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幕間 初デートの定義は満たされない (XXX~スィーツ)

 私は彼が気に入らなかった。

 私は彼が理解できなかった。



 そう、私は彼が嫌いだった。



 いつも同じクラスで、いつも隣にいて、たまに喧嘩して、それなりに遊んだり競ったりして過ごした。彼のことは嫌いだったけれど、なんだかんだで離れなかった。子供とはそういうものだ。

 右手に残った傷を見るのを嫌がっていたら、いつの間にか彼は左手を上手く使えるようになっていた。私も真似してみたけれど、三日で飽きた。気に入らなかったのでその日は口をきいてあげなかった。


 私たちの関係に――いや、私の心に変化が訪れたのは中学一年の時で、その始まりは小学六年生の将棋の大会だった。


 いつものように私と彼は競っていた。項目は将棋。今回は5日で彼に勝ち越した。そのまま毎日彼をコテンパンに叩きのめしつつ他の人とも指していると、子供将棋大会に出ないかと誘われた。

 私と彼は二つ返事で了承した。この頃になると彼の仕掛けてくるタイミングもわかる。確実に大会で勝とうとして来るはずだ。


 果たして、接戦の末私は勝利した。晴れ晴れとした彼の表情に釈然としないものを感じつつ、これで将棋も終わりだということを感じた。

 けれど彼との戦いは1回戦目。さすがにそのまま終わりにはできない。私はさっくりと優勝し、彼が一番強かったなと思っていると、対戦相手の子が泣き出した。何とか宥め落ち着かせると「絶対に勝ちたかった。都大会に出たかった。都大会頑張ってね」と言われた。どうやら優勝者は今度開かれる都大会に出られるらしい。

 勝ってしまったのは自分だし、泣いて頼まれては辞退することもできず、仕方なく都大会に出ることにした。彼は将棋を辞めなかった私を興味深そうに見ていた。都大会の練習台に誘ったけれど辞退された。やっぱり嫌いだ。


 そうして乗り込んだ都大会でも、私は勝ち続けた。彼より強い人はいなかった。彼が観客席で遊んでいる対戦ゲームを早く始めたいと思いつつ迎えた決勝戦。



 私は大敗した。


 相手は後にプロとなる将棋の天才である。

 そうして、私は生まれて初めて、決して超えることのできない才能というものを知ったのだ。



 数日後、対戦ゲームで彼を打ち負かしながら考えていた。

 勝てない人がいるのは解った。あの人との才能の差は絶対的だ。きっと2年ほど打ち込めば今のあの人には勝てるだろう。けれどその頃には10年打ち込んでも勝てない場所にいる。それが才能だ。


 対戦ゲームであっという間に抜かれながらも、それでも薄く笑みを浮かべ戦いを挑んでくる彼について考える。

 実力差で言えば、私とあの人と、私と彼は同じくらいだ。

 彼はどうして勝てるのだろう。彼はどうして折れないのだろう。



 そうして彼を打ち負かしながら、私たちは中学に進学した。

 気が付けば、私は彼が嫌いではなくなっていた。





 何時からでしょう

 隣に座る貴方との日常


 貴方のいない過去はありません

 私の過去にはありません


 貴方に恋した日私が生まれた

 この恋心 気づいた日が始まりの日


 この恋と共に生きました この恋と共に死にましょう

 この恋は貴方と共に この身体は貴方と共に

 二人の人生は常に一つ

 全ての感情は 全ての思い出は

 いつでもあなたに繋がってる


 この恋の火が消えるまで この命の火が消えるまで

 貴方の隣で ずっと歌い続けましょう




 点数:94点



 しっとりした曲調の往年の名曲「バースデイ」を歌い終わると、良二くんがジィっとこちらを見てきた。今までの聞き惚れるような表情とは違う、真剣な顔。

 流石に7連敗は受け止められないのだろうか。今回は機械採点。良二くんが策を用いても評価は覆りにくい。良二くんの声はとても心地よく歌声は素敵だけれど、それは採点には反映されない。残念だけれど、彼に勝ち目はない。

 そんなことを考えていると目が合った。話があるようだ。どうやら勝敗のことではないらしい。


 広いVIPルームの中、私は彼の隣に腰掛ける。


「なぁ、そろそろいいだろう?」


 良二くんが真っすぐと私の顔を見つめてくる。一体何の話だろうか。



 そこでふと気が付いた。ここはVIPルーム。防音はしっかりとしており、誰も近づいてこない。そこに二人きり。つまりはそう言うことだ。



 確かに想像したり妄想したり期待したりしなかったと言うと嘘になるけれどまさか良二くんが情欲に任せて行動するなんてそんなことあるはずここが初めてでいいのかしらでも今を逃してしまうと彼はもう二度と


 良二くんが瞳を覗き込んで、右手を肩に置く。ああこのまま流されちゃダメ私なら今の良二くんくらい簡単に振りほどけるそれどころか逆に押し倒すことだって簡単だわいっそ反撃してしまいましょう


「何に悩んでいるのか話してくれ。絶対に力になる」


 ……What's?


「完全防音のVIPルームに二人きり。盗聴器がない事は確認済み。電波も遮断されている。

 何より、麗が同じタイプの歌を歌い続けるのは、いつも決まって悩んでいる時だ。違うか?」


 …………


「……ねぇ、良ちゃん」

「ああ」

「このお店に予約を入れていたのは確かだけれど、普通の部屋を取っておいたつもりなの。VIPルームなのはお店の人が気を利かせたからよ」

「ん?」


 良二くんが首を傾げる。


「あと……私が悩むと同じタイプの歌ばかり歌うって本当かしら?ちょっと覚えが無いのだけれど」


 確かに思い返せば、今日は似た曲ばかり歌っていた気がする。けれどそれはそう言う気分だったからで……つまりそれが悩んでいるということなのだろうか。


「あぁ……すまん」


 良二くんは肩に置いた手をどかし、顔を赤くして目を逸らした。可愛い。


「良ちゃん。私のことを心配してくれたのね?」


 ニンマリと笑いながら彼に問いかける。きっと私の顔も良二くんと同じくらい赤いけれど、目を逸らした彼には気づかれない。


「ふふ。嬉しいわ。確かに最近悩んでいたことがあるの。

 相談に乗ってくれるかしら」

「ああ」


 ばつが悪いのか、良二くんはまだ目を逸らしたままだ。

 私はブレスレットに意識を集中して、強制的に熱を納める。


「幼馴染が最近大怪我してしまったの。それで言い合いになってしまったし、私の気持ちは全然考えてくれないし、絶対に嫌われてしまったと思っていたわ」

「…………」

「あと彼のせいで仕事が大量に増えているわね。ICBDAって何かしら?私は長距離狙撃用の属性調整機能を持ったDAとしか聞いていなかったのだけれど。戦略級DAをDAMA外で使ったことが他の国に知られたらどうなるか、想像できないわけではないでしょうし……愛韻くんに必要ないお仕事を押し付けてしまったわ」

「…………」

「DAMA内で発生した重大な怪我がどれほど管理者の手を煩わせるのかも解らないかしら。原因の究明、再発防止案の作成、各所への報告と口止め。イノベーション・ギルドの能力について疑問視している教授もいたわね。動画を見せて黙らせたけれど。学生が過剰な力を持ってしまうことに対して、より管理を厳しくするべきという意見も再浮上したわ。ディバイン・ギアは回収してDAMAが研究管理するべきという意見をやりくるめるのにどれだけかかったかしら。別に怒ってはいないわよ?彼がギアさんが帰ってきてくれたって嬉しそうに報告してくれたんだもの。それくらいはするわ。でも神経をすり減らすお仕事なのは解ってね。それにしても最秘案件なのにどこから嗅ぎつけたのかしら、あの人たち。理事長も役に立ってくれないから政府との交渉で矢面に立たされるのよ?私学生よ?明らかにおかしいでしょう。

 彼のために仕事をするのは苦ではないけれど、それでもどうしても疲れは溜まるのよ。その中で一日時間を造るのがどれだけ大変だったか、彼にも知ってもらいたいわ」


 そこまで悩んでいたわけではないけれど、口に出すとどんどんイラつきが溢れだしてしまう。


「麗が今日が良いと」

「そうね。今日は春休み最終日、これからもっと忙しくなって会いにくくなるもの。

 それでも良ちゃんと一緒にいたかったと言ったとしたら、今の話を聞いた良ちゃんは何と答えるのかしら」


 黙っていた良二くんがこちらを向いて口を開いた。


「ご」


 にらみつけて黙らせる。


「……ありがとうございます。俺も麗と一緒に居られて嬉しいです」


 うん。その言葉で少し疲れが取れた気がする。でもせっかくなら「幸せです」くらい言って欲しかったかな。


「どういたしまして。

 というわけで、良ちゃん。疲れを取るために付き合ってくれるかしら?」


 私は微笑むと、机に置いてあったもう一本のマイクを彼に渡した。


「歌いましょう?」



 中学の文化祭の打ち上げで良二くんと歌ったデュエットのバラードは、私から疲れを吹き飛ばし、決して抜かれることのない点数を叩きだした。




 目いっぱい歌いアクセサリショップやカジュアルショップをめぐった後、私たちは再びフードコートに来ていた。

 手にはクレープ。私がティラミスホイップで、良二くんはカスタードイチゴホイップだ。一口交換したけれど、私もイチゴを使ったクレープにすればよかったかなと考える。やっぱりベーシックなのが一番だ。

 良二くんはそれを見越してカスタードイチゴホイップを選んだのだろう。それなら後一口くらい強請ってもいいかな。良二くんを見つめて口を開けると、良二くんはヤレヤレと言った顔で食べさせてくれる。やっぱり美味しい。


 あっという間に食べ終わった。ちなみに良二くんはティラミスホイップの方が好きだった。


「それで、次の予定は?」

「そうね……最近少しきつくなってきたからワンサイズ大きいのを買おうと思ってるんだけれど、流石に良ちゃんは耐えられないわよね」


 良二くんの視線がちらりと動いたのを確認し、話が伝わっていることを確信する。


「そうだな。デートなら付き合うが、二人きりの買い物であって、デートじゃないからな」

「そうね。デートじゃないものね」


 普通のデートなら付き合うのだろうか。愛韻くんは誘えと言っていたし、愛韻くんならランジェリーショップデートを楽しみそうだけれど、愛韻くんはこれ以上ないほど特別だ。


「俺はちょっと席を外すから、その間に決めてくれ」


 良二くんはクレープの包み紙を回収すると、フードコートから出て行った。

 ……ふむ。期待しておこう。



「あの……すみません」


 ホクホク顔でこれからのスケジュールを考えていると、二人の女の子が話しかけてきた。

 クラスの女子だ。少し前から私たちの後をつけていたことには気づいていた。


「お話良いですか?」


 一人が恐る恐る、といった様子で話しかけてくる。


「ええ。構わないわ。何の用かしら」


 彼女たちはクラスメイトだが、同時に私は生徒会長でもある。生徒会長の顔で答える。タイミングを考えると、きっと関係違う要件だろうけれど。


「お二人はやっぱりお付き合いされてるんですか!?」


 やっぱり生徒会長の件ではなかった。

 個人的な感情としては面白そうだし肯定したいけれど、生徒会長とイノベーション・ギルドのギルドマスターが個人的につながっていると立場的にまずいし、良二くんにも迷惑をかけるだろう。


「それは違うわ。良ちゃ――良二くんとは昔からずっと一緒にいるし、お互いこれからもずっと一緒にいるつもりだけれど、まだ交際はしていないの。私も彼も今は凄い忙しいしね。

 でも春休みに一日だけ時間が取れたから、こうやって会っているのよ。

 でもあまり騒がれたくないから内密にね?」


 人差し指を唇に当ててウィンクする。

 二人はきゃあきゃあと色めいた。

 これで良し。ちゃんとただの友人だということは伝わったはずだ。邪推して変な噂をばら撒かないか少し心配だけれど、二人はゴシップ好きではあっても、あることない子と言いふらすような人ではないことは知っている。


「話はそれだけかしら?」


 そうでないことはなんとなく察しが付く。以前からこのショッピングセンターには良二くんと一緒に訪れていたけれど、今日はその時よりも視線を沢山感じた。

 私が以前よりも注目を浴びる存在となったからというのはあるだろう。けれど一番大きな理由は私ではなく良二くんだ。

 彼は以前から注目を浴びる人間だった。あるいは私よりも。他人に興味のない人は全く知らないだろうけれど、他人に興味を示す人なら須らく知っている。

 その彼が普段よりも目立っていたのは、私が近い距離で行動を共にしていたからではなくて――


「その――良二くんの腕、どうしたんですか?」


 彼女は赤らめた顔から一転、怯えたような表情で、小さな声で尋ねてきた。



 解っていたことだ。前に良二くんが右腕を失った時は何故かすぐに(・・・・・・)本物そっくりの(・・・・・・・)義椀が用意できて生体義椀が完成するまで隠し通すことができた。

 今回は違う。市販の義椀くらいなら用意できたけれど、良二くんも保護者役である聖教授も望まなかった。きっと戒めのためだろう。だから彼の無くなってしまった左手は嫌が応にも目立つ。誰も右手側の違和感に気が付かないほどに。


 私と良二くんは彼の左腕について尋ねられた時、どう答えるか予めて決めていた。


「良二くんは――」




 用意していた答えを口にした途端、私の視界は暗転した。




 意識は失っていない。口は動いている。悲しげな表情は正しく機能している。思考だって正常だ。


 ただただ、機械仕掛けのように喋り続け演じ続けることができる。私は正常だ。



 語り終えて視界が戻る。


「そんな……」


 クラスメイトが口を覆っている。今にも泣きだしそうだ。

 少し話を盛り過ぎただろうか。それとも言葉に感情をこめ過ぎたのだろうか。


「すでに傷は塞がっているし、良二くんの精神も安定しているわ。

 けれど、あまり騒ぎ立てないで欲しいの」

「はい!解ってます!皆にも回しておきますね!」


 もう一人のクラスメイトが頷くと、スマホに高速で打ち込んでいく。掲示板かSNSに投稿しているのだろう。


「あの……会長もショックだと思います!今日は二人で目いっぱいイチャイチャデートして癒されてください!」


 恋人ではないというのに、なぜイチャイチャを勧められるのか。それは確かに、癒されるとは思うけれど。それにカラオケでもう十分にストレスを発散して癒されている。

 あとデートではなくあくまで買い物だ。二人きりの。


 私は訂正しようとしたけれど、クラスメイトはチラリと横の方を見ると、私にお辞儀して「それでは」とその場を走り去ってしまった。


 彼女が最後に見た方角を見てみると、帰ってきた良二くんの姿が見えた。


「何かあったのか?」

「良ちゃんの腕のことを聞かれたのよ。打ち合わせ通りに答えておいたわ。

 それで何を話していたかしら。確か良ちゃんの上下のセットを買いにPeach Aliceに行くという話だったかしら」


 何故か少し記憶が混乱している。

 大きく息を吸って吐くと、頭の靄が晴れていく気がした。


 その様子を見た良二くんは私に優しく微笑みかける。


「今日はもう帰ろう」




 左腕のブレスレットを見る。宝玉が三つ、赤く染まっている。

 そして何故だろうか、ここに来る前よりも疲労を強く感じていた。




 It's (not) Sweet. - 了


お読み頂きありがとうございます。


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