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幕間 初デートの定義は満たされない (待ち合わせ~買い物)

 私は彼が気に入らなかった。

 私は彼が理解できなかった。



 そう、私は彼が嫌いだった。



 記憶に残っているのはいつも敗北。あるいは敗北に近い勝利。

 何時だって勝負は勝ち越しだ。

 けれど、そんなものが吹き飛ぶくらい、最後の勝負は鮮烈だ。私は彼との最後の勝負を、すべて鮮明に記憶している。

 時にはその記憶を思い出して、増々彼が嫌いになる。彼がどんどん傷になる。決して消えない傷痕になる。


 彼はどんな事にも興味を持っていて、物覚えの速さは人一倍だった。

 私も小さい頃から天才だ神童だと持て囃され、それなりに頭が良いと自負していたけれど、彼はそれ以上だった。

 大体は彼が先に始めた。私はそれに興味を示して彼に続いた。

 私は負けた。負け続けた。彼はすぐに周りよりも上手くなる。私は負けながらも彼を追い続ける。

 ある時ふと彼を追い抜いたことを自覚する。確かめるために勝負してみると、やっぱり勝てる。

 それまでの鬱憤を晴らすため、私は彼を嫌というほど叩きのめす。彼は二度と勝てないことが解らないのか、あるいは意地になっているのか、私の勝負から逃げることはなかった。負けても負けても目を輝かせて、笑顔で私に追いすがった。

 私は負けた数の数倍は彼を叩きのめした。その頃には、すでに周りには誰も私に敵う人はいない。年上にだって負けない。大人にだって勝てる。彼のお兄さんには負けるけど、同い年になれば負けないという自信があった。


 けれどある日、何時もよりも獰猛な笑顔を浮かべた彼に敗北した。

 野球で、サッカーで、卓球で、テレビゲームで、囲碁で、オセロで、チェスで、ヨーヨーで、ベーゴマで、かるたで、彼は私に勝利した。

 ゲームの内容で言えば私が勝ったものもある。けれど、私は負けを自覚してしまった。


 そして彼は爽やかな笑顔で、私の前から姿を消すのだ。



 だから、私は彼が嫌いだった。




 鏡で髪型の最終チェック。アクセサリの最終チェック。

 メンテナンスした大切な大切なかんざしは新品同様。耳元を飾るアクアマリンブルーのピアスは彼が選んでくれたものだ。ネックレスはオープンハート。色々と意味を考えてしまう彼だ。このハートマークも深く深く考えて欲しい。

 眼鏡は何時もの通りのオーバル型のフルリム……ではなく、赤色のアンダーリムだ。良二くんとお揃いだ。もちろんD-Seg。納品された新型があったので、ちょっとだけ貸してもらった。

 化粧のチェック。良二くんは濃い化粧を好まない。丁寧に時間をかけた、それとわからないほどに薄っすらとしたメイク。ただし、唇だけはすぐ気が付くほどに艶やかに。しかし決して派手過ぎず、目立ちすぎず。この加減が難しい。良二くんなら唇だけじゃなくて、彩った眉や頬もすぐに気が付いてくれるだろう。


 最後に笑顔のチェック。

 うん、今日も私は完璧だ。


 D-Segで駅前の監視カメラをチェック。良二くんを発見。集合十分前だけど五分前にはあそこにいるのを確認している。

 前はスマホなどの電子機器の操作は良二くんに甘えていたけれど、そうもいかなくなったので今はそれなりに自分で操作できるようになった。DAMAの敷地内のカメラくらいなら簡単にアクセス可能だ。

 それでは、彼の死角になるようなところから声をかけよう。


「ごめんなさい、待ったかしら?」

「いいや、今来たところ――」


 振り向いた良二くんが固まる。


 私の今日の服装は何時もの浴衣……ではなく、白いガーリーなワンピースで、その上にベージュのカーディガンを羽織っている。

 スカート丈はふくらはぎまで。そこから下はピンクのソックスが覗いている。

 髪型も和服に合うように編み上げるのではなく下している。後ろだけ編み込んでおり、私のトレードマークであるかんざしで止めている。


 普段が浴衣姿のため、あえて平凡な私服でまとめてみました。その方が印象に残ってくれるはず。

 色は淡色だけれど、それが逆に私の鮮烈な赤い髪色と、赤い瞳を焼き付けてくれる。

 その結果はというと……確認するまでもない。


「ふふ。今日は褒めてくれないのね」


 けれど、その表情が、その視線が、彼が何を感じたのかを雄弁に物語ってくれる。

 何時もみたいに流れるように評価して褒めてくれるのも嬉しいけれど、こちらの反応の方が心が感じられつい笑顔がこぼれてしまう。


「その」

「言わなくても平気よ。

 あと――良ちゃんも似合っているわよ。格好いいわ」


 良二くんの上着はネイビーのテーラードジャケット。その下には白のシャツ。ボトムスは薄いカーキーのスラックス。

 清潔感のある大人の男という感じで新鮮だ。なんとなく良二くんのセンスではない。かなり薄くだが化粧で顔立ちを整えている。彼にそういう趣味は無い。きっと雪奈ちゃんだ。

 私とのお買い物なのに、他の女の人にコーデしてもらうのはマイナスだ。けれど趣味がいいので今回は不問とする。私もヒトのことは言えないし。とりあえずD-Segで写真だけ撮っておこう。10枚くらい。


 私は未だにあたふたとしている良二くんの右側による。


 ジャケットから出ている右手はよく見れば人工皮膚を使った義手だということがわかる。

 左腕は……何もなく風にそよいでいる。


 私は彼の右腕を取ると、思い切り胸元に引き寄せた。


「麗火さん!?」


 さらに慌てる良二くん。

 慌ててはいるが、嫌がってはいない。良二くんは大きいお胸が好きというのは調べがついている。愛韻くんほどではないけれど、私もそれなりに立派なつもりだ。


「良ちゃん」


 名前を呼ぶ。


「……麗火さん」


 少し落ち着いた良二くんがもう一度私の名を呼んだ。


「良ちゃん」


 もう一度昔の呼び方をする。


「……麗」


 良二くんは渋々と言った体で、私の名前を呼んだ。

 けれど、そこに何時もの少し離れた距離感ではなく、昔のただの幼馴染だったころの距離感を覚えたのは、きっと気のせいではないだろう。


「良ちゃんは今左腕が使えないでしょう?しっかりと捕まえておかないと危険だわ」


 良二くんの腕を抱く両腕に力を籠める。


「右手でもいいだろう」

良ちゃんの腕(・・・・・・)を感じたいの」


 良二くんがバツの悪そうな顔をする。


「それとも……嫌だったかしら」


 良二くんの顔を覗きこむようにして寂しそうに言う。


「……好きにしてくれ」


 良二くんが少し照れた表情をした後、目線をずらした。


「それじゃあ好きにするわね」


 想いきり抱き着き、肩に頭を乗せる。

 慌てる様子を感じたけれど、気にせずに頭を摺り寄せる。


 折角柔らかさを感じられるようブラにも拘ったのだから、たっぷりと私を感じて癒されて欲しい。


 ――彼に残った、両腕の残りで。


 私も、彼の残りを沢山感じていたいから。だから、この我儘を許してほしい。




 こうして、私と良二くんの二人きりのお買い物は始まった。





「それで、何を買いたいんだ?」


 流石に歩き辛いということで良二くんの腕を少しだけ解放してあげて、私たちは目的地に歩いていく。

 とはいっても駅のすぐ近くにあるショッピングセンターだ。

 学生の非常に多いDAMAトーキョーで、とりあえずここに来れば日用品がほとんど揃うことで有名だ。

 ちなみに聖剣関係の商品は置いていない。


「新しく文房具店が開いたのよ。そこで習字道具を扱っているのだけれど、一度見てみたくて」

「習字か……まだ続けてるんだよな」


 習字は私の趣味だ。

 昔から良二くんを追って沢山の習い事をしたけれど、未だに続いているのは良二くんと競うことのなかった習字と音楽関係だけだ。

 後は良二くんが辞めるのと同時に私も辞めてしまった。


「そういえば剣聖生徒会に飾られてる標語も麗の手書きだったか。

 今は『臥薪嘗胆』だっけ?」


 良二くんは何時もよく見ている。そして、私の字を覚えてくれている。私の字だって、気が付いてくれる。

 私は良二くんの腕に力を籠める。


「時々だけれど、コンクールにも出しているのよ。この間は最優秀大賞だったわ」

「知ってるよ。言い忘れていた。おめでとう」


 良二くんがほほ笑みかけてくれる。

 右腕が自由だったら、頭の一つでも撫でてくれたかもしれない。


「けれど、一つ上の人が東京都知事賞だったわ。

 次は私が絶対に勝つから応援してね?」

「ああ。麗なら絶対に勝てるさ」


 本音なのかどうかは解らない。けれど、今はその言葉に甘えたい。



 私は良二くんと一緒に買い物を楽しんだ。



「ふふ……良い筆が買えたわ」


 随分と長い時間かかってしまったけれど、良二くんは文句を言うこともなく最後まで付き合ってくれた。

 何も知らない彼に色々と説明しながら選ぶのも楽しかった。

 今まで気にもしていなかった事から、新しい方向性が見えた気がする。


「最近はネット通販で買うことも多かったけれど、やっぱり筆は実物を触ってみないと駄目ね」

「持たなくていいのか?」


 ちょっと奮発して、色々と買ってしまった。

 良二くんは男として荷物持ちを引き受けてくれようとしたけれど、そうもいかない。


「右腕は不慣れな義腕。左腕は不在。そんな人に持たせるほど鬼じゃないわよ。

 それとも両腕が開かないと抱き着いて貰えないからかしら?」


 そもそもそんなに重いものでもない。可愛らしいフクロウの文鎮があったから買ってしまったけれど、それも魔力を身体能力向上に回せる私には重さを感じるものではない。


「それじゃあ俺は何のための付き合いだ?」

「いてくれるだけでいいのよ、いてくれるだけで」

「そうか。

 ……昔は荷物持ちに駆り出されてた覚えがあるんだが」

「そうだったかしら?きっとその子は照れ臭かったのよ」


 良二くんとの買い物は初めてではない。

 小さいころ――彼のことが嫌いだった小学生の頃から、彼を連れまわしていた。いつも何か理由を付けて。

 確かに一人だと近くのお店にも行かせてもらえないことがあったけれど、彼と一緒だったのはそれ以外にも理由があったのかもしれない。

 今はもう、それが何故なのか思い出せないけれど。それでも、大切な思い出として残っている。


「それじゃあこれで終わりか?」


 良二くんが眉をしかめる。

 彼が想像している通り、これで終わりなはずがない。



「何言っているの?女の子の買い物は、物を買って終わりじゃないのよ?

 良ちゃんも知っているでしょう?」



 ここからが二人きりの買い物の本番だ。




 Shopping Strategically with You. - 了

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