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第四十九話 宴会の終わりは儚く

 深界獣とは何だろうか?

 始原回路の刻まれたコアを中心に、魔力で姿を作り出したものだろうか。

 それならば姿が生物である必要はない、例えば地面そのものを深界獣に仕立て上げることも可能なはずだ。

 紫月異相が倒しても倒しても蘇ってきたのも当たり前だ。

 彼女は地面から生まれ地面に返る。俺たちを油断させるために、あるいは揶揄うためにそれっぽい演出(・・・・・・・)を行っていただけで、同じことをただただ繰り返し続けていただけだ。コアさえ無事なら魔力は潤沢にあるし、倒された紫月異相のリサイクルを行ってもいい。



『量産型木偶淫魔はこちらで処分する。

 ギア:アイズはさっさとアレを吊り上げろ』


 目の端に一瞬だけ黒い刃が映り込む。

 刃は紫月異相の首を刎ねると、音もなく消えていった。


 魔剣『薔薇散る闇夜の氷ローテス・ウンド・グラッタイス』。

 この依頼を受けた日に仁が持ってきていたDAである。

 刀身は宝石のように透明度の高い澄んだ黒で、中に赤いラメが散りばめられている。

 そのラメの正体は一つ一つが回路を刻まれた魔石の結晶体であり、特定の順番で魔力を流すことにより聖剣回路として機能し、刀身に様々な属性と機能を付与することができるのだ。属性を変えるだけならば属性変換器とさほど機能に違いはないように思えるが、魔石の結晶体を多数経由することにより、より詳細に属性を指定することができる。

『深界』属性のレベルまで指定するには高度な属性制御が求められるため再調整に手間がかかったが、彼は見事やり遂げた。


 仁はシマンデ・リヒターと魔剣を同調させ属性を切り替えることにより、通常の空間に居ながらにして深界バブルスフィア内部を切り裂くことを可能にした。

 獲物を閉じ込めるための閉鎖空間は、彼の魔剣により一方的に狩りを行う場へと変わったのである。


 問:高度な属性制御を行わなければ深界バブルスフィア内部に入れず、かつDAしか入ることはできない。どうすればよいか?

 解:高度な属性制御を行えるようにしたDAを一瞬だけ内部に入れて攻撃する。


 単純だが、技術に裏打ちされた素晴らしい答えだ。


『了解。

 一真はどうだ?』

『私の方はダメですね……今回の深界バブルスフィアは完全に『深界』属性のみで構成されています。

 私のDAが入れる余地はありません』


 一真のDA-機甲聖剣はある程度属性をいじれるように改造してもらったのだが、対応できる属性は限られている。

 今回は『深界』属性のみで通常の属性が含まれていないため、彼のDAは中に入れることができない。


『ギア:ナイツ、輪之介、アレを使う。

 シュヴァルツと連携して適宜紫月異相を倒しつつ、コアが露出次第破壊してくれ。

 アイズ』

『了解。対応したよ』


 視界に半透明の仁の姿が映し出される。

 深界バブルスフィアの外にいる彼の姿を重ねる形で投影しているのだ。


『アレ……アレね。

 気が抜けるからあまり好きじゃないんだけど』

『俺は好きだ。

 良二、頼む』


 通信が切れそれぞれが戦いに専念する。

 仁が俺を守るように剣を振る姿を見ながら、俺は腰からカードを一枚取り出した。


『ロード・オブ・サクラカスタマー』


 カードを読み込まれ、マフラーの色が桜色に変わる。


 俺の切り札のうちの一つ、花ちゃんのSCカードだ。

 マフラーにもDAにも特別に効果が発揮されるわけではないが、その機能は凄まじい。


 願いよ想いよ花開け。本当の大宴会は今ここに。


『サクラフェスティバル:ハナチャン・オンステージ』



 トリガーが引かれ、世界が桜色に染まった。



 白い世界が塗り替えられる。地面を覆うは茶色い根。目の前にあるのは巨大な幹。天を覆うは満天の桜。

 根元ではピンク色の人型テトラポット――花見客が騒いでいる。



 目の前には二週間ほど前に見た景色が再現されていた。



「おう!」「おう!」「おう!」「おう!」


 花見客が飲んで食べて歌って踊っている。


「キレイダワ」「アカルイワ」「タノシイワ」「キモチイイワ」


 突如現れた木と花見客に、紫月異相も動揺が隠せないようで、辺りを見渡している。


 何か感じるものがあるのか、小さな花見客は紫月異相に気が付くと近づいてきて手に触れ、桜色のナニカを差し出してきた。


「ノミタイワ」「タベタイワ」「ウタイタイワ」「オドリタイワ」


 増々困惑していく紫月異相。しかし花見客たちはそんなことお構いなく彼女たちを取り囲むのだった。



 花ちゃんのSCカードには複数の機能が備わっている。

 一つ、花見客を顕現し、周囲に無差別な鎮静作用を与える。効果はさほど強くなく意識を逸らす程度のものだ。ギア:ナイツや輪之介は詳細を理解しているため影響は無いだろうが、不必要に紫月異相を攻撃すると我に返る可能性があるため、現在は攻撃を控えてもらっている。

 二つ、規模の小さな八咫桜を召喚し、魔力を吸い取ることで花びらや花見客に簡単な機能を持たせることができる。

 今回の目的は二つ目の魔力を吸い取る機能だ。

 辺り一帯に根を這わせた八咫桜は、地面に擬態した深界獣から魔力を吸い上げながらさらに地中深くへと根を掘り進めていく。

 目標は地下40メートルほどに存在するコアだ。さすがにそんなところに隠されては攻撃する手段が限られる。ギア:ナイツの火力でも足りないし、このDAでは正技さんのSCカードでの斬界縮地でも届かない。

 麗火さんのSCカードなら問題ないのだが、被害が最小限となるよう制御しても、太陽の表面温度を超える余波により地面一体が溶岩となってしまうだろう。その一撃で倒しきれなければ死ぬのは俺たちだ。



 1分ほど経った頃だろうか、花見客に誘われブルーシートに座ろうとしていた紫月異相たちの身体が一斉にビクンと震える。

 流石に本体の魔力が急激に低下していることに気が付いたようだ。


「ノミタカッタワ」「タベタカッタワ」「ウタイタカッタワ」「オドリタカッタワ」


 紫月異相が小さな花見客を抱き上げる。

 そして裂けるように大きく口を開くと、花見客に迫り――頭部が消失した。

 紫月異相が液体に返り、抱きかかえられていた花見客が地面に落ちる。花見客はゆっくりと立ち上がるが、その足元は覚束ない。


 通常の花見客には攻撃能力は無い。飲んで食べて歌って踊るだけだ。

 ただし例外も存在する。

 酔って暴れる泥酔客だ。彼らは口から魔力砲を発射することで辺りに迷惑をかける。


 地面から吸い取った魔力を八咫桜の機能で『酒』に変え、花見客に大量に注ぎ込んだ。

 花見客は次々と花びら五枚の泥酔客となり、誰彼構わず暴れ始める。


 紫月異相の宴、白い紫月異相の宴会、花見客による大宴会、それに続く四次会の開幕である。



『なんか僕たちも攻撃されてるんだけど!?』

『なんだこの魔力は!見ているだけで酔うぞ!』

『酒臭い』


 何やら脳内チャットでメッセージが届くが気にしない。俺は俺の仕事で忙しい。

 神経を左目と右手に集中する。

 左目に映るのはキュビズム染みた地面だ。その奥深くに茶色の金平糖のような物が見える。

 右手のDAを動かすと、それに合わせて視界に映る桜色の紐のようなものも動く。じっくりゆっくり確実に動かし、紐を金平糖に巻き付かせる。


 間違いない、これが今回の深界獣のコアだ。

 魔力を吸収すると抵抗を感じる。全てを吸収するのは時間がかかるだろう。八咫桜の根で破壊するのも難しそうだ。

 当初の予定通り、吸い取った魔力で八咫桜の根を強化しつつ金平糖を握り込み、力の限り引き上げていく。


「――抜けるぞ!」


 地面が盛り上がり大量の根が姿を現す。地面を波打たせながら現れる根っこの先端に、茶色く輝く何かが握られている。


『アナザー:カウント。

 オーロラ・バースト』


 すかさずギア:ナイツが接近し、両腕に装着したジェットエンジンの噴出孔が向けられる。


「パーティーダヨ

 カーニバルダヨ

 ダイエンカイダヨ


 ハナビダヨ」


 しかし七色の光が放たれるより早く、ギア:ナイツに触れた桜の花びらが爆発した。


「ショート!」


 ギア:ナイツが体勢を崩し落下する。

 落下地点には輪之介が駆けつけており、なんとか地面に落ちる前にギア:ナイツを回収する。


「平気!?」


 輪之介が抱きかかえたギア:ナイツに問いかける。


「――問題ない」


 ギア:ナイツは立ち上がるが、足元がふらついている。装甲は所々ヒビが入っており、今にも強制解除されそうだ。両肩に設置された慣性制御デバイスも破損しているようだ。

 ギア:ナイツはほとんど敵の攻撃を受けていないように見えるが、現在の彼の機動力と速度はギア:ナイツの防御力でも完全に耐えられるわけではない。少しずつ蓄積していったダメージが今の爆発で表面に出たのだろう。


『ツヴァイベスターよ!

 何をしている!』


 仁からの通知が届く。もっともだ。


『――くそっ。

 乗っ取られた』


 以前俺が花ちゃんにアクセスしてその機能を使わせてもらったことがある。

 紫月異相のコアはそれと同じようなことを行ったのだろう。吸収した魔力にウィルスのようなものを混ぜ八咫桜にアクセスし、桜の花びらを花火へと変換したのだ。


『――花ちゃんは解除した。

 だが少し不味いな』


 目の前で八咫桜と花見客たちが桜の花びらとなって消えていく。

 乗っ取られた部分は僅かだったため、供給元で栓を閉めてしまえば維持できなくなり乗っ取りはそこで中断する。


 しかし、乗っ取られていた部分は依然地面から魔力を吸い上げ自身を維持し続けている。


 八咫桜と花見客が消えた後、辺り一面には桜の花びらが舞っている。

 その花びらは次第に渦を巻き始め、一か所に集まり始めた。

 その中心にいるのはコアを胸に抱く紫月異相。


「ハナミ

 ユキミ

 ハナビ」


 周囲の紫月異相が次々と液体に戻っていく。

 そして液体となった紫月異相は、コアを抱く紫月異相の元へと集い、周囲を舞う桜と共に身体を覆っていく。


「チリギワコソガ ウツクシイ

 セカイハ ヒトツニ チリヂリニ

 ウツクシク マクヲ ヒキマショウ」


 所々に桜をちりばめた、マーメイドタイプのドレスを纏った紫月が現れる。銀色の髪は後ろで束ねられ、満開の桜で彩られている。

 そしてその背後には、直径50センチほどの7つの桜の花が浮いている。


 紫月異相が腕を持ち上げ、指にはめられた桜を模したリングに口をつける。

 すると、彼女のドレスの裾に小さな火が灯った。

 火は少しずつドレスを周回するようにして広がっていく。そして、それに呼応するように、背後の桜の花の中心にも光が集まっていく。


 ――直感だがアレはマズい。

 あの魔力の質は知っている。ちょくちょく身近に感じるし、昨日だって(・・・・・)この身を焼いた(・・・・・・・)


『女狐の炎か!

 何処で奪った!』


 仁の叫び声が脳内に響き、紫月異相の身体を黒い剣が通り抜ける。

 しかし魔剣はコアを破壊することなく弾かれ消えていった。


『ヒビが入ったか……

 やはりコアはDGSの必殺技でなければ砕けんようだ』


 一方的に攻撃できる仁だが、火力が足りなければ倒すこともできない。

 それならばと紫月異相本体や桜の花を攻撃するが、そちらは全て素通りしている。


『クソ!ズレたか!』


『深界』属性に対応した属性変更ができるよう、仁の魔剣は非常に繊細な作りをしている。本来なら振り回して切りつけるようなものではないが、仁はそれを技量と最低限の使用による負荷軽減で対応していた。

 しかし、ヒビが入るほどの衝撃を受ければ構造は歪み、正しい動作は期待できなくなる。刀身内部の魔石の結晶体は特定周波数の魔力を照射することにより、取り出さずとも遠隔で回路を更新することができるが、今すぐに対応するというのは無理な話だ。


「良二、サポートを頼む」


 ギア:ナイツが飛翔する。彼のカウントはすでに1進み、次が最後となる。

 彼を追う様に、無数の桜の花びらが空へと散っていく。


『クィーン・オブ・ローズ』


 二葉のSCカードを読み込み、トリガーを二回引く。


『BGRMフルバースト』


 白衣に仕込んでいたエーテルバッテリーを消費し魔法情報メモリ(DAIM)から拡張兵装を展開する。アイズと連動したマルチロックオンの超精密射撃が行えるものだ。

 桜の花びらを迎撃するのに膨大な魔力は必要ない。最小限の出力で、数百を超える花びらの海を撃ち抜き、薙ぎ払い、誘爆させていく。

 花びらはこちらにも降り注いでいるが、そちらはマフラーを操作して傘とする。

 防ぎきれなかったものがスーツを焼くが、それにかまっている余裕はない。


 幸いにも今までに見せた各種機能は使ってこない。

 恐らく麗火さんの塵火焼却(ジンカショウキャク)を再現するためには他の機能に裂く容量が足りないのだろう。それは発動までにチャージが必要なことからも明らかだ。

 皮肉にも攻防で使える花ちゃんの機能を取り込めたがゆえに、紫月異相は使用に踏み切ったのだろう。


「ファイナルカウントだ」


 今まで見た中で一番の輝きがギア:ナイツの背部に集まる。


『カウント:ナイン』


 ギア:ナイツが瞬間的に音速に達する。

 しかしその直前、紫月異相を庇うように花びらが集まり紫月の姿となる。


「ダキシメテ アゲル

 トモニ ヤカレテ

 トモニ キエマショウ」


 とっさにフルバーストの射線を全て桜の紫月に集中させるが、その片腕しか焼き切ることはできなかった。

 桜の花びらは爆発しない代わりに、非常に強固に作られているようだ。

 その集まりである桜の紫月は、ギア:ナイツの一撃でも貫通することはできず、錐となった足が胸部に刺さるだけに止まる。


「はぁぁっ!」


『アナザー:カウント:オーバーナイン。

 エンドポイント・オブ・コントレイル』


 ギア:ナイツの足に装着されたDAジェットエンジンが爆発し、さらなる推進力を生み出す。

 彼の姿は光そのものとなり、桜の紫月を貫いた。



 桜吹雪がギア:ナイツを包み込む。

 彼はそのまま、微笑を浮かべる紫月異相の胸をも貫いた。



「ヒヨ

 ハナヨ

 ソラヨ

 ソラヨ」



 紫月異相が身体を崩しながらも、右手を天に伸ばす。


 その胸には、茶色く輝くコアが残っている。

 少し光量は少なくなっているが、未だその機能は停止していない。


 ギア:ナイツは振り返りコアを破壊しようとするが、すでに彼も限界だった。

 スーツが光となり消えていく。


「まだ――」


 昇人がコアに手を伸ばす。


「ううん。これで終わりだよ」


 振り散る桜の中を、輪之介が紫月異相に歩み寄る。

 輪之介は浮かぶコアに優しく触れる。

 コアの光が小さくなり、その形がはっきりと見えるようになった。


 その形には見覚えがある。

 それは――


「さようなら、僕の深界獣」


 輪之介が両手でコアを包み込むと、コアの光は完全に消え去った。


「アタタカイネ

 キレイダネ

 キモチイイネ」


 紫月の身体が光となって消えていく。




「ヒガシズンダ

 オナカガ ヘッタワ

 イエニ カエロウ

 イエニ カエロウ」



「サヨウナラ」





 Party x End - 了

桜は散って花びらとして舞い上がった

花びらは焼かれ塵となった

塵は燃え尽き新たな火種へと変わりゆく

後始末は美しく

全てを火の海へと飲み込んでいく

世界の崩壊、その手段は何かと問いかける


身を焦がすほどの思い、それは世界すらも焼き尽くす



次回、ディバイン・ギア・ソルジャー ナイツ

「惑星焼却式」


レディ!アクティベイト!


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