAだ。詳しくは知らないけど、たぶんこれで得たデータを元にこの眼鏡が作られてるんだろうな」
雪奈にDAマジックハンドを渡す。
「持ち手を握って考えればいいんですか?」
「そう。ただこの眼鏡みたいに複雑なことは判定できない。『右』『上』『つかんで』くらい明確に指示が必要だ。
腕を動かすというより、クレーンゲームのアームを動かすみたいな感じで使ってみて」
「こんな感じですかね?」
雪奈がDAマジックハンドを操作し、こちらに先端の三つ指を差し出す。
俺がそれを握ると握り返してきた。
「だいぶ痛いかなっ」
「ごめんなさい!……これならどうですか?」
「うん、それくらいなら問題ない」
柔道部員が全力で握ってくるような力から、挨拶の様な力に変わる。
どうやらうまく使えるようだ。
「先端にはカメラが付いてて、動画を脳内に投影できる。
あと、流した魔力は先端から放出できるから、DAを起動することもできるよ」
「凄い便利ですね!白衣に仕込めばお料理も助かるかな?
でも上手く使えないと調味料がドサッと入っちゃいますね……」
「そこは工夫次第だな。あらかじめある程度の動きをルーチンとして組んでおくとか」
「なるほど!ところで、これを使って料理をした場合、手料理に定義されるのでしょうか?DA料理?」
「冷凍食品をレンジで温めて、スーパーで買ったお惣菜と一緒に盛り付けるだけで手料理になるらしいぞ。それと比べれば立派な手料理だな」
DA料理は別にあるし。DA冷凍みかん君で作った冷凍みかんもそのカテゴリに含まれる。
「でも、料理に使うDAマジックハンドの設定はまた今度かな。俺も手伝うよ」
「う~ん……皆さんに出すお料理は自分の手で作りたいので、遠慮しておきます!
実家で料理しようとした時、DAマジックハンドが無くて料理できなくなったら困るし」
食べてもらうものはちゃんと自分の手で作りたい……いい心がけだ。
「……まぁ、俺は相手にそんな思いやりを持つ余裕なんてないわけだが」
ポツリとつぶやく。
「それじゃあ頑張ってきます!」
雪奈はDAマジックハンドをグリグリ動かしながら、研究室に歩いて行った。
「……アイズ」
「DA義椀と各種マニピュレータを見繕うね」
アイズは優秀だ。今のやり取りから、そのやり取りと直接関係のない俺の抱える問題を結び付けている。
本当にAIなのだろうか。
「ああ。それなりにパワーと速度があるもの、可動域が広いもの、思考制御式のものをピックアップしてくれ。フリーで設計が公開されてたら、それを優先」
何をするのかというと、もう自分の身体でどうにかすることは諦め、全部機械任せにしようということだ。
もちろん機械仕掛けのマニピュレータでは対応できないので、DAによる強化が行われているDAマニピュレータを使う。わざわざ義椀にする必要なんてなかった。肩や腰から新しく生やせばいいのだ。
正技さんの剣をある程度弾けるパワー、攻撃速度に対応できるスピードと精密性、多方向からの攻撃に対応できる可動域、思考制御で反応が早いものを用意したい。
「剣術の衝撃に耐えられそうなものについては、戦闘用のDA義椀がヒット。
フレキシブルに操作できるものについては、DAではないけど、精密作業用マニピュレータがいくつかヒット。
思考制御式のものは日常用のDA義椀がヒット。
精密作業用マニピュレータはMITSUTAの工業用だね。DA義椀はロサンジェルス聖剣研究所とマサチューセッツ工科大学が共通開発したもので、数世代前のなら設計が公開されてる」
義椀の操作方法は色々な形式が存在している。「思考制御」「リモコン」「生体電流」「念動力」のようなありきたりのものから「マクロ」のように特定動作のみ繰り返す形式まである。
というのも、属性変換器開発前は自身の持っている属性のみで操作しなければならなかったからだ。
「DAでもない工業用の商品はライセンス的に厳しいかな……」
「それらを除くと……去年のDAMAトーキョーの卒業生が作ったものがあるね。こちらはCADデータも残ってるし改造できる。
研究テーマは『トルク操作を用いた高速精密操作DAの開発と運用』」
「トルク操作?」
「去年技能が解析され、技術になった属性だね。
念動力属性の一種で、電気を使ったモーターじゃなくて、関節部を直接回転させることでマニピュレータを動かしてる」
アイズが論文を眼鏡に投影する。詳しい内容はあとで目を通すとして、スペック的には申し分なさそうだ。
「よし、これをベースに、LDTのDA義椀の使えそうな技術でカスタマイズしよう。
先達に感謝だな」
「その先達はDAMAトーキョーの高等部を卒業後は大学部に進んで研究を続けてるみたいだね。今度海外の研究会でも発表するみたいだ」
「後でお礼のメールを送っておくよ」
ずっと最先端を歩み続ける姿勢は、後を追うものとして尊敬する。
システム設計とデザインの概要は決まった。
あとは造りながらトライ&エラーで確認していこう。
「それじゃあ思考制御式回転力制御型高速精密操作用副腕聖剣の開発を始めようか」
No Hands Finish - 了
お読み頂きありがとうございます。
モチベーションにつながるため、ブックマーク、☆評価いただけると幸いです。