第五十六話 天を駆けるは無垢なる願い
まだ連絡がない。
私はD-Segに映し出された時刻を確認する。
何時もならすでに深界獣は倒し終えている時刻だ。でも何の連絡もない。
戦闘開始時と戦闘終了時に連絡してくれることになっている。良二さんに限って連絡を忘れていることは有り得ない。つまり、まだ深界獣が現れていないか、深界獣が現れたのに私に連絡を送ってきていないことになる。
せめて良二さんのバイタルグラフが確認できれば安心できるんだけど、残念ながら装置は昨日白衣と一緒に壊れてしまった。
忘れずに替えの白衣にも仕込んでおくべきだった。
『アイズさん。麗火さん。今日の深界獣はまだ現れていないんですか?』
今日何度目かの問い合わせをする。こういう時に良二さんは信頼できない。私に心配をかけまいと、時間いっぱいまで楽しんで欲しいと気を使って嘘をつく。
……そちらの方がつらいのに。
『まだ現れていないよ。信託もないね』
『暇だから皆で集まってゲームしてるわよ。
雪奈ちゃんの方はそろそろパレードの時間かしら』
直ぐにアイズさんと麗火さんから返信がきた。
『あと30分くらいで始まります。
楽しみです!』
DSJの一番の名物、DAパレード。光学系や幻覚系のDAをふんだんに使った、ここ以外では見ることができないとても幻想的なパレードだ。
ずっと前から楽しみだったけど、今日は楽しみ以上に心配の方が大きい。
『麗火さん。一つ質問があるんですけど』
『何かしら?』
『今日が決戦なんですね?』
麗火さんからの返事は来ない。
麗火さんのミスだ。みんなが集まっているのにゲームするなんてありえない。みんな生粋の聖剣剣聖だ。ゲームくらいはするけれど、今ならみんなでワイワイと聖剣を造るに決まってる。
きっとそういう作業ができない、校庭か何かに集まっているのだろう。
『別に良いんです。私がそちらにいてもできることはないので。
でも、みんなでお見送りしてくれるのは、ちょっと寂しかったです』
私は髪を飾るかんざしに触れる。
大切な宝物。大事にし過ぎない宝物。
思えば、浴衣を貸してもらって、かんざしを挿してもらったときから違和感はあった。
良二さんは私を大切にしてくれるけど、今日は何時もよりさらに甘やかせてくれた。
私に負い目があったからか。
『……ごめんなさい』
『謝らなくていいです。きっとマスターの選択も、麗火さんの選択も正しいです。
私も、そこまで心配して貰えて嬉しいです。何より、私はまだDAMAの生徒じゃないですし、そこにいられる資格はありません』
明るく答える。
『でも、黙っていたせいで今日は目いっぱい楽しむことができなかったので、これは貸しです』
知っていても楽しむことはできなかったけど、それはそれだ。
『……そうね。そうしてもらえると助かるわ』
『はい。
だから、何時かみんなで一緒に遊びに来ましょう!今度はお泊りで!』
『――ええ。今度は皆で。紫月も一緒に』
約束を取り付け話が終わる。
すこしだけ、心が軽くなった。
「ねぇせっちゃん、ボーっとして何かあったの?」
私の顔を覗き込むようにして髪を茶色に染めた少女が話しかけてきた。友達のメグちゃんだ。
「えっと、ちょっと考え事してて……」
本当はD-Segで連絡を取っていたんだけど、D-Segの存在は部外秘のため友達にも教えられない。
「ほらほら、もう皆集まってるよ!ちーちゃんが一番いい席取っておいてくれたんだから!」
メグちゃんが私の腕を引っ張る。
決戦は気になるけど、いつ始まるか解らないし、今は今を楽しもう――
その時、私は右手に何かの脈動を感じた。
「どうしたの?」
足を止めた私にメグちゃんが尋ねる。
私は答えずに、何時の間にか右手に持っていたソレを見つめる。
DAMAトーキョーの学生証を模した、私のSCカードだ。
何故それがここにあるのかという疑問より、それがここにあるのが当然という納得の方が強い。
SCカードは私と良二さんの絆の形だ。きっと、いつだって私たちを繋げてくれる。
「――行かなきゃ」
SCカードが伝えてくれる。
決戦が始まる。私の出番が迫っている。
「行くってどこに!?」
メグちゃんの腕から離れる私に、彼女は問いかける。
「マスター……良二さんが呼んでる」
「良二さんって、花見の時の?
よくわからないけど、パレードを見た後じゃダメ?」
「うん。急がないと」
「え~……
せっかく遊びに来たのに、一番盛り上がるときに呼び出すなんてひどくない?
ちょっとくらい遅れても平気だって」
うん、気持ちはわかるよ。言いたいことも。
私はそう言うメグちゃんを正面から見つめる。
「良二さんはね、大変でも自分が死ぬくらいの問題なら私を呼び出さない人なの。
だから助けに行かないと」
メグちゃんの肩がビクリとする。
「えっと……そのままの意味で?」
「うん。本当にダメな人で――大切な人だから」
「そう……でも今からじゃあ電車も」
「それは平気。私が行くのはあそこだから」
私はDSJの中心に立つ摩天楼、その頂上を指さす。
「え?ええ!?」
もう時間がない。私は驚くメグちゃんを背中に、全力で駆け出す。
良二さんから貰った指輪が、麗火さんから借りた浴衣が、魔力を身体能力に変換する。
私は一瞬でその場から走り去った。
「おーいメグ、こっちこっちー
あれ?せっちゃんは?」
「行っちゃった。DAMAでお世話になってる人から呼び出されたんだって」
「えー残念。お世話になってる人ってあの白衣の人?」
「うん」
「ひどいねー。いくら面倒見てるからって、せっちゃんに無理矢理言うこと聞かせるなんて」
「うーん……確かにヒドい人なんだろうけど、多分別方向でヒドい人なんじゃないかなぁ」
「?」
「せっちゃんも誑かされるのが好きな大人になったということだよ」
「よく解らないけど一足先に大人になった人は言うことが違うねー」
「ふふーん」
「今日は寝かさないから、みんなにくわしーく教えるんだよ?」
「ええーどうしよっかなー♪」
強く風が吹いている。
空は晴れているけれど、星は全く見えない。代わりに光学系DAを使った花火が中天に咲いていた。
今いる場所はDSJの中心、様々なアトラクション施設が詰まった超高層ビルの屋上だ。地上634メートル。D-Segの暗視機能と望遠機能を使わなくても、大都会東京は夜でも良く見渡せる。
辺り一面は光の宝石箱。人の営みが明かりとなって空まで届いている。
周りに人はいない。人払いをしているわけじゃなくて、元々進入禁止なのだ。
始めはビルの側面を駆け上がろうとしたけれど、麗火さんが話をつけているらしく、エレベーターを使わせてもらった。ちょっと残念。
D-Segで良二さんたちの活躍を見て、お休みになった良二さんの寝顔を見ながら麗火さんと二人ガールズトークを楽しんでいると、突然画面から良二さんが消え去った。
『切るわね』
『はい。そちらはお願いします』
『雪奈ちゃんも頑張って』
麗火さんとの通話が切れる。D-Segに映っていたシュバちゃん先輩たちも消え、何もない校庭が映し出される。
きっと良二さんは紫月さんに連れ去られ、他の皆は深界バブルスフィアに取り込まれたのだろう。
意識を失っていた良二さんが無事なのかは祈るしかない。
良二さんの美味しそうな喉がパクリと食べられてしまう想像を首を振って振り払いつつ、私は自分の仕事を開始する。
問:高度な属性制御を行わなければ深界バブルスフィア内部に入れず、かつDAしか入ることはできない。どうすればよいか?
解:全ての『深界』属性を含むDAを造り、外部から狙撃する
恥ずかしながら私が全部考えたわけではなく、きっかけは良二さんの発想だった。
「使えないなら、いっそ弾丸にしたらどうだ?」
SCカードの機能が使えないことを悩む私に、良二さんはそう言った。
確かに全ての『深界』属性を含むディバイン・ギア、そのガジェットであるSCカードなら、どんな深界バブルスフィアの中にも入れるだろう。でも、そのアイデアは酷いと思う。
それでも私は良二さんの右腕として役に立ちたかったため、研究と開発を始めた。
その結果わかったのは、『特定の『深界』属性だけを含む』属性制御は非常に難しいけれど、『特定の『深界』属性以外の属性も含む』属性の制御はそこまで難しくはないという事。
一本の細い細い直線を書くことは難しくても、ペンキを直接ぶちまけるだけなら簡単だ。魔力の問題はあるけれど、幸い私は人の何倍も魔力を持っている。
そうやって私が設計したDA、それがこのかんざしだ。
SCカードが熱を持つ。私を急がせている。でも、同時に良二さんの無事を伝え、安心させてくれる。
今頃良二さんはシュバちゃん先輩のSCカードを使い、紫月さんの属性を計測しているころだろう。同時に中継器を調整し、完了次第こちらと連絡が取れるようになるはずだ。
いつでも攻撃ができるように、引き金を引く準備をしよう。
私は髪からかんざしを引き抜く。纏められていた髪がほどけ、夜の風になびく。
必要なのはこの魔石だけ。こんなに飾り付ける必要はないのに、なんで良二さんはかんざしにしたんだろう。
今日貰ったばかりの、私の大事な宝物。大事にしすぎちゃいけない宝物。私には良二さんの方が大切だから、一度口付けてお別れを言う。
かんざしに魔力を通す。始めはゆっくりと、次第に力強く。聖剣回路に魔力が通り、コアの属性が変化していくのを感じる。
――もっと力強く繊細に。全神経を集中しよう。
右薬指の指輪に意識を向ける。属性変換器の機能を残して全ての機能を解除する。これでもっと力が出せる。思った通りに力を流せる。
色素変更の機能が解除され、髪が白へと戻っていく。肌がより白く、青い血管が透けて見えるほどの乳白色に変わる。瞳も真っ赤に染まっているだろう。
私は先天性白皮症だ。属性欠乏症はその影響らしい。DAMAに通う生徒の髪は目は色取り取りで、属性を持っていないことを痛感する。自分には持っていて当たり前のものが足りていないと理解してしまう。
けれど、そのおかげで良二さんに会えた。良二さんに助けてもらえた。良二さんと一緒にいられる。
その喜びを、その嬉しさを、その想いをこのかんざしに全て込めよう。
かんざしにさらに強く心と魔力を籠めると、魔石が強く光り始めた。
私の身体が光に包まれる。浴衣が光に溶けていき、新たなる衣装へと編み変えられていく。
まずは腰を覆う様に大きく広がった、しかしスッキリとしたラインのスカートが現れる。
次にフィットするインナーが上半身を覆い、それを隠す様にフリルで飾られたコートが重ねられる。
次は脚。光がまとわりつき腿までの真っ白で艶やかなサイハイニーソへと姿を変え、同時にシンプルだけどラインが美しいブーツが履かされる。
同じように両腕も。光が手袋となり、可愛らしいリボンが優しくまとわりつく。
シルエットが決まれば次はアクセサリだ。身体の周辺を漂っていた光が弾け、フリルとなり、宝石となり、刺繍となり、鎖となり、私の身体を彩っていく。
そして最後に一際大きな光が頭で弾け、優雅なカチューシャが乗せらえた。
「……アイズさん、これは?」
突然私の服装が変わった。魔法少女のような姿に。こんな話は聞いてないんだけれど……
「無垢なる愛の戦士キューティ・イノセントだね」
アイズさんが答えて、D-Segに今の姿を映してくれた。
白髪、赤目で白い肌は想像通りだけれど、フリルをあしらいつつシュッとしたシルエットの、可愛くもスマートなコスチュームは全然理解できない。
ちなみにD-Segはかけたままだけど、衣装に合わせてちょっとデザインが変わっている。
「キューティ・イノセント。アニメのキューティシリーズの話ですか?
実在は確認されていないと言ってませんでしたっけ?」
「そうだね。だからマスターは新しく雪奈のためになりきり変身グッズを設計してたよ。
完成していたのは知らなかったね。魔力の再物質化の問題は何時解決したんだろう?」
アイズさんの目すらも掻い潜りサプライズを仕掛けるとは……
良二さんが私のために用意してくれたのは嬉しいけれど、あらかじめ教えて欲しかった。
あと、せっかくなら良二さんの前で変身したかった。
……でもちょっと恥ずかしいから、やっぱり人前は無理かな。麗火さんと一緒なら平気かも。
「アイズさん。写真は誰にも渡さないでくださいね」
「いいのかい?マスターは喜んでくれると思うけれど」
「いいんです。教えてくれなかったので意地悪します」
残念そうにする良二さんの顔を思い浮かべると、増々魔力が高まっていく。
しかし、あと少しで魔石に貯められる魔力が限界に達しそうだ。
すると、手に持ったSCカードが熱を発した。
「……力を貸してくれるの?」
SCカードが薄く光った気がした。
私はかんざしと共にSCカードを抱きしめる。
あの時を思い出しながら、力をそこに集中させていく。
あの時を思い出しながら、想いをそこに集中させていく。
あの時を思い出しながら、祈りをそこに集中させていく。
SCカードは壊れない。私たちの絆だからだ。私は際限なく魔力を注いでいく。
「繋がったよ」
アイズさんの声に意識が戻る。
胸元を見ると、そこには一本の光る矢が存在していた。
矢尻には私が先ほどまで魔力を込めていた魔石が、矢羽根にはかんざしの飾りがついている。
原理は良く解らない。けれど、ディバイン・ギアのように、私が望む姿に変形したのだろう。
「良二さん……がんばってください」
D-Segには一人タキツヒメに立ち向かうギア:アイズが映っている。
ずっと見ていたいが、そうもいかない。
それに、良二さんなら絶対に勝ってくれるはずだ。私の出番は、きっとその後。
「チューニングします」
意識を集中する。
良二さんから送られてきた属性の内、『深界』属性については全て満たした。
けれど、紫月さんの世界に入るには、紫月さんの属性全ても網羅しなければならない。
残りの属性は7つ。
私は目を瞑ると、左手を前に突き出し、右手を引く。存在しない弓に矢をつがえる。
右薬指を介して属性を調整し、矢羽根に魔力を送る。矢羽根の色が変わるのが解る。紫、藍、青、緑、黄、橙、赤。
全属性装填完了。矢となったSCカードも、それで正しいと伝えてくれる。
『――雪奈』
良二さんの声が聞こえる。
「はい、マスター。
準備はできています」
『ありがとうな。
紫月のバブルスフィアは四層の空間結界に阻まれてる。生半可な火力じゃ撃ち抜けない。
俺が合図したら全力で、世界をぶち壊すような一撃を頼む』
「――わかりました」
世界を壊してしまうほどの一撃。
それなら、もっと魔力を。魔力を。魔力を――
私の手にあるのは一本の矢。
私のプランは深界バブルスフィアの外からの狙撃が必要だった。そのため、確実に当てる方法を考えた。
そうして考え付いたのがGPSで現在位置と目標位置を常に計測しつつ、適宜進行方向を変えるというものだ。
これなら相手が移動していてもバブルスフィア外から当てることができる。
例え離れていても、違う大陸でも、地球の裏側でも、絶対に確実に当てて見せる。
私の手の中の矢。その名前は対深界大陸間弾道聖剣『ICBDA』。
例え1000の世界を跨ごうと、10000の世界を跨ごうと、四層の結界に守られていようと、八層の結界に守られていようと、私の矢は届き良二さんの敵を討つ。10000の世界と、八層の結界ごと。
『今』
目を開き、放つ。
『キューラー・イノセ「万界八層完全掃滅」
矢は飛翔する。天を駆ける。
あの人のところまで直線距離でおよそ12Km。
私の想いは3秒で着弾する。
D-Segの通信が途絶え、私の服装が浴衣に戻る。
急いで帰らないと。
屋上から降りようと扉の方に向かうけど、足がもつれて転んでしまう。
腰に力が入らない。
魔力を消費し過ぎたからだろうか。
弾ける音が聞こえて空を見る。
変わらず花火が夜空を彩っている。下を見れば華やかなパレードが続いているだろう。
私は一人、声も上げずにうずくまる。
すぐに駆け付けられないなら、せめて声を聴かせて――
Cuty x Innocence - 了
最初からずっと書きたかった雪奈ちゃん回。
無垢なる少女の一撃です。無垢かな。無垢じゃないかも。
いつも出番少なくてごめんなさい。
力が足りぬ
知識が足りぬ
月さえ見えぬ夜の中、見せたいものすら見せられぬ
答えの出ない禅問答
何が救いか問いかける
そして最期の時は訪れる
次回、ディバイン・ギア・ソルジャー アイズ
「紫の月は涙に濡れる」
レディ アクティベイト