第五十一話 紫の月は欠けている
月って何かしら
明るいのかしら
柔らかいのかしら
甘いのかしら
今日こそ見れるのかしら
いらないものは全てちぎって
いるものもすべて捨てて
無くなったものと残ったもの、どちらの方が多いのでしょう
わかりません
あたしに数はわかりません
キラキラとヒカリの中に消えていく、ナニカを見てもわかりません
でも、無くなったものは残ってないのだから、残ったものの方が多いのでしょう
腕いっぱいにコンペイトウを抱えます
これももういりません
全部捨ててしまいましょう
誰かにあげてしまいましょう
そうすれば、おやつくらいなら食べれるでしょう
嫌な匂いは消えました
大切なものも消えました
少しお腹がすきました
そろそろご馳走に会いましょう
ご馳走に会う前に数を数える
大切なものの数を数える
でも、あたしに数はわかりません
一つも数えられません
ご馳走ならきっと教えてくれるでしょう
数を教えてくれるでしょう
あたしがなぜ月を見たいのか、きっと教えてくれるでしょう
待っててご馳走
あたしの全て
世界が燃え尽きた。
それと同時に、こちらの世界に良二くんが帰ってくる。良二くんは所々焦げた深紅のマフラーに包まれていたけど、すぐにマフラーと彼を覆うスーツは光となり消えてしまった。
良二くん自身も酷く消耗したのか、眠るようにして意識を失ってしまった。
僕は慌てて彼が倒れないよう抱き留める。
それにしても魔力で作られたマフラーが焦げるだなんて、一体どうしたらそうなるんだろう?
「『深界』属性は見当たらぬな」
シートを用意して彼を寝かせていると、眼帯を外した仁くんが近づいてきた。
『深界獣の姿は完全に確認できず』
『ありがとう。
お疲れ様』
仁くんが脳内チャットに書き込むと、すぐに麗火さんから返信が届いた。
『良二くんは大丈夫?
焦げていないかしら?』
寝ている良二くんの状態を確認する。
『寝てるけど呼吸と脈拍に問題なし。
白衣と学ランはちょっと焦げてるね。機能は問題ないと思う』
続けて服の下などを確認する。
『右腕は軽い火傷。首は少し熱を持っているけど問題ないかな。
昨日よりはマシだと思うよ』
傷の具合を撮影し貼り付ける。
『そう……
解ったわ。すぐに治ると思うけど、冷やしてあげて』
用意しておいた応急キットで彼を手当てする。
これで良し、と。
昨日みたいに強制解除はしなかったから目覚めるのは早いと思うけど、ゆっくりと休めるように毛布を掛けてあげる。
眼鏡はかけたままだ。良二くんは起きて直ぐに動ける方が良いらしい。
「設定は完了した」
ショートがアタッシュケースを良二くんの隣に置く。
そこでは今回使用したSCカードのチャージが行われているけれど、もう一度使えるのは明日以降になるだろう。
「周囲には何も観測できません。
これで終わりでしょうか?」
周囲を旋回していた7羽の銀色の燕が一真さんの所へと集まっていく。
燕は差し出された一真さんの腕に止まると、変形して服の意匠と一体化してしまった。たぶん小型のDAドローンなんだろう。
「まさか。
恐らく今回の目的は女狐のSCカードだろう」
「会長ですか?」
「女狐は風情もなく全てを焼きつくす。
どのような深界獣を用意しているのかは知らんが、問答無用で消し飛ばされてはたまらんだろう」
仁くんが忌々し気に言う。
一真さんはその様子が気に入らないみたいだけど、仁くんは全く気にした様子はない。
「無限模倣まで読み切り、会長以外のカードでは対応できない状況を作り出したと?
カードの使用条件も含め、そこまで理解できる能力を持っているかは疑わしいですが」
「ヴァーレアインよ。貴様は変わらず、知らぬ相手を下に見るな。そうやって足元をすくわれた経験を忘れたか?
相手は深界の主だ。それがどのような意味であれ、深界という一つの世界の最上位であることは間違いあるまい。
現に世界は『滅びかけた』」
「……そうですね。私にはできない事です」
一真さんはため息を一つつくと、何か飲み込んだようだった。
「しかしそうなると、残りの手札が心配ですね」
一真さんが僕とショートに目を向ける。
「僕は問題ないよ。疲れてるけど、装備に問題なし」
ポリポリとクッキーを齧りながら言う。
僕の対深界模倣変身聖剣『ディバイン・ギア・モンタージュ』は歯車の意匠に仕込んだエーテルバッテリーと魔法情報メモリを使ってDAを取り出す。今回三つ使ったけれど、良二くんのSCカードと違って、バッテリーさえ交換してしまえば、すぐにまた使えるようになるのだ。
後はこの疲労回復クッキー(弱)を齧って休めばすぐに体力は回復する。
ところで、このクッキーの(弱)とは何の意味だろう。(強)があるのなら、そちらを使えばすぐに疲れが抜けるのに。
「俺は魔力が足りていない。
ディバイン・ギアには問題はない。
損傷は激しかったが、あと30分ほどで直るだろう」
深界バブルスフィアから出ると、ディバイン・ギアはある程度修復される。
それでも傷が残っているということはかなり酷い状態だったということだろう。
とりあえずショートにもクッキーを差し出すと、彼はそれを一口で食べてしまった。
「我が魔剣は再調律が必要だ。破損した魔石は4つ……2時間程度か。
しかしアイズからバイパスの提案を受けた。
それならば調律せずとも最低限は動作させられるだろう」
仁くんが忌々し気に魔剣の表面を見つめる。僕からは解らないけれど、きっとそこに傷か何かがあるのだろう。
ここ数日仁くんがうっとりと刀身を眺めているのを見かけた。彼は魔剣に芸術的な美しさを求めていた。
解るよ、格好いいもんね、魔剣ローテス・ウンド・グラッタイス。
「一番の問題は良二くんかな。
残りのSCカードは正技さん、翠さん、じ―シュバルツ、そして雪奈ちゃん。
戦闘で使えるのは正技さんと翠さんの二枚。
シュバルツのSCカードは本人がいるから意味ないし、雪奈ちゃんのカードは壊れてて使えない」
「副会長の機能は深界獣には効果が薄いことを考えると、切り札となるのは正技さんのSCカードのみ。
少し厳しいですね」
「おい、二人して我が魔眼への評価が低くないか?
今までやってこれたのは誰の何の機能のおかげだと思っている?」
「それは感謝してるけど……」
「でも戦闘力はありませんよね?」
「うぐぐ……
いや、頑張れば目からビームくらいなら……
おい、ツヴァイベスター。貴様からも―――」
仁くんがそろそろ目を覚ますだろう良二くんに話を振ろうとして固まった。
どうしたんだろうか。
僕は釣られるようにして、仁くんの見ている先に視線を向けた。
そこには毛布と低反発シートがあるだけだ。
「おい、良二はどこに行った」
誰かが優しく頭を撫でてくれているのを感じる。
初めて感じる手つきだ。雪奈ではないだろう。
固めのゴム風船のような弾力の手は、頭どころか他のどの部分でも触れた覚えはない。
違和感はあるが、それはそれで気持ちいい。
特に、同じような感触の枕は最高だ。
このまま二度寝してしまおう。
もう一度深い眠りにつこうとしたが、半覚醒した意識に右腕のピリピリとした感覚が引っかかる。
酷い日焼けをした後のような、意地を張って仁と熱湯風呂勝負を行った後のような感覚だ。
意識が痛みに引っ張られ浮上してしまう。
仕方がないのでゆっくりと目を開ける。
そこに見えるのは黒い夜空に紫の月。
頭を撫でるのを止めた紫月が、膝に俺を乗せ、俺の顔を覗きこんでいた。
「起きたのね」
紫月が感情を感じさせない声と顔で言う。
俺は慌てて跳び起きた。
辺りを見渡すと、周りには紫月以外の姿は見えなかった。
それどころか地面以外何も見当たらない。木や遠くに存在するはずの校舎すらも存在していないようだ。
唯一SCカードがセッティングされたアタッシュケースが置いてあるくらいか。
「もういいのかしら」
紫月は俺が元気に動いていることを確認すると、女の子座りを止めゆっくりと立ち上がった。
「――ここは?」
上を見上げてみる。色は赤黒く、何時もの深界バブルスフィアとは違っているようだ。
もちろん月は見えないが、星々すらも見えない。代わりに半透明のリングや金平糖が浮いている。
明らかに俺の知っている世界ではない。
「世界よ。
あたしの」
そうか。
ここが紫月の何時もいた場所。
俺たちの世界と深界世界の狭間。触れれば割れる、彼女だけの泡沫。
どうやら俺はそこに完全に取り込まれてしまったらしい。
戦闘直後という最悪のタイミングで。
完全に狙われていた。
「そしてこれからは、あたしと貴方と、全ての世界」
紫月の身体が消え、首筋にゾクリとした感覚が走る。
そちらを見れば、紫月が冷たい表情でで俺の首に爪を這わせていた。
「これからはずっと一緒。
あたしと一つに――」
たまらず俺は彼女の爪を止めようとする。
「駄目よ。
貴方からは触らせない」
紫月の姿が消え、元居た場所に戻っている。
俺の今の状況は最悪だ。
しかしそんなことよりも、彼女の言葉が俺の心を抉っていく。
「なぁ、紫月。
お前は俺を――」
「紫月ってだぁれ?」
ああ、取り返しがつかない程に壊れている。
最終決戦後半。
失われたものを取り戻す戦いが始まる。
壊れていても、せめて彼女に救いの手を。
Eclipse x Twilight - 了
紫の月は欠けていく
紫の月は消えていく
その存在もあり方も、陰に隠れて姿を亡くす
魂の定義すらわからぬ少年の
伸ばした腕は闇の中
自身の心に従って、まずするべきは何かと問いかける
彼女の名を叫び続けよう
次回、ディバイン・ギア・ソルジャー ナイツ
「新月に至るその前に」
レディ!アクティベイト!