第四十四話 紫の月に手を伸ばす
計測した結果、彼女は他の深界獣や花ちゃんと同じく、始原回路の刻まれたコアを中心に魔力の物質化で身体を形成している事がわかっている。
突然現れたり消えたりするのも、物質化とその解除によるものだった。
彼女の姿を探しても見つかるはずがない。
僅かにズレた世界で、計測できないほどのミクロの存在として俺を追い続けていたのだから。
最初に違和感を覚えたのは何処だったか。
話す時間が少しずつ短くなったからか。
動いていたはずの尻尾が動かなくなったからか。
お尻の下まで伸びていた髪が、腰の長さまで短くなったからか。
あるいはレオタードの面積が少なくなったからか。
決め手はレオタードだ。
深界獣である紫月が衣服を持っているはずがない。つまり衣服も魔力の物質化によるものだ。
それが小さくなるというのなら、衣服を物質化する余裕がなくなっていると見た方がよいだろう。
彼女は露出狂でもなければ色魔でもなく、あの服しか物質化できなかったのだ。
彼女の身体は、存在は、精神は、限界に近い。
可能性はいくつか考えられる。
魔力の過剰摂取による回路の異常。
深界世界の周期のズレにより融合率が低くなっている。
合わない世界に無理矢理滞在しているため身体にガタが来ている。
負荷の高い物質化を頻繁に行ったせいで体力が付きかけている。
結論は出ていない。彼女の診察ができればわかるだろうが、物質化できる時間は短く、彼女は俺が触れるのを許してくれない。
空間移動と物質化解除で逃げられてはお手上げだ。捕まえることは出来ず、彼女に負荷をかけるだけで終わる。
どれほどの負荷が彼女を苛んでいるのだろうか。
ただでさえ『深界』属性は精神を汚染する。欲望のままに俺を襲わないのは、きっと彼女の意志の強さゆえだろう。
毎回最初に行う食べる食べないのやり取りすら、挨拶ではなく自身の食欲との葛藤だった。
しかし彼女は壊れ始めている。
記憶は欠け、忘れないよう何度も繰り返した俺の名前は覚えていない。
自分が何者なのか、故郷とはどういうものなのか、そういったものも記憶から消えているかも知れない。
前回が最後というのなら、きっと次回は別人だろう。
理性が無くなり化け物になっていたとしても、俺は彼女を助けたい。救いたい。帰してあげたい。
例え犠牲を払うことになろうとも。
結末が彼女の望んだものではなくても。
何も残らなくても。
……疵しか残らなくても。
初めから気づいていたのだ。
彼女の正体は―――
深界の主、紫月は深界世界に迷い込んだ元人間である。
マスター『―――とまぁ、そういうわけだ』
マスター『原理としては深界獣がこちらに来る過程と同じだな』
マスター『一度深界バブルスフィアに取り込まれた後、こちらに戻れずに深界世界に取り込まれた』
マスター『何があったかはわからない。でも輪之介の件を考慮すると推測は出来る』
マスター『輪之介の魔力器官がディバイン・ギアと一体化したように、紫月の魔力器官が深界獣と一体化した』
マスター『その後深界生物がこちらに来るのと逆順で深界世界に迷い込んでしまったんだろう』
マスター『世界を渡ると存在は渡った先の世界にある程度チューニングされるのは、モンスターも深界世界も同じだ。実例は確認されていないが、人間も同様と思われる』
マスター『そうやって彼女は深界生物に姿を変え、いつかこの世界に帰ってくるチャンスを待ち続けた』
マスター『複数の属性を持っているのは人間だったころの名残だろうな』
マスター『深界生物のルールとして、この世界に帰るためには全ての属性をこちらの世界にチューニングし直さなければならない』
マスター『しかし彼女が深界世界に迷い込んだ時の属性は数世代前のもの。今回は一致しない』
マスター『だからこの世界に帰るには、全属性を有する俺を食べる必要がある』
マスター『以上だ』
マスター『疑問点や質問はあるか?』
マスター『ないな。それじゃあ彼女を救出する上での課題についてだが』
リン『ちょっと待って。一秒も待たずに質問を締め切らないで』
リン『まだ全然飲み込めてないんだけど』
リン『皆はどうなんだい?』
漆黒の烏『ツヴァイベスターが言うのならその通りだろう』
漆黒の烏『思い当たる節はある』
会長『そうね、ある程度想像はしていたわ』
ショート『判断材料が少ない』
ショート『しかし可能性は無視できない』
リン『なんでみんなそんなに物分かりがいいのさ!』
漆黒の烏『知らんのか?』
漆黒の烏『聖剣剣聖とはそういうものだ』
リン『そうだったの!?』
会長『そうなのよ』
リン『そうなんだ……』
リン『でもやっぱりちょっと待って』
リン『たぶん一番重要なことが聞けていない』
リン『確かに紫月さんが人間かどうかというのは気になるよ』
リン『でも一番重要なのはそうじゃなくて』
リン『何故良二くんは紫月さんを助けたいの?』
リン『きっと良二くんは、紫月さんが人でも人じゃなくても、救いたいって思ってるんだよね?』
漆黒の烏『そうだな。その話は必要だ』
漆黒の烏『女狐からは切りだしにくかろう。我が言ってやる』
漆黒の烏『たとえ元人間だとしても、現在のアメシストは深界の主であり、人類の敵だ』
漆黒の烏『属性の複合パターン及びその運用法によってはDAMAはおろか世界を滅ぼすことが可能だ』
漆黒の烏『例えばこの女狐が食われその全属性および知識と魔力を十全に運用できる場合、およそ半日で全人類を灰すら残さず消し去ることができる』
漆黒の烏『紫月は殺す。あるいは限界が近いのなら限界を迎えるまで行動を抑止するのが正解だ』
漆黒の烏『それを踏まえて、我からも我が盟友 良二に問おう』
漆黒の烏『紫月を救うメリットを答えろ』
昔々の小さなころ。近所のお姉さんと遊んでもらったことがある。
お姉さんはキラキラとしたサファイア色の目が特徴的で、すごく楽しかったのを覚えている。
週に一度くらいしか会えなかったけど、麗よりも優しくて、お兄ちゃんよりも凄かった。
それがある日から会えなくなった。
お姉さんのお母さんが泣いていた。
何があったのかは知らないけれど、僕は凄く悲しくなった。
お姉さんと会えなくなったことよりも、お姉さんのお母さんが苦しそうにしているのが悲しかった。
最後に遊んだ時、それが最後だって知らないことが寂しかった。
今まで近しい人が亡くなったことはないけれど、いなくなった人はたくさんいる。
それは仕方のないことだ。何時か飲み込める日が来る。
でもそれが悲しいだけの終わりにならないように力を尽くしたい。
例え悲しい別れが変えられないとしても。
けんか別れしてしまったあのお母さんのようにならないために。
マスター『メリットはない。ただの偽善だよ』
マスター『紫月が泣きながら消えるのが気に入らない』
マスター『ただそれだけだ』
マスター『でもディバイン・ギア・ソルジャーならそれで十分だろう?』
俺達が愛したヒーローなら、泣いている女の子の涙を拭う、それだけのために命を賭ける。
ヒーローになったのなら、それくらいの行動は大目に見てもらわないと。
漆黒の烏『30点だな』
マスター『低っ!』
漆黒の烏『顔を合わせていたら殴っていたところだ』
マスター『酷っ!?』
漆黒の烏『だが助けないという選択肢を選んでいたらそちらに走って行って殴っていた』
マスター『それじゃあ』
漆黒の烏『納得したということだ』
漆黒の烏『我本人としてはアメシストのことなどどうでもよいが、ディバイン・ギア・ソルジャーの名を出されてはそうもいかん』
漆黒の烏『ディバイン・ギア・ソルジャーは正義の味方だ』
漆黒の烏『小さなお子様の夢のために』
漆黒の烏『大きなお友達の幻想のために』
漆黒の烏『救いを求める人を救わなければいけない』
漆黒の烏『たとえその根源が偽善でも』
漆黒の烏『女狐はどうだ?』
会長『私個人としては良二くんを手助けしたいわ』
会長『でも剣聖生徒会生徒会長としては話は別』
会長『紫月が人間という確証がないのなら、一生徒である良二くんを危険な目に合わせることは許可できません』
漆黒の烏『やはり女狐は女狐か』
会長『最後まで聞きなさい』
会長『だから剣聖生徒会生徒会長として、良二くんの行動を許可できるよう、手回しをしておくわ』
会長『良二くんが無茶をする可能性は高いと思ってたから、ある程度下準備は進めてたしね』
会長『ただし、明日は忙しくなるから、私にできるのは精々安全弁の仕事くらいよ』
漆黒の烏『やはり女狐は女狐か』
会長『評価が変わっていないように聞こえるのだけど?』
マスター『麗火さんありがとう何時も世話をかける』
会長『お礼は良いわ。全部終わったら買い物にでも付き合ってちょうだい』
ショート『デートか』
会長『買い物よ。二人きりの』
ショート『そうか』
ショート『俺としても異論はない』
ショート『困っている人は救うべきだ』
ショート『リンはどうだ』
リン『断れるはずがないだろう』
リン『休業中とはいえ、僕だって一応はディバイン・ギア・ソルジャーなんだ』
リン『だから、紫月を助けないと』
マスター『みんなありがとう』
マスター『結果の予想はつかないが、最悪にしないことだけは約束する』
マスター『だから』
マスター『楽しい楽しいヒーロー活動の時間の始まりだ』
Last x Answer - 了
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