第四十五話 決戦が始まる
「おはようございます!」
今日も雪奈は元気だ。
何時もよりも元気だ。DSJへ遊びに行くからだろう。
「おはよう」
「おはよう、雪奈ちゃん」
「娘よ、目覚めたか」
「あれ?どうして皆さん居るんですか?
昨日の夜はいなかったですよね?」
麗火さんと仁の挨拶に雪奈が首を傾げる。
「我はDAの最終調整だ。やはり専用の設備があるここが一番捗る」
「私は雪奈ちゃんを着つけに来たの。折角のDSJへのお出かけだから、おめかししましょ?」
「おめかしですか?」
「私のお古だけどね」
そう言うと、麗火さんは浴衣を取り出して雪奈に見せた。
「わぁ!可愛いですね!」
「DAだから今の季節でも温かいわよ」
「えっと……じゃあ着ます!」
麗火さんを連れて雪奈が自室に帰っていく。
さて、その間に俺も準備をしておこう。
しばらくして雪奈が自室から出てくる。
「マスター!どうですか!?」
雪奈が袖をつまんでくるりと回る。
浴衣の柄は桜、帯はピンクで柔らかい色使いが肌が白く長い黒髪の雪奈に良く似合っている。
さらにうっすらとした頬紅と、目立ちすぎないが目を引く赤色の乗ったリップが彼女の魅力を引き上げている。何時もより長めのまつげやくっきりとしたアイラインを見るに、うっすらと化粧しているようだ。
ネイルにも色が付き光を反射している。
流石麗火さん、短時間ながらも完璧な仕事だ。
「可愛いぞ」
「えへへ……」
雪奈がニコニコと笑う。
「後は――雪奈、ちょっと目をつぶっていてくれ」
「はい?」
雪奈は首を傾げながらも素直に目を閉じる。
俺が目配せをすると、麗火さんがササっと雪奈の髪を結い上げる。
最後にこのかんざしを挿せば――
「いいぞ」
雪奈の前に鏡を配置し声をかける。
「わぁ!かんざし!かんざしです!」
雪奈はすぐにかんざしに気が付くと、喜色いっぱいの笑顔でかんざしを鏡に映す。
棒の先端にはパールのように輝く白色の宝玉が拵えられており、そこからさらに色取り取りの飾りが揺れている。
「ホワイトデーに欲しがってたからな。
雪奈が設計した例のDAが完成したので、せっかくなのでかんざしにしてみた。
気に入ったか?」
「はい!素敵です!最高です!ありがとうございます!」
雪奈が俺の方を向いてぴょんぴょんと跳ねる。
かんざしが跳ねるたびに揺れ、飾りがぶつかりシャランと音を立てた。
「でも、良いんですか?」
「問題ない。魔石以外は有り合わせの材料で作ったし気にするな。
むしろそこまで喜んでもらえて申し訳ないぐらいだ」
「解りました!大事にしますね!」
「いや、大事にしなくていいぞ」
「解りました!大事にし過ぎない程度に大事にしますね!」
本当にわかっているのだろうか。
「ところでマスター。
かんざしには『貴方を守る』という意味が込められていて、昔はプロポーズに使われたそうですよ」
雪奈が頬に頬紅以外の赤さを灯しながら、俺に微笑む。
「大事にし過ぎない程度に大事にしますね!」
どうやら解っていなかったのは俺の方らしい。
麗火さんも意味ありげにニマニマ見ないでくれ。
「マスター、大丈夫ですか?
ちゃんとご飯食べられますか?あーんしてあげなくて大丈夫ですか?一人でお風呂に入れますか?一人でも寝れますか?」
駅で見送られる雪奈がそんなことを言ってきた。
俺は雪奈にとって幼児か何かかな?
「我が食べさせるから安心しろ」
「俺が銭湯に連れて行こう」
「私が添い寝してあげるわね」
「えっと、じゃあ僕は着替えでも手伝えばいいのかな?」
どうやら俺は皆にとって幼児か何からしい。
それにしても何時の間にやら昇人と輪之介も馴染んだなぁ。
「皆さん、マスターをよろしくお願いしますね!」
雪奈はペコリと頭を下げると、電車に乗り込んでいった。
しばらくすると窓から顔を出して手を振ってきたので、電車が発進し姿が見えなくなるまで振り返した。
長い別れになりそうな場面だが、彼女は遊びに行くだけで、今日の夜遅くには帰ってくる。
ちなみに雪奈には今日のことは教えていない。
彼女ができることは限られているし、その限られていることはDAMAの外でも行えるように完璧に調整した。それなら危険な場所にいる必要もないだろう。
雪奈以外の皆にも了解は得ている。
――決していい顔はされなかったが。
「さて、じゃあ私は仕事に戻るわね。
バブルスフィアの緊急メンテは無事に通ったけど、後始末が大変だわ」
「すまないな」
仁に確認してもらったところ、今日は神託が下らなかったらしい。
深界獣が現れないのか、あるいは他の方法で世界を壊そうとするのか。
後手に回らざるを得ないが、それでもある程度は対策できる。例えばDAMA内のバブルスフィアを制限してしまえば深界獣の出現も制限できる。
今までは深界獣の存在自体が極秘のため避けてきたのだが、一日という限られた期間だけなら許可が下りた。
「それじゃあ俺も下準備しておかないとな」
恐らく紫月が来るのは夜だろう。一応仁には定期的に確認してもらうが、それまでに思いつく限りの準備をしておかなければならない。
「僕たちは見回りとDAの調整かな。例の服は夕方には完成しそうだよ」
「研究も進めているが期待しないでくれ」
昇人がバイクにまたがると、輪之介がその後ろに乗り、そのまま走り去った。
見回りは俺たちが関わる前からやっていたそうだが、出会ったころと比べて表情は柔らかだ。疲れも取れているようだし良いコンディションだろう。
仁の信託と銭湯様様だ。
「我は一度校舎で道具を補充してから戻る」
「途中まで私と一緒ね」
仁があからさまに嫌そうな顔をする。
そんなに嫌なら離れて歩くか違うルートを通ればいいのに、二人はぎゃあぎゃあ言い合いながら校舎の方へと歩いて行った。
気づけば俺は一人きりだ。やることはたくさんある。寂しさを感じる暇はない。
それじゃあ最後の悪あがきを行おう。
「良かったのか?」
良二くんが見えなくなったところで、仁くんがそう切り出した。
「雪奈ちゃんには悪いけど、今日のDAMAは危険だわ。何も起こらないように全力を尽くすけど、それでも離れていた方がいいでしょう。
丁度用事と重なって助かったわ。
良二くんは後で怒られるでしょうけど」
「惚けるな。娘の話ではない」
仁くんの方を見ると、彼は眼帯を外した真剣な表情で私の方を見ていた。
金色の左目が、私の心を見透かすように輝いている。
「……紫月さんが人間でも亜人でも、その価値は計り知れないわ。ある程度のリスクを負ってでも確保するべきね。
最善は深界獣のまま確保し、データを採取した後に人間に戻すことだけど、彼女の状態を考えると難しいわ。
生きたままの状態を望むのなら、良二くんの案が最善でしょうね」
「それで?」
「優先順位はDAMAの安全が第一、実行メンバーの命が第二、紫月さんのデータが第三、紫月さんの命が第四ね。
取り返しのつかない傷でもない限り、ほとんどの傷は対応できるように手配は済んでるから安心して」
「そうか」
私の言葉に仁くんは顔色一つ変えずに、ただただこちらを見ている。
「その上で危険と判断したら紫月さんは殺して構わないわ。
これは全て剣聖生徒会生徒会長としての指示よ」
吐き出すように最後の言葉を告げる。
「相変わらず詰まらんな」
仁くんは言葉通り心の底からつまらなそうな表情でこちらを一瞥すると、左目を眼帯で隠した。
「言葉にして楽になったか?」
「そうね……私がどれだけ酷いか改めて理解して、少し楽になったわ」
「そうか。
最初から最後まで貴様の魂は揺れていたぞ。
だから我は貴様が嫌いだ」
「好き勝手言うわね」
仁くんとは中学生の時からの付き合いだけれど、最初に出会ってからずっと、彼は私のことを敵視していた。
心当たりは……無くは無い。
「でも仕方ないでしょう」
「貴様の都合など知った事か」
仁くんはそっけなく言うと、その大きな手を伸ばして私の髪をくしゃくしゃに撫でまわしてきた。
「安心しろ。我に貴様の指示に従う義理はない」
「ちょっと!止めて!」
私は力を込めて仁くんの手を振りほどく。
少し力を入れ過ぎて火傷させてしまったかと思ったけれど、仁くんは何も言わなかった。
「――神託は下っている。
麗火にとっての最悪は訪れん。しかし最悪でなければ最良というわけではあるまい。
相応の覚悟はしておくがいい。理由はどうあれ貴様が選んだ道だ」
「解っているわ」
仁くんを正面から見つめて言う。
仁くんは薄っすらと笑っただけで、何も言わず私とは反対の方向に歩いて行った。
私はその背中を見つめながらつぶやく。
「……だから嫌いなのよ、貴方の事」
時刻は18時。辺りは暗く、月も見えない。
DAMAトーキョー第一校庭に俺たちはいた。
俺、昇人、輪之介、仁、一真。
バイク、魔力補充用アタッシュケース、エーテルバッテリー、中継器etcetc。全員準備は万端だ。
現在俺たちを中心にバブルスフィアを展開しているが、ふと違和感を覚える。
世界が一段階暗くなり、見回すと仁と一真の姿が消えている。
代わりに現れた存在が一つ。
今日の深界獣は久しぶりの人型だった。
銀色の髪に青色の肌。整った顔立ちに均整の取れたプロポーション。
そして紫色の瞳。
「アソビマショウ?」
決戦が始まる。
Last x War - 了
最終決戦開始。
そして、限定的に次回予告も開始します。特撮やドラマやアニメにはつきものなので!
準備は出来た
覚悟はできた
破滅の時間は始まった
紫の月、その欠片
倒すべき敵が姿を見せる
敵を前に最初の行動は何かと問いかける
まずは夢を一つ叶えよう
次回、ディバイン・ギア・ソルジャー ナイツ
「少女たちの戯れ」
レディ!アクティベイト!