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幕間 初デートの定義は満たされない (公園)

 私は彼が気に入らなかった。

 私は彼が理解できなかった。



 けれど、嫌いではなかった。



 中学に入り何の部活に入ろうかと彼と話していた時、あの人と再会した。

 あの人は奨励会に入らず、将棋部に入るようだった。どうやら好きに将棋を指したいらしい。


 私は将棋部と書道部のどちらに入るか悩んだが、結局将棋部に入ることに決めた。あの人に勝ちたかったからだ。

 私は様々な部活を転々とする彼に助けを求めた。断られると思っていたけれど、彼はすんなり承諾した。今まで断られていた再戦も引き受けてくれた。あの時ほど強くはなかったけれど、あの人の打ち筋を真似て相手をしてくれた。

 彼とは毎日毎日たくさん指して、そして時に負けた。負けるたびにあの人に負けられないという気持ちが強くなった。


 二月ほど経った頃、部内で新人戦が開かれることになった。部活内であの人とは何度も指して、実力が開いて行っていることは理解していた。きっとここで勝てなければ、二度と勝つチャンスはないだろう。

 私は彼に最後の助けを求めた。予め用意してくれていたのだろうか、彼は私の思いつかなかった戦術や考え方、果てには盤外戦術まで詳しくプレゼンしてくれた。

 彼の方が将棋の腕は弱かったけれど、彼を知り、彼を習い、なるべく彼に近づいた。そうして、CPUは私、OSは彼というべき状態に至った。


 来る新人戦。私とあの人は戦い、そして――



 次の日退部届を持って部長の所に行くと、先にあの人が来ていた。どうやら強くなるために奨励会に入ることを決めたらしい。将棋部にはいられないので、彼も部室を去った。

 私は将棋部を辞めて書道部に入った。辞めさせてもらう条件として、今後も大会には参加することになったけれど仕方がない。有力部員二人がいなくなった部長はひどく落胆していた。ごめんなさい。


 明くる日、私はあの人に呼び出された。今から将棋を指して、勝ったら付き合ってほしいと言われた。

 彼のことは嫌いではなかったけれど断った。絶対に勝てない勝負を受けるつもりはない。何となく、彼の心が少しだけ理解できた気がした。

 あの人は残念そうに、「心に決めた人がいるんだね。勝てそうにないや」と言った。あの人の言う「心に決めた人」に心当たりはなかったけれど、『勝てそうにない』だけで諦める人を私は選ぶ気になれなかった。


 私から解放された彼は、変わらず部活を転々としていた。彼は自分のことをあまり話さなかったけれど、移った先の部活で何をやらかしたかについてはクラスメイトから話を聞いていた。きっと相手の中にはあの人のように私以上の才能を持つ人もいただろう。しかし彼は何時もの笑顔で勝負を挑むのだ。


 私は一度で限界だった。あれを続けることはできない。


 付き合ってもらった礼をしたいと彼に申し出た。何でもする。何でもしたいと言った。彼は習字で一筆書いて欲しいと言った。よく目にするなんということはない字だ。


 私は心を込めて、将棋をしていた日々を思い出しながら、その字を書いた。

 納得のいくまで何百回でも書き直すつもりだった。けれど、ただの一度で、今までで最高の字を書くことができた。


 自分で書いた字を見て、心に明かりが灯っていることに気が付いた。


 その正体が知りたくて、私から彼に送りたい字を書いた。


 彼に二枚の字を送った。彼は喜んで受け取った。幸い私の手から離れた二枚は焼かずに済んだ。




 こうして私は恋に落ちた。

 それに気が付いたのは、もう少し後のことになるけれど。





 私は良二くんにしな垂れかかっていた。

 来た時は甘えるように腕を取っていたけれど、今は支えてもらうようにしがみついている。


「平気か?」


 良二くんが心配そうに言ってくる。


「平気よ。どこも悪くないわ」


 私は答える。身体は平気だ。少し気分が悪いだけ。

 けれど私の言葉を信じなかったのか、良二くんは近くの公園に行くと私をベンチに座らせた。


「平気と言ってるでしょう?」


 私は横に座った良二くんの腕に強く抱き着く。


「……でも、もう少しこうしていていいかしら」


 良二くんは何も言わず、ただただ私に腕を貸してくれた。

 良二くんの腕は暖かくて、それが彼の腕だということを伝えてくれた。



「今日は楽しんでもらえたかしら」


 良二くんの肩に頭を乗せながら尋ねる。


「ああ。習字道具の話とか、結構面白かった。ずっと続けられるのは凄いと思うよ」

「良ちゃんは辞めてばかりだものね」


 そう言えば、前に良二くんに渡した二枚はどうなったのだろうか。知りたいような怖いような。

 ……きっと今頃再生紙になっているだろう。寂しいけれど。


「俺と会う前からやっていたよな。よく続けられるな。やっぱり好きなのか?」

「よくそんな昔のことまで覚えているわね。私だって何時始めたか覚えていないのに。

 そうね……好きというよりルーチンワークかしら。精神統一に良いのよ。

 続けられたのは賞を取っていっぱい褒めてもらえたからと……良ちゃんがいなかったからかしら」

「なんだよそれ」


 良二くんの方を見ると、彼はバツの悪そうな顔をしていた。


「完膚なきまでに負けて諦めたんだぞ」

「あら、そうなの?」

「やっぱり覚えてなかったか―」


 良二くんは大きくため息をつく。どうやら彼にとってかなり重要な話らしい。


「ねぇ何の話かしら?」

「覚えてないならいいさ。忘れてくれ。俺も忘れる。忘れた方がいい話なんだ、本当に」


 よく解らないけれど、追及しても話してくれないだろう。


「映画も良かった。カラオケだって楽しかった」

「良二くんをコーディネートするのも楽しかったわ。男の人を着せ替えるのも意外と楽しいものね」

「そう言えば写真撮ってなかったか?」

「全部雪奈ちゃんに送っておいたわよ。二セット選んだのは私のお勧めと雪奈ちゃんのお勧めね。どちらが私の趣味かわかるかしら?」


 良二くんは答えない。


「次に出かける時に答え合わせをするわ」

「カンニングできるな」

「してもいいわよ?けれど雪奈ちゃんもアイズくんも私に協力してくれると思うの」

「面白がるよなぁ!?」

「ふふ」

「……そういえば服で思い出したんだが、今制服持ってないや。明日どうしよう」

「あら、なんで?」

「強制解除でぶっ壊れた。予備も。白衣は残ってたかな……」


 良二くんが強制解除した回数は2回。制服は丈夫で汚れず匂いもつかないので2着あれば着まわせる。


「昔のは?」

「予備の材料にして残っていない」


 彼の制服は防御能力重視の特注品だ。素材は希少なものも使っているし、以前の制服を素材として使ってしまうのは仕方がない。


「仕方ないわね……新入生用の制服が余っているから貸すわ。明日取りに来て。新しい制服もこちらで発注しておくけれど、ちょっと時間がかかるわね」


 DAMAの制服は色々と種類があり、作業に適したものを自分たちで選ぶ。しかし新入生はどの制服がいいのか解らないので、DAMAで新入生用の制服を貸与して、梅雨明け辺りに回収するのだ。

 彼にはそれを着てもらおう。


「ありがとうな」

「どういたしまして」



 しばらく会話が途切れる。

 私は良二くんをジィっと見ているけれど、良二くんがこちらを見てくることはなかった。体調を崩した原因についても聞いてこない。予想がついているのか、あるいは障らぬ神に何とやらか。


 さらに何分かすると完全に落ち着いた。私が陥ったのは、精神的ストレスからくる一時的なパニック状態だろう。良二くんが腕を失くした説明をする――つまり、良二くんの腕が『存在していないということを認める』ことにそれだけの負荷がかかったのだ。


 私はドライな人間だ。感情とやるべきことは分けて行動できる。まさかそんな状態になるだなんて予想出来なかった。そんな状況でも平静を装って自動的に対応できてしまう自分が嫌いだ。

 いや、クラスメイトの反応を見るに、そこまで平静ではなかったのかもしれない。それなら少しだけ安心できる。


 私はこんな状態だけれど、再び同じような事態に陥った時、私は良二くんに同じように依頼するのだろう。私か良二くん、どちらかが壊れてしまうまでそれは続けられる。


 本当に嫌になる。嫌いになる。


 ため息をつく。そしてようやく、良二くんが左腕をくれなかった理由を理解できた気がした。

 断られたのに勝手に引きずってこれだ。拒否されなかったらどうなっていたか解らない。


「……ありがとうね」


 これからも引きずってしまうことは変わらないけれど、それでも少しはマシになった。


「ん」


 良二くんは唐突な礼に何の話か尋ねることもなく受け入れてくれた。何の話か解ったからではなく、私の内面の話だと解ったからだろう。


 嬉しくなって良二くんの腕を思いきり抱き締める。程よく引き締まった彼の腕。これは良いものだ。これ以上失くしてはいけない。


 だから雪奈ちゃんには期待している。彼女は私とは違うことができるだろう。あるいは右腕一本分の重しになってくれるかもしれない。その重さの分だけ、彼が失わなくて済むものもあるだろう。

 だから彼女の存在を受け入れる。彼女が良二くんのそばにいて欲しいと願う。

 元々彼女のような人は好きだ。ここのところ連絡しても返事がそっけないし、私は嫌われてしまっているだろうけれど。


 仲良くなるにはどうすればいいかしら。今までの反応的には美味しいスイーツが有力?足を運びつつ、良二くんと私の間に軋轢が無いところは見せておきたい。雪奈ちゃんは賢く理性的なので、良二くんの反応を優先してくれるはず。

 しばらくはお互い忙しいから、落ち着いたタイミングで入手困難なケーキを持参して会いに行きましょう……



 温かい。幸せに包まれている。気持ちいい。ずっとこのまま…………



 気配を感じて目を覚ます。何時の間にか眠っていたらしい。人が近くにいるのに寝てしまうなんて久し振りだ。

 気配の方を見ると、良二くんが優しい笑みを浮かべながら私をじっと見つめていた。


「女の子の寝顔を観察するのは趣味が悪いわよ」


 何時ぞやの自分を棚に上げて言う。私は良いのだ。相手が男性だから。


「……すまん」


 良二くんは目を逸らす。


「そこは謝るんじゃなくて、見惚れてたと言うところよ」


 良二くんは気の利く台詞を言うこともあるけれど、責める調子で言うと選択を間違える。もう少し自信を持って溺れさせて欲しい。


「良ちゃんの腕って抱き枕に良いのよね」


 良二くんのことは嫌いだったけれど、小さい頃お昼寝の時間になると、何時も良二くんの腕にしがみついて寝ていた。家族ぐるみで旅行した時など、枕が変わって眠れないときは良二くんの所に行って腕を借りて寝た覚えがある。良二くんのことは嫌いだったけれど、その辺りは割り切っていたのだ。


「最近よく寝れないのだけれど、持って帰っちゃダメかしら?」


 割と本気でそう思う。


「腕は良くても本体の維持費が高いぞ」

「安眠のためにはそれくらい払うわ」


 私の言葉に良二くんの顔が首まで赤く染まる。


 ………………


「ま、まぁいいわ。今日はよく眠れたから、またの機会にね」


 良二くんの腕を離すと、思い切り伸びをする。


「それじゃあ帰りましょう」



 近場のショッピングセンターへのお買い物。平凡な一日はもうすぐ終わりを告げる。




 First Step and Last Spot. - 了

予想の倍くらいの長さとなりましたが、二人きりのお買い物編、次回で完結です。

この作品らしい結末に着地できればなと思います。




お読み頂きありがとうございます。


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