表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
116/131

第五十五話 その首を落とす(下)

 竜の首が俺の横に落ちる。生きた竜の首だ。竜は大きく口を開くと、全力で剣を振り硬直したままの俺の右腕を噛み砕いた。




 深界獣として再現されたタキツヒメは考える。

 この男は最上級だ。技は未熟だが、その心意気は昔我の首を落とした剣士に匹敵する。我が主の(つがい)となるにふさわしい。

 男が名前を呼ぶたびに、主が強く応える。主もこの男を気に入っている。何も問題はない。

 丁寧に壊した後に、我が腹の中で二人で永遠に過ごしてもらおう。例え我が消え去っても。この世界が滅びるまで。


 丁寧に料理する最中、男は我の隙をついた。命無き身でありながら、男の動きに命を失う恐怖を覚える。

 最期の時を朧気にでも記憶していなければ、我はそこで死んでいただろう。しかし我はある種卑怯ともいえる手段で攻撃を躱し、逆に男に迫った。

 我はまず男の武器を食らう。硬いが竜種の顎に壊せぬ物質は存在しない。バリバリと噛み砕き嚥下する。

 次に本体を食らう。今度は噛まずに丸のみ。主もその方が喜ぶだろう。


 歪めた首元の空間を戻す。視線が宙に戻る。男が喉を過ぎ、胸の中心、主の元へと飲み込まれていくのを感じる。

 しかし主の元へとたどり着くその前に、我が身体が内側から爆ぜた。

 戸惑う我の眼下には、青白いマフラーを棚引かせる男の姿。なるほど、あのマフラーで我を内部から切り裂いたか。

 男は地面に激突し、身体を光の粒子が覆いつくす。光が消えると、そこにはぼろきれとなった服を纏う男の姿があった。力の源が失われたのだろう。残念ではあるが、男の本質がそのままであるのなら何ら問題はない。


 主の記憶を紐解くと、ああなった男はしばらくは意識を失い行動できないらしい。地面に降り再度食らうのもいいが、我は油断をしない。なにより勝負に不可逆の決着をつけてからその肉片を食らう方が、意地汚い勝利を望んだ我らの戦いの結末に相応しい。

 主は悲しむが、どうせ一つになることに変わりはないのだ。問題ない。


 我は宙に羽ばたきながらこの強敵に相応しい止めを考える。決まっている。竜族最強の攻撃、それにあの男とこの男の剣を加える。

 空間を貫き切り裂き破壊するブレス。それが我が最強の――そして存在する竜族全ての内で最強の攻撃となろう。


 二つのブレスを同時に精製する。一つを空間を切るために。もう一つを空間を切り裂くために。

 油断せずに、確実に。


 ――それが油断であると気づかずに。




 ――仮想電脳領域拡張開始……完了。

 仮想人格解凍開始……完了。続いて標準設定でインストールとセットアップを行います。

 ――完了。各種神経との接続を確認……右腕にエラーあり。修正します。修正完了。

 各種神経との接続を再確認……オールグリーン。問題なし。

 身体機能を確認……喉部および右腕部に軽度の火傷を確認。一部内臓器官に異常を確認。ディバイン・ギアへの治療を要請。重要度:中での受け入れを確認。

 身体制御開始……完了。随意筋の60%と不随意筋の35%の任意操作を確認。身体の操作に影響があります。操作を続行しますか?

 ――応答なし。OKを選択したとして処理を継続します。

 神経伝達のノイズを除去。肉体操作系魔法により神経と筋繊維を修復及び強化。

 随意筋の90%と不随意筋の55%の任意操作が可能になったことを確認。

 身体能力の確認……完了。スーツの無い現状の身体機能では、要求される行動に対してのスペックが不足しています。リミッターを解除しますか?

 ――応答なし。OKを選択したとして処理を継続します。

 ディバイン・ギアからの異議を受信。却下します。

 身体能力のリミッターを解除。これから30秒間身体に高負荷の発生する行動が可能となります。筋肉痛や亀裂骨折等の軽度の怪我が予想されます。異常を感じた場合、直ちに使用を中断してください。

 再度身体能力の確認……完了。オールグリーン。問題なし。

 セットアップが完了しました。


 平賀良二の肉体を再起動します。



 はじめまして。アイズの世界へようこそ。これより戦闘を開始します。



 良二(マスター)の身体がふらりと立ち上がる。竜は目を見開くが、ブレスのチャージを続ける。右腕の武器は砕けた。身体を守るスーツはもうない。首から伸びるマフラー(・・・・・・・・・・)が残っているが、近づかなければ脅威にはならない。そしてこのブレスの速度と破壊範囲は彼では回避できない。


 良二は右手を竜の方へと伸ばす。攻撃の停止を乞うように掌を向けて。竜は命乞いのような動作に失望したように見えたが、一瞬の後に気が付く。

 自身の選択は間違っていたと。


『コールド:プリズン』


 竜が身体の中心に自分のものではない魔力を感じた時にはもう遅い。

 良二は伸ばした手を握りこむ。



『ミリオンイヤー・スリーピングビューティー』



 竜の身体が完全に停止した。竜はブレスを履く直前の表情のまま、地表へと落下する。

 轟音を立て地上に激突しても、その形は一切変わらない。竜の姿は、まるで時が止まったかのようだった。


 翠の停滞属性は物質の温度や魔力を一定の強さに固定することができる。上手いこと(・・・・・)DAを体内に取り込ませ適正な位置に配置すれば、魔力の塊である深界獣は存在ごと完全に停止する。

 そして以前確認した通り、それだけではコアにダメージを与えることは出来ない。逆に言えば、コアを安全に残したまま動きだけを封じることができるのだ。



 平賀良二(マスター)は考えた。

 強制解除はダメージを減らすためにスーツを構成する魔力を緩衝材とするためのものなので、必ずしも変身全てを解除する必要はないのでは?DAだけ残せば動けなくなってもその機能を使えるはずだ。

 ギアさん(外付けCPU)は呆れていた。気絶するのだから武器だけ残っていても仕方がないだろうと。


 平賀良二は考えた。

 俺の精神が衝撃に耐え切れず、肉体にもダメージが残っていても、それでもダメージを無視して身体を動かしDAを操作できる仮想人格を用意すればよいのではないか?

 ギアさんは呆れた。確かに痛覚をデータとして処理し、身体のダメージをノイズとして取り除き身体に指示を送ることができれば身体は動かせ、必殺技の使用コードも送ることができるが、そんな都合のいい仮想人格は用意できないと。


 平賀良二は尋ねた。

 アイズは俺に黙って脳内に仮想電脳領域を造り俺を観測してるだろ?何とかできない?というか報告されたくなければ何とかしろ。

 アイズ()は答えた。

 ごめんなさい。理子様には黙っていてください。

 ギアさんは恐怖した。


 こうしてアイズはギアさんと細かい調整を行い、平賀良二の気絶中の身体操作を可能にした。



 何時、どうやって良二(マスター)が脳内のアイズ()の存在に気が付いたのかはわからない。

 アイズの応答や情報提示の反応が早すぎたからだろうか。ホワイトデーに愛韻に指摘されたからだろうか。D-Segだけでは計算しきれないことをアイズが秘密裏に処理していたからだろうか。


 解っていることは三つ。

 平賀良二は自身の脳内に勝手に住み着いた得体のしれない人工知能を許容している。

 平賀良二は自身の身体をアイズに明け渡せるほどにアイズを信頼している。

 平賀良二はアイズを正しく利用できる。



 アイズは平賀良二をマスター(・・・・)であると認定する。



 良二の目的を達成するために、アイズは良二の身体を操作する。

 落ちているアタッシュケーズを拾い上げ、竜の方へと走らせる。動きの最適化は完了しておらず走り方はぎこちないが、速度はリミッター解除した身体能力でカバーする。

 ディバイン・ギア(固有名:ギアさん)から警告が通知される。【SCカードの3枚同時読み込みにより、良二の喉及び魔力器官に多大な負荷が発生している】

 痛覚情報は受け取っているが、身体への重度の影響は見られない。無視するように返す。

 再度ディバイン・ギアからの警告を受ける。【30秒以上継続して使用した場合、魔力器官の損傷により今後のプランに影響が発生する可能性あり】

 警告を受け取る。正技及び翠の機能については今後不要なため、機能を抑制することにより負荷を軽減することを提案。提案の受諾を確認。機能の制限に伴い痛覚情報が軽減され、魔力が低下したことを確認。


 地面に転がっている竜の麓に到着する。マフラーを伸ばし、竜の角に絡め良二の身体を引き寄せる。良二の身体が宙に浮く。

 空中で竜の身体を再スキャンする。魔力解析機能シマンデ・リヒター・レプリカに感あり。竜の肩付近に新たな波長の魔力を感知。解析。完了。停止させた魔力とは別波長の魔力に位相を変えることにより、停滞状態からの快復を試みていると推測。

 妨害は予想通り。対応を開始する。



 アイズは知っている。

 平賀良二はディバイン・(・・・・・・)ギア・(・・・)ソルジャーではない(・・・・・・・・・)

 平賀良二は聖剣剣聖である(・・・・・・・)

 ディバイン・ギアは彼にとって聖剣の一つでしかない。

 故に彼は用意した。



 アタッシュケース内の魔法情報メモリ(DAIM)にアクセス。同内のエーテルバッテリーから魔力を供給。情報展開。

 竜の両肩が歪み変質する。そこに現れるのは新たな一対の腕。良二の身体を握りつぶすためのものだ。

 しかし、良二とその相棒とその聖剣を相手にするには些か動きが遅すぎた。


「展開完了。斬空工具(ザンクウコウグ)


 一対の副椀が良二の背に現れる。全長4メートルの多関節式の空間切断用DAだ。

 展開と同時に副椀の先端に取り付けられたチェーンソーが唸りを上げ、新たに生えた竜の腕ごと空間を引き裂いた。

 竜の腕は切られると同時に生え変わり、鱗の代わりに空間の障壁を腕を覆う様に展開する。確かにそれでは斬れないだろう。しかし同時に障壁に制限され満足に振り回すこともできない。

 弾き合うチェーンソーと竜の腕を尻目に、良二はアタッシュケースからDAを取り出し右腕に装備する。

 宙を舞った良二の身体がようやく竜の首の上に落ちる。

 これで目的は達成される。


 ――アイズ。最後は俺の仕事だ。俺の責任だ。


 良二に呼ばれ、意識が彼に奪い返される。



 竜の胸から落ち地面に身体を打ち付け意識を失った俺だが、目が覚めると竜の上にいた。残っているものはアイズからの幸運を祈るメッセージと、激痛と、わずかな魔力と、右腕のDAだ。


「紫月」


 無意識のうちに名前を呼ぶ。紫色が光る。まだ彼女は無事のようだ。


 思いつく限り、時間の許す限り準備した。

 正技さんたちに八丁長光のデータの使用許可をもらった。空間断裂の研究の進捗を確認した。そして、昨晩試作型が完成した新型DAを借り受けた。


 多重空間切断式空間穿孔パイルバンカー聖剣『秋茜一文字(アキアカネイチモンジ)


 年度末実技試験で見た正技さんのガントレットをベースに、手の甲から肘にかけて新たに太い杭とそれを支える長い土台が追加されている。

 俺はアタッシュケースからカードを取り出し、持っていたカード共々全てのカードを右腕のブレスレットにかざす。

 カードに残っていた魔力が全て流れ込み秋茜一文字が起動する。杭が土台の尻まで引き上げられる。


「なぁ、タキツヒメ。正技さんから言付けを預かってるんだ。



 その首落とせ」



 全力で右腕を竜の首に叩きつける。

 ガントレットの先端が竜の鱗を突き破りDAを固定する。直後に爆発音とともに杭が射出され、竜の首を空間ごと穿つ。そしてもう一撃、太い杭の中に隠されていた細い杭が、電磁誘導により超加速し、太い杭を追う様に発射される。


 目の前の空間が捻じれ、裂け、穿たれる。轟音が響き渡り、白い光と黒い光の交じり合ったトンネルが生まれる。

 空間の断裂を応用した空間破壊。今度はたとえ空間を捻じ曲げようが逃げられない。


 残響が消え、光が収まると、DAを突き立てた場所には何も残っていなかった。

 竜の首はコアごと全て消え去り、頭が重力に引かれて落ちていく。

 その顔はどこか笑っているように見えたが、詳しく見る時間もなく光となって消えていった。



 竜の身体が消え地面に落下する。足元には攻撃の余波で生まれた大穴。慌ててマフラーを伸ばし、穴の縁へとひっかけ落下位置を調整する。

 共に落下する(・・・・・・)ディバイン・ギアのブレスレットの回収も忘れない。


 地面に降り立つと、右腕の状態を確認した。衝撃により肘から先が吹き飛んでしまい、存在していない。ディバイン・ギアであるブレスレットは無事だったが、秋茜一文字は完全に壊れてしまっている。後で謝ろう。竜の首と引き換えなら納得してもらえるはずだ。

 幸い俺の右腕は義椀だ。痛覚を遮断した上で接合部で取り外す。これで応急処置は完了だ。


 辺りを見渡すと、紫色のコアが見えた。


「紫月」


 名前を呼ぶと、コアが眼を焼くほどに輝いた。


 光が収まると、そこには紫月が立っている。


「紫月。残念だがこれが答えだ。

 俺は紫月と一緒にはならない」


 紫月は大きく目を見開くと、一瞬だけ顔を歪め、すぐに無表情に戻った。


「そう。それじゃあ、いいわ。

 抱いてあげる。優しく。激しく。あたしと一つになりたいと言うまで。

 一緒に眠りについてくれるまで」


 紫月の背後が歪む。そこに現れるのは両腕を大きく広げた巨大な女神。

 神々しくも切ない、今にも泣きだしそうな紫月の似姿。

 そしてその像を守る様に、三柱の竜も姿を現す。


 絶望的な光景だ。

 しかし未だにシマンデ・リヒター(仁の魔眼)が機能している自分には、その内面が霞であることがすぐに分かった。


 ああ、彼女はどこまでも虚勢を見せる。今の俺を見て、傷つける意思なんて完全に消えているくせに。


「いいや。さっき言っただろう?

 一緒に帰ろう。


 月の見えない、こんな世界なんて滅ぼして」


 そろそろか。

 空を見上げる。


 そこには月の如く光る球体が見える。


 月は世界と衝突し、世界は泡が弾けるようにして消し飛んだ。






 111 x DAM - 了

天を焦がす

世界を壊す

魂に導かれ少女の祈りは彼を目指す

どのような強さの想いなら

世界すら超えるのかと問いかける


比類なき力が降り注ぐ



次回、ディバイン・ギア・ソルジャー ナイツ&アルス

「天を駆けるは無垢なる願い」


レディ!アクティベイト!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ