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エピローグ_3 最後に残った報酬

 私はあの夜のことを思いだす。

 雪奈ちゃんとの熱くて苦いガールズトーク。




『状況はどうですか?』

『先ほどようやく中継がつながったわ』


 D-Segにはギア:アイズとギア:ナイツが白い紫月さんと戦っている姿が映し出されている。


 ギア:ナイツのキックによりドレスを着た白い紫月さんが倒れ、輪之介くんがそのコアを開放する。

 しかし戦いはそれで終わらず、白い桜の花びらが辺りを覆っていく。


 最終的に良二くんが私のSCカードを使い、すべての花びらを焼き払った。


 バブルスフィアが解除され、良二くんが倒れ込む。見たところ大きな怪我はしていないようだ。


『ふぅ……』


 私が安堵のため息をつくのと、雪奈ちゃんがため息をつくのは同じタイミングだった。


『何とかなりましたね』

『ええ。まさかアレを使うことになるなんて……』


 深界バブルスフィア内の深界獣を押しとどめられず溢れそうになる場合も想定はしていた。無限炎天はその時全てなかったこと(・・・・・・・・)にできるよう、予め手続きだけは進めていた。

 制御しきれなければ良二くんも燃え尽きる。あるいはバブルスフィアの外まで火が漏れるようなことがあった場合、世界自体が消失してしまう。

 本当に、使いたくなかった。


 倒れている良二くんを見ると、許可するべきじゃなかったのかもという考えすら、頭をよぎってしまう。

 ――自分には、そんな決断手出来ないけれど。


『麗火さんも使えるんですよね?』

『使えたはずよ。今は無理だけれど。

 ごめんなさい、ちょっと詳しくは話せない事なの』


 危険なDAには使用に制限がかけられる。無限炎天は私が造ったDAだけれど、もうその設計図も起動式も詳細な原理ですら私の頭の中にはない。知っているのは……私にこの機能のヒントをくれた人だけだろう。


 D-Segに映し出されている良二くんは、どうやら気絶しているようだ。輪之介君に介抱されている。

 拡大してみてみると、どうやら喉と腕に火傷を負っているようだ。

 ……強力なSCカードを読み込むと負荷がかかるという話は聞いていた。昨日の戦闘記録も見た。けれど、気絶するほどの、DGSのスーツでも抑えきれないほどの負荷だなんて聞いていなかった。

 きっと昨日も彼は、私のSCカードのせいで……


 喉の奥に吐き気を感じる。右腕に痛みを覚える。


『麗火さん。酷いことを質問してもいいですか?』


 喚き散らしたくなる心を抑えてずっと良二くんを見ていると、雪奈ちゃんから声をかけられた。。


『……ええ、いいわ。貴方にはその権利があるもの』


 何を質問されるのかは、予想出来ている。


『大切な人が傷つくのが解っていて、それでも依頼するのはどんな気分ですか?』


 雪奈ちゃんに似合わない、感情の感じられない声。私が、それを出させてしまっている。


『……ストレートに聞くのね』

『麗火さんは、私とマスターの出会いのことを知っていますよね?』


 当時は知らなかった。今は知っている。良二くんが雪奈ちゃんと同棲していることを知って、すぐに調べたのだ。

 良二くんらしい行動だったけれど、私は上手く受け入れられず、その日は熱を出してしまった。


『私に麗火さんを責める資格が無いのは解っています。でも、それと私の感情は別の話なので』

『ええ、そうね。その通りよ』



『――最悪よ』



 それ以外の言葉が見当たらない。


『それでもマスターに依頼するんですね。剣聖生徒会会長だからですか?』

『それが私の役割だからね。それに良二くんなら喜んで引き受けてくれるのが解っているもの。

 だからね、私の感情さえ(・・・・・・)無視すれば(・・・・・)何も問題ないのよ』

『それは』

『義務と資格と権利は私の感情とは別の話なのよ。

 ――会長になる時には、まさかこんなことになるんて露ほども思わなかったけれど』


 私自身何故会長になれたのかわからなかった。けれど過去の仕事に目を通した今なら解る。

 DAMAトーキョー剣聖生徒会会長とは煌びやかな役職ではなく、むしろその逆の汚れ仕事を振り分ける役職だった。

 私の選択によって人が死ぬ。世界が滅ぶ。そういうこともある仕事だ。感情を切り離せるような人でなければ務めることは出来ないだろう。


 自分勝手な人の多いDAMAでは、私以上に素質のある人はいなかった。だからと言って、私に素養があるわけでもないのだけれど。


『……よくわかりません』

『そうでしょうね。私だってそうだもの。

 何をするべきか解っていて、それが正しいと解っていて、それが出来てしまうとして、それでも心が納得するかは別問題なのね。

 私は生徒会長にはなれても、生徒会長には向いていないわ。

 本番はこれからなのに、前途多難ね』


 新学年すら始まっていないのに、私はすでに胃に穴が開く思いだ。

 生徒会のメンバーは能力は高いけれど、まだまだ経験が足りていない。早く仕事を任せられるようになって欲しい。


『……私は、麗火さんは生徒会長に向いていると思います。きっと、最後まで正しく頑張れます』

『ふふ、ありがとう』

『麗火さんはマスターと真逆なんですね。

 マスターはきっと――』


 良二くんなら、感情を切り離せず最善のために行動し続けて、たとえ最善を出し続けられたとしても、何時かは壊れてしまう。


『ええ。だから良二くんにはこれからもイノベーション・ギルドのギルドマスターとして頑張ってもらうわ。

 私にはできない事だから』

『これからも……ですか。

 もし……もしマスターが深界獣に倒され、死んでしまったらどうしますか?』

『そうね……ケジメをつけて、依頼した責任を取って、その後泣くでしょうね』


 良二くんに依頼を出す前にさんざん悩んだことだ。けれど、どれだけ悩んでも私には良二くんに依頼するという選択以外はなかった。だから、償い方を考えた。


『ケジメと責任はどうやってとるんですか?どうやったらとれるのでしょうか』

『そんな大げさなものではないわよ。

 私の属性は私の心に影響を受けるの。感情が高ぶれば身体が熱くなって、周りにも影響を与えるわ。昔は服が燃えて大変だったのよ?

 今はDAで制御してるけれど』

『マスターのお手製ですか?』

『正解。アクアマリンブルーのブレスレット。

 ――今はそれを外しているわ』


 机の上に置かれたブレスレットを見る。アクアマリンのような涼しげな青色で、透明感のある翡翠のような鉱石で出来ている。

 そこには透明の五つの魔石が填められており、私から魔力が放出されるとその魔石が吸収するように設計されている。

 全ての魔力が満ちた後は、その魔力を用いて私の身体を保護してくれるため、ブレスレットを付けようになってからは大きな被害は出なくなった。


『マスターが死んだらどうなりますか?』

『さぁ?さっき良二くんが倒れた時には手に持っていたスマホが溶けたわね。手も少し火傷しているわ』


 スマホは使えなくなったため、燃やして灰にしてしまった。

 内部から焼かれた(・・・・・・・・)掌は、すぐに治るだろうから問題ない。異常な熱量に耐えられるよう身体が成長した影響なのか、あるいは魔力が高いおかげなのか、私は人よりも自然治癒力が高い。


『……平気なんですか?』

『どうでもいいじゃない、そんなこと。

 最期くらい何も考えずにパッと咲くわ。泣けないのは(・・・・・・)寂しいけれど』

『――ごめんなさい』

『いいのよ、別に。覚悟の上だもの。

 でも、良二くんには秘密にしてね。恥ずかしいから』

『言えるわけ、ないです』

『そう。

 それで、雪奈ちゃんはどうするのかしら』

『私ですか?私は――』


 答えは聞けなかった。

 紫月さんが現れて、良二くんを攫ったのだ。

 雪奈ちゃんは、一体何と答えようとしたのだろう。

 私はどんな答えを期待したのだろう。



 私は卑しい女だ。



「おい会長、流石にヤベェぞ」


 声をかけられた方を見ると、グラマラスな女性がジト目で私の方を見ていた。剣聖生徒会情報担当の長身オレ娘の愛韻くんだ。

 相変わらず今日も制服を着崩して扇情的な姿で周りにアピールしている。

 今日はみんな出払っており、生徒会室に愛韻くんと二人きりだ。


「何か問題があったのかしら」

「問題は会長の頭ン中だろ……今日24回目だぞ、ため息つくの」

「ため息なんてついていたかしら」


 全く身に覚えがない。


「はぁ、なんかバカみたいな悩みでも抱えてるんだろ?

 オレが聞き流してやるから話してみろ」


 愛韻くんは結構な姉御肌だ。女生徒からちょくちょく相談されていると聞く。もちろん恋の相談もだ。

 ……でも、相談が終わると相談なんかどうでもよくなり愛韻くんに纏わりつくようになるらしい。

 相談しても平気かしら?


「会長には手ぇ出さねぇから安心しろって」

「他の生徒には手を出してるということかしら?」


 ジィっと見ると、愛韻くんは目をそらした。


 はぁ、とため息をつき、ようやく自分がため息とついていることに気が付く。

 仕方がない、愛韻くんでも話さないよりはマシだろう。


「フラれたのよ、昨日」


 端的に説明する。


「は?会長が?マジで?

 ありえねぇだろ……相手は何処の玉無しだよ」

「玉無しじゃないわ。腕無しよ」

「腕無し……良二か」


 やっぱり愛韻くんは今回の件を知っている。リモートで作業せずに部屋に来たのも、その辺りに探りを入れるためだろう。

 私は今まで何も話していない。しかし剣聖生徒会情報担当は優秀なのだ。


「押し倒せばヤレそうなヤツ相手に、会長が選択肢ミスったのかよ。

 というか、会長も間違えることあるんだな」

「何時も二割は間違えているわ。問題はその後どうリカバリするかよ」

「今回はリカバリも失敗したと」

「リカバリする隙もなかったのよ。間違えたと気が付いたときにはすでに終わっていたわ」


 いや、あったかもしれない。彼の腕に触れる、その直前。彼が私の意図に気が付いてくれたのが嬉しくて、彼の心を読み違えた。

 私にも、ソレをくれると思ってしまったのだ。


「きっと、彼のことを考えるつもりで、自分の事しか考えていなかったのね」


 ああ、ようやく理解した。私は雪奈ちゃんと紫月さんに嫉妬していたのだ。

 だから、雪奈ちゃんや紫月さんのいるところに並びたかった。彼の疵になりたかった。なんて浅ましい。


 そして結果は惨敗。私は最悪の地雷を踏みぬいた。


 良二くんはあの後も普通に接してくれたけれど、どこか壁のようなものを感じた。

 それが気に食わないで、最後には八つ当たりのようなことまで言ってしまった。



 致命的だ。きっとあの時のように、私と彼は離れるだろう。



 前はお互いに落ち着くまで離れてから、イノベーション・ギルドへの依頼という形でなし崩し的に再び近づくことができた。

 立場上きっとこれからも何度も顔を合わせはするだろう。けれど、それは新しい関係ではなく、今の関係の延長線上のものだ。私の失態は常に付きまとう。顔を合わせるたびにあの気まずい空気を思い出してしまう。そんなの、私は耐えられない。


 そもそも今の関係を続けるべきじゃないのかもしれない。


 話には聞いた。報告は受けた。映像だって見た。

 でも差一昨日に彼が寝込んでいる姿を見た時、私は気が狂ってしまうかと思った。病室を訪ねてから、出ていくまでの二時間、何をしていたのかの記憶は一切残っていない。

 昨日もそうだ。上半身を起こした、両腕のない彼の姿を見た瞬間、目の前が真っ白になり、喉が空虚になり、胸の奥が締め付け潰されてしまうような感覚を覚えた。すぐに外見は取り繕ったけれど、良二くんは心配そうに私を見ていた。腕を失ったばかりの、最も辛い彼自身に心配をかけてしまったのだ。身体に熱を覚えてブレスレットに目を向ければ、宝玉は一瞬にして3つが赤く染まっていた。


 彼が負った決して消えることのない傷跡、それは私が依頼を持ち掛けたから生まれたのだ。DGSの問題が浮上した時、良二くんを紹介する事が最善だと思った。DGSの二人はこの上なく成長した。補習と追試もつつがなく終了した。深界世界について多くを知ることができたし、紫月さんだって助けられた。確かに彼の傷を考えなければ最善ともいえる結末だったと思う。けれど、本当に良二くんに頼む以外の方法はなかったのだろうか?

 輪之介くんのカウンセリングを行い、もう一度戦えるようにするべきだった。深界バブルスフィアが弾けることを前提にして万全の状態で風紀騎士団で対応するべきだった。昇人くんに適切な教育と強化だってできたはずだ。良二んが絡まなければ、きっと紫月さんも姿を見せず深界獣も倒せる程度に収まっただろう。大切なこと(・・・・・)を蔑ろにできれば、それ以上に大切な良二くんを守れたはずだ。

 ではなぜ私は良二くんを選んでしまったのか。最後の一押しは何だったのか。



 この部屋で彼が初めて変身した姿を思い出す。彼が華麗に戦う姿を思い出す。彼が傷つきながらも死力を尽くす姿を思い出す。

 その胸の高鳴りを思い出す。



 単純な話だ。情けない話だ。目をそむけたくなる感情だ。

 私自身がヒーローとなった彼を見たかったのだ。

 この選択が最善だから。彼が望んでいるから。保護されて安全だから。怪我なら治るから。そんなことを言い訳にして。



 否定されて当然だ。拒絶されて当然だ。私が優先したものは、私の望みは、私の本心は、彼が私に望むものに一切合切一致しなかった。


 何が偽偽善者だ。何が偽善者にすらなれないだ。私なんて正義からほど遠い。彼を貶す資格なんて全くない。

 全ての元凶は私だ。良二くんは楽しかったと、後悔しないと言ってくれたけれど、そんなはずはない。私の心の内を知れば、きっと軽蔑する。後悔する。

 このままじゃいけない。このままだと私は良二くんにまた甘えてしまう。同じような選択肢を前に、また良二くんを危険にさらす。

 そうならないよう、私は彼に合わないべきだ。そうなる前に、彼との今の関係を解消するべきだ。

 どの道、彼には嫌われ愛想をつかされているはずなのだから、何も問題ない。これ以上下は無い。


 そうだ。そのためにはまずイノベーション・ギルドには――



「だからヤベェっつてんだろう、会長!」


 頭に衝撃を感じて我に返る。


「熱暴走起こしてるじゃねぇか。さっさと冷やしやがれ」

「冷たっ」


 いつの間にか愛韻くんが私の隣にいて、私の首筋に冷却材を押し付けてきた。


 身体の熱が急速に冷めていくのを感じる。逆に炎天下の車内でも三日持つという触れ込みのDA冷却材はあっという間に溶けてしまった。

 手首を見てみると、宝玉が二つ赤く染まっている。ちょっと熱を上げ過ぎてしまったようだ。思考も明後日の方向に暴走していたように思う。


「ありがとう。落ち着いたわ」

「翠がいないときにはもっと気を付けろよ。この部屋には熱に弱い機材もあるんだからよぉ。

 その冷却装置を新調したらどうだ?」


 愛韻くんが私のブレスレットを見る。


「駄目よ。これは特別製だもの」

「粗末なつくりじゃねぇか。会長ならもっと質のいいDAを用意できんだろ?」

「駄目よ。これは良二くんが素材から厳選して私のために造ってくれたものなの。

 これ以外なら抑えきれずに灰になるわよ」


 灰になった後どうなるか。それは袖の奥、肩まで巻かれた包帯が物語っている。良二くんの目に映る場所は何とか治せたけれど、それ以外の場所はあの日の火傷は治っておらずまだ赤くなっている。

 体内の熱が抜けきっていないのが原因のため、DAによる治療もあまり効果が無い。


 私の言葉に、愛韻くんが頭を抱える。


「悩むまでもなく答えが出てるじゃねぇか……

 失恋して弱ったところに、良い感じに手ぇ出せると思ったのに」


 私は愛韻くんの言葉の意味が解らずにキョトンとする。


「フラれようが会長に道は一つしかねぇって話だ。

 そもそも何ミスっちまったんだよ。今からでも挽回できるかもしれねぇだろ?」

「そうね。まずはそこから解決していきましょう」


 解決するべき問題は二つ。

 一つは良二くんの自己犠牲精神。イノベーション・ギルドへの依頼を抑えれば必然的に抑えられるけれど、きっと力を借りなければいけないときは来る。先ほどは考えが暴走してしまったけれど、今後良二くんの力はどう考えても必要だ。彼にはそれだけの実績がある。だから、その時に彼が自分を守れるよう、何かしらのストッパーをかける必要がある。

 もう一つは良二くんとの関係。昨日の一件で私は愛想を尽かされた。きっと良二くんは今のままでも依頼を受けてくれるし、きちんとこなすだろう。しかし拗れた関係性は過程と結果に悪影響を及ぼすはずだ。

 これからも良二くんとの関係は続く以上、会長になった時のように問題を先延ばしにし続けるわけにはいかない。早急に健やかで仲睦まじい関係に戻らなければならない。今後を考えるなら可能な限り密接な、幼馴染を超えた関係になりたなることが望ましい。


 今は頼れるのが愛韻くんしかいない。この情報の申し子を信じてみよう。


「良二くんの左腕を欲しがったの」

「……そりゃあガチでヤベェな」

「ええ。彼女たち(・・・・)に嫉妬してしまったのね。責任を取ると言って良二くんに迫ったの。

 その結果『片腕一本だってくれてやらない』と断られたわ」

「そりゃそうだろ……何を考えたら平気だって思うんだよ……」


 何を考えたら、か。あの時私は何を考えていたのだろうか。ただただ、情動に身を任せていたようにも思う。

 両腕の無い良二くんを見てから、ずっと私は真面ではいられなかった。


「冷静ではなかった事は認めます。私の紹介した仕事で片腕を失ったのよ?その責任くらいとりたいじゃない。彼の片腕くらい引き受けたいじゃない。

 それを拒否されたら私にどうしろって言うのよ。私なら彼女を見捨てたって蔑まれて、それが事実で、私に何ができるのよ。

 彼女より良ちゃんの方が大切だって、その気持ちすら否定されたらもうどうしようもないじゃない」


 言葉にすると泣きたい気持ちが強くなる。けれど涙が零れることはない。ブレスレットの方を見ると、宝玉が一つ赤くなっていた。


「何度ヤベェって言わせんだよ……」


 愛韻くんが新しいDA冷却材を放り投げてきたので、頭に当てる。すぐに体が冷えていく。


「つまり、後から来たヤツ等ばかり大切にされて、自分は蔑ろにされた上に醜い心を知られて嫌われたってことか?」

「そんなところかしら」


 他人に言われるとイラッと来るけれど。


「脈がねぇから新しい奴に切り替えようぜ。オレとか」

「燃えたいのかしら?」

「腕一本くれてやれるやつが二人もいるんだろ?流石にどうしようもねぇだろ。腕は二本しかねぇんだぞ。

 命か脚でも貰わねぇ限り勝てねぇじゃねぇか」

「そうね……私もその程度はと(・・・・・・)自惚れていた(・・・・・・)けれど、それが甘えだったのね。愛想を尽かされて当然だわ」

「……ん?んん?」

「一から……一からやり直しましょう。

 甘えずに、真剣に真正面から向き合って、彼を受け入れて、彼を支えれば、きっと私のことも受け入れてもらえるわ。私の気持ちだって理解してもらえるはず。

 今回みたいなことも起こるだろうし、しばらくは上手く喋れないと思うけれど――」


 ピコン


 心を入れ替え、彼の心に寄り添い歩いて行こうと考えていると、D-Segに連絡の通知が届いた。

 誰かしら?

 ……ふむふむ、なるほど。


「どうかしたか?」


 私の言葉が途切れ不審に思った愛韻くんが尋ねる。


「買い物のお誘いが来たの」

「買い物?会長がフラれたと聞きつけた奴からの誘いかよ。傷心中の所を漬け込もうとかふてぇヤロウだな。一体誰だ?」

「良二くんよ」

「……はぁ?」

「良二くんから買い物の誘いが来たのよ」


 そう言えば決戦前日に、買い物に行こうと誘っていた。スルーされたかと思っていたけれど、覚えていたらしい。


「フラれたって話じゃなかったのかよ!?なんでデートに誘われてるんだよ!」

「デートじゃないわ。買い物よ。二人きりの」


 そこは重要なのだ。主に良二くんにとって。


「ねぇ、愛韻くん。どうして良二くんは平気なのかしら?男の子ってそういうものなの?」

「オレにも訳解んねぇ。

 片腕をくれなんて言ってきた女なんか怖くて仕方ねぇだろう、普通」

「仲がいいなら普通じゃないかしら?」

「早速調子に乗ってんじゃあねぇか!」


 あら、いけない。ちょっと自惚れてしまった。自戒しないと。

 冷静に自分を戒める私の姿を見て、愛韻くんがため息をつく。


「会長も良二もヤベェな。拗らせすぎてんだろ……」

「あら、貴方たちよりはマシよ」


 私の知る限り、音彩と愛韻は私たちとは比べ物にならないレベルで関係を拗らせている。

 それに比べれば、私たちなんてよくある三角関係(・・・・)だ。


 さて、よく解らないうちに一つ問題が解決した。けれど、まだ考えなければいけないことがある。


「ねぇ、愛韻くん。新しく一つ問題ができたの」

「会長、下らねぇことを相談しようとしてねぇか?」

「下らなくなんかないわ。良二くんとのお買い物プランだもの。どこで何を買おうかしら?良二くんは片腕だし、右腕も慣れない義椀だろうからそこは気をつけないといけないと思うの」

「なんでオレが会長のデートプランなんて考えなくちゃいけねぇんだよ……」

「デートじゃないわ。買い物よ。二人きりの」



 問題はもう一つある。良二くんの無茶な行動だ。

 私の方で彼に回す依頼を考え、忠告し、動向を探ることである程度は予防できるだろう。無茶を思いとどまるよう言い含むこともできる。

 けれど、きっと良二くんは私が忠告しても、泣いて縋りついても、最後の最後で彼の信念を曲げないだろう。

 私では彼を止められない。止める言葉を思いついても、それを口にできない。

 でも、私よりも素直な彼女ならきっと――





「良二さん、最終決戦前の会議にハブられた女の子の気持ちを考えたことはありますか?」


 帰宅早々、俺は床に正座していた。

 目の前には仁王立ちする自称俺の右腕。薄っすらと笑みを浮かべているが、眼は全く笑っていない。背後には燃え立つ修羅の幻影が見える。正確に言えばアイズが投影している。

 だがそれよりも、白い髪と真っ赤な瞳の方が圧力が凄い。指輪に問題があったわけでも、魔力に問題があるわけでもなく、俺を威圧するためにあえて機能を解除しているのだろう。


「ごめんなさい」


 謝る。それしかできない。


「良二さん、遊びに行く時に皆に見送られ、察してしまった女の子の気持ちを考えたことはありますか?」

「ごめんなさい」


 心の底から謝るしか。


「良二さん、遊んでいる最中も良二さんが無事か心配し続けた女の子の気持ちを考えたことはありますか?」

「ごめんなさい」

「良二さん、せっかく遊びに行ったのに、ずっと上の空で友達にも迷惑をかけた女の子の気持ちを考えたことはありますか?」

「ごめんなさい」

「良二さん、プロポーズとして渡されたこともあるかんざしを、使い捨ての道具としてプレゼントされた女の子の気持ちを考えたことはありますか?」

「ごめんなさい」


 流石につらくなってきた。


「良二さん、風の強い高層ビルの屋上で、大切な人が戦っているのを見続ける女の子の気持ちを考えたことはありますか?」

「ごめんなさい」

「良二さん、気合を入れて良二さんを助けようとしたところ、唐突に魔法少女に変身してしまった女の子の気持ちを考えたことはありますか?」

「いや、それは管轄外だ」


 用意はしたけれど、そんなサプライズは仕込んでいない。きっと今はいなくなってしまったアイツか、触れちゃいけないナニカの仕業だ。


「あれ?そうなんですか?」


 雪奈が首を傾げる。

 良かった。ちょっと怒りが収まったように見える。


「でもやっぱりマスターのせいですね。マスターがデザインしたというのはアイズさんから聞いてますし、魔力全開で長距離狙撃なんてしなければ変身しなかったと思うので」


 ダメだった!


「続きです。

 良二さん、誰も周りにいない高層ビルの屋上で、魔力を使い果たして動けなくなった女の子の気持ちを考えたことはありますか?」


 続いた。もう諦めて全て受け止めよう。俺の責任だ。


「ごめんなさい」

「良二さん、早く駆け付けないといけないのに、這うことしかできなくなった女の子の気持ちを考えたことはありますか?」

「ごめんなさい」

「良二さん、屋上の寒い中、自分の攻撃の結果も解らず、良二さんの安否も確認できない女の子の気持ちを考えたことはありますか?」

「ごめんなさい」

「良二さん、心の繋がりとして渡したカードが、大切な人の腕を焼いてしまった女の子の気持ちを考えたことはありますか?」

「ごめんなさい」

「良二さん、大切な人が腕を失くすところを目撃した女の子の気持ちを考えたことはありますか?」

「ごめんなさい」

「良二さん、片腕を失くして気を失った大切な人に会うために、電車を待ち続ける女の子の気持ちを考えたことはありますか?」

「ごめんなさい」

「良二さん、大切な人が腕を失くして、それでも会うことができず、一人泣き明かした女の子の気持ちを考えたことはありますか?」

「ごめんなさい」

「良二さん、大切な人が退院して来るまでずっと待っていた女の子の気持ちを考えたことはありますか?」

「ごめんなさい」

「良二さん、ただただごめんなさいしか言われない女の子の気持ちを考えたことはありますか?」

「……ごめんなさい」


 それ以外言いようがない。せめて謝罪の心よ届けとばかりに深々と土下座する。

 ただ、片腕の上、使い慣れていない義椀のため難しい。


「……頭を上げてください。不快です」


 ゆっくりと頭を上げて雪奈の顔を窺うと、今まで見たことないほどに冷めた表情をしていた。

 ああ、殺される。ICBDAの弾丸にされて花火となってしまうのだ、と思っていると、雪奈は俺の前に正座した。

 背中をピシリと立てた彼女に合わせて、俺も土下座を止めて背筋を伸ばす。


 雪奈は俺の目を真っすぐに見てきた。


「良二さんがマスターとして、私の安全のことを考えてくれているのは解ります。

 でも、どうか私の気持ちのことも考えて行動してください。役に立たなくても、危険でも、良二さんの近くにいさせてください。

 私にはそれが凄い大事なことなんです」


 雪奈が深々と頭を下げる。


 ……戦いが終わって、俺は何度自分を馬鹿だと思っただろう。

 本当に腹が立つほどの独りよがりだ。


「今度から気を付ける。絶対に連れて行けない場合も、事前に説得する」

「……絶対に連れて行くと言わないので、信じます。

 でも、やっぱり危険なところにはいくつもりなんですね」


 雪奈はため息をつく。


「私は良二さんにそうやって助けられました。だから、私には何も言う資格はありません。

 でも一つ覚えていて欲しいことがあるんです」


 雪奈は一度目を閉じると、浅く呼吸を繰り返し、ゆっくりと眼を開いた。


「私は、お母さんが、お父さんが、家族が一番大切です。

 でも、良二さんも大切な人なんです」



「私は良二さんの右腕です。

 だから、良二さんがいないと生きていけないんです。

 無茶をしないでとか、他の人を助けないで、とは言いません。

 でも、自分の身体は大切にしてください。

 命だけは絶対に守り抜いてください」



 本当に、お願いします。そう言う彼女の目から、ポロポロと涙が零れ落ちる。


「うん」と、あるいは「はい」と、もしくは「約束する」と答えようとした。

 けれど、言葉は喉から出てこない。まだ喉の傷が癒えていないのだろうか。奥に詰まった言葉が履きだせない。

 苦しさに身体を丸める。何かが身体からあふれ出る。それでも言葉は出てこない。


「平気です。解っています」


 身体に柔らかさと温かさを感じる。

 誰かが俺を包み込んでいる。

 ああ、心が落ち着いていく。


「最後に一つだけ」




「お疲れさまでした。よく頑張りましたね。

 色々無くしちゃいましたけど、私は良二さんを誇りに思います」




 何故だろう。今まで張りつめていた緊張が解けた気がする。


 雪奈が離れるまでの長い時間、俺は放心し続けたのだった。





 今日は久しぶりに自分の部屋のベッドで眠る。ぐっすりと眠れるだろう。


 隣に雪奈がいなければの話だが。


「それじゃあお休みなさい!」


 そう言う雪奈は眠る様子もなく、ニコニコとした顔で俺を見つめ続けている。

 雪奈がいるからだろうか、いつもの自分のベッドの匂いに嗅ぎ慣れない匂いが混じっている。


 何故雪奈がいるかと言うと、「マスターのことが心配で眠れなかった。寝付いても悪夢を見た。今日一晩は近くにいて欲しい」と言われたからだ。

 一から十まで俺のせいだ。断れるはずもない。


 俺のベッドは少しサイズは大きいと言えど、一人用であることに違いはない。端に寝ようがどうしても結構な面積が触れ合ってしまう。

 こんなことなら空中で眠ることができるDAを開発しておくべきだった。空中ベッドDAを今から作るか?


「えへへ……」


 葛藤する俺を尻目に、雪奈は安心しきった表情で俺にすり寄ってくる。ガードしようにも義椀は外してしまったため、生憎俺の両腕は無い。背中を向けると怒る。どうすればよいのだ。

 というか、雪奈の背中の先にスペースが見える。予想より狭いのは雪奈のせいか。



「すぅ……」


 文句など言えるはずもなく、DSJのキャラをモチーフにした真新しいキツネフード付きパジャマの感触を腕に感じていたところ、雪奈が目を閉じ寝息を立て始めた。

 何時もよりだいぶ早い時間なのだが、どうやら本当に疲れていたのだろう。

 そしてそれは俺も同じだ。雪奈が寝てからソファーにでも移動しようと思っていたのに、身体が動かない。瞼が落ちる。どんどん力が抜けていく。


 ああ、今日は本当に、ぐっすりと眠れそうだ……





 良二さんが眠りについたのを確認して目を開ける。

 右手で良二さんの頬に触れる。反応はない。どうやら完全に眠っているようだ。

 私はそのまま彼の頬を伝う涙を拭った。


 私は身体が弱かった。そしてそれが不安だった。

 昼間に体調を崩すと、お母さんが膝枕をしてくれた。とても気持ちが良くて安心できた。

 何時か、大切な人ができたらしてあげようと思った。

 夜に体調を崩すと、お母さんが添い寝をしてくれた。とても気持ちが良くて安心できた。

 何時か、大切な人ができたらしてあげようと思った。


 今回の依頼で、一番傷ついたのは良二さんだ。

 私には、彼にできることはあまりにも少ない。だから、せめてこうして彼を癒してあげたい。


 私は両腕を伸ばし、彼を抱きしめる。


 私は良二さんの右腕だ。

 だから、良二さんが落ち着けるよう、私が良二さんを抱きしめよう。

 良二さんの代わりに手を伸ばそう。良二さんが無くしたものを拾い上げよう。


 でも、それはこれからちょっとずつ。

 まずは私にできることを、私にしかできないことを――



「おかえりなさい、良二さん」




 Rest x Regret - 了

次回でエピローグも完結。

梅雨明けの青空のような後味を感じていただければな、と。



長い戦いは終わる

しかし平穏は訪れない

戦士たちは戦いの狭間に

自らの進むべき道を探していく

ここから先は彼らの世界

問いかけるものなどなにもない


自らを信じて先へ進む



次回、ディバイン・ギア・ソルジャー ナイツ&アルス 最終回

「君の歯車は回っている」


レディ!アクティベイト!


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