第十一話 理想の刃は幻想にすぎず、現実の胡瓜すら切り裂けない
方針が決定したため、俺はシコシコとシステムの設計と、関連技術のお勉強をしていた。
アイズが何でもかんでもできるわけではないし、判断や大まかな設計は自分でやらなくちゃいけない。
いや、本来アイズのような全知全能超絶最高AI神みたいなサポートがないため、俺は周りの天才たちより大いに恵まれているといえるだろう。
「アイズ、何かお供え物いる?」
「唐突に何を話しているのかわからないけど、ヘルプのお礼ならマスターが所持してる可愛い女の子のCGを100メガバイト分でいいよ。ジャンルはお任せ」
ああ、有能だけじゃなくて、なんて質素なんだ。
「ちなみに何に使うんだ?」
アイズにも可愛い女の子からしか接種できない栄養が必要なのか?
「マスターの好みの女の子の傾向を解析してみる」
なるほど、面白そうな研究だ。
「画像解析と機械学習で嗜好の傾向を分析しない子が好みかな……」
「それは画像から解析できないデータだね。提供ありがとう。
それを参考にして解析を頑張るよ」
「嫌味を理解するのって、結構凄い能力だよなぁ」
そんな無駄話をしていると、リビングに雪奈が入ってきた。
「出来ました!」
「出来ましたか!」
おそらくDAの設計だろう。
朝から初めてお昼ご飯を挟んで5時間と少し、慣れれば一時間程度でできる作業だが、初めてならこの程度だろう。
「確認お願いします」
雪奈がぺこりと頭を下げると、眼鏡に設計図が浮かび上がる。
どれどれ……まぁ、確認と言っても、あらかじめ用意されているサンプルに、聖剣回路をコピペするだけだから問題はそうそうないはずだ。
アイズもチェックしてるはずだし。
形状は包丁。回路は刃に刻印。ちゃんと持ち手から魔力を取れるようになっているな。
「ん?属性判定と属性変換器はなし?」
「属性判定ですか?」
「ああ、使用する魔力の属性が正しいか判断するセキュリティだ。
籠められた魔力から、特定波長の属性だけが回路に流れるんだ」
「それがないとどうなるんですか?」
「そうだなぁ……
回路は言葉みたいなものだけど、東京だと『こわい』が『恐怖を覚える』だけど、北海道だと『こわい』は『だるい』になる。
つまり、どこの言葉かを宣言しておかないと、違う意味になるわけだね。
この包丁も、炎属性の魔力を流したら、空間切断じゃなくて包丁の先から火が噴いた!となるかもしれない。
そうならないために、動作が保証できない属性については回路に流れないようにするんだ」
授業ではプログラム言語の種類やEU圏におけるアルファベットの読み方みたいな例えだったが、雪奈にはわかりにくいだろう。
「なるほど……属性変換器はなんとなくわかります。炎属性の人でも使えるように、空間切断の属性に変換してくれるんですよね」
現在流用してる属性変換器の設計だと入力と出力を各々設定してあげないといけないのが面倒だ。それが流通を阻害している原因の一つだろう。
変換できると言っても、個々人で設定しないといけないのなら汎用性とは程遠い。
なお、変換効率はおよそ80%。つまり俺の属性値は、天才たちが属性変換して値が減った属性値にすら遠く及ばない。
「雪奈は属性欠乏だから、魔力には何の属性も籠められない。つまり、あらゆるDAを起動させられない。
だから、属性変換器は必須だね」
雪奈は今のままだと、DAMAで非常に苦労するだろう。
今度任意の属性に変換が行える腕輪か手袋状の属性変換器を作ってあげよう。
「了解しました!修正してきますね!」
そういうと、雪奈は楽しそうに自室に戻っていった。
「……アイズ。設計漏れをスルーしたのはわざと?」
「雪奈もマスターに説明してもらった方が理解できると判断したんだ。
失敗はいい経験になるしね」
アイズ大神……恐ろしい子……
30分後に雪奈が提出してきた設計図は問題なかった。
「じゃあ研究室で試し切りしようか」
「ドキドキしますね!」
研究室に向かうと、雪奈が目を輝かせてついてくる。
そうそう、俺も最初のころはこんな風にワクワクしてたなぁ。
今じゃあ「初回はどうせどっかでエラーになるよなぁ」と別の意味でドキドキだ。
「バブルスフィアを展開するけど、試し切りは何を切りたい?
動画で見たみたいに、俺の首とか切ってみる?」
「切りません!!!」
大声で否定された。滅茶苦茶怒られた。軽いジョークだったのに……
「そうですね、せっかくだし硬いのがいいです!」
「じゃあ誰がどう見ても硬いものを。
アイズ、ダイヤモンドを設定して。3000カラットくらいの大きいの」
「了解。じゃあ展開するね」
バブルスフィアで追加展開する情報にはサイズ以外の制限はない。
ダイヤモンドはサンプルとしてよくぶっ壊されている。
バブルスフィアが展開され、雪奈の右手に包丁が現れる。
「おおっ!私が設計した『切れ味異次元包丁くん』です!」
そんな名前だったのか……
そして彼女の前に台と、握りこぶし大のダイヤモンドが配置される。
この形状、確かカリナンダイヤか。原石ではなくすでに磨かれ輝いている。
「では起動します」
雪奈はごくりと唾をのむと、包丁に意識を集中し魔力を込める。
果たして、包丁の刃に淡い光が灯った。
DAの起動に成功したのだ。
ちなみにこの瞬間雪奈はDAを作成したという実績でDAMA入学の権利を得たことになるが、彼女は気づいていないだろう。
あまりに簡単すぎただろうし。
「光りました!」
そして、雪奈が喜ぶと同時に、包丁の刀身が爆ぜた。
「キャッ!」
俺はとっさに雪奈から包丁を奪うと、彼女の手を確認する。
良かった、手に怪我はないようだ。
まぁ、怪我があってもバブルスフィアを解除すれば消えるんだけど。
「あ、あの!
今のは一体……私が設計を間違えたせいでしょうか……?」
雪奈が刀身を失った包丁を見ながら声を震わせる。
刀身は爆発したわけではなく、熱を持ってねじ曲がっていた。先ほどの爆発は、歪みにより魔力が通らなくなり、内部で暴発したのだろう。
「いや、空間を操作する別の機能が実行されるならともかく、ひしゃげるのは考えづらい。
アイズ、刀身を確認して」
「精査中……
魔力溜まりによる暴発と、空間歪曲と判定」
「暴発……空間歪曲……」
そういえば何か授業で聞いたことがあるような……
「たしか、空間乖離現象……
アイズ、回路表に長時間使用の注釈が乗ってなかった?」
「検索。載ってる。注意事項として、連続稼働で空間乖離現象が発生すると記載されている。
追加検索……最新の工業用空間切断DAを確認。連続稼働は1秒、クールタイム2秒が推奨されてるね。
回路表の確認が不足していた。僕のミスだ」
「いや、授業で習ってたのに忘れてた俺が悪い」
さて、こいつは困った……
「あの、何が起きたんですか?」
雪奈が心配そうに声をかけてくる。
「えーっと……
空間切断は空間を切る。切られた空間は元に戻ろうとする。それが空間乖離に伴う復元現象。略して空間乖離現象も呼ばれる。意味が全く逆になってる気がするけど。
つまり空間切断中は、刃を挟むように空間が圧迫してくるわけだ。そうすると魔力の通りが悪くなったり、刃が空間ごとねじ曲がったりする。
その結果がこれだ」
雪奈が知らないのは、アイズが用意した空間切断の参考書には載っていなかったのだろう。
「1秒くらいで電源を切らないと壊れちゃうということですか?」
「そういうこと」
「そんな……」
雪奈が悲しそうにする。
仕方がない。ワクワクしながら作った初めてのDAがすぐに壊れてしまったのだ。
「後で3Dプリンタで作って、新しい包丁として使おうと思ってたのに……ちょっと使い辛すぎます……」
「ああ、そこが悲しみポイントなんだ……」
雪奈、長時間使えたとしても、手が滑った時に非常に危ないし、そもそもまな板が役に立たなくなるからどちらにせよ使っちゃダメだぞ。
The Cucumber Sword is Mightier than the Ideal Fantasic Sword - 了
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