第四十三話 問:紫月の正体を答えなさい
世界は意外と頑丈だ。例えばモンスターが現れようが、ダンジョンが現れようが、魔法の存在が明らかになろうが、高々数十年で日常に変わってしまう。
日常も同じだ。偶に大きなことがあっても直ぐに飲み込まれ馴染んでいく。
モンスターに襲われ死にかけようが、モンスターに襲われ腕を食いちぎられようが、毎日のように首を刎ねられようが、過ぎてしまえば楽しかった日々に置き換わって行く。
もっとも、俺の運が良かっただけなのかもしれないが。
だからだろう。俺は取り返しのつかない変化が恐ろしい。
俺は今まで近しい人を亡くしたことがない。飼い犬だって老体だがまだまだ元気だ。ペットの金魚やザリガニ、カブトムシが死んだ程度か。それでも非常に悲しんだが。
そんな幸運な俺だから、近しい人がいなくなって、そして自分がその人を助けることができるハズだったのなら、俺はきっと耐えきれないだろう。
結論を言うと、平賀良二は偽善者である。
その全ての行動は自己の利益に帰結する。
俺は俺のために、紫月を救わなければいけない。
『朝まで徹底生討論!深界獣の主 紫月の正体とは!?』
マスター『皆様ようこそ お集まりいただきました』
マスター『私司会の平賀良二と申します』
リン『いや、知ってるけど……
リン『突然集められたんだけど、いったい何がどうしたんだい?』
輪之介から疑問が上がる。
ちなみに今日の議論は研究室ではなく、SNSで行われている。
雪奈に気が付かれると厄介だからだ。
集まったメンバーは俺、麗火さん、仁、昇人、輪之介だ。
マスター『明日深界の主の紫月が決戦を仕掛けてくるから、その前に情報共有しておこうかな、と』
リン『突然すぎるんだけど!?』
漆黒の烏『ツヴァイベスターの様子がおかしいと思ったが、そういうことか』
ショート『今日の深界獣は最終調整か』
驚いているのは輪之介だけだな。
漆黒の烏『やはりアメシストと逢瀬を重ねていたか』
マスター『逢瀬って……お風呂に入ってたら襲われただけだ。頻繁に』
ショート『襲われたのかい!?平気!?』
マスター『お嫁に行けなくなったけど私は元気です』
ショート『汚されたか』
マスター『気が付かないうちに隅から隅まで見られてました』
会長『まぁ』
会長『でも隅から隅まで洗ってあげた私の方が上ね』
漆黒の烏『おい女狐表に出て話を聞かせろ』
会長『見た目と感触と反応、どれの話が聞きたいのかしら?』
漆黒の烏『そういう話ではない!』
マスター『子供の頃だからノーカンです』
まさか麗火さんがノッてくるとは……俺や雪奈と一緒にいるとたまに際どいセリフは言うけれど、他の人がいるのにボーダーを超えるのは彼女にしては珍しい。
ショート『何故言わなかった』
マスター『確実に面倒なことになるからな。家族風呂に隔離されたり』
マスター『知ってるか?家族風呂にはDA一人風呂がないんだぜ』
ショート『それなら仕方がない』
漆黒の烏『仕方がないな』
会長『仕方がないわね』
リン『みんなDA一人風呂に心奪われ過ぎてない?たしかに僕も毎日入りたいけど』
マスター『まぁ、紫月に戦う意思がないのは知ってるから気にしなかったのが本音だ』
マスター『麗火さんの指示で見張られてたから安心してたしね』
会長『気づいていたのね』
当たり前だ。
天津乃湯は人気があり人が多いのに、何日も続けて同じ浴槽の入浴客がいなくなるなんて、そんな都合のいいこと起こるはずがない。
麗火さんたちが何時も俺たちが銭湯に来る時間と同じ時間に訪れるのも不自然だ。
恐らく一真や他の風紀騎士団を使い、人払いと監視を行っていたのだろう。
マスター『思えば初日から不自然だった』
マスター『紫月が俺の前に姿を現さなかったのは、D-Segとディバイン・ギアがあったから』
マスター『それに気が付いた麗火さんは、それを外す銭湯なら彼女をおびき出せると考えて、年間パスポートを送ってきたんだろう?』
会長『ごめんなさい』
マスター『謝らなくていいさ。俺にも都合がよかった』
会長『いえ、そうじゃなくて、久しぶりに一緒にお風呂に行きたいなと思っただけなの』
会長『シャワーを浴びた良二くんを見たら昔を思い出しちゃって』
会長『卓球の後良二くんの様子がおかしかったから気が付いただけで、偶然なのよ』
マスター『え』
漆黒の烏『相変わらずだなこの色魔!』
ショート『気になったんだが』
ショート『良二を洗った件と言い、生徒会長は何時もこうなのか?』
リン『僕としては深界獣よりも、会長がこの人でいいのかっていう不安の方が強いんだけど』
会長『え』
会長『えっと』
会長『ごめんなさい、ちょっと用事が』
-会長が退室しました-
あ、逃げた。
漆黒の烏『輪之介と昇人の事を忘れていたか』
漆黒の烏『気を抜くと途端に鍍金が剥がれるのは変わらずだな』
ショート『一体何なんだ』
マスター『最近俺たちと立場に関係なく話してたから忘れたんだろうな』
マスター『俺と麗火さんとシュバルツは幼馴染なんだよ』
雪奈がいても同じノリだけど、アレは何故だろう。ウマが合うのか。
リン『あぁ。そういうことね』
ショート『納得した』
そういえば二人も幼馴染だったか。
けど納得するの早すぎない?
漆黒の烏『不本意だがDAMAの治安のために補足しておくぞ』
漆黒の烏『女狐は淫蕩に塗れた魔女だが、能力は確かだ』
漆黒の烏『他人を想うように操ることと下手な嘘をつくのが得意な色魔だが、会長としての実力は保障しよう』
リン『全然安心できない』
漆黒の烏『今日のギア:アイズの最後の必殺技は女狐の通常攻撃だ。ボタン一つであれが出る』
ショート『納得した。DAMAの頂点だ』
リン『火力が高すぎて逆に安心できないんだけど!?』
とりあえず納得はいただけたようだ。
マスター『麗火さんの名誉も回復したところで話を戻そう』
リン『回復したかな』
ショート『会長が戻っていないぞ』
ショート『いいのか?』
マスター『麗火さんのことだからどうせ紫月とのやり取りは録音してただろうし、ある程度予想がついてるだろうさ』
ショート『男湯を盗聴か』
リン『ギリアウトじゃないかな』
漆黒の烏『完全にアウトではないか?』
マスター『録画はしてないと信じてる』
リン『人として最低限のラインでは?』
ショート『信じなければならないことが問題では?』
漆黒の烏『本当に信じているのか?』
マスター『ボクハシンジテルヨ』
ごめん、麗火さん、名誉はあまり回復させられなかったみたいだ。
マスター『これ以上は後で麗火さんが泣いちゃうから勘弁してあげて』
リン『8割くらい良二くんの失言だと思うけど』
俺には何も聞こえない。
マスター『それで今日『あたしたちの関係はもう終わりにしましょう』と紫月が一方的に別れを告げてきた』
ショート『同棲中の彼女に別れを切り出されたような』
漆黒の烏『決戦の根拠は?』
マスター『明日会う約束自体はしてる』
マスター『風呂で会うのは今日が最後だ。それなら次に会うのは俺たち全員の前だろう』
漆黒の烏『それが決戦か。理由は?』
マスター『この数日の観察から彼女の状態もおおよそ予想がついている』
・属性の変換はまだ終わっていない
・食欲の大幅な減衰
・魔力飽和状態?
・身体維持に異常
マスター『一つ一つ見ていこう』
マスター『紫月は複数の『深界』属性を持っていて、その全てをこちらの属性に変換しないとこちらの世界には来られない』
マスター『最近になって加速度的に属性を集めてたけど、まだ属性はコンプ出来ていない』
マスター『というかそもそもコンプは不可能だ』
リン『何でわかるのさ』
マスター『簡単だ。『深界』属性の数は1000を超える』
マスター『今回この世界に侵攻できる深界獣の属性はその内の100とか200とかその程度だ』
マスター『そしてその数が紫月が取り込める最大数となる』
ショート『理解した』
ショート『紫月がその範囲外の属性を持っていたとしても取り込めない』
リン『あ』
マスター『そういうことだ』
漆黒の烏『紫月が今回の属性の範囲外の属性を持っているというのは確定なのか?』
マスター『俺だって毎回全裸で紫月と話してるわけじゃないさ』
紫月が警戒しているのはあくまで首元のメイン・ギアだけだ。
例えばディバイン・ギアの一部をロッカーのカギに擬態させたとしたら?
あるいは計測器をタオルに挟んで持ち込んだとしたら?
彼女は気が付かなかった。
マスター『完全解析は出来なくてもある程度は計測できてる』
マスター『『深界』属性の分布的に今回の領域外の属性が存在しているのは確定してる』
例えば今回対象となる属性が0-100だった場合、紫月から500台や800台の属性が存在一つでも確認できれば、その属性は決して埋めることができない。例外は俺のような全属性保持者を食す事だけだろうか。
そもそも彼女の根源を考えるなら、領域外の『深界』属性を持っていないはずはないのだが……それは置いておこう。
マスター『次に食欲の大幅な減衰』
マスター『紫月は倒された深界獣を食料としてきた』
マスター『会った直後はお腹を空かせていたけど、現在はほとんど食べられなくなっている』
マスター『しかし俺自体は食べたくてしょうがない』
リン『食べるものがなくて、無理矢理味のついたお水でお腹を膨らませた感じ?』
マスター『良い例えだな。まさにそんな感じだ』
ショート『一つ目を考慮すると、根本的に生態がこの世界で生きるのに適していない』
漆黒の烏『それでも水気が多く栄養の少ない薄味の果実を取り続けた結果か』
漆黒の烏『暴食の末路だ』
-会長が入室しました-
会長『ただいま』
マスター『おかえり』
リン『おかえり』
会長『ログ確認完了』
会長『色々言いたいことはあるけれどそれはそれとして』
会長『紫月さんの今の状態は欲望の暴走の結果ではないわ』
漆黒の烏『その心は?』
会長『彼女には理性が残っている』
会長『だから栄養にならなくても深界獣のコアを食べ続けた』
漆黒の烏『矛盾しているぞ』
会長『矛盾じゃないわ。乙女の心理よ』
会長『どうしても食べたくないものがあるなら、食べられないように他の物でお腹を膨らませる』
会長『ダイエットの基本ね』
漆黒の烏『それではまるで』
会長『その通りよ』
漆黒の烏『下らん話だ』
会長『素敵な話でしょう?』
二人の会話が止まる。
俺達を置いてきぼりのまま、二人で答えのないにらみ合いをしているようだ。
リン『えっと、よく解らないんだけど』
ショート『答えの出ない話だろう』
ショート『先に進めてくれ』
マスター『いいのか?』
マスター『三番目の議題だ』
マスター『そして本題だ』
マスター『紫月の身体に異変が見られる』
マスター『そこから推測するに、彼女の身体は近いうちに崩壊する』
決戦は明日。
どのような結末だろうと、明日中に一連の依頼は終わりを迎える。
深界の主、紫月の正体を考える。
ヒントはあった。
辻褄の合わない言動。
帰りたい場所。
深界獣がこちらの世界に来る原理。
そして、輪之介は如何にしてディバイン・ギア・ソルジャーと相成ったのか。
簡単だ。
お約束だ。
しかし当事者になれば反吐が出る。
問:紫月の正体を答えよ。
耐えられないのなら救わなければならない。
全ては俺自身のために。
Question x Truth - 了
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