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第五十二話 新月に至るその前に

 命とは何だろうか。

 生物の生命活動のことだろう。

 生物の根源であり、その動作そのものだ。命を得ることで生物となり、命を失うことでたんぱく質へと返る。


 心とは何だろうか。

 感情の動き、意識の働きと言ったものだろう。

 生命を長らく維持させるために、社会を構成するために、あるいは次世代へと存在を繋げていくために必須のものだ。


 魂とは何だろうか。

 生物を生物足らしめている根幹だろうか。

 精神の形だろうか。

 実のところ、命や心という外部出力が可能なものと違い、魔法技術が認められ研究され始め50年を超える今でも、魂というものは計測されていない。

「魂の重さは21グラム」という説が掲げられたこともあったが、それはただの測定ミス、身体機能の停止に伴う体内物質の気化、あるいは忖度であり、根拠薄弱として受け止められている。

 魂とは科学で計測できない魔法的なものではないかという説がある。魔法を作り出すシステムか、魔力器官に宿る何かか、あるいはもっと別の物なのか。魔法というものは未だ未知の部分が大きく、魂との関連性はわかっていない。

 いっそ幽霊というものが実在してくれるのなら、それをもって魂の存在を肯定できただろう。

 しかし観測された幽霊は自然現象や魔法現象で説明できるものばかりだ。「それが幽霊ではない」と断言できるわけではないが、「それが幽霊である」と断言できるものでもなく、真に幽霊と呼べるものは未だ観測されていない。

 そもそも魂というものは存在するのか。

 存在したとして、すべからく人に宿るのか。

 俺にも魂というものは宿っているのだろうか。



 紫月のことに話を戻そう。

 紫月の命は尽きかけている。

 紫月の心は崩壊している。

 紫月の魂は――どうなっているのだろうか。

 魂が人生の足跡に由来する個人そのものの情報だった場合、感情と記憶が壊れた彼女の魂もまた壊れていることになる。

 しかしその場合、アルツハイマー型認知症などにより脳に欠損が生じた場合も同様に魂が破損したと言える。

 そんなもの魂の定義と程遠い。事故や病気と言ったもので簡単に変質してしまうのなら、それは魂とは別の名で呼ぶべきものだろう。

 魂とは、記憶や感情とは離れた、もっと根源にあるものだと信じたい。

 彼女のコアにある何か。それこそが魂であると信じたい。


 俺たちの世界から離れてしまって、傷つき、汚され、変質して、それでも帰ってきたソレを俺たちの世界が受け入れられないのなら、彼女はどうすればいいのだろう。どうすればよかったのだろう。

 だから、せめてソレだけは俺たちの世界へ。

 初めて出会った彼女が望んだ、恐らくは忘れてしまっているだろう願望を形にしよう。



 魂に安らぎを。魂に平穏を。魂に救済を。

 紫の月が、新月に至るその前に。




 さて、感傷的な話はここまでにして、現実に目を向けよう。

 彼女をこちらの世界に呼び戻すに辺り、いくつかの問題点が残っている。


 ・魔力の貯蔵量が限界

 ・不足している属性の摂取には良二の魔力器官が必要不可欠

 ・良二の魔力器官では出力が足りない


 一つ目。彼女は深界獣のコアの過剰摂取により、現在魔力過多となっている。簡単に言うと、お腹がいっぱいのため必要な栄養を摂取できない。そのためお腹を減らす必要がある。

 紫月異相の生成である程度はお腹が減ったはずだが、まだまだ空腹になってもらう必要がある。


 二つ目。彼女が取り込む必要のある属性をすべて満たすには、俺の魔力器官の摂取が必要だ。必要な栄養素が解らない以上、完全栄養食である俺を食べなければならないということだな。美人に食べられるというのは悪い気はしないでもないが、ちょっと困る。


 三つ目。例え俺を食べたとしても、それで属性が足りるかはわからない。深界獣と捕食されたDAの関係を調べて分かったことだが、単純に属性を取り込めばいいというわけではなく、ある程度の出力が必要だ。例えばたんぱく質20グラムが必要だった場合、俺の魔力器官から摂取できるのはせいぜい5グラム程度だろう。少し摂取するだけでよいのなら、紫月も俺の喉のつまみ食い程度で済ませていたはずだ。どうやってか出力を補わなければ。



 問:以上の問題点を解決し、紫月を俺たちの世界に帰す方法を答えよ


 ヒントはすでにそろっている。

 理論上やってやれないことはないはずだ。



 しかしその前に、解決しなければならないことがある。

 全てはその後だ。




「紫月ってだぁれ?」


 銀色に輝く髪は肩より少し下まで伸びている。

 肌は変わらず青く、その肢体は見惚れるほどに美しく整っている。

 レオタードは失われ、局部を申し訳程度の白いシールのようなもので隠している。所謂ヌーブラやCストリングという奴だろうか。魔力による存在ということを考えると、衣服ではなく素肌の模様かも知れない。

 尻尾は無い。羽は無い。角もない。

 あるいは、こちらに来た時には羽も角も生えていたのだろうか。


 眼は黒く瞳は宝石のように澄んだ紫だ。

 しかし以前のようにキラキラと輝いてはいない。

 ただただ澄んで、周囲の景色を映しこんでいるだけだ。


 彼女は紫月だ。俺が名前を与えた存在だ。


「……紫月は君の名前だ」


 吐き出しそうなモノを飲み込み応える。


「ふぅん……」


 紫月は無表情のまま、顎に指をあてて首を傾げる。


「よくわからないわ。

 あたしは貴方。

 貴方はあたし。

 世界は全て。全て一緒」


 紫月は両手を広げクルクルと回った後、ぴたりと止まり空を仰いだ。


「よくわからないわ。

 紫も。月も。あたしも。貴方も。故郷も。その色も。その匂いも」


 紫月は何かを求めるように両腕を天に伸ばしたが、何も掴むことができずにゆっくりとその腕を下ろした。


「ねぇ、あたしの名前を呼んで。

 忘れられなくなるくらい。

 ずっとずっと」


 紫月は何かを求めるように両腕を俺の方に伸ばす。


「一つになるまで。

 この世界が消え果るまで。

 この世界と消え去るまで」


 誘われるように、俺も彼女に手を伸ばす。


「紫月――」

「あたしと貴方。

 一つになってもわかるように、ずっと名前を呼び続けて」



「食事の時間。終わりの時間。

 あたしを食べて。貴方を食べて。

 命を一つに。心を一つに。名前を一つに。魂すらも一つに溶けて――


 いただきます」



 紫月の姿が消え去る。

 目の前には青白い壁。巨大な竜の顎。


 唐突に地面から現れ紫月を飲み込んだ竜の姿には見覚えがある。

 毎年博物館で見る姿。とある青年の打倒するべき対象。とある戦士が首を落とした伝説の存在。

 竜一型乙種リュウヒトガタオツシュ 個体名【タキツヒメ】。

 日本で初めて観測された竜種。その深界獣である。


「紫月ぃぃぃ!」


 彼女の望む通り、喉よ裂けよと力の限りの叫び声をあげる。


 彼女は俺を食べることはできなかった。

 彼女は俺を食べることを望まなかった。

 だから、俺と彼女、二人を食べる存在を生み出した。

 紫月を食べ、俺を食べ、全てを一つとするために、竜を模した舞台装置が鎌首をもたげる。



 紫月を救うその前に、解決しなければならないことがある。

 全てはその後だ。


 だからまずは、彼女に教えなければならない。

 ここにいるのは俺と紫月だけではない。


 俺と、紫月と、ギアさんと、そしてSCカードで繋がった仲間たち。


 その全てで、俺たちがこの世界を(・・・・・・・・・)終わらせよう(・・・・・・)』。


 痛む首に手を伸ばす。


動輪接続(サイクリング)!』


 痛む右手に手を伸ばす。


心炉起動(アクティベイト)!!」


 痛む心に蓋をして、最強の深界獣に戦いを挑む。


「さぁ、楽しい楽しい希望の時間の始まりだ」



「いくぞっ!紫月っ!!」






「っかはぁっ!」


 ギア:ナイツが地面に叩きつけられ変身が強制解除される。


「ショート!」


 思わず彼に駆け寄る。制服は破れ、身体は血に濡れている。

 抱き上げる声をかけると、彼はうめき声で答えた。

 どうやら意識は残っているようだ。


「逃げろ―――リン」


 今、僕たちの目の前には大量の深界獣が我が物顔で闊歩している。



 世界は突然閉じられた。

 元となるバブルスフィアもないのに深界バブルスフィアが発生し、僕たちはすぐに気が付いた。

 良二くんは同じようにして攫われたんだ。彼と紫月しか知らない世界。良二くんはそこを知覚出来たみたいだけど、それだけだった。まさか彼を取り込めるだなんて思いもしなかった。

 その世界は複雑で、きっと僕たちでは入ることはできない。助けに行くことはできない。それ以前にそんな余裕なんてなかった。

 深界バブルスフィアを埋め尽くすほどの深界獣が、僕らに目を向けているのだ。


 幸か不幸か、今度は仁くんと一真さんも一緒に取り込まれたけれど、それで挽回できる戦いじゃなかった。

 紫月異相のように簡単に倒れる相手なら、何度蘇生されようと負けることはなかっただろう。でも紫月異相とは違い、今回の深界獣は全てがコアを持ち、コアが破壊されなければ腕が千切れても頭が潰れても戦い続けるのだ。


 仁くんがコアの位置を特定し、一真さんがそこを的確に破壊する。始めは上手く連携で来ていたけれど、仁くんの魔眼に限界が来たことで戦況は一気に傾いた。

 仁くんはそれでもコアを見極めて的確に破壊できていたけれど、一真さんは物量で押しつぶすことでしか対応できず、倒れても倒れても新たに現れる深界獣にじり貧になったのだ。


 そして僕たちはというと――


「Gyararararaaaaa!!!」

「Sharaaaaaaa....」


 巨大な二柱の竜を前に苦戦を強いられていた。


 万全の体制なら、あるいはギア:アイズがいてくれたら、こんなことにはならなかっただろう。


 ――違う。

 それは願望だ。


 ギア:ナイツが倒れたのは、僕を庇ったからなのだから。




 最終決戦後半。

 失われたものを取り戻す戦い。


 それは紫月だけじゃない。

 それは僕たちの、心と誇りと勇気を取り戻すための戦いだ。





 Eclipse x MidNight - 了

何度後悔しただろう

何度夢に見ただろう

彼は何をしたかったのか

彼が望んだのは何なのか

離れてしまった二つの歯車

何を掛け違えたのかと問いかける


悩み抜いた答えが今ここに



次回、ディバイン・ギア・ソルジャー ナイツ

「勇名胸に、熱き心の歯車回せ」


レディ!アクティベイト!


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