エピローグ_1 取るに足らない代償
その夜、俺は熱を出した。
そのせいだろうか、昔の夢を見た。
「どうしたの、その怪我!」
「ごめんなさい……」
「ここも、ここも……
ほら、その右手も診せなさい!」
「ごめんなさい……」
「!!
良二!何やってるの!」
「ごめんなさい……」
「もう!謝ってないで何か言いなさい!
でも、まずは病院が先ね。
救急車!救急車!」
「話は聞きました。麗火ちゃんを助けたのね」
「ごめんなさい……」
「お医者様の話だとちゃんと動くようになるけれど、危なかったのよ?」
「ごめんなさい……」
「傷は……残るわね」
「ごめんなさい……」
「良二は立派なことをしたけれど、自分の身体は大事にしなくちゃいけません。わかった?」
「ごめんなさい……」
「返事は「はい」でしょ?」
「はい……」
「よろしい。これからは無茶するんじゃありませんよ」
「……ねぇ、お母さん。
もし麗があぶなかったら、ぼくはどうすればいいの?」
「それは……助けてあげなさい。良二は男の子なんだから」
「でもけがしたら」
「良二、覚えておきなさい。
身体は大事にしないといけないけれど、それよりも大事にしないといけないことがあるの」
「だいじなこと?なに?」
「それは何時か解るわ。良二が自分で見つけるの。
良二は賢いからきっと気が付くわ。
だから、それが解ったら、怪我してでも行動しなさい」
「うーん、よくわかんない」
「ふふ、良いのよ。
でもね、今は特別に言っておきましょう。
良二、よく頑張りましたね」
覚えている限り、母に褒められたのはこれが最初で最後だった。
家族仲が悪かったわけではない。俺は兄や妹と比べ、特別によくできている子供ではなかったからだ。
さて、俺は母が予期していたように、大事な事を理解しているのだろうか。
母に教わったことを守れているのだろうか。
「ああぁ、いやぁ……」
「もう、大丈夫っ、だ」
「右っ、右手っ!右手がっ!」
「大丈夫、だ。すぐ、治る」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
私のせいで、私のせいで、私がいるから、こんな、右手が」
「気に、するな。DAMとして、当たり前だ」
「でも!私、そんな、守ってもらう価値なんてないのに!
迷惑しかかけてなくて!それなのに!」
「俺には、価値があるように思えたんだ」
「でも、私の事なんて知らないのに。
私にそんな価値なんてないって」
「それなら、今から頑張れば、いいさ。
何時か、俺が、右腕を捧げたかいが、あったって、思えるくらい……
………………」
「え?
いや、いやぁ!誰か!誰か!」
「生やすか付けるか。良二はどっちを選ぶ?」
「付けます」
「即答だな。あたしとしては賛成だが、それでいいのか?」
「無くした無くしたで、それは利点と考えるべきでしょう。
自分自身で義腕系のDAを扱えるチャンスです。
それに――」
「それに?」
「重要なのは親から貰った身体かどうかだと思うので。
そうじゃないなら、生やすのも付けるのも大して違いはないです。
あと― ―人の人生を変えたのなら、ちゃんとその証は刻んでおかないと」
「あたし好みの答えだ。
凄腕を紹介してやるからあたしのところに来い」
まさか再会するなんて思っていなかった。
あそこまで思いつめるなんて思っていなかった。
俺の右腕になろうとする彼女は、どれだけ止めても決して話を聞かなかった。
気休めのつもりの俺の言葉は呪いになった。
人を呪わば穴二つ。俺にとっても避けられない呪いだ。
「良二さん、どうしたんですか!?」
「人が降ってきたからキャッチした。力が足りずに擦りむいた」
「DAMAって人が降ってくるんですね……私も気を付けます」
「矢や剣も降ってくるからなぁ……それよりはマシかな」
「結構えぐれてますね。治療用DAを持ってきますね!」
「ちょっとだけ跡が残っちゃいましたね……」
「このDAは自然治癒力の強化だからな。普通に傷が治るのより早いけど、治り方自体はそんなに変わらない。大きな傷だと後が残るんだ」
「……ごめんなさい」
「気にしなくていいさ。これでDAの種類についてちゃんと学べただろう?それに傷が治らないDAにもメリットデメリットがある。傷口に細菌や異物が残ってると膿んでしまったりな。
今回みたいな傷だとこのDAでも間違いじゃあない。次から選択肢を理解して選べばいい」
「でも、傷跡が」
「いいさ、別に。男だしな。それに一年も放っておけば薄くなって消えるよ」
DAMAに入る前も、DAMAに入ってからも、何度も怪我をした。
残っている傷も、残っていない傷もある。
消える前に無くなってしまった傷もある。
それもこれも後悔と反省と納得の記憶だ。
悪夢にまでは至らない、傷跡を見れば思い出す程度の記憶だ。
まあ、その傷跡すらも無くなってしまったのだけれど……
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい
熱は翌日も下がらなかった。
俺はひたすら謝られる夢を見た。
その夜は夢を見なかった。
次の日、起きると熱はだいぶ下がっていた。
まだつらいが、周りを見て誰かとやり取りすることくらいはできるようになった。
俺がいる病室は大きめの個室のようだった。
昼過ぎに昇人と輪之介が見舞いに来た。
「やっと起きたんだね。心配したよ」
「俺達は問題ない。完璧だ」
「深界獣はだいぶ納まったみたいだね。昨日も今日も出現せず」
「仁の予想では次の出現は明日だ」
「僕もディバイン・ギア・ソルジャーに復帰した。
だから良二くんは戦う必要はないよ。
ゆっくり休んで」
「今まで世話になった。ありがとう」
「うんっ……ありがとう。
良二くんのおかげで、僕たちは大切なことをいっぱい知った。大切なことにいっぱい気づけた。
本当に、僕は――」
「リン、成長したと思ったが涙もろいのは変わらずか」
「そういうショートだって!」
「俺は何時も通りだ」
「ふん、どうだか。
ねぇ、良二くん。何か困ったことがあったらいつでも言ってくれよ。
絶対に力になる。ドラゴンくらいなら消滅させられるよ!」
「連絡をくれたら亜光速で助けに行く」
二人は少し変わったようだった。
しきりに感謝されたけど、きっとその変化は二人で起こしたものだ。
大仰に感謝されるのはむず痒い。
DAの開発を手伝った仁と雪奈と麗火さんにもお礼を言っておいてくれと、D-Segで伝えた。
その後に仁が来た。
「この眼か?」
「気にするな。能力を過剰に行使し破裂しかけただけだ。一月も経たずに戻る。今も平時の能力自体は問題ない」
「だが我以上に随分とボロボロになったな」
「非難しているわけではない。むしろ逆だ」
「誰が何と言おうと、ツヴァイベスターの選択と行動は正解だった。
我と我が神が保証しよう」
「ラッツとアウフシュティークも神の予想を超える働きをしたが、一番は貴様だ、我が盟友よ」
「貴様の行動は正しく楔として運命と歴史に刻まれた」
「理解する必要はない。闇の法則を理解するには、貴様の脳は足りていない」
「礼を言うぞ、良二よ。
貴様は我が見るべきものをこの瞳に刻んだ。闇を貫く一条の光だ。この瞳も新たなる力を得た」
「我はしばらく瞑想する。
真なる闇を観測するため、もう一度あの輝きを直視せねばならんのだ」
何やら意味深なことを言って仁は去っていった。
俺が見た仁の景色と、仁が見ているものは全くの別物だろう。
彼はあの時何を見たのだろうか。何時か俺も理解できるのだろうか。
次に鳳駆さんが来た。
「依頼達成を確認したよ」
「全ての記録には目を通した」
「ギア:ナイツの援護。ギア:アルスの戦線復帰。大量発生した深界獣の原因特定。深界世界に拉致されていた紫月の救出および、その身体再生。そして深界獣の汎用的な対策方法の確立」
「君は、君の言った通り全て完璧に依頼を達成した」
「申し訳ない、私は君を過小評価していた。君の覚悟を理解していなかった。君にはヒーローに必要な、全てを捻じ曲げる強い意志があった」
「ただし、損害については流石に許容できない」
「ディバイン・ギア?あれは君にあげたものだ。壊してしまっても、無くしてしまっても……問題ない」
「私が言いたいのは君自身のことだ。君は、自分が周りからどう思われているかもっと考えて行動するべきだ」
「……まぁ、俺がいえることじゃないんだがな」
「良二、壊れたディバイン・ギアは回収して検分させてもらった」
「その中で一つだけ毛色の違うパーツが見つかった。見て欲しい」
「……そうか、解らないか。それじゃあ、これは俺が貰ってしまってもいいか?」
「ありがとう」
「ああ、クソッ!仕方ない!君の仕事が完全に完璧だったことは、この俺――ギア:ホークが認める!」
鳳駆さんは、寂しそうな、嬉しそうな、悲しそうな、俺にはよく解らない表情で部屋を出ていった。
黒い壊れたパーツを握りしめて。
……きっと、鳳駆さんにも色々なことあったのだろう。
それこそテレビでも放送されないような。
教授から電話がかかってきた。
『話は会長から聞いていた』
『だがさすがに定期連絡は入れておけ。決戦前には報告と連絡と相談と確認を取れ』
『あたしの下で仕事をしている以上、あたしにはお前の安全を保障する義務がある。
最終的に責任を取るのはあたしだ。わかっているのか?』
『あたしから訪ねてこなかったのが悪い?五月蠅い!あたしも忙しかったんだ!そちらから連絡しろ!』
『今回はDAMA上層部から特例が認められたが次はない。よく覚えておけ』
『あと義腕だがな、前の技術者は今忙しくて手が回らん。それを抜きにしてもしばらく用意するつもりはない』
『自分が失ったものをしっかりと噛みしめろ』
『……それで許してやる』
叱られた。褒められ礼を言われてばかりだったので、むしろすっきりした。
麗火さんは来なかった。忙しいのだろう。
雪奈は来なかった。
どのみちこの姿を見せるわけにはいかない。今回の傷も、無くなっている右腕も、彼女には刺激が強すぎる。
夜になると再度熱が出た。
考えるのは好きだ。想像するのは好きだ。妄想するのは好きだ。
怪我の事を考える。
擦り傷切り傷打ち身捻挫亀裂骨折等々。ディバイン・ギアが無くなったため一気に回復速度が落ちたが、それでも数日で完治する。DAMAの技術力を考えると本来なら一日で治せる程度だが、俺の体力や他の怪我の治療を優先する兼ね合いだそうだ。詳しい説明もされたが、あまり記憶に残っていない。まぁ、特に問題はないだろう。
喉の魔力器官の損傷。喉自体もかなり酷い状態だったそうだ。今日一日は声が出せなかった。紫月と話せたのが奇跡のようだ。
……無理に喋ったから傷が広がったのかもしれない。
とりあえず声の調子は戻らないまでも、明日には喋れるようになるらしい。
魔力器官の損傷は治るのに数週間程度必要で、さらにある程度リハビリも必要なようだ。必要ならエーテルバッテリーを使えばいいからこちらも問題ないか。
右腕。義椀を外した後も違和感があると思っていたら、以外とダメージが大きかったらしい。肘の下あたりに義椀の接続部があるが、一度それを外して右腕全体を治療中。だが問題は傷よりも代えの義椀か。出来合いのものを調整してもらっている。
左腕。肩から先が無くなった。切断面は綺麗だったらしく、大きな手術もなく義椀用の接続部をくっつけて終わった。つける義椀については現在未定。不便だが、しばらくはこのままかもしれない。
仄暗い病室で、両腕を目の前に掲げてみる。
もちろん何もない。なんとなく、腕が存在する感覚だけが残っている。幻肢という奴だろうか。あるいは義椀の接続部がダミーの信号を返しているのかもしれない。いや、それだと右腕の感覚はない筈か。
鏡は見ていない。きっと凄惨な有様だろう。自分の状況を受け入れるには必要なことだと思う。だが流石に今は受けいれられそうにない。右腕の時もそうだったが、身体の部位を失うというのは嫌が応にも精神的なストレスがかかる。
少し、こめかみに痒みを覚えた。
無意識のうちに右腕で掻こうとする。掻けない。
左腕で掻こうとする。掻けない。
「ぁぁぁああ……」
声が漏れる。喉が痛む。
しばらくすると痒みは落ち着いた。
――もう寝よう。これ以上は、きっと……
先ほど腕を動かしたからか、布団がめくれてしまっている。
直せない。身体を丸める。
ああ、不便だ。不自由だ。
けれどそれもしばらくの辛抱だ。
生体義椀は素晴らしい。つけていても違和感を覚えず、元々の身体のように扱える。何一つ不自由はない。
――しかし、それは俺の身体ではない。
考えるのは好きだ。想像するのは好きだ。妄想するのは好きだ。
眠れない。考えてしまう。
生体義椀をつけたとして、両腕を再生させたとして、新しい両腕から得られる情報と、元の両腕から得られる情報に違いはあるのだろうか。
無い。腕から送られてくる情報に違いは何一つとしてない。
それでは、新しい腕と元の腕に違いはあるのだろうか。
無い。指紋から遺伝子情報に至るまで一致する。
それでは、聖剣を使用する上で何か問題が発生するだろうか。
無い。むしろチューニングすることにより魔力の伝達率を上げることができるだろう。
それでは、全くの同一と言えるのだろうか。
違う。違うのだ。
右腕の生体義椀には、昔の怪我が残っていなかった。掌と手の甲の大きな傷跡が無かった。
シミも、日焼けの痕も、飼い犬に引っかかれた痕も無く、完全に新品だった。
左腕も恐らく同じになるだろう。
あの日彼女を抱きかかえ負った傷は消えている。麗に触れて焼けてしまった痕も消えている。
傷は歴史だ。思い出だ。俺が背負った証だ。
それが全て――
熱が思考を苛んでいる。
16年間俺と共にあったもの。16年間俺を支えてくれたもの。
新しいものを得たとしても、その事実は変えられない。失われたものは戻らない。
感傷だ、そんなもの。
早く寝てしまおう。
例えばこれから誰かの涙を拭うとして、誰かに手を伸ばすとして、誰かを愛しく想い抱きしめるとして
その指は俺自身の指ではない。その手は俺自身の手ではない。その腕は俺自身の腕ではない。
俺は生涯、自分の腕で愛しい人を抱きしめることはできない。
ああ、君を抱きしめているのは誰の腕だ。
君に触れているのは誰の手だ。
君の髪をすいているのは誰の指だ。
俺が無くしたのはそういうものだ。
俺は何を得たのだろう。
俺は何を失ったのだろう。
何が俺の両手に残っているだろう。
確認しようにも、俺には腕すら残っていない。
その夜俺は熱を出した。悪夢を見た。
感傷的で、感情的で、とても理論的ではない、俺自身のような悪夢だった。
Lost x Dream - 了
その選択は自分のために
その決断は自分のために
己が願望に周りを巻き込んだ
評価は第三者が行う
新たな二つ名が
彼の行動の真意は何かと問いかける
その価値は如何ほどか
次回、ディバイン・ギア・ソルジャー ナイツ&アルス
「ヒーローの定義は満たされない」
レディ!アクティベイト!